033 案件No.003_長距離高速送迎(その6)
「…………よし。郁哉、俺はもう行く。ちゃんと『掃除屋』手配しとけよ」
「いまさら格好付けても遅いぞ、睦月」
ようやく落ち着いたのか、睦月は郁哉にそう言い置いてから、自身の車の方へと戻って行った。
郁哉は睦月の背中を、珍しい相手と共に見送ることにした。
「にしても懲りないね~……いいかげん、真正面からやりあったら?」
「だったらもっと、強い奴当たるわ。睦月の相棒とか、ざっと見た限り良さげじゃね?」
「姫香ちゃん? 結構手強いよ~……睦月張りに容赦もないし」
もう仕事は終わったからと、弥生は眼鏡を外しながら歩き出していた。帰ろうとするその小さな背中に、郁哉は何となく声を掛ける。
「しかし変わったよな、お前も。昔はもっと睦月にべったりだった、」
――ダンッ……!
「…………自分が撃った分は払えよな」
「余計なことを言う、郁哉が悪い……』
頭上に引っ掛けていたペストマスクを顔に戻し、変声機越しの無機質な声を残した弥生――『ペスト』は右手で抜いた小型の自動拳銃を懐に戻しながら、今度こそ夜闇の中へと消えていった。
離れた所に移動手段を用意しているのだろう、体重の載らない軽い足取りで去って行った昔馴染みを見送った郁哉は、足元の銃痕へと視線を落とす。
「本当……変わったよな」
幼少期の、睦月の陰に隠れていた、泣き虫だった頃の弥生をどこか懐かしむ郁哉。やがて、懐からスマホを取り出すと、『掃除屋』に銃撃戦の痕跡を消す依頼を出す為に指を走らせ……ようとして諦めた。
「水没してる…………」
こればかりは後日、元凶である睦月に請求書を送り付けてやろうと、郁哉は内心で決意した。
「さっきの爆発……何だったんでしょう?」
「睦月君……じゃないよね、姫香ちゃん?」
彩未の問い掛けに、姫香は首肯する。
そもそも運び屋である睦月が、普段から爆発物を持ち歩くとは思えない。むしろその手の依頼があれば、迷わず『ペスト』に声を掛けようとするはずだった。
「さっきの『喧嘩屋』さんしかいないと思うけど……もしかして、本当に工作員が来たとか?」
「あの、睦月さんは本当に……ぶっ!」
本当に、純粋な気持ちでの呟きだった。しかし、いつの間にか距離を詰めてきた姫香に由希奈の口は摘ままれ、声を途切れさせてしまう。
「ぁ、ぁぉっ、ぁぃぉ……」
「由希奈ちゃん……心配な気持ちは分かるけど、大丈夫だよ」
無言で由希奈の口を塞ぐ姫香に代わり、彩未はスマホを操作しながら答えた。どうにか状況を知ることはできないかと、『ブギーマン・ネットワーク』へとアクセスして情報を集める為に。
「多分だけど……爆発は完全に別件だと思う。睦月君達も例の工作員達も、わざわざ爆発物を用意する理由がないし。むしろ銃撃戦がメインになってくるはずだけど」
――ダァ……ンッ…………
「……あの爆発の後、銃声は一発だけ。少なくとも戦闘は、さっきまでの銃声が鳴り止んだ時点で、もう終わってると思う」
「ぅぷっ!? ……そう、ですか」
姫香も彩未と同意見らしく、ようやく由希奈から手を放した。
……いや、おそらく視界に、待ち侘びた人物が映ったからだろう。
「あ…………」
「ほら……やっぱり勝ってきた」
彩未が振り向き、由希奈が立ち上がるよりも早く、暗闇から出てきた青年――睦月に近付く者がいた。
「……待たせたな、姫香」
そう声を掛けてきた睦月に対して、姫香は右手を開けてから持ち上げつつ拳を作り、擲弾発射器を持ったままの左手首を二回、トントンと軽く叩いた。
「【お帰りなさい】」
「ああ、ただいま……」
それだけで、二人の間には会話が成立していた。
「…………」
「由希奈ちゃん、ちょっと顔険しくなってるよ……嫉妬?」
「かも、しれません……」
言葉は要らない、とばかりに並んで戻ってくる二人に対して、由希奈は手に持っていた杖を強く握った。
「下平さん、」
「別に彩未でいいよ? 私なんて由希奈ちゃんのこと、とっくに名前呼びだし」
「じゃあ……彩未さん」
急いで駆け寄って行った姫香の為に、少しだけだが時間はある。その間に、由希奈は彩未に手短に問い掛けた。
「ただの同級生で、依頼人という関係でも……異性というだけで、嫉妬するものなんでしょうか」
「多分、立場は関係ないと思うよ」
睦月達が近付いてくる。彩未は二人に聞かれないよう、手早く由希奈に告げた。
「友情でも愛情でも、好意が大きくなり過ぎて独占したくなる。それがどんな気持ちから来るかは、人それぞれだから……由希奈ちゃんは間違えないでね」
それは一度、結婚詐欺で失敗した彩未だからこそ出てきた答えであり……由希奈の問いに対する、一番真摯な気持ちだった。
「まあ、初恋相手にするにはいいんじゃない? 睦月君、商売女か自分の敵じゃない限りは、あまり乱暴にしてこないし」
「そう、ですか……」
由希奈は、一度息を吐いてから、再度杖を握りしめた。
「でも、今は……睦月さんのことが知りたいです。もっと、もっと…………」
もっと、話をしよう。まずはそれからだと、由希奈は心の中で、そう決意した。
そして……二人きりで会話をする機会は、すぐに訪れた。
「二人共……寝ちゃったみたいですね」
「馬込さんも、寝てて大丈夫ですよ。もうバーベキューは終わってるでしょうし、帰りを急ぐ必要もありませんから」
「いえ、大丈夫です……」
往路とは違い、復路は比較的普通な道を選んでいた。無論、車体は別の色に上塗りし、予備のナンバープレートに付け替えた上で、だ。そのお陰で、帰りは高速道路を用いることができるので、行き程乱暴な運転にはならないだろう。
その為もあるのか、由希奈は助手席の後ろに腰掛けていた。
『帰りは姫香ちゃんが助手席だって~……隣いい?』
そう言って由希奈に詰めるよう頼んできた彩未に、いつの間にか助手席の後ろ側へと……運転席の睦月と話しやすい位置へと追い込まれてしまったからだ。
『私はちょっと寝たいし、姫香ちゃんもスマホ弄ってるか寝てるかのどっちかだと思うから……頑張ってね』
最後に耳元で囁かれた言葉通り、姫香と彩未は出発後三十分もしない内に、さっさと夢の世界へと旅立ってしまっている。
(本当に、助けられてばっかりだな……私)
自身の不甲斐無さに歯噛みしそうになるものの、このまま黙っているわけにはいかない。これ以上は彩未に言われた通り、本当に『甘え』になってしまいそうだから。
「……少し、お話してもいいですか?」
「いいですよ。眠気覚ましにもなりますし」
とは言いつつも出発してからずっと、睦月の運転がぶれることは一度もなかった。
それだけの運転技術と……仕事に対する集中力や持久力が、桁違いなのだろう。でなければ長距離高速での運転後に銃撃戦も行い、なおかつ帰りの運転までこなせるわけがない。
「荻野さんのこと、彩未さんから聞いたんですけれど……」
由希奈はまず、彩未から聞いた話を睦月に伝え始めた。
睦月が裏社会の住人であること、廃村となった地元はどんなところだったか、そして……彩未から見た、『運び屋』としての生き方の歪さについて。
「……荻野さんはどうして、『運び屋』になったんですか?」
だからあえて、由希奈は問い掛けた。
睦月がどうして、『運び屋』という仕事を選んだのかを。
「荻野さん程の腕前なら、別に犯罪行為までする必要はない、ですよね? 普通に運送業をするだけじゃ、駄目だったんですか?」
車は今、高速道路の上を走っている。
比較的空いている時間帯だったこともあり、睦月はハンドルの上で指を軽く動かしながら、由希奈からの問い掛けへの返答について考え込んでいるみたいだった。
そして話すべきことが纏まったのか、睦月はおもむろに口を開いた。
「きっかけ自体は、大したことないですよ……何の考えもなく、ただ『運び屋』を選んだだけですから」
選択肢の少なさに、視野の狭さ。
一般的に見れば、睦月の回答はそう評されることだろう。しかし、由希奈の目から見ても、それだけではないことは理解できた。
「じゃあ……今でも続けている理由は?」
「言葉にすると、恥ずかしいんですけどね……憧れたんですよ」
「憧れ……」
言葉にするのは、簡単だった。睦月が『恥ずかしい』と言うのも分かる。ただ、由希奈が本当に知りたいのは、その『憧れた』理由だった。
「説明しやすくする為に、少しずれた話題を出しますけど……馬込さんは、宗教が成り立つ理由が何か、ご存知ですか」
「え、いえ……」
それがどう関係するのかは分からないものの、由希奈の答えは単純だった。
「それを『信じる』人が居るから、とかじゃないんですか……?」
「その『信じる』は、大別して三つに分けられます。まあ……俺も親父から、聞いただけなんですけどね」
料金所が近付いてきたので、電子料金収受システムを対応させる為に速度を落としていく。しかし、運転に集中しながらでも、睦月は由希奈との会話を途切らせることはなかった。
「『ただ救いや見返りを求める為に縋っている』ことと、『暴力や権力、同調圧力といった威光を恐れて従うしかない』こと。そして……『神仏やかつての偉人、空想現実問わずの身近な人間等の行いを尊敬し、その生き様に憧れた』こと。その三つです」
「…………」
正直に言って、由希奈にとって宗教は『よく分からない存在』だった。
人が何故、誰か何かの為に命すら投げ出してしまうのかも、当事者ではない由希奈には、理解できなかった。
……睦月から話を聞く、これまでは。
「よく『後継者問題』が話題に上がりますけれど……親父に言わせれば、『過去の権威に縋ったり、権力で押さえつけたりしても人がついてくるわけがない。自分でどうにかできないなら、さっさと廃業した方がまだ周囲の危機意識が生まれる分マシ』らしいですね。実際、『運び屋』の先祖なんてめちゃくちゃやってたらしいですから」
その話を、由希奈は何かの物語かのように、思わず聞き入ってしまった。
曰く、日本に初めて鉄道が走ることになった時は、一族総出で『運び屋』稼業をほっぽりだし、全員で機関士の求人に応募しようとしたとか(結局は年齢等の都合で、大半が弾かれたらしいが)。
曰く、新しい乗り物が世に出る度に誰でもいいから運転技術を覚えさせようと、習得する機会に恵まれなかった者達は泣く泣く稼業に没頭したとか(そして習得した技術について、覚えた者はその恵まれなかった者達に骨の髄まで絞り尽されたとか)。
曰く、親族の大半が運送や交通機関等に就職した為に、もう『運び屋』の親族的に、同世代は存在しないとか(それどころか、先祖が『運び屋』だったことを知らない者達までいる始末だとか)。
そして戦時中等は、徴用工(占領地に住む現地人を労働力として無理矢理、もしくはハリボテの待遇をちらつかせて強制動員した問題)の実働部隊として使われるのを嫌がり、銃撃戦のごだごだで指揮官が死んだからと本国に泣きつきに戻る態で拒否したとか(実際は、徴兵されたご先祖様が指揮官を撃ち殺した可能性もあるが、伝聞情報しかないので憶測の域を出ないとか)。
「なんだか……聞いているだけでも、楽しそうな人達ですよね」
「ええ、そうです。『『運び屋』なんかに拘っている時点で、そいつは半人前だ。素人より質が悪いぞ』なんて、軽口叩けるような連中の集まりですよ」
実際、幼少期の睦月は何度も、父である秀吉にその話をしてくれとねだったものだ。下手な物語よりも現実的で……より幻想的だから。
そう懐かしむ睦月だったが……次第に、表情に陰が差し込んでくる。
「ただ……昔、ある女に言ったことがあるんです」
『人間関係を形成するなら幻想でも構わないけどな……継続したいなら、ちゃんと現実も見ろ』
睦月はかつて言った言葉を由希奈に告げた。ハンドルを握る手の力を、少し強めながら。
「でも、現実を見ていなかったのは……俺も同じなんですよ」
「え…………?」
その場の空気が読み辛い由希奈にも理解できる。それ程までに、睦月の声音には重みが増していた。
「何でもできると思い込んでいた子供の頃、勝手に仕事を請けて……結局俺は、何もできなかったんです」




