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4-2:水曜日2


カタカタとキーボードを叩く音。

順調に書かれていく文章。

それを見ている俺。

数分の間、俺は一文字も書いていなかった。となりのノートパソコンでなめらかに書き続ける彼女を見て、俺は小説書くのは無理だなぁと思った。

「どうしてそんなに書けるのですか?」

俺はタイミングを見図って話しかけた。

「書けるわけではないの」

「書けているじゃないですか?」

 俺は真水のように純粋に言った。

「無理やり書いているの、適当に」

「そうだとしても、俺にはそれができないのです」

「そうね。最初はあたくしもできなかったわ」

「そうなのですか?」

「そうよ。いまでこそ毎月ワード100ページ分の作品を1つ書けるけど……」

あっ、すげー。

「……それをできるようになったのは書き始めて1年経ってからね。最初はひと月で0ページもあったわ」

「あんたでもそんな時があったのですか?」

 俺は水が流れるように質問を続けた。

「そうよ。何一つ書く事がないの。いや、そもそも書く気分がないの。矛盾しているでしょ?小説を書こうと思ったのに書く気分じゃないなんて」

「担当編集から逃げる小説家みたいですね」

「そうかもしれないわ。気分はね。でも、わたくしは趣味で書いているだけだから締切とは無縁よ。もしかしたら、締切があったほうがいいのかもしれないですが」

「そうなのですか?」

「そうよ。やる気が出るでしょ?この日までに書くという目的があったほうが」

「書いたことがないからわからないのですが」

 俺は冷水をぶっかけるようなことを言った。

「そうね、では、これはどうかしら。ただ走るのは嫌でしょ」

「はい」

「100m走は?」

「それも嫌です」

「でも、ただ走れと言われるよりは、いいでしょ?どのくらい走るのかわからないよりは、100mという目的があったほうが頑張れるでしょ?」

「言われたら、そうかもしれません」

「それと同様に、締切があったほうが、目的があったほうがいいのです」

そういうことにしておこう。

「それで、それがどうしたのですか?」

「脱線してしまったわね。たしか、何の話でしたっけ?」

「俺が文章が全く進まないことです」

「そうだったわね。そういうときは、方法があるのよ」

「なんですか?」

「とりあえず書くことよ」

……

「それができないんだよ!」

俺は髪の毛についた水を振りほどくように首を振るいながら反論した。

「君の言いたいことはわかるが、それじゃないのよ」

「どういうことだ?」

 垂直は板を流れる水のように、理解から落ちていった。

「なんでもいいから書くの。晩ご飯の献立でもいいし好きなアイドルでもいいし嫌いな人の悪口でもいいの。とりあえず書くの」

「でも、それではわけわからなくなるのでは?」

「はじめはそれでいいのよ。とりあえず書く事。書くことに慣れるのよ。練習のための練習よ。本番を意識しての練習しろとよく言われるけど、練習するための練習も大切な時があるのよ。だから、なんでもいいから書いたほうがいいわ」

「そんなに一生懸命言われても」

「そんなことを言っていたら、いつまでたっても書けないわよ。私だって、パソコンに向かっても一文字もかけないことが山ほどあるわ。そもそも、パソコンに向かうこともできないこともあるの。だから、とりあえず慣れる事。書くことに慣れること。パソコンに向かうことに慣れること。それが大切よ」

そこまでして小説を書きたいとは思わないけど、そのことを言ったらもっと何かを言われそうだから、従っておこう。

「そりあえず書きます。『何を書けばいいのかわからない』と」

「いいわね。大きな第一歩よ」

「……どこがですか?」

「なにか言った?」

「そうですね!」

俺は小さな声をかき消すようにあえて大声で言った。

「さて、そのまま適当に書いていって。そして、できる限り消さないように」

「でも、使わない可能性が高い文章は消してもいいですよね」

「ダメよ」

 キンキンに冷えた水を飲んだように肝が冷えた。

「何故です」

「それはね、使うかもしれないからよ」

「でも、使わないかも」

「あのね、あなたが言っているとおり、たしかに使わないかもしれないわ。でも、その前にあなたが言ったとおり、文章が全く進まないの。だから、文章の質がどうこうよりとりあえず文章を埋めないといけないのよ。だから、可能性がある限り文章は残しておく方が便利なのよ」

「でも、しつこいようですが使わないかもしれない」

「最悪使わなくてもいいのよ。でも、最後まで残してから、終わってから判断しないと。消すのは出来るだけやめないと。できる限りつじつま合わせをしてその文章を使わないと。無理やりでもいいから使わないと。とりあえず文章を書かないと、埋めないと、頑張らないと。それが文章を書く極意よ。」

極意というが、ただの根性論になってないか?

「まぁ、いいけど、それでも書ける気がしない」

「そんなに気負わずに」

「そもそも、長い文章を書く事自体したことない」

そうだ、論文も途中でやめたんだ。

「それなら、短い文章を書きましょう」

「でも、そんなの小説ではないだろ?」

「何言っているの?短編小説があるじゃない」

「でも、短編小説でもそれなりに長いじゃん」

「最初は1pの作品でもいいのよ」

「それは小説なのか?」

「小説は小説よ」

 水のがぶ飲みのように次から次へと会話が続く。

「でも、そんな小説でいいのか?もっときちんとしたほうが」

「そんなことを言っているからダメなのよ。いつまでたっても書けないわよ。とりあえず書くこと。最初はそれだけでいいの」

「そ、そうなのか?」

 波のように押し寄せてくる彼女に俺はたじろいだ。

「そうよ。そして、一つの作品を書き上げること。途中で投げ出すのではなく、最後まで書ききることが大切よ」

「書ききることがか?」

「そうよ。たとえ同じ1pでも、途中で投げ出すのと最後まで書ききるのとでは全く違うのよ。技術的にも、精神的にも」

「精神的にも?」

「そうよ。仮に1pだけだとしても、書いてしまったら達成感とか満足感が出て、前向きになるの。もしかしたら、上手く書けなかったという不満感や屈辱感があるかもしれない。それをバネにして前に進む場合もあるし、小説は無理だと思って別の道を志すかもしれない。どちらにしても、今までと何かが変わるわ」

 ビックウェーブのごとく迫力。

「実感がこもってますね」

「そうよ。精神論ではないけど、そういう気持ちの問題も大切よ」

「そうかもしれないけど」

「それに、技術だって、論理構成やテーマとかの勉強になるには、最後までする必要があるわ」

うーん、論理構成とか言われても。

「難しそうですね」

彼女はハッとした。

「ごめんごめん。最初はそんなことは考えなくていいから。それよりも、心に思ったことをとりあえず書きましょう」


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