終焉の向こう
終焉のときを、越えた。
…なんということだ。
重力に支配された世界から解き放たれた。
もう、私は圧を受ける身を持たなくなったのだ。
数多くの物語を残してきた私は、実にあっさりと、今の状況を理解した。
私の思い描いた物語のように、終焉を越える世界が存在した。
私の思い描いた物語のように、時間の流れない状況が広がっていた。
私の思い描いた物語のように、やけにご都合主義な環境が揃っていた。
私はただ、肉体を持たないだけの存在になったのだ。
思考能力も、随分…高まった。
思い残した事すら気がつけなかったのが信じられない。
物語になる、物語のかけらが、次から次へと浮かんでくる。
私の中にある、文字にするべき物語が、あふれかえっている。
私の中にある物語を、文字にして…発表しなければ!
…ああ、ずいぶん、体が、軽い!!
身を持たない私は、縦横無尽に空間を楽しみながら、物語を広げてゆく。
肉体という器が、物語の広がりを妨げていたとしか思えない。
肉体を手放し、こうまで自由で雄大な文字列を並べる事ができるとは想像も付かなかった。
命を持たないということは、こうも…解き放たれるということなのか!
人として生きてきた長い月日、体を持たない気楽さに気が付いた事など、無かった。
肉体という狭い魂の器に押し込まれている日々を…当たり前に受け止め、受け入れ、生きていたのだ。
軽い、ずいぶん…軽すぎる!!
私は魂だけの存在となり、ただ自由に空間を舞っている。
私は、ここに居て、いいのか…?
普通、天使とか悪魔が来て色々と手続きしたりするんじゃないだろうか。
普通、もっと、こう、反省するとか、生まれ変わるための試験があったりするんじゃないのか。
…どうなってるんだ?
いまいちシステムが理解できない。
…理解できないことは、しょうがない。
状況を説明するものもいないのだから、しょうがない。
しょうがないから、私は私のしたいことをするまでだ。
私のしたいことは、物語を書くことだ!!
さて、体の無くなった私は、どうやって文字を認めようか。
さて、体の無い私が、文字を認める方法とは如何に。
…パソコンがあったらならば。
私が物語を書く手段は、パソコンだった。
…パソコンと繋がることはできないだろうか。
電脳世界は、体のない世界。
もしや、共通点は多いのではなかろうか。
…幽霊は電子で構築されていると聞いたことがある。
毎日パソコンからのぞいた電脳世界。
毎日キーボードを叩いて文字列を打ち込んだ電脳世界。
毎日肉眼で確認した電脳世界に広がる自分の物語という世界。
…電脳世界は、魂となった私が介入できる世界だった。
…電脳世界に、私の意識が繋がった。
…電脳世界が、私の物語を受け入れてくれた。
…私の物語が、電脳世界に綴られてゆく。
突如、私の物語が、華やぐのだ、まもなく。
終焉を目の前にして、やけに重く切ない話ばかり綴っていた私だが。
終焉を越えて、やけに晴れ晴れしい話ばかり綴るようになるのだ。
…私の物語は、転換期を迎えるのだ。
誰かが、ふいに、気付くかも、知れない。
誰かに、思いがけず、真実を突くような発言をされるかもしれない。
誰にも、真実を気取られぬよう、電脳世界に存在すべきなのだ、たぶん。
…私は、物語を綴りたいと願っているだけなのだ。
…私は、物語を誰かに届けたいと願っているだけなのだ。
終焉を乗り越えた私にしか綴れない物語が、私の中にある。
…電脳世界に文字を認め、投稿予約を重ねる。
…私の中の物語を、電脳世界に解き放つ。
…いつかどこかで、綻びが生じるかもしれない。
私に、肉体は存在していないのだ。
…無念といえばいいのかもしれない。
けれど。
私の綴る物語は、肉体を必要としない。
私にとって、物語を綴る幸せは、肉体ありきのものではない。
肉体を必要とするのは、肉体を褒め称える声を願うものたちだけなのだ。
…この物語は、私が綴る、私の物語。
物語を電脳世界に刻み込んで…私は肉体の踊る世界に存在し続ける。
いつか、私を咎める存在が現れるそのときまで。
私は、物語を・・・紡ぐ。