032 案件No.003_長距離高速送迎(その5)
「ふぅ…………なんとか、上手くいったな」
背中が海面に触れるかどうかの、少し浮いた位置。事前に係船柱に括り付けていたワイヤーロープを掴んでぶら下がりながら、睦月はぼやいた後の口で一度左手の自動拳銃を咥えて固定し、右手にある持ち手を掴み直していた。
(どうにか、銃に気を取られてくれたみたいだな……)
たとえ残弾数を減らすことになろうとも牽制していた目的は、もちろん誘導もあるが、郁哉の意識を銃に向けさせることだった。
銃に意識が向いた瞬間に決着を着ける為に、事前の小細工で追い込む。そう思い込ませた瞬間に、牽制用だと錯覚させた右手の自動拳銃を構えて引き金を引いたのだが、放たれたのは銃弾ではない。
装填していたのは、弥生が作成した弾倉型の煙幕手榴弾だった。
通常の手榴弾としても使えるのはもちろんのこと、不意討ちにもなるからと、銃口から煙幕を噴出できるようにもした代物である。まだ試作段階だが、ある欠点を除けば十分実用に足るので、残りを他の武器と一緒に保管しておいたのが、今回は功を奏した。
銃弾が迫ってくると思わせたところで突然の煙幕。素人だと立ち止まり、玄人でも伏せるか隠れるといった、相手を条件反射の行動に追い込むことができる。少なくとも、自他共に位置を把握できないのであれば、下手に行動するのは悪手になりかねない。
しかし、気配で相手の動きを追える郁哉には関係がなかった。煙幕を張った人間、睦月を追い駆けられるのであれば、迷わず足を動かしてくる。そこには地面があり、最悪足の踏み場がない時は共に踏み外すので痛み分け。
……そう思い込んで追ってきた郁哉の心の隙を、睦月は突いたのだ。
睦月は運び屋だ。直接、間接を問わず、事前に領域を確認できるのであれば、空間把握等の能力に長けた青年にとって、視界を封じられた状態で動き回ること等、造作もなかった。郁哉にも多少の能力はあれど、初見では追い駆けることしかできない。
戦闘領域の把握、その差が二人の明暗を分けた。
郁哉が追い駆けてきたのを確認した睦月は煙幕の中から海へと駆けていき、すぐさま事前に仕込んでおいたワイヤーロープを掴み上げると、振り子の要領で係船柱にぶら下がったのだ。
郁哉から見れば、睦月は突如『右に消えた』と思ったことだろう。しかし、状況を改めて把握し直そうとしても、突然海に落ちてしまったので思考を続けることは難しくなるはずだ。
単純だが、相手次第では確実に動きを止められる罠だった。
「がっ、ぷふぇっ!?」
「…………っと、」
念の為にと直進せず、横に逸れるようにワイヤーロープを使ったのは正しかったらしい。少し距離を置いた状態で、海に落ちたと自覚した郁哉が泳ぎ出す前に動けたのだから。
睦月は六十発入りの円盤型弾倉が装填された自動拳銃を右手に構え直し、銃口を向けて告げる。
「さて…………この辺で終わりにしとかないか?」
「…………」
すでに、郁哉に対抗できる手段はない。
下手に動けば睦月の自動拳銃が火を噴き、何もしなくとも海の藻屑と化す。いくら郁哉でも、肉体だけで水の塊を凶器へと変貌させる技術は持ち合わせていない。精々が局所的な高速移動だろうが、この状況で小口径高速弾以上の動きをするのは困難を極める。
「……分かったよ。俺の負けだ」
つまり、睦月の勝利だった。
「ああ、くそ……やっぱり詰まってやがる」
手放した自動拳銃を拾い上げた睦月だったが、煙幕手榴弾を装填した方は使えなくなっていた。
試作段階から抜け出せない唯一の、そして最大の欠点は『銃の再利用ができない』ことだった。
普通に手榴弾として使用する分には問題ないのだが……銃口から噴き出させる場合、銃身内に煙幕を充満させなければならない。銃身が下がりきった状態で全て排出されてくれればいいのだが、できてない以上装弾不良を起こす可能性がある。それどころか、下手をすれば粉塵による暴発の危険もあった。
だから弥生が試作した分は元々、ただの煙幕手榴弾として使い捨てる予定だったのだ。
ただなんにせよ、これで現状、自動拳銃三丁の内一丁は使用不能となってしまったのだが……
「というか、一体何だよそれ?」
「弥生謹製の煙幕手榴弾。面白半分に提案したら、あっさりと作ってくれたんだよ……この通り、まだ改良点はあるけどな」
「相変わらずつるんでんのかよ、お前等……」
「女口説く為に鍛えてるお前も、似たようなもんだろうが……」
……ここで郁哉が、敗北を認めてくれたことを考慮すれば、十分お釣りがくる。
睦月は地面に腰掛けて、自動拳銃の状態を一丁ずつ確認していた。その横で、今は戦意を無くした郁哉が服を脱いでは脱水し、係船柱(ワイヤーロープ付)の頭部に引っ掛けている。
「……そういやあいつ、元気でやってるのか?」
「相変わらず修行、修行の毎日だけどな」
問い掛けたのは睦月の昔馴染の一人、郁哉の想い人のことだった。
郁哉が『喧嘩屋』ならば彼女は『剣客』、時代錯誤な刀使いであり、『より強靭な血を残す』ことを自らの使命としている。というよりも、そんな自分に酔っている節があった。
その為、『自分を圧倒できる者を伴侶とする』と昔から豪語し、そして何故か彼女に惚れている郁哉は、何とか口説こうと鍛える日々。その想いが報われる日が来るのかは、睦月をはじめとした周囲の人間どころか、当の本人達にすら分からない。
「女だてらに刀振り回すとか、よくやるよあいつも……刀狩りどころか、銃刀法のご時世で」
「お前もだろうが、『運び屋』」
「……『喧嘩屋』程、適当に選んだ覚えはねえよ」
要分解整備で使えないままの一丁を肩掛けのホルスターに仕舞いながら、睦月はそう返した。
「で、これからどうする?」
「まあ、とりあえず……」
一応は負けた身である郁哉からの問い掛けに対して、睦月は一度、周囲を見渡して考え込む。
少しして纏め終えた睦月は、郁哉の方へと再度目を向けた。
「……『掃除屋』の手配と、それとは別に一つ貸しな」
「ああ、分かったよ。ったく……」
服がある程度乾いたことを確認した郁哉は、返事をしながら再度着込んでいく。
「ところで……例の工作員の方々は、本当に来るのか?」
「あのおっさん曰く、来るらしいけど……連絡手段が国際電報、ってどう思う?」
「いや、今は民営だけど元は親方日の丸じゃねえか。よく連絡先知ってたな、そのおっさん」
郵便局と同様に民営化したとはいえ、かつては国の息が掛かった組織である。未だにどこかの公的機関が見張っていたとしても、なんら不思議はない。
「絶対どっかが見張ってて、邪魔してくるだろう。少しでも頭が回るなら、その可能性を考えてバックレると思うけ、ど……」
睦月の言葉が途切れる。
姫香が用意した鞄の中を漁り出した睦月は、暗視機能のある小型望遠鏡を取り出して覗き込んだ。指先の位置にあるダイヤルで倍率と可視光を調整しながら海岸線を見渡し、そこに無灯火の小型船舶が浮かんでいる姿を捉えた。
「…………、マジか」
車両と同様、船舶もまた夜間航行時には、船灯による灯火表示義務がある。そもそも灯台付近みたいに明るければまだしも、たとえ船舶位置情報を把握しつつであろうとも、沖合から上陸するのは座礁等の危険性が増す。ゆえに、通常であればそんな義務等なくとも、視界確保の為に灯火しない選択肢はありえない。
そう……通常であれば。
「このタイミングで無灯火の小型船舶、しかも黒塗りとくれば……どう思う?」
「偶々出くわした密入国の船か……本命だろうな」
「ったく、面倒を増やしやがって……」
小型望遠鏡を降ろした睦月は、苛立たし気に顔を顰めた。
睦月達に言わせれば、暁連邦共和国の連中は臆病者共の集まりである。
安全神話はすでに崩壊し、そこらの一般市民ですら警備に囲まれた上級国民を簡単に殺せるお国柄にも関わらず、年端もいかない普通の少女も拉致対象に含めてしまうような、腰抜け共の集まりなのだ。普段から国家権力に対して喧嘩を売っているような生活をしている裏社会の住人からすれば、一般人いじめで粋がっているだけの腑抜けとしか見ることができずにいた。
……政治目的であるのならば、最初から相応の人物を選べばいいのだ。楽な方ばかりを選ぶからこそ、他国から見下されていることを理解できない愚者程、質の悪い存在はない。差別的な思考の持ち主であれば、同じ人類として分類することすら忌避する程だろう。
「……で、どうするんだ?」
「弱い者いじめするしか能のない連中の相手なんて面倒臭いし、そのまま放っといて帰りたいんだが……そうすると、依頼達成の条件を満たせなくなるしな」
仕事の目的はあくまで、由希奈の仇敵を警察に引き渡すことである。
直接引き渡すことができないのであれば、その場に放置するのが一番だ。だが、未だに警察車両のサイレンどころか車のエンジン音すら聞こえてこないということは、まだ到着していないと見るべきだろう。
つまり……警察より先に、連れていかれる可能性の方が高かった。
「早速貸しを返して貰うぞ、郁哉……今から姫香を呼んで、擲弾発射器で牽制させる」
緊急事態なので仕方がないと、睦月は割り切ることにした。由希奈の安全も保証しなければならないので全員車に乗せ、こちらへ運転して来るよう姫香に指示を出そうとスマホを取り出す為に、懐に手を伸ばす。
「炸薬弾の類は持ってきていないだろうから、船を沈めるのは無理。その代わり出てきた奴は俺が片っ端から撃ち抜く」
「そして、俺が泳ぎ切った奴を片付ける……か」
軽く身体を解しながら、郁哉は睦月の提案に賛同した。
「乗った。それで貸し借り無しだ」
(ま、仕方ないよな……)
自分以上の実力者、という切り札は今後仕事をする上で非常に有用な保険となる。しかし、必要な時にすら出し惜しみしてしまえば、逆に命を落とす事態になりかねない。
だから睦月は、躊躇なく切り札を切った。それが生き残る為なのか、仕事をこなす為なのかは関係ない。ただ、それが自身の決断だと迷わず宣言できる。
ゆえに睦月は、左手に円盤型弾倉を装填したままの自動拳銃をぶら提げながら、右手でスマホを操作しようと……
――…………チュドーン!!
『は…………?』
……したが落としてしまう。そして郁哉と共に、腑抜けた声を口から漏らしてしまった。
迫ってきていたはずの、黒塗りの小型船が突如爆発したのだ。理由も何も、分からないまま。
「おい、自爆かっ!?」
「そこまでアホな連中なら、拉致問題なんてとっくに解決してるだろうがっ!?」
一体何事かと、周囲を見渡し始めた二人に向けて言葉が降ってくる。
「……あれ? 睦月じゃん。郁哉も久し振り~」
睦月と郁哉が声のした方を見上げると、大き目のパーカーを羽織った小柄な体躯に、鳥の嘴に見える部分が目立つペストマスクを被った者がいた。
そして顔を覆っていたペストマスクを持ち上げた彼女――弥生は眼鏡を掛けながら、睦月達を見下ろしてくる。
「弥生? いや、久し振りだけど……お前も睦月の仕事に、付き合って来てたのか?」
「ううん、ただの偶然……っと、」
先に立ち直った郁哉に答えつつ、弥生は飛び降りて睦月達に歩み寄ってきた。
「睦月とは別口で、偶々あの船沈めに来てただけ。それより二人は、どうしてこんな所に?」
「こっちも仕事だよ。多分さっき吹っ飛んだ船だと思うけど……それで亡命しようとしていたおっさん利用して、睦月に喧嘩売って負けたとこだ」
「それ仕事じゃないじゃん。完全いつものじゃれ合いな上に、結果もまったく同じだし……」
「ほっとけ」
そう軽い口調でツッコみながら、手を頭の後ろで組む弥生に郁哉は思わず、少しだけ顔を歪めてしまう。
「というかお前……今沈めた船どこのなのか、知ってんのか?」
「暁連邦共和国の工作船だよね? 『日本に来るから沈めてくれ』、って依頼が来たから色々と準備して、ついさっき遠隔爆破したけどさ」
「知った上で国相手に喧嘩売るとか、お前……」
しかし、郁哉の声は途切れてしまう。
「…………――――郁哉の貸し、無駄に使っちまった~っ!?!?」
突如発生した……睦月の叫びに遮られる形で。
「……本当相変わらず、不意討ちされる側に回ると弱いよな。睦月って」
「これでも知識や経験重ねて、結構冷静さを保つようになってきてたんだけどね~」
「いや……今回は原因、完全に弥生だからな?」
最初から弥生が一緒に居れば、こんなことにはならなかったかもしれない。状況の変化について行けず、その場で頭を抱えてしゃがみ込む睦月を、二人は静かに見下ろすことしかできなかった。
「保険が、せっかく手に入った保険が……」
「落ち着けよ。お前が保険無駄撃ちするなんて、いつものことだろうが」
「そうそう。婆ちゃんも前に、『そのおかげで儲かってる』って言ってたし」
「弥生……それ多分、止め刺してる」
さすがにこの場で煽るのは違うかと、郁哉は弥生と並んで、睦月を宥めるのだった。
「本当……何で俺、こんな奴に勝てないんだろう?」
「いや不意打ちとかなら、普通に勝てるじゃん」
「それだと意味がないんだよ……」
カクヨム様の近況ノートのサポーター限定公開にて、睦月の愛銃についての解説を掲載しました。短文な上、今後物語が進展する中でもご紹介しますが、逸早く知りたい方は是非(ちょっとした小ネタ以外の利点はありませんので、気が向いた時にでもお願いいたします)。




