206 『運び屋』へと至る道(その7)
同窓である『最期の世代』の中で、近接戦闘に精通した者に順位を付けるのであれば、まず真っ先にガキ大将である少女が一番に挙げられ、戦闘職に連なる三人が次点に位置づけられる……というのが、表向きの共通認識だ。
ただし、該当する全員がその順位を信じていない。
何故なら……自分を含めた誰もが、結果的に実力を隠しているからだ。
後に敵対する可能性。当時は使う必要のない能力だったこと。そして……それ以上に、成長に至るまでの時間が不足していたことにも起因する。
現に、家業の『運び屋』の方では、睦月が中学を卒業するまでの大半が運転技術の習得に専念させられていた。戦闘に関する多少の鍛錬は仕込まれていたものの、主に武器の扱いや手を使わない身体捌きのみで、小中一貫校の方がより厳格かつ子細に教えてくれた程だ。
『『誰がどう繋がるか分からない』って……それは当人の、未来の可能性も含めての話だ』
かつて、月偉に告げた言葉の通りだ。個々人がどう成長するかは誰にも分からず、睦月ですら自分の将来を未だに予想しきれていない。だからこそ、余程の実力差がない限りは断定する必要がない上に、関係ないとすら考えてもいた。
それでも、はっきりしていることは二つある。
『今後何かあれば、ここにあるものが役に立つ。本当なら、そんな事態に陥らないのが一番なんだが……将来のことなんて、誰にも分からないしな』
そう口にした秀吉自身が、睦月が『運び屋』の奥の手を使わざるを得ない事態に陥ることを把握していたのはまず間違いない。でなければ、今日訪れたこの廃ビルどころか、存在自体教えられてなかったはずだ。
とはいえ、問題はもう一つの方にある。
――ダンッ!
「っ!?」
「ちっ!」
高強度を誇るコンクリート構造の壁に囲まれた通路、それは足元の床とて例外ではない。突如響く銃声と、銃弾によりわずかに抉られた破片が飛び散る中、睦月と郁哉は攻撃の手を止めると数歩距離を空け、その元凶へと振り返る。
「何の真似だ、姫香っ!?」
右手で構えたままの自動拳銃の銃口を郁哉に向けたまま、左手で別の銃を引き抜いた睦月は視線を外し、入り口側から現れた姫香へと共に突き付けた。
しかし、姫香は発砲したばかりの自動拳銃を掴んだ左手を降ろしてから空いた右手の親指と小指を立て、電話の受話器を持つようにして耳に添えてくる。
「【電話】」
「…………電話?」
そこでようやく、両手に自動拳銃を構えたまま広げていた睦月の懐で、自身のスマホが鳴り響いていることに気付いた。
「……郁哉、」
「こっちは気にするな。というかお前、こういう時はスマホが鳴らないようにしとけよな……」
あまりの急展開に怒りが覚めてしまったのだろう。郁哉は構えを解くと腕を組み、近くの壁にもたれかかりだした。それを確認した睦月は右手の自動拳銃をウエストホルスターに納め、代わりに懐から取り出したスマホの画面に視線を落とす。
「勇太? ……何の用だ?」
表示された名前を見た睦月はスマホを通話状態にしてすぐ、電話越しにそう問い掛けた。
『お前誰に車売ったっ!?』
けれども、その勇太から返された用件に、睦月は思わず首を傾げてしまう。
「叫ぶな! 今地下に居るから声が響くんだよ……」
一先ず冷静さを取り戻す為、勇太にそう言い返した睦月は事情を聴こうと、再度話し掛ける。
「……で、一体どうしたんだ? というか何で、俺が車売ったこと知ってんだよ?」
『創から聞いた。ちなみにあいつ、『今度会ったらシバく』って言ってたぞ』
「余計な蛇足どうも……で、それがどうした?」
意味が二重になっているのも厭わず、話の続きを促す睦月。それに応えて、勇太は事情を説明し始めた。
『その車買った馬鹿が、度胸試しやらかしたんだ。そのせいで今、『走り屋』時代の連中から何人も、俺の方に連絡が来てんだよ』
「度胸試し…………って、まさかあれか?」
スマホ越しでも分かる程に、勇太の首が振られる音が睦月の耳に届いてくる。
「……度胸試し?」
『誰か居るのか?』
漏れ聞こえた声に対して郁哉が呟いたのを、勇太が耳聡く聞き付けて問い質してくる。詳しく説明するのも面倒だからと、睦月はスマホの通話をスピーカーに切り替えて、この場に居る全員に聞こえるようにした。
「こっちの事情で、郁哉と揉めてたところだよ。今近くに居る」
『お前等、また馬鹿やってたのかよ……』
「うっせえよ」
呆れた口調になる勇太に言い返す睦月を無視し、もたれていた壁から離れて近付いてきた郁哉が会話に割り込んでくる。
「というか……度胸試しって、結局何なんだ?」
話が長くなってしまうものの、教えなければ余計拗れると判断したのだろう。勇太がスマホ越しに、郁哉に説明し始めていた。
『簡単に言えば……『走り屋』連中の間で一時期流行った、どれだけ速度を出して運転できるか、っていうやつだな』
「普通ならただ走るだけなんだが、俺達がやってたのにはおまけが付いてる……その度胸試しには、相手が要るんだよ」
郁哉とは反対になる壁に体重を預けながら、睦月はスマホと自動拳銃を降ろすことなく、勇太の説明に付け加えていく。
「速度超過……つまり時速100km超えの道路交通法違反をしてる車を追い越すか、強引に停車させるんだよ」
施設にもよるが、ジェットコースターの速度は大体時速80km、日本国内で三桁に至るスピードを出す場所は、実は五本の指にも満たない。しかも、高速道路での運転が難しい者も居る程、高速の世界は危険に溢れている。
その中で100km超えの速度を出し、かつ別の車を追い越すか強引に停車させるように操らなければならないのは、並の運転手では至難の業だ。
常日頃から慣れ親しんでいる『運び屋』ですら、未だに油断できないのだ。その高速の世界で勝ち残ることは、『走り屋』達にとって一種の実力の証明に他ならない。
「適当に高速道路を流して速度超過している車を探し、実力を見せつける。時にはその証明として、強引に停車させてナンバープレートを奪い取ることもあるが……まあ、大体は追い越すだけだな」
一度、姫香の方に視線を向けてから、睦月はスマホ越しの声を交えた会話に戻った。
「とはいえ、度胸試し自体は本来なら進んでやるもんじゃない。やらかした時点で『走り屋』も道路交通法違反になって、警察にすぐ目を付けられる。ただ走るよりも、危険が段違いなんだよ」
『それに……いくら相手が迷惑運転してても、周囲の車は違う。巻き込むわけにもいかないから、よっぽど質の悪い奴が暴れてない限りは、『走り屋』も滅多にやらないしな』
現に、『走り屋』内でのレースでは、『掃除屋』のように下準備をしてくれる者達の存在が重要となる。そうでなければ無関係な人間が巻き込まれ、時には誰かしらの生命を落としてしまう。
それゆえ、いくら度胸試しでも大体が身内で行われることが多く、切っ掛けがなければ動きもしない。むしろ、メインであるレースの方に専念していた程だ。
「聞いてる限りだと……警察側の知り合いがこっそり情報提供して、被害が増える前にお前等に潰させてそうな話だな」
思わず浮かんだであろう郁哉の疑問に、睦月と(おそらく)勇太は盛大に視線を逸らした。
「あ~……偶にあったな、そんなことも」
『ああ、偶にあったな』
そうすっとぼける睦月と勇太だが、その返答だけでも、『こいつ等、散々やってたな』と郁哉が確信するに至るには十分過ぎたのだろう。痛い視線を向けられる中、情報提供者にコンビニ飯を奢って貰っていたのもいい思い出だと、睦月は過去を懐かしみながら現実逃避に入る。
けれども、勇太にすぐさま、現実へと意識を引っ張り戻させられてしまったが。
『とにかく……そのせいで交通警察隊とかがざわついてるから、『走り屋』連中の活動にも支障が出てるんだよ』
高速道路をはじめとした、速度超過の危険がある場所には基本的に、自動取締装置が設置されている。普段であれば、人の目すらほどんどない峠道でレースを行うので警察が介入してくることは滅多にないが、それでも当事者達(と巻き込まれかねない一般車両)にはいい迷惑でしかない。
だから、度胸試ししている者について(何だかんだ面倒見の良い)勇太が調査し、最後には『睦月が売却した車で行われた』という情報にまで辿り着いたのだろう。
『で、もう一度聞くぞ……一体誰に売ったんだ?』
「……いや、俺にも分からん」
こればかりは事情を説明しなければならないかと、睦月は判断して話を続けた。
「雪のこと覚えてるか? 昔潰した女の『走り屋』チームの整備士だった奴」
『いや、いくら付き合いは短くても、仲間のことは簡単に忘れないだろ?』
それが普通かと思う睦月だったが、決して口にすることはなかった。
「そいつが今働いてる整備工場を通して、|秘匿回線を用いたネット空間上で即売れたんだよ。今金策に走ってる最中だから、買い手に関しては調べてなかったな……」
その説明で納得はできても、事態が解決するわけではない。
事情を把握した勇太の呻き声が、スマホを通して地下の通路内に響いてくる。
『だったら最初から、俺に言えよ。金や伝手ならいくらでもあったのに……』
「そうすると、お前を『ただの金持ち』にしか見なくなる気もするが……それでも良いか?」
『……忘れてくれ。今のは失言だった』
金銭だけの付き合いが余程嫌なのか、あっさりと前言を翻す勇太。しかし、車を売却したのは睦月自身なので仕方がないと、自分から情報を聞き出すことにした。
「で、その運転手の特徴は?」
『連絡を受けた限りだと……』
おそらくは聞き取ったメモを読み返しているのだろう。紙が擦れた音の後で、勇太の言葉がスマホから遅れて出てきた。
『フルフェイスのヘルメットと全身黒尽くめのライダースーツ。『小柄で胸がでかかった』とかほざいてた奴がいたから、多分女だ。ただ……』
「ただ?」
勇太と話しながらも、睦月は何度か姫香の方を向く。そちらは特に気にすることなくスマホを弄っていたので、今回は違うかと意識から外した。
『……自動取締装置に記録が残ってない。そいつの仕業じゃないなら、誰かが背後についてるな』
「それでよく、俺の売った車だって分かったな……」
『偶々、現場に居合わせた奴の目撃証言だ。雑に塗装されてはいたらしいが、車にお前の癖が残ってたからすぐに分かったんだと』
そんなに分かりやすいか? と思わず首を傾げる睦月だったが、それだけですぐ心当たりが浮かんでくることはない。
「また、『犯罪組織』とかだったら面倒だな……分かった。こっちで対処する。他の連中にもそう伝えといてくれ」
いずれにせよ、他の車も売却する予定なのだ。今後の金策に影響が出ない内に対処した方が良いと、即座に判断した睦月はそう答えた。
「ちなみに……他にも何か、特徴はあるか?」
『後は……車体の色、位だな。雑に青く塗られてたんだと』
その単語に一瞬、睦月の脳裏にある顔が浮かんでくる。
「……分かった。進展があれば連絡する」
そう言い捨て、睦月は一方的に通話を切った。
「聞いてた通り、別件ができた。どうせ確認しに来ただけだから、今日はもう帰る」
「なら良いが……本当にそれだけか?」
「ああ……ただ、」
そこでようやく自動拳銃を降ろした睦月は、スマホと共に仕舞うと壁から離れてすぐ郁哉に背を向けた。
「まだ使わない、ってだけだ。親父だの『犯罪組織』だの暁連邦共和国だのが動いてる以上、いつまでも放置できるわけじゃないからな」
本当に必要がないのであれば、爆破等でさっさと処分していてもおかしくない。
それなのに、コンクリート壁の一部に最近補修されたような跡がある。手入れが扉の中だけでなく、その周囲にまで及んでいる証拠だ。ある意味ではそれを確認できただけでも、今日の目的は達成したと言えるだろう。
そんなことを思いつつ、ふと鍵を開けて中を見たのかと聞いてみたくなる睦月だったが……結局口を噤んだまま、コンクリートに覆われた通路を、姫香を伴って後にした。
「……だろうな」
そう、憮然と返してくる郁哉の声を背に受けて。
(青い車に乗った、自動取締装置に不正アクセスして操作できる奴が背後にいる女、か……)
未だに降りしきる雨の中、ここまで乗ってきた車に戻った二人はそれぞれ、運転席と助手席に着いていた。しかし、すぐにエンジンを点けることはなく、少し考え込んでいた睦月だったが……やがて口元に当てていた手を離すと、姫香に覆い被さるようにして身を乗り出していく。
「随分都合良く出て来たよな、お前も……」
慌てて追い駆けてきた様子が見られない程、傘で悠々と雨を遮ってきた為にあまり濡れてない衣服。それを身に纏っている姫香の手が締めたばかりのシートベルトの留め金から離れたものの、そのままスマホに伸ばすことは叶わなかった。
睦月の命令を無視し、懐のスマホが発した着信音に気付けた程近くの、すぐ背後に隠れていたことを暗に指摘してから、(手段を問わず)反論しようとする姫香の唇を強引に奪う。
「っ!?」
シートベルトを締めた瞬間に身体を押さえ、掴んだ顎を逃がさないよう固定した睦月の舌が、姫香の口腔内を凌辱していく。
チュピュッ! ジュ、ビピュゥッ……!
「っ、っぅ……、っ!?」
最初こそ反撃に転じようとしていたみたいだが、やがて目付きにトロンとした、ふやけた色味が滲み出てきていた。
「っぷ、ふぅ……俺が笑える範囲なら、裏切るのは別にいい。人間関係なんて所詮、『どれだけ好かれるか』じゃなくて、『どれだけ敵意を持たれないか』だからな」
その瞳の色が変わったタイミングで、睦月の舌技だけで達しようとしていた姫香から口を離すと身体を戻し、そのままシートベルトを締めて車のエンジンを掛けた。
「だが……罰はしっかり与える。それだけは忘れるな」
身体が火照っているのか、上手く反応できないままでいる姫香を放置し、睦月はアクセルを踏み込んでいく。
「っ、っ……」
膝上に手を置く姫香の指先がどこに向いているのかを見ることなく、睦月は家路に就くのだった。




