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071 信用の代償(その1)

 それは……睦月が姫香を拾ってから少し経ち、共に仕事をし始めた頃のことだった。

『がっ!?』

『たく、面倒起こしやがって……』

 鵜飼(うかい)理沙(りさ)という、黒のショートヘアを持つ……姫香と同年代の(・・・・)少女を蹴り転がしながら、睦月は前へ出た。

『……待たせたな』

 目の前にいる、ドレッドヘアが目立つ筋肉質の男は、近付いてくる睦月の方へ、ゆっくりと振り向いてくる。

『あの()は?』

『とりあえず、車のとこに置いてきた』

 二丁の自動拳銃(オートマティック)が納められているウエストホルスターを巻き付けてから、睦月は空いた手で頭を掻きつつ、溜息を吐いた。

『……お前こそ、いいのかよ?』

 顎で指された先には、睦月が蹴り転がした少女が横たわり、未だ痛みに呻いている。軽い脳震盪も起こしているのか、しばらくは起き上がってくる気配もない。

『こいつ庇って……俺を(・・)敵に回す気か?』

『……もう手遅れだろ』

 それが、男の答えだった。

理沙(そいつ)が勝手にやったこととはいえ、その責任を負うのが今の俺の立場だ。それに……もう俺を信用してない(・・・・・・)んじゃないのか? 睦月』

 廃村になった田舎町出身の昔馴染み内では、仲はかなり良い方だった。だからこそ……睦月が今、自分に対してどう考えているのかは理解できてしまうのだろう。

『…………そうだな』

 そう肯定した睦月は、手をホルスターに納められている自動拳銃(オートマティック)の銃把に添えた。

『それにな、実は俺も……お前と()ってみたかったんだよ』

 同時に男もまた、先程の戦闘で姫香に弾かれて地面に転がっていたショットガンを蹴り上げ、浮き上がった銃身をその剛腕で掴み取ってくる。

『どうせ手遅れなんだ。だったら……とことんやってやるさ』

『そうか……だったら、』

 ある意味では、最悪のタイミングだったと言えるだろう。


『後悔するなよ……』


 睦月は二丁の自動拳銃(オートマティック)を、『FIVE-SEVEN STRIKER』を引き抜き、両手にそれぞれ構えた。

『まさか、お前が新しい自動拳銃(こいつ)の最初の相手だとは、思わなかったけどな…………勇太(・・)っ!』

 ショットガンの銃口が向けられたのを合図にして、睦月は挑みかかった。


 ――『掃除屋』、鵜飼(・・)勇太に。




 そんな過去があってか、睦月は今でも、下手をすれば久し振りに再会した英治の時以上に、勇太を警戒していた。

 仕事用の車に今では使い込まれた自動拳銃(ストライカー)も載せ、さらには『ペスト(弥生)』を引き連れてようやく、目の前に立つ準備ができる程に。

 しかし、それもまた予想できていたのか、勇太は特段気にすることなく、睦月達を出迎えてきた。

「てっきり『傭兵(英治)』辺りを連れてくるんじゃないかと思ってたんだが……」

「何、勇太? 『技術屋(ボク)』じゃ不満なの?」

 弥生は停車させた小型二輪(バイク)にもたれかかりながら不満げな顔をし、指先でペストマスクを弄んでいる。しかし勇太は肩を竦めるだけで、そんな意図はないとばかりに首を横に振ってきた。

「いや……ついでに挨拶しとこうかと思っただけだ。英治(あいつ)、日本に帰って来てるんだろ?」

「都合良く物事考えてんじゃねえよ……」

 タイミングが合えば、もしかしたら英治を誘っていたかもしれなかっただけに、睦月は否定できなかった。やはり濃い付き合いがある分、勇太はこちらのことをよく理解しているらしい。

「……で、俺に何を依頼するつもりだ?」

「それなんだが……」

 少し言い澱んだものの、勇太は背後の建造物を指差して、中へと促してくる。

「……先に見せた方が早いな。ちょっと来てくれ」

 背中を向けて数歩進むと、ふと勇太は睦月達に……睦月に声を掛けた。

「ああ……銃口向けたきゃ、好きにしていいぞ」

「……それこそ、いまさらだろ」

 それでも、ウエストホルスターを腰に巻き付けつつ、睦月は勇太の後を追って行く。銃は抜かないまでも、半端に警戒する様子に呆れた弥生もまた、その後に続いた。




 レストランを出た姫香は二人と別れた後、自宅(・・)に戻らないまま、公園の奥へと足を踏み入れていた。

「…………」

 食後の散歩であれば、そのまま自宅(・・)への帰路だけで事足りる。けれども、姫香は口を閉ざし(・・・・・)つつ、武器になりそうな物が周囲にないかと、視線を彷徨わせていた。

(……ま、何とかなるか)

 特にはなさそうだったものの、後ろ腰には護身用の特殊警棒(バトン)を隠し持っている。一先ずは、それで対処するしかない。

 公園の奥に進めば、もう公園の敷地の端だ。適当な施設の裏に回れば、人気も何もない。

 ……迎え撃つには、十分だった。

「相変わらずのようだな……」

 姫香は無言のまま、声のした方を振り向く。

 予想通り、建物の陰から、姫香の顔馴染みが顔を出してきた。


 ……黒のショートヘアで、姫香と同年代の(・・・・)少女が。


 丁度ジョギングでもしていたのだろう、今はランニングウェアとウエストポーチしか身に着けていない。けれども、彼女もまた(・・・・・)姫香と同様に、身近な物を武器として扱う訓練を受けている。

「しかし、未だに話せないとは……それだけでも私の勝ちがあああっ!?」

 油断はできないものの、姫香には相手の話を聞く理由はない。だから先手を打った。

 人間の眼球は構造上、上下左右には動かせても、斜めに動かすことができない。なので、正面に立つ相手が身体を斜めに動かしてくれば、視線だけで追い掛けるのは難しかった。

 視線以外で追い掛ければいいのだろうが……残念なことに、反応しようにも姫香の動きの方が速かった。

「きっさまぁああああ……!?!?」

 背後に回ってのバックドロップ。辛うじて後頭部への直撃を免れた少女は、防御の為に地面に回していた腕を片手だけ外し、姫香に向けて伸ばそうとしてくる。

 その前に姫香は組んでいた両手を離すと、素早く地面に突いた手で反動を生み出して跳び、少女から距離を取った。反転して膝立ちになったまま姿勢を低くし、いつでも引き抜けるように特殊警棒(バトン)の持ち手へと腕を伸ばす。

「本当、貴様。あの『運び屋』に似てきたな……」

 姫香が距離を取った後、背中から地面へと倒れ込んだ少女はそのまま下半身を持ち上げ、首跳ね起き(ネックスプリング)の要領で飛び上がっていた。

「少し嫌味を言っただけで、容赦がなさすぎだろうが……」

 溜息を吐きつつ……両手を上げた少女、鵜飼理沙を見て、姫香もまた構えを解いた。

 もっとも……相手は姫香にとって緘黙症の対象(該当者)で、自分から口を利くことはできないが。




「……あれ? そういえば勇太、理沙ちゃんは?」

「あいつは休日(オフ)だ。今頃公園辺りでも、走ってるんじゃないか?」

 工場地帯内にある工場の一つ。その中へと入り、奥へと進む道すがら、弥生は勇太の連れがどこにいるのかを聞いていた。

「というか……今回の件、あいつは外した。他にも仕事あるし、今はそっちを任せてる」

「景気がいいことで……」

 人は生きる上で、必ずもの(・・)を廃する。ゆえに、職種の差はあれど、清掃業界の需要は高い。それこそ、免許的な問題で高給取りなことの多い運送業者よりも高額かつ簡易的に、だ。

 それは裏社会でも例に漏れず、犯罪現場の隠蔽や痕跡の排除、死体(・・)の処理だけでも巨利多売が見込める。常にではないが……ガキ大将の少女の実家を除けば、勇太の家は地元で一番の金持ちだった。

「だったら『掃除屋(うち)』に転職するか? お前なら免許がある分、最初から高給取りだぞ」

「断る。女に逃げられるだろうが……」

 それでもなお、清掃業者になろうと思わない人間の方が多い理由は、そのイメージの悪さにある。

 何しろ、相手にするのは廃棄物なのだ。外見や仕事に対する負のイメージだけでなく、染みついた匂いは身体から中々剥がれることはない。

 特に裏社会では、処理するのはただの(・・・)ゴミでは済まなくなる。犯罪で用いられた機材や違法な消耗品はまだましな部類だ。犯罪の痕跡を消すのも違法性を除けば、専門の清掃業者だと思っても差し支えない。対象が人間の死体でも、状況にもよるが、別業種である葬儀屋の仕事と大差はなかった。

 だが、一番の問題は……その廃棄物が、生者にまで害を及ぼす可能性があることだ。

 たとえ、誰かがやらなければならない問題だとしても、自ら貧乏クジを引きたがる人間はまずいない。ゆえに、就職活動において清掃業界は、就職難であっても選ぶ者は極端に少なくなる。

「……それ以前に、まずお前の所(・・・・)は選ばねえよ」

「そりゃ残念」

 そうこう話している内に、勇太の足が止まる。工場内の中心、どうやら目的地に到着したらしい。

「あれが……今回のお前の仕事だ」

 勇太が横に逸れることで、睦月の視界に一台の車が映る。

 塗装前の、金属が剥き出しになっている状態の車体だった。2シーターのスポーツカーで、デザインだけでも高速仕様だということが分かる。

「『走り屋』として運転手に徹するでも、『運び屋』として結果を運んでくるのでも構わない。俺の依頼……要求はたった一つ」

 横並びに歩き、一台の車の前に立つ三人。その車体に掌を当てながら、勇太は睦月の方を向き、言い放ってきた。


「……『レースに勝て』、それが俺の依頼だ」




「お前達……『クリフォト』と()り合ったんだってな」

 両手は挙げたままだが、理沙は未だに戦意を喪失していない。会話の応対次第では、第二ラウンドも辞さない構えだ。

 その気配を感じ取ってか、姫香はゆっくりと腰を持ち上げてから首を振り、指を一本だけ立てた。

 数字の一、つまり姫香が言いたいのは一月(・・)

「ああ……()り合ったのは『運び屋』の方か」

 ……睦月のことだった。

「だが、『運び屋』から話は聞いているんだろう?」

 いつもなら腕を組むところだが、姫香は憮然とした表情のまま、頷くだけに留めた。たとえ自分以下(・・)とはいえ、相手が相当の実力者だと知っているからだ。

「そのメンバーが他にも、日本(この国)に来ている。少なくとも今、その一人が好き放題やっているらしい」

 目の前にいる少女は、決して味方ではない。けれども、理沙は姫香に、場合によっては代価が発生しかねない情報を伝えてくる。

 理由は様々あれど、結論としての本質はただ一つ。


「その件で……近い内に、義兄(あに)が『運び屋』に依頼するそうだ」


 その情報(・・)に、関わることになるからだ。




「……ストリートレーサーの勧誘(スカウト)?」

「聞こえはいいが、実際は違う……ぶっちゃけると、古き悪き人間爆弾だな」

 弥生に、勇太と周囲の警戒を指示した後、睦月は用意された車をあちこち確認して回っている。最初から運転席には座らず、前方(フロント)後方(リア)に設置されたエンジンの状態を見ながらにはなるが、睦月の口は依頼内容と状況把握の為に疑問を吐き出していた。

「車は手始めだ。要は乗り物に爆弾と人間を載せて、そのまま運転して突っ込ませる、ってとこだろう」

「それで……野良のストリートレーサーを勧誘してる、ってことか」

勧誘(スカウト)の女の容姿に惹かれる奴もいれば、実力であっさりと従わされる奴もいる。従わなかった連中は全員(・・)、不慮の事故に巻き込まれちゃいるが……記録を見る限り、人為的に起こせるものばかりだ」

「美人に弱い馬鹿ばっかなのは、相変わらずだな……」

 勇太の説明を要約すると、こうだ。

 レーサーをはじめとしたプロドライバーの勧誘(スカウト)と称して、運転技術の高い人間を掻き集めて爆弾の材料(・・・・・)にする。それを目的にして『犯罪組織(クリフォト)』のメンバー、もしかしたら幹部かもしれない人間が動いているらしい。

 手始めこそ列島の南側から徐々にだが、すでに何人も勧誘され……ある国(・・・)に連れ去られている。

「……で、今度の標的(ターゲット)は俺達の古巣(・・)、ってことか」

「ああ、昔の伝手(・・・・)で泣き付かれてな」

 警戒されているはずだが勇太は気にせず、手近に置いてある椅子に腰掛けだした。

「もう引退したとはいえ、ほっとくのも目覚めが悪いし……何より、狙いの中に『最期の世代(俺達)』が含まれている可能性もある」

 その指摘に、おそらく間違いはないだろう。

 以前、睦月が対峙したアクゼリュスもまた、『最期の世代』の面々に並々ならぬ怨嗟の念を抱いていた。勧誘の最中(過程)であれ目標の達成(結果が出た)後であれ、また襲い掛かってくる可能性はゼロじゃない。

 感情論でもそうだが、国家権力以外で(実績込みで)対抗できうる戦力を放置するなんて、間抜けもいいところだ。大なり小なり対策を練ってくるのは、火を見るよりも明らかだった。

「だから先手を打って、こっちの代表と向こうでレースをやる。負ければ有志数十名が勧誘(拉致)されるが……勝てば向こうの面子は丸潰れだ。これ以上勝負を挑まれることはない」

「でもそれって……結局は力尽くで拉致される可能性もなくない?」

「だったら、最初からやってるはずだ」

 座席の具合を確かめてから腰掛け、ハンドル周辺を(まさぐ)りつつ、睦月は弥生の疑問を否定した。

「派手にやれば、さすがに国が動くとでも思ってるんだろう。だが逆に言えば……」

「……なりふり構ってる内に潰しておかないと、後々面倒なことになる」

 睦月の言に、勇太が引き継いで告げる。

いつも通り(・・・・・)、段取りはこっちで済ませてある。後はお前が請けるかどうか、だけだ」

 そこで勇太は立ち上がり、ハンドルグリップやシフトレバーの握り具合を確かめている睦月から数歩離れた場所に移動した。


「…………で、どうする?」

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