表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/198

083 案件No.005_レースドライバー(Versus_Shakah)(その6)

 手動(マニュアル)でギアチェンジを行わなくてはならないMT車とは違い、自動(オートマティック)で切り替えられるAT車にエンストはない。そう思われがちだが、実際は違う。

 AT車にもまた、エンストは起こり得る。大半の原因は車内の故障(トラブル)や環境要因にあるが、強引な運転もまた、その一つに挙げられる。

 そしてツァーカブの目的は、急激(強引)ギアチェンジ(運転)に対応できるAT(・・)車だった。


 たとえば、そう……どのような状況下でも加速装置(ニトロ)の使用に耐えられるようなAT車を。


「……何でAT車(オートマ)じゃないんだっ!?」




 その叫びを聞いていると、勇太から疑問の声が掛けられた。

「そういえば……普通の(・・・)AT車(オートマ)って、加速装置(ニトロ)使えるのか?」

「車にもよるけど、最高速(トップギア)状態なら多分使える。それ以外はギアチェンジが追っ付かなくて、十中八九壊れると思うけどな」

 包丁と便利グッズで、用途の手広さを比べるようなものだ。

 汎用性の高い包丁だが、ある程度の訓練が要る上に、人によっては適正も問われる。逆に便利グッズは、比較的安全かつ容易に目的の作業を行えるが、目的(それ以)外はできないことの方が多い。

 どちらも、必ず使わなければならないものではないが、自らの目的に応じて使い分けなければ、望む結果は得られない。

 ゆえに、AT車が主流となる現代でも、MT車が求められることがある。中にはエンストしやすい為にかえって、認知症による交通事故の防止に繋がる、という考え方もある位だ。

 しかし……ツァーカブが求めていたのは、どの(・・)状態(ギア)でも加速装置(ニトロ)が使えるAT車(・・・)だった。

「どういうことだっ!?」

 トラックから飛び降り、睦月達に詰め寄ろうとするツァーカブ。もし周囲の部下が止めなければ、迷わず眼前にまで突き進んでいただろう。

 その様子を眺めながら、睦月は視線だけ勇太に向けた状態で告げた。

「……そろそろ、ネタばらししたらどうだ?」

「そうだな。と、言っても……」

 これ以上は、均衡状態による時間稼ぎ(・・・・)は難しい。

 勇太も睦月と同じ結論に至ったのか、今回の全容を話し出した。


「……睦月が乗ってた車を『AT車(オートマ)だ』って、偽情報(デマ)流した(・・・)だけ(・・)なんだけどな」


 初めて、睦月がツァーカブの運転を動画で見た際、疑問に思っていたことがある。

 それはレースの終盤、ツァーカブは何故か、相手と大きく差を広げない状態でゴールしていたことだ。最初は実力差もしくは機体(マシン)性能(スペック)の問題かと思っていたのだが、クラブ跡地で勇太から事情を聞いてようやく、その疑問が解かれた。

 ツァーカブはわざと、僅差でレースに決着を着けていたのだ。


 実力を見せつける為ではない……加速装置(ニトロ)必ず(・・)逆転できる車間距離を保つことを目的にして。


 土地柄もあってAT車が主流の中、スピード重視のストリートレーサーであれば、加速装置(ニトロ)を搭載している車を見つけられる可能性は高かった。運転手(レーサー)が自前で用意した特注(カスタム)品かもしれないが、それなら丸ごと奪えば良い。つまり、ツァーカブの勧誘(拉致)行為は、そのついでに過ぎなかったのだ。

「というか、普通にMT車(マニュアル)乗れよ。そっちの方が手っ取り早いぞ」

「うるさいっ!」

 睦月の正論に、ツァーカブは噛み付くようにして否定してきた。もはや、レースの時の潔さは微塵も感じられない。

「いまさらクラッチなんて古臭くて(・・・・)面倒な(・・・)ものが使えるかっ!」

「いやいや……」

 少し呆れ交じりに、睦月は勇太に任せようとしていた説明(ネタばらし)を代わりに続けた。


「古かろうか新しかろうが、使えりゃ何でも一緒だろうが。目的に合わせて手段を選ぶ、そこに新旧なんて関係ないっての」


 さらなるド正論を突き付けられ、口籠るツァーカブ。

「そもそも……『走り屋』が(マシン)縋ってる(・・・・)時点で、普通に二流じゃねえかよ。ドリフトの腕前は良いのに、もったいない」

「俺としても……そうしてくれた方が、手間がなくて助かったな」

 実際、睦月が旅行代理店へ営業に訪れたり、改造(カスタム)(カー)の総点検やテスト走行をしていた間も、勇太はずっと仕事に励んでいたはずだ。

 本来の業務の他に、運転してもMT車だと気付かれにくいレース場のセッティング、機体(マシン)含めた諸々の手配、『偽造屋()』や獄中の『詐欺師(月偉)』に依頼して偽情報(デマ)を振り撒き、その後の揉め事に対しての保険(・・)も用意していたに違いない。睦月から何かを言うことはないが、勇太の仕事振りは思い浮かんだ分だけでも、理解しているつもりだった。

 少なくとも……相手が最初からMT車に乗っておけば、何も起きなかっただろうと考える位には。

「お陰で余計な仕事や揉め事が舞い込んできてさ……レースは面白かったからいいけど」

「……レースはいいのかよ?」

「レースは別腹だろうが」

 まあ、たしかに……と即答する勇太に睦月は、内心で同意した。

「で、目的のAT車(もの)じゃないけど……どうするよ?」

 聞くだけ無駄だろうが、それでも確認しないと落ち着かない睦月からの疑問に対して、向けられる銃口と共に、怨嗟の念が返ってくる。

「殺す……」

『だよな~』

 手に入れてみれば期待外れだった上に、今後目的のAT車(もの)を見つけられる可能性をも潰されたのだ。しかも、それが仕組まれたものだとしたら……むしろ怒らない方がどうかしている。

「楽に死ねると思うなよ、貴様等……」

「おいおい……地が出てるぞ」

 無論、戦闘職でなくとも、睦月と勇太だけでツァーカブをはじめとした、周囲を囲む者達を制圧することはわけない。問題はそれ以外の……相手側の伏兵だった。

「これで狙撃手(スナイパー)に狙われたら、本気(マジ)でやばいな……勇太、お前は狙撃銃の(ライフル)弾避けられたっけ?」

「昔の俺、知ってるだろ? 9mm拳銃弾(ミリ)でもギリギリだったんだぞ?」

「そうだったな……」

 そういう睦月自身も、事前に弾道を予測できなければ不可能だ。近距離での拳銃弾ならまだしも、音速をはるかに上回る狙撃銃の(ライフル)弾相手では反射神経の方が追い付かず、身体を動かして回避することは敵わない。

「……もう、あの世(・・・)行きかね」

 これで間に合わなければ、完全に詰んだな、と思う睦月。


 そして……狙撃銃の(ライフル)弾は放たれた。




 ――……カチャ

「はい……ああ、『偽造屋(オーナー)』ですか?」

 突然、店に掛かってきた一本の電話。

 抽冬が受話器を取って電話に出ると、相手は自らの雇い主(オーナー)だった。

「はい、はい……分かりました。彼女達にそう伝えます」

 手短に電話を終え、受話器を置いた抽冬はカウンター越しに、臨戦態勢の少女二人に声を掛ける。

「もう片付いた(・・・・)みたいだよ?」

「そうか……」

 あまり驚くことなく、理沙は武器を仕舞い始めた。姫香も応援団扇の代わりに引っ張り出していた擲弾発射器(グレネードランチャー)から中身を抜き、手際良く片付け始めている。

「おじさ~ん……どゆこと?」

 田村の疑問に、抽冬は溜息交じりに答えた。

本命(・・)は別にいたってこと」

「そういえば……」

 カウンター席に居た秋濱は店内を見渡し、常連の一人が来ていないことにようやく気付いた。

「いつも通り影が薄いのかと思ってたけど……今日、内園(うちぞの)を見てないな」

『…………あ』

 その一言で、店内に居る常連達にも、大まかな事情が掴めたらしい。

 内園秀一(しゅういち)。この店の常連にして、副業で殺し屋(・・・)をやっている影の薄い地味眼鏡。本業との兼ね合いもあって、普段は依頼を請けない男だが……確実に依頼をこなす腕は本物だった。

「要するに……そこの二人は囮で、内園使って外の刺客を片付けた、ってこと?」

「そういうこと」

 夏堀が代表して告げた内容に肯定し、抽冬は準備していた自動拳銃(オートマティック)を片付けていく。

鏡を割った(さっきの)銃弾で居場所を特定して、代わりに始末させた」

 いくら隠密に徹しようとも、一度攻撃してしまえば居場所の特定は容易だ。それでも見つからなければ最悪、理沙は姫香と共に、囮として店外へと繰り出していただろう。

 しかし、今回は相手が悪かった。

「そもそも……何故知らないんだ、『ブギーマン(お前は)』」

 社会的暗殺を得意とする殺し屋『ブギーマン』、その末端の一人である夏堀(・・)に視線が集中する。

 情報技術を巧みに操り、外部の監視カメラすらも掌中に納められる現代の悪鬼の一端が、目の前に居る夏堀(めぐみ)だった。しかし彼女は悪びれることなく、肩を竦めてこう答えてきた。

「だって……今回私、関わってないし」

 人数が多い分、仕事を割り振られることがない時もある。

 そんな単純な事実と共に、一体何人が『ブギーマン』として関わっているのか。もしかしたら、その纏め役すらも把握しきれていないのかもしれない。

 ただ、はっきりしていることは一つ。

「向こうも……もう、片付く頃かな?」

 下手に始末すれば、相手に伏兵を勘付かれるおそれがある。けれども、殺し屋(内園)が動いたということは……終わりは近い、ということだ。




 最初、ツァーカブは何が起きたのか、分かっていなかった。

 鍵を壊した時と同様に、目の前の男達に銃弾を叩き込もうと構えた9mm口径の自動拳銃(オートマティック)

 しかし、彼女が引き金を引く前に……突如襲い掛かった狙撃銃の(ライフル)弾が、その銃身を破壊してしまったのだ。

「なっ!?」

「ったく、ギリギリかよ……」

 それが『運び屋(睦月)』の声だったと認識する前に、ツァーカブの膝辺りを5.7mm小口径高速弾が、容赦なく襲い掛かって来た。




「どうにか間に合ったな!」

「これで間に合わなかったら、本気(マジ)でどうしようかと思ったよっ!」

 一瞬の隙を突いて車体を乗り越えた睦月と勇太は、そのまま国産スポーツカーを盾にして武器を構え、片っ端から発砲を繰り返した。

「殺すなよっ! 生かして捕らえたら弥生の(・・・)婆さん(・・・)からたんまり金が入るんだからな!」

「分かってるよっ!」

 動きを制限させるのも兼ねて、最初に自動連射(フルオート)で薙ぎ払うのに使った自動拳銃(ストライカー)を手放した睦月は、タイヤの上に手を入れ、フロントフェンダーに仕込んでいた予備の拳銃を引き抜いた。

 常備している回転式拳銃(リボルバー)の内の一丁で、銃弾もバイオBB弾と同じ成分を持つ低威力の通常弾。手加減には丁度良かった。

「そういうお前はどうなんだよ!? 散弾銃(ショットガン)とか完全()る気だろ!?」

「残念! 中身は暴徒鎮圧(ゴムスタン)弾だっ!」

 ただでさえ、不意の狙撃に小口径高速弾の銃斬撃を受けた後なのだ。大半はまともに抵抗できないまま、睦月達の攻撃の餌食となる。もはや、ただ倒れ伏すだけの的でしかなかった。

 しかし、それも大半であり……全員ではない。

「後ろっ!」

「防弾任せたっ!」

 銃撃から生き残った者達は二種類。危険を察知して咄嗟に離れた者と、防弾装備によって結果的に(・・・・)守られ、無事だった者だ。

 睦月達はそれぞれ換装し、自動拳銃(ストライカー)散弾(ショットシェル)用の回転式拳銃(リボルバー)の銃口が、前後に向けられる。

 貫通力の高い5.7mm小口径高速弾で防弾装備は脆い部分を撃ち抜かれ、迂回してきた足の速さも小粒のゴム製に替えられているとはいえ、散弾(ショットシェル)の面攻撃の前には意味をなさない。


 しかも……およそ2km(・・・)先に居る『傭兵(・・)』からの援護射撃は止まず、他の(・・)伏兵達(・・・)のように(・・・・)、次々と相手の武器を破壊していた。


「はあ……終わったな」

 銃撃が止み、睦月の声が夜闇に木霊した。

 念の為、自動拳銃(ストライカー)弾倉(マガジン)を差し替える睦月だが、あまり意味がないことは、この惨状が示している。

「他の所に居るこいつ等の仲間も、全員武器(・・)通信機器(・・・・)を破壊するように言っといたからな。後はうちの社員だけで、何とかなるだろう」

「人望があって羨ましいよ……」

 社員の人数差に羨ましげな眼を向ける睦月だったが、勇太に口だけで一蹴されてしまう。


「……お前に(・・・)だけは(・・・)、言われたくないわ」


 それだけ言うと、勇太は英治(・・)が居るだろう方角へと向いた。

 そして左手に散弾(ショットシェル)用の回転式拳銃(リボルバー)の銃把を握ったまま、上に向けた手の甲に右手の手刀を当て、同時に頭を下げだした。




「【ありがとう】……か」

 元々は言葉以外の合図(ハンドサイン)代わりに仕込まれていた手話で、狙撃銃(ライフル)に取り付けたスコープ越しに、英治は勇太からのメッセージを受け取った。

「はい、終わり……っと」

 そう呟くと英治は狙撃銃(ライフル)から身を離し、分解しながら片付け始めるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ