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202 『運び屋』へと至る道(その3)

 睦月が所有する隠れ家(セーフハウス)は複数あるが、その全てが資金を(とう)じて得たわけではない。国税庁や金融業での差し押さえ品から存在を(・・・)消した(・・・)人間から奪い取った物に至るまで、その入手方法は多岐に渡る。

 今回、睦月が(おとず)れたのは『走り屋』時代に手に入れた隠れ家(セーフハウス)で、元の持ち主は表向き行方不明になっていた。実際はどこぞの組織(すでに麻薬組織狩り(マガリ)を受けて壊滅している)を敵に回した為に死亡を偽造し、海外に高飛びして悠々自適な生活を送っていたが。

(名義変更する時に、勇太と創(あいつ等)とここの所有権を奪い合ったのももう、昔の話か……)

 当時、『走り屋』の中に麻薬の売買に関わりかけた間抜けが起こした問題(トラブル)を『NO BORDER(チーム)』で解決する羽目になり、その対価として得た分け前がこの土地の権利であり、睦月はそこに適当な倉庫を建てて隠れ家(セーフハウス)にしたのだ。

(今さらだけど……実際はこれが、一番の外れだった気もするな)

 他にも現金や美術品等、まだ扱いやすい分け前もあったのだが……賭けダーツで敗北した睦月に選択する余地はなかった。しかも、名義変更する際に諸々の書類を偽造する為、『偽造屋()』に多額の対価を支払う羽目になってしまったのだ。

 よくよく考えれば受け取らない選択肢もあったが、当時は所持していなかった隠れ家(セーフハウス)の問題を早々に片付けようとして(あせ)った為に、かえって高い買い物となってしまった。こうなったらもう、元を取らなければ割に合わないと睦月は(今でも)、自身に言い聞かせている。

(まあ、そう考えること自体が貧乏性なんだろうけど……)

 見た目はただの大型倉庫、実態は整備工場として機能するよう、建造していた。

 そして、倉庫内に保管してある車両は三台。全て事故車の修復(レストア)で所有者登録は無い。性能(スペック)は申し分ないのだが、その全てが輪業店を(いとな)む名畑の趣味同様、睦月の手で組み上げた物ばかりだ。

(整備士の練習になるからって、『偽造屋()』達と無駄に作り過ぎたな……)

 当時からすでに整備士(メカニック)としての技能は叩き込まれていたが、下準備も兼ねてチームメンバーと共に車を(いじ)っているだけでは満足できず、とうとう二台以上の纏め組み(ニコイチ)で予備を作り出すにまで至ったのだ。

(さて、どうするか……)

 昔からあまり車を乗り換えていないとはいえ、一から組み上げた分未だに愛着が残っている。特に、ここにあるのは睦月が中心となり、ほぼ一人で完成させた物ばかりだった。

 だからこそ、『走り屋』時代から今日に至るまでここに保管していたのだが……それももう、ここまでだ。

所有者登録()無しだから、中古車に(まぎ)()ませて売るには一手間要るな。これ以上、余計な経費は掛けられないし……まあ、仕方ないか)

 そう考えた睦月は結論として、同じ裏社会の住人(犯罪者)に売り付けることにした。

 いくらになるかは分からないが、このまま(ほこり)(かぶ)せたままにしておくよりはいいだろう。気になるのはその使い道だが……こればかりは相手次第なので、何とも言えないと思考の端に追いやった。

(だから物のやり取り、って苦手なんだよな……)

 物を贈るのも贈られるのも苦手な睦月にとって、フリーマーケット等の再利用(リユース)はどうしても抵抗が生まれてしまう。正直二台以上の纏め組み(ニコイチ)で車を作っている時も、どちらかと言えば『廃材を使って秘密基地を作る』感覚に近く、道具としての認識や金銭的価値よりも思い入れの方が上回っていた程だ。

 さりとて、下手に愛着が()いてさらに手放せなくなってしまうのは悪手でしかない。ここははっきりと断捨離するべきだと車両を点検確認しながら、睦月は売却の算段を立てていく。

(問題は……誰に売るか、だな)

 どれも『走り屋』用に整備してあるので、性能(スペック)は折り紙付きだ。しかし、だからといって誰もが乗りこなせるわけではない。それなりに運転技術を持ち合わせている相手でなければ真価を発揮できず、それどころか元廃車な時点で需要(ニーズ)にすらマッチしないだろう。

 とりあえず、乗りこなせそうな知り合いから順に、片っ端から電話を掛けて様子を見ようと睦月は、まず真っ先に思い付いた心当たりに連絡を取った。

「…………あ、創か? 車売ろうかと思うんだけどさ……お前買わない?」

『他当たれ! 今は寝か、せ、ろぉ~……』

 最初だけ威勢が良かったものの、即座に寝落ちした『偽造屋()』に何も言わず、睦月はスマホの通話を切った。


 ……拝み手と共に。




 一方、姫香は睦月と入れ替わりのタイミングで整備工場に戻り、休憩室兼仮眠室の隠し扉からいくつかの銃器を取り出しては、その動作点検を(おこな)っていた。

(普段使わないくせに、睦月も何でこんなに用意してたんだか……)

 本当は武器屋の販売窓口である、カリーナとは別のミリタリーショップへ向かおうと考えていたのだが……自動二輪(バイク)をはじめとした移動手段がないことに気付いた姫香は仕方なく、一度帰宅していた。

 個人用(プライベート)のワゴン車を使う手もなくはないが、下手に悪目立ちするわけにはいかないからと睦月に連絡を入れ、共にスポーツカーに乗って向かうことにしたのだ。

 さりとて、睦月の用事が片付くまでにはかなりの時間を要する。その間はマンションでスマホでも(いじ)って暇を(つぶ)していようかとも考えたが、いい機会だからと姫香は武器庫の整理をしに、整備工場へと来ていた。

(やっぱり、拳銃もそうだけど……特殊警棒(バトン)とか刃物(ナイフ)とか、片手で(あつか)える物が多いわね)

 武術をはじめとした戦闘手段は時代や環境に応じて生まれ、そして発展してきた。その為、『運び屋(睦月)』の戦い方は運転技術ありきのものとなっている。

 より端的に言えば、運転中でも戦えるように片手だけで(あつか)える武器をメインにした戦闘方法を、睦月や『運び屋』の一族は構築してきた。

 だから突撃用自動小銃(アサルトライフル)等の長物を使う機会はあまりなく、長くても小太刀が精々、先祖の中には刀を持たなかった者も居たとか。むしろ薙刀(なぎなた)長槍(ランス)、連結双剣といった特殊武器を用いて馬上に(またが)り、戦場を駆けた例もあったらしい。

 つまり、睦月が自動拳銃(オートマティック)や小太刀といった片手武器を用いた戦術を取るのは、運転に支障をきたさないようにする為だった。蹴撃(キック)を主軸にした格闘術は腕を守る為、片手武器を構えるのは運転の邪魔にならないから。その積み重ねにより、今の『運び屋』の戦い方が確立されたのだ。

(その気になれば片手で使える擲弾発射器(グレネードランチャー)ならまだしも……狙撃銃(ライフル)といい、ロシア製の武器だけ充実してるのは何なのよ?)

 睦月の父、秀吉の代からロシア経由での武器密輸に関わっていたからだろうが、多国籍で商売を(いとな)む『武器商人』であるレジや他の取引先もある上に、自動拳銃(ストライカー)ですら元々はベルギー製の代物だ。

 実際はただの貧乏性だが、ロシア製の武器を残していた理由が姫香には見当もつかなかった。

(拳銃ならまだ分かるけど、私が来るまで使いもしなかった狙撃銃(ライフル)とか、何考えて買ってたのよ…………ん?)

 そんなことを思いつつ、鍵を掛けた部屋の中で武器を広げていた姫香のスマホが鳴動した。何事かと取り出して画面に目を向けると、その相手は考え想っていた当の本人だった。


「あ、睦月…………は?」


 スマホの画面に表示された睦月からのメッセージに、姫香の中で一瞬にして、怒りの炎が燃え上がり出した。

(『『走り屋』時代の顔馴染みの()の勤め先が車の売人(バイヤー)もやってるから、一回相談しに行ってくる』? 『遅くなりそうならまた連絡するが、その時は今日の買い出し(・・・・)はキャンセル』ぅ!)

 前回もやしで返した件から一日と経たずに今日の所業。しかも向こうが昼食を済ませてないと聞いたから、姫香は睦月と共に遅めの昼食も()ろうと考えていたのにこの仕打ち。もはや、反省の色なしと考えるべきだろう。

 思わず近くにあった|携行型対戦車擲弾発射器ロケットランチャー(かつ)いで突撃しようという誘惑を振り切り、(整理を途中で投げ出した)姫香は最低限の収納と施錠を(ほどこ)し、急いで整備工場を後にした。




(何だ? 急に悪寒が……)

「どしたネ?」

「……いや、何でもない」

 整備ついでに写真を撮りながら、創の次に車を買い取ってくれそうな相手を考えていた時に思い出したのが今、目の前に居るTシャツの上にオーバーオールを着た整備士兼売人(バイヤー)こと(ホン)(シュエ)だった。

 職場の整備工場で作業中だったのか、普段は二つの玉飾りで髪を纏めている(シュエ)は頭にタオルを巻き、汗を拭きながら睦月の傍へと歩み寄ってくる。

「話が長引きそうなら、次の予定を変更(リスケ)しようかと思って連絡入れてたんだが……やっぱりさっさと話を済ませて帰るわ」

「ま、いいケド。で……急に顔出しテ、車を売りたいダタカ? 物ハ?」

「これ」

 そして睦月は、通りがかりのコンビニで印刷したばかりの資料を(シュエ)に手渡した。

「昔、お前や創達と車作ったろ? その時の何台かを売りたいんだよ」

「あんな利基(ニッチ)ナノ、誰が買うト思てるヨ」

 ざっと資料を流し見た(シュエ)は睦月の前に立つと、丸めたそれで肩を叩きながら見下ろすような視線を向けてくる。

「あんな趣味全開なノ、プロの運転手(ドライバー)でも運転できる人間がほとんど居ないアルヨ。需要がなさ過ぎて、買い手が見つからないネ」

「いっそ、性能(スペック)落とした方が良いかな……」

 そうでもしなければ換金できそうにないかと考えていた睦月の前に、(シュエ)はメモ用紙に金額を書き記してから、眼前に突き出してきた。

「マ、一台位なら工場長(ラオパン)に買い取るヨウ、話を通しても良いヨ。金額はこれ位ネ」

「……ちょっと低くね?」

 廃車以外で買い込んだ部品(パーツ)代や手間賃を考えれば、(かろ)うじて利益が出る額だった。正直、買い取ってくれるだけでも(おん)()なのだが……放置していたとはいえ思い入れのある車につけられた金額にどうしても納得できず、乗り気になれない睦月は価格交渉に入った。

「もうちょっと、勉強してくれても良いんじゃないか?」

「何ネ? 私の日本語が気に入らないカ?」

「いや、そういう意味じゃなくて……|要するに《Jian er yan zhi》、|もう少し値上げしてくれないか《Neng zai zhang dian jia ma》? |ってことだよ《Zhe jiushi ta de hanyi》」

 仕方なく、中国語に切り替えてそう説明した睦月に、(シュエ)もようやく話を理解し、会話(・・)を合わせにきてくれた。

ああ(A)、|値上げ交渉ね《jiage tanpan》……|なら《Ruguo shi zheyang》、|自分で探してくれば《ni ziji qu zhao zhao jiu zhidaole》いいでしょう(Meiguanxi)

(本当、痛いところ突いてくるな。こいつ……)

『走り屋』時代から忖度なく話してくる点は、普段なら付き合いやすいと思える睦月だが……仕事外(プライベート)で自分に向けられた時は本当に厄介なことこの上ない。それでも、一から作り上げてきた自負があるからこそ、もう少し金額に色を付けて欲しいという思いがあるのもまた事実である。

「……分かった(Zhidaole)他を(Qita de)、っ!?」

 だから(シュエ)の提案を断ろうとした……その瞬間、睦月の意思を無視して、何故か意識が飛んでしまうのだった。




「…………誰ネ?」

 突然現れたミディアムヘアの少女が気配を殺して睦月の背後を取り、手刀で意識を刈り取った一部始終を見ていた(シュエ)だったが、それ以外に敵対行動をする様子がなかったので、一先ず日本語に戻して話し掛けることにした。

 けれどもその少女、姫香は足元で伸びている睦月よりも端的だが流暢(りゅうちょう)な中国語でこう返してくる。

資料と(Cailiao he)|金額は《chengben shi duoshao》?」

「|これだけど《Jiushi zhege》……」

 そう言い、(シュエ)は睦月から受け取った資料と自筆の金額メモをその少女に差し出した。それを受け取った姫香は内容を確認し、すぐに渡し返してくる。

「|取引成立《Jiaoyi wancheng》。|車を運ばせるから《Wo hui anpai ren ba che song guolai》、|現金の方よろしく《Xianjin youxian》」

「|その前に《Zai na zhiqian》……あなた(Ni)(shi shei)?」

 さすがに睦月を置いて、勝手に決めるわけにはいかないからと(シュエ)は、姫香に素性を問い(ただ)す。その疑問に対して差し出されたのは、一枚の名刺だった。


(A)~……了解ね(Mingbaile)


 姫香の(・・・)名刺(・・)を確認した(シュエ)は一発で納得し、その足で工場長の元へと向かった。




 ――グッ!

「ぐっ!? ……あれ? 何がどうなった?」

「お前の連れガ、話を(まと)めてくれたネ。工場長(ラオパン)にも報告済みヨ」

 いきなり意識を戻されたかと思えば、突然話が(まと)まったと告げられる始末。疑問符を浮かべながら(シュエ)が指差した背後を向き、そこに居た姫香を見た睦月は否応(いやおう)なしに事情を把握させられた。

「……え、あの金額で売ったのか?」

 頭を抱えたくなる睦月を気付けして叩き起こした姫香はその首根っこを(つか)んでくると、そのまま強引に引っ張って連れ出そうとしてくる。

「お前、運転の腕は良いのニ……何で女の操縦は下手ネ?」

「ほっとけ……」

 まだ相談するだけのつもりだったのに、姫香が事務的(かつ強制的)に車を売り払ってしまったことに対して、モヤモヤした気持ちのまま睦月は立ち上がるとその手を払った。

「まあ、決まったなら仕方がない。車持って、また来るわ」

またね(Zaijian)~」

 どうせすぐに戻ってくるだろう睦月達に、(シュエ)は手を振って返してきた。




 (シュエ)が働いている整備工場から離れてすぐ、睦月は姫香の方を向いて話し掛けた。

「ところで姫香……お前、どうやってここに?」

 元々移動手段がないからと、後で迎えに行く予定だった姫香は、睦月の下へと突如(とつじょ)現れた。その答えとして差し出されたのは、スマホ(GPS情報が画面に表示されている)とタクシーの領収書(複数枚)だった。

(後でバレても面倒だからって、(シュエ)が『女』だって伝えるんじゃなかった……)

 とうとう睦月は頭を抱えてしまうが、それだけで状況が改善するわけではない。


「何にせよ、(シュエ)については改めて紹介するから……先に、昼飯食いに行くか?」


 睦月からそう提案したことでようやく許して貰えたのか、姫香の腕が自身のそれに絡んできた。

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