101 Homecoming(その2)
「問題は、他の資料だな……」
いつまでも、その場に留まっているわけにはいかない。また朔夜の誘導で安全地帯を通り、三人は図書室を後にした。
下手に留まって痕跡を残すわけにもいかず、一度校舎を出てすぐ傍で、睦月達は向かい合った。
「俺が知る限り、紙の資料もやばそうな内容のものも、持ち出された分だけだ。その辺りはどうなんだ? 朔」
「そうだな……」
ジュッ、という音と共に、先程まで咥えていた煙草に、朔夜は火を点けた。
「……実はもう、ガキ大将から電話で聞かれててな。一回調べてみたんだよ」
愛用のソケット型ライターを仕舞った朔夜は、軽く吐いた紫煙と共に、言葉を出してきた。
「で、勇太に現場を調べさせて、睦月に気になる要素があれば聞くように……って流れで、私達三人にお鉢が回ってきたのが、今回の真相」
「そんなこったろうと思ったよ……」
気にせず地面の上に腰を降ろした睦月。二人の視線を受けつつも、自身は校舎の方を向いた。
今日見た光景から何かを思い出そうと、睦月は考えを巡らせていく。
「……すでに使ったキーワードは?」
「『図書室』のカテゴリーで『紙束』、『資料』、『過集中状態』と……後は、『最期の世代』とその面子の『名前』」
「『最期の世代』?」
思わず口を挟む勇太に、朔夜は『立案者』と対峙した時の話をし始めた。
「もう話したかもしれないが、あいつは『最期の世代』のリストを持っていた。その出元を探る為にも、電話を受けた時にまとめて調べてみたんだよ」
元々パンツスタイルだったこともあってか、朔夜もまた、睦月と同様に座り込んでしまう。そして、口から離した煙草片手に、返す言葉を続けてきた。
「本当なら、『最期の世代』すら出回ることはなかっただろうか。なのに……『犯罪組織』がしぶとく生き残って『後釜の組織』なんて作ったもんだから、裏社会で勝手に広まった噂に尾びれや背びれがびっしりだ」
そこで一度、朔夜は盛大に溜息を吐いた。余程頭が痛くなることなのか、額に空いた拳を押し当てている。
「……そんな中で正しいリストだぞ。睦月から資料のことを聞いていた上に、帰った直後にガキ大将からの電話だ。それで調べない方がおかしいだろうが」
しかし、今日三人が集められたということは……その結果が芳しくなかった、ということだろう。
「だが結局、結果は『該当なし』だった。後で置いていった可能性もなくはないが……本人曰く、ガキ大将の家からじゃないのはたしかだそうだ」
「と、なると……」
朔夜がこの田舎町を出るまでの間に保管されたと仮定して、『立案者』が持ち出したかもしれない資料の情報を探る。その心当たりを自身の記憶から探していた睦月は、ふとあることを思い出した。
「月偉……」
「……は?」
「何であいつ?」
畳み掛けてくる二人に、睦月は突然出した『詐欺師』の名前について、その理由を答えた。
「昔、あいつが隠れ里から出て行く前に、この校舎に立ち寄っていた。その時に会ってるんだよ」
そして手に持っていた忘れ物を……本来の月偉の顔が映っている写真を含めた、いくつかの書類について、思い出すままに話した。
「その時にあいつ、自分の顔が含まれている写真の類を持ってたんだ。もしかしたら……その中に、リストとかも入っていたんじゃないか?」
「だとしたら……『図書室』以外も考えられるな」
職員室に機密書類関係の保管庫、思い付く場所を挙げていくとキリがない。下手をすれば、この校舎以外から持ち出された可能性も検討しなければならなくなる。
「……朔。一回『図書室』というキーワードを外して、改めてリストを検索できないか?」
「無茶言うなよ……どんだけデータがあると思ってやがる」
「……月偉が出て行った日の前までなら、何とかなるんじゃないか?」
無防備にも、自らの回転式拳銃を地面の上に手放して腰を降ろし、片手を軽く竦めた勇太は、そう提案してきた。
「少なくとも、あいつが持ち出したんなら……その前までは有ったってことだろ? その間に見ていたなら、引っ掛かるんじゃないか?」
「それならまだ、何とか……睦月」
「詳しい日は覚えていない。だが……少なくとも、中学卒業からそこまで間はなかったと思う」
今年になって、ようやく再会した。だからこそ、その前に会った日のことをより詳細に思い出せたのだ。
「てことは……『走り屋』をやる前の話か?」
「それは間違いない。親父や師匠と一緒に居なかった時は、大体図書室に居たしな」
「行動パターン、少しは変えろよな……」
睦月への呆れと共に、最後の紫煙を吐き出した朔夜。吸い終えた煙草を携帯灰皿に押し付けて残り火を消し、旧式の自動拳銃と共に傍に置いてしまう。
そして目を閉じ……自らの記憶を探り始めた。
「SELECT――『名簿』」
朔夜もまた、弥生並の明晰な頭脳を持ち合わせているが、それ以上に脅威的な能力がある。
『|超記憶力《Hyperthymesia》』、俗に言う……完全記憶能力だった。
「WHERE――『隠れ里』の中で……期間はひとまず、十八歳になるまでの『日付』」
しかし、目で見て記憶していたとしても、それだけだ。記憶を脳内で管理しているだけで、その全てに対して、理解が及んでいるわけではない。
記憶という本を読まないまま脳内の本棚に、ただ闇雲に仕舞い込んでいるようなものだ。だが、何かに使えると考えた当時の朔夜は、睦月の付き合いのついでに、図書室や町中で見つけた書籍や資料の束を、片っ端から記憶していた。
「後は……『書類』か『写真』、だな」
人が物事を記憶する為に、主に辿る工程は三つ。
情報を受け取る記銘と、それを保とうとする保持、そして……必要に応じて呼び出す想起の三つだ。
記銘自体は誰でもできる。保持も認知機能の差はあれど、人体の脳は理論上、生きている間のことはほぼ全て記憶できる。
問題は最後の工程……想起だった。
これは誰もが、できることではない。老化による機能低下だけでも、人は簡単に『物忘れ』してしまうのだ。記憶自体を自在に引き出せる者の方が珍しかった。
そして朔夜は、保持と想起ができすぎた。その為、自他の記憶の差ややり取りの不備という、発達障害者とは違うコミュニケーション不全が起きていた過去がある。
だから幼少期は、睦月と弥生の姉という立場を保つことで、記憶から強引に目を逸らしていたらしい。
内容の全てに目を通しているわけではなく、ただ情報を保管しているだけの人間。しかも、精神的外傷となりかねないものも含めた、嫌な記憶も忘れられないのだ。
使いこなしきれない記憶量に、昔の朔夜は押し潰されそうになっていたこともある。
……それを解決したのが、現在の情報社会だ。
朔夜は一時期、情報技術を積極的に学び、データベースの管理と操作を行う言語であるSQL文に注目していた。
普段は記憶自体を封印しておき、SQL文に見立てた検索を行うことで、必要な情報だけを抽出する。その手法を身に付けられたからこそ、朔夜は『|超記憶力《Hyperthymesia》』を手中に収めることができたのだ。
「――……駄目だ、新しい記憶は出てこない」
それでも、朔夜の記憶から必要な手掛かりは出てこなかったらしい。つまり、今までこの町で生きてきた中で、その情報に触れる機会がなかったということだ。
「逆に言えば……月偉の持ち出した荷物が当たり、ってことか?」
「……少なくとも、私達の手元にある可能性はそれだけだな」
ゆっくりと目を開けた朔夜は勇太にそう答えてから、睦月へと振り返ってきた。
「睦月、お前たしか……月偉が捕まった件に関わってたよな? あいつと連絡は取れないのか?」
「……すぐに思いつく方法は、三つ」
指を三本立て、睦月は答えた。
「一つ、創かそれ以外の奴が、変装して面会しに行く」
「身分証だけでも金が掛かりそうだな……勇太、出せるか?」
「……それ、ついこの前強盗された人間に聞くか? 普通」
ついでに言うと、朔夜もまた、『立案者』と対峙した際に結構金銭を叩いてしまったらしい。その後に行ったマガリで赤字こそならなかったものの……そう聞いてくる辺り、そこまで余裕があるわけではないようだ。
「他に手がなければ、前科ばれる覚悟で本名晒すか……ガキ大将に経費申請、試してみるしかないな。次は?」
「二つ、関係者を経由して、連絡を取る」
しかし、睦月はあまりいい顔をしなかった。
現時点での月偉の周囲には、刑務官を除けばそのほとんどが事件の被害者か、担当した警察関係のどちらかだ。『ブギーマン』に無理を言って連絡を取って貰う手もなくはないが、こちらは金銭的だけでなく精神的にも、積極的に取りたい手段ではなかった。
「どっちにしろ、一般人を巻き込めないか……最後は?」
「ある意味運がいいのか悪いのか、分からないけど……」
むしろ、それが本命だがあまり使いたくはないとばかりに、睦月は朔夜と勇太にそれぞれ目配せしてから、その提案を口にした。
「……弥生の親父を経由して、連絡を取る。こればかりは偶然だが、同じ刑務所に服役している。婆さんを通せば、もしかしたらいけるかもしれない」
その提案に、真っ先に口を開いたのは……朔夜ではなかった。
「もし、最後の案を選ぶなら……俺は一旦抜ける」
勇太は遠慮して、そう言い放ってきた。
「その件は姉兄妹の問題だろ? 悪いがコメントは控える」
「助かる……一先ず、こっちで相談してみるよ」
一度、朔夜の方に指を振ってから、睦月は静かに立ち上がった。
「用事も兼ねて、俺の家で話してくる。何かあれば連絡して、姫香達の方へ合流するが……お前はどうするんだ?」
「……もう少し、ここに残っていく」
睦月の言葉と共に立ち上がる朔夜とは違い、勇太は地面に腰掛けたまま、校舎に視線を向けている。
「手掛かりはもう残ってない、とは思うが……ちょっと気になることがあってな」
「そうか。じゃあ……何もなければ、家で待ってるよ」
勇太に見送られながら、睦月は朔夜と共に……かつて住んでいた家へと歩き出した。
……サンタクロースはいない。その正体は親だ。
誰かが幻想を抱かせても、また別の誰かがそれを否定する。もっとも、この町ではクリスマス自体、ただはしゃいで酒や肉を喰らうだけの日でしかなく、かつての聖人を祝うどころか、その存在すら語られることはなかったが。
「昔はさ、そもそも姉兄妹の概念自体、分かってなかったんだよな……」
「なんとなく……そんな気はしてたよ」
校舎から家まで、通学路自体は長くない。しかも、現在の歩幅で考えれば、さらに時間は短くなるだろう。
「だから小学校に入学した時なんて、驚いたもんだよ……いきなり別々に、暮らし始めたんだからさ」
「だろうな……」
朔夜と弥生は、一時的に店を閉めてきた和音と共に暮らしていた過去がある。とはいえ、学校が同じ上に近くの家なので、言う程離れた暮らしはしていなかったが。
睦月の認識としては、精々、寝床が別の家に変わった位だろうか。
「数年で慣れたのは、意外だったけどな……」
「どうせ、思春期特有の照れとかだろ? 何せお前、おじさんが風俗嬢の送迎に出掛ける際、しれっとついてったムッツリだからな」
思わず振り返る睦月に、朔夜は咥え煙草のまま煙に巻こうとしてか、そっぽを向いた。
「……昔、おじさんが楽しそうにばらしてくれたぞ?」
「あの親父、本当余計なことしか言わねえな!」
適当に声高で叫んで誤魔化すものの、当の朔夜は気にせず、吸殻を携帯灰皿に仕舞っていた。
「でも丁度良かっただろ。私はともかく、弥生は結構早かったんだよ……初潮が」
「そういう生々しい話はあまりしないでくれ……」
女性の生理の話なんて、男の視点からすればあまり聞きたいものではない。体調を気遣う以外の理由で聞きたがるのは精々、妊娠を気にする女性蔑視の色欲魔か、月経時の排出物に反応する変態様だけだ。
少なくとも、睦月は積極的に聞きたいとは思っていないし、姫香が設置したサニタリーボックスを片付ける時も、中身だけゴミ袋に放り込んでいた。
ちなみに……サニタリーボックス内の処分を初めて言いつけられた時の睦月は、中身が見えない紙袋とかに入れずにそのまま燃えるゴミ袋の中に入れようとして、姫香にぶん殴られたことがあった。
「女親がいないと、その辺りはさっぱり分からないからな……」
「だから仕方なく、婆さんと暮らしてたんだよ。私がさっさと料理覚えたから、早い段階で二人暮らしできたけどな」
「とか言いつつ、ほぼ毎日家来てたじゃねえか」
「作り過ぎた料理、お裾分けにな」
家を出て数ヶ月、何度も降った雨によって、かつて睦月が刻んだタイヤ痕は跡形もなく、消え去っている。
そのまっさらな敷地に、自ら足跡を付けながら……睦月は朔夜を伴って、家の鍵を開けた。
――ガチャ
「誤魔化す気ないのかよ、あのクソ親父……」
あの時は睦月も秀吉も、二人してバラバラに逃げ出していた。鍵どころか、戸を閉める暇すらなかっただろう。それがきっちり施錠してあるのだから、明らかに『一度戻って来て、しっかり戸締まりしました』と言ってるようなものだ。
「……とは言っても、やっぱり誰も居ないみたいだな」
「そもそも、中に入る必要あるのか?」
さすがに埃が酷く、朔夜も顔を顰めているので睦月は中に入るのを断念し、再び玄関の戸を閉めた。
――ガチャ




