201 『運び屋』へと至る道(その2)
商店街の中にある元ミリタリーショップ。設備こそ購入したばかりで年季ははるかに浅く、数も未だ少ない方だが……もうすでに、店内は一端の銃工房と化している。その壁にもたれたまま、姫香は腕を組んで唸っていた。
「う~ん……」
「どうしたのよ?」
作業机の上で姫香から受け取った自動拳銃を分解し、簡易的に整備しているカリーナが顔を上げないまま、声を掛けてくる。
「……別に」
しかし個人的なことだからと、姫香はカリーナからの問い掛けを軽く流した。
「それより、あんたの連れはどうしたのよ?」
「英治? 今日はバイトで、夜まで帰って来ないわよ……ああ、そっか。あんた、英治が居ると話せないんだっけ?」
「……まあ、そんなところよ」
別に居ても問題ないのだが、緘黙症という荷物を抱えている以上、会話の邪魔になる要素があっては困る。それに今のところ、人間関係を変える気も理由もない姫香にとって、英治に対する認識はその程度でしかなかった。
「まあ個人的に悩んでるだけだから、後で勝手に考えるわよ。それより……」
『銃器職人』に手渡した自動拳銃の整備はついで。今日の姫香の用事は、小型の回転式拳銃の製造依頼についてだった。
「肝心の銃の方は作れてるの?」
「前に渡されたフラッシュメモリの中身のことでしょ? この間購入した工具で試しに作ってはみたけど……」
一度整備の手を止めたカリーナは、足元から鉄製のケースを取り出して作業机の上に置くと、その蓋を開けて中身を取り出した。
「一応、これが作ってみたやつ」
「どれ……」
壁から離れ、カリーナの傍に歩み寄った姫香は差し出された銃――新型の小型の回転式拳銃を受け取って具合を確かめていく。
「強引に作ってた部品も全部、一から新しく作る羽目になって大変だったわよ。とりあえず、設計図通りに作ってみたけど……どう?」
「……まあ、回転式拳銃にはなってるわね」
通常の回転式拳銃と同様の動作確認を行い、異音や不備、動作不良等の違和感がないことを確認していく。やがて結論が出たのか、姫香は回転式弾倉を銃身に戻してからカリーナに返した。
「耐久性は?」
「元が回転式拳銃だから、計算上はかなり高いわよ」
構造上、回転式拳銃の方が自動拳銃よりも単純な為、耐久性は非常に高い。ドイツではあまり使われていないとはいえ、姫香が受けた感触は決して悪くなかった。
「ただ……このまま設計図通りに作っても、すぐにガタが来るわよ。量産に入る前に改良した方が良いんじゃない?」
「改善点は?」
「基本に忠実過ぎ」
受け取った小型の回転式拳銃をケースに戻し、蓋を閉めたカリーナは軽く首を鳴らしながら答えてくる。
「これ作った人間、技術者としての腕が良くても、専門の『|銃器職人《Buchsenmacher》』にはなれない典型ね」
「まあ、それ作ったのは『銃器職人』じゃなくて『技術屋』なんだから、そんなもんでしょう」
そもそもの話、『技術屋』はあくまで幅広い分野に精通しているゼネラリストだ。『銃器職人』のように銃器に特化したスペシャリスト相手に同じ土俵で敵わないのは当然だろう。
もっとも、別分野でその限りではない以上、両者に優劣は付けられないのだが。
「まあどちらにせよ、構造の段階から小型化するとなると……ここから先は、完全に『銃器職人』の領分ね。その試作品で量産するか、時間を掛けてでも小型化を仕上げるか。どっちがいい?」
「両方」
カリーナが挙げた選択肢に、姫香は即答で返した。
「その試作品でも再装填はできるんでしょう? 数十発だろうと、まともに撃てれば十分よ」
「舐めてるの? 三桁でもいけるわよ」
姫香の言葉にカリーナは、指を三本立ててくる。
「とりあえず……先に試作品から作ればいいわけね?」
「それでよろしく。まずは1ダース分、急いで作ってくれる?」
その言葉の後、姫香はすぐに数枚の紙を取り出した。それは『運び屋』側で事前に用意していた、銃器であることをぼかした上で製作を依頼する為の契約書、その下書きだった。
「以降は注文がない限り、小型化の方に専念して。質を保てるなら製造工程を簡略化しても良いけど、試作品の量産は考えなくていいから」
契約書はドイツ語と日本語、そして英語で記載されたものも念の為に用意されている。そこからカリーナの母国語の分だけを抜くと、姫香は彼女の前に差し出した。
「内容に問題なければ、契約書にサインした上で製作に入ってくれる? 先にあんたの連れとかに相談してくれてもいいけど、返事はできるだけ早くね」
「その必要はないわよ」
後は材料費等の、現状の相場を把握した上で予算を決めるだけでいい。価格面で確認する項目を手近な裏紙にメモしながら、カリーナは話を纏めてきた。
「契約や仕事の書類関係は実家で技術と一緒に叩き込まれてるから、私一人でも判断できるわよ。価格面は検討させて貰うけど……うん、それ以外に不利になる条項はないわね」
「問題ないなら、それでよろしく。今回注文する1ダース分だけは一先ず、一丁当たりに掛かる費用の三割増しで」
ざっくりとした値段決めに、カリーナの目が少し細くなった。
「……銃器関連の相場、知ってて言ってる?」
「『一先ず』、って言ったでしょ」
本来であれば、論理的に話し合おうと感情的な掛け合いになろうと関係ない。価格交渉から入るのが商談の常だ。けれども、姫香はあえて先手を打って流した。
「『運び屋』の提示する最低保証金額が三割増しってだけ。価格交渉には応じるから、試作品だけ急いで作ってくれる?」
「そういうことなら、まあ……特急料金も上乗せで良いなら」
その言葉の後すぐに、カリーナが着いていた作業机の上に紙幣が詰まった封筒が落ちてきた。
「とりあえず、経費と保証金代わりに封筒預けとくから。明細だけはちゃんと作っといてよね」
「毎度~♪」
現金なもので、日本円に慣れてないにも関わらず、封筒を手に取ったカリーナは中身の紙幣を取り出して銀行員顔負けの手捌きで数えだしている。その様子に溜息を一つ吐いてから、姫香は手近な椅子へと腰掛けた。
「後、フラッシュメモリに入ってたもう一つの銃――自動拳銃の方はどうだったの?」
「ストライカー式の機関拳銃のやつ? あれね……」
以前、5.7mm口径の自動拳銃を『本物のストライカー式に改造してあげる』と発言していたので、特に難しい話ではない。そう見定めていたのだが……その姫香の問いに、カリーナは紙幣を数えていた手を止めると、微妙に顔を顰めて振り返ってくる。
「改造自体は簡単よ。実際に別のメーカーで使われてるのと同じ仕組みの部品作って、ストライカー式にした銃にそのまま組み込めばいいだけだし。ただ……」
「ただ?」
まだ数えている途中だが、中身を封筒に戻してから机の上に置いたカリーナは、少し考え込むような表情を浮かべた後で話し始めた。
「あの機関拳銃だけど…………本当に実戦で使ってたの?」
(とりあえず……まずは予備から見直していくか)
現状、睦月が保持している乗り物で主に使っているのは仕事用の国産スポーツカーと個人用のワゴン車、後は依頼の内容に応じて4Tトラックや漁船、自動二輪を乗り分けている。他にも『表』稼業用の電気自動車は用意してあるが、予備の機体の中には年単位で使用していない物もあった。
(普段、同じ車ばかり乗り回しているからな……この機に一回、点検整備も兼ねて確認するか)
普段使いな分、整備を重ねている信頼性もあるが……消耗度合いのリスク分散を考えれば、定期的に乗り換えた方が安全かつ合理的だ。それに、微妙に車種を変えることで、人目を避けやすくなる利点もある。
ただ……こればかりは発達障害特有の常同行動に限らず、睦月自身の怠慢からくる部分もあったが。
(壊した自動二輪の代わりは一旦、前に買った分が納車するのを待ってから考えるとして……今日のところは車の方を、っと)
移動手段が限られている上に、購入したばかりの自動二輪は九州で使い捨てにしてしまった。仕事ではないが、予備の機体を見に行くので個人用のワゴン車を使うのはさすがにまずいと考えた睦月は、自宅近くの整備工場でスポーツカーの点検をしてから向かうつもりだった。
(連絡? 姫香からか……)
そして点検も終わり、これから運転席に乗り込もうとした瞬間だった。スマホを手に取った睦月は画面に視線を落とし、送られてきた内容を確認する。
(…………ああ、あのことか)
メッセージアプリで送られてきた内容について、いい機会だと考えた睦月はそれを踏まえた上で返信した。
(二つ……いや、せっかくだし三点、改良するよう頼むか)
元々考えてはいたのだが、三丁持ちかつ普段から銃器に頼らない戦闘を心掛けていた睦月にとっては、急いで解決すべき問題ではなかった。その対策も用意してないわけではないが、銃そのものは改良しておくに越したことはない。
(……ま、別にそのままでも問題ないんだけどな)
完成までの期限どころか、その成果の可否すら関係ない。ただ、ある物でやるべきことをやり、進むと決めた方へと進む。
結局のところ、睦月が行うべきことに変わりはないのだから。
「設計図見てびっくりしたわよ。作った人間も使ってる人間も、頭おかしいんじゃないの?」
おそらくは、フラッシュメモリから紙に印刷したのだろう。自動拳銃の設計図、もしくはその一部を姫香に見せつけてきた。
「元々、機関拳銃用に設計されていないのに無理矢理自動連射してたら、そのうち銃身の熱放出が追い付かなくなる。こんないつ暴発してもおかしくない代物、使い続けてたらそのうち死ぬわよ」
その言葉に応じ、先程睦月に『熱放出の構造的欠陥』についてどうするかをメッセージアプリ越しに聞いたのだが……姫香に返ってきたのは『ついでに改良を依頼して欲しい』という、当事者意識が欠如したかのような回答だった。
「睦月も知ってるわよ、それ位……」
しかし、その自動拳銃の持ち主である睦月は、その危険を承知した上で使い続けていた。
「普段は手持ちの銃を使い回したりとかして誤魔化してるけど……本人もまだ、会ったことがないんじゃない? その危険を冒してでも、倒さなければならない相手に」
実際、睦月にとっては大した問題ではないのだろう。今ある物で現状を打破する、その実力がある為に。
だが……もうそれだけで解決できない段階にまで、物事は進んでいた。
「元々の依頼、ストライカー式に作り直すのは必須条件で、追加条件が三つ。『熱放出の改善』と『銃身の強度向上』、後は『円盤型弾倉以上の装弾数増加』だって」
「本当にどうかしてるんじゃないの? 依頼してくるそいつも、それを止めないあんたも」
部外者に言われて多少は思うところがある姫香だったが、まさしくその通りなので一先ず流し、睦月からの要望に応えられるかを問い掛けた。
「で……結局できるの?」
「装弾数は特注になるけど、弾倉を変えれば何とかなるでしょう……厄介なのは、残り二つの方よ」
そう言い、カリーナは適当な自動拳銃の部品の一つ、銃身を手に持って説明し始めてきた。
「熱放出は肉抜き、つまり穴さえ開けてしまえば多少は改善できるけど……そうなると今度は強度に問題が出る。逆に銃身を補強したら、今度は熱を逃がせずに暴発する危険性が跳ね上がってくる。消炎器を銃の先端に取り付ける、って手もあるにはあるけど……」
何か良い改良方法があれば、とカリーナは考えながら話を続けてくる。
「それだって気休めにしかならない上に、小口径高速弾って、本来は軽機関銃用の銃弾でしょ? そっちじゃなくて補助兵器改造して使ってるってことは……『自動拳銃しか使う気がない』、って認識で合ってる?」
「……ええ、それで大丈夫よ」
しかし、今のところできているのは、問題の洗い出しだけだった。
「と、なると……最低限の構造だけ残して、ほぼ一から設計しないと無理ね。とりあえず、『ストライカー式への変更』と『装弾数をより多くする弾倉の用意』から取り掛かるわ。その間に何か、いい考えが浮かべばいいけど……」
(まあ……こればっかりは睦月も悪いわね)
そもそもの製作者が頭のおかしい『技術屋』な時点で、全面的に睦月が悪いと姫香は強引に結論付けた。
「というか……今までどうしてたのよ? これ、部品の消耗だって激しそうに見えるけど」
「予算がある時に一式、大量発注していたのよ。まあ、その時はさすがに足が出たから、麻薬組織狩りのハシゴに付き合う羽目になったけど」
しかも、『掃除屋』との衝突の後だったので、さすがの姫香も睦月に手を貸さざるを得なかった。結果、麻薬組織が三つ程潰れたわけだが……
「本当、足りて良かったわよ。それもそろそろ、在庫が尽きそうだけど」
当事者の一人は、特に悪びれもせずにそう告げるのだった。




