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8話 ハードル高ぇよ!

 大好きなビーフシチューを作って貰った菜のははテンション上がりまくりで、風呂も一緒に入ると張り切って楠木の手を引っ張っていった。 風呂から上がったころにはすっかり茹で上がって、楠木に介抱してもらう始末。 今は一緒に寝るんだ、と楠木と自分の部屋に籠って、ガールズトークの真っ最中なんだろう。


 あれから一度も楓の姿は見ていない。 あの状況じゃ成仏したとは思えないし、お札と破魔矢の効果があるとも思えない。 なんにしても今のうちに寝てしまおう…… 最近ろくに寝られず寝不足だった。


 「まだ起きてる? 」


 ドアを小さくノックして楠木が入ってきた。 閉じかけた目を開けてベッドに横になったまま彼女を迎える。 せっかく泊まりに来てくれたんだし、菜のはの相手をずっとしてくれたんだからお礼くらい言うべきだろう。 


 「そのまま菜のはと寝たのかと思ってた。 相手してくれてありがとな 」


 「ううん、ウチも楽しかったからこっちこそありがとうかな。 例の女子高生は? 」


 「どっかでふてくされてんだろ、全然姿を見せないよ。 菜のはは? 」


 「気持ち良さそうに寝てる。 ホント菜のはちゃん可愛いわぁ! ウチの妹に欲しいくらい 」


 あげねーよ、と笑って返すと、ですよねー、と軽く返された。


 「んで? 」


 「んで? なんだよ? 」


 楠木はベッドの端に頬杖をついて大きなため息を吐く。 楠木の質問の意図が分からない。


 「アンタ、本気で紫苑を落とそうって思ってるの? ってことよ 」


 「…… 唐突になんだよそれ 」


 楠木はまた大きなため息を吐いた。


 「せっかくウチが泊まりに来てるのに情報収集とかしないの? 最近どうなんだ? とか、俺の話してんのか? とか 」


 いやいや、楓の件で来てもらってるのにそんな話出せるかよ。


 「お…… う 」


 「あれこれセッティングしてやっても進展しないし、名前で呼んでも大丈夫だって言ってるのにそれもしないし。 どうなのさ! 」


 なんだか楠木の方がヒートアップしてきてるぞ?


 「まさか楓っていう子に乗り換えた? 夜中とか朝方しか来ないってそういうことじゃないよね!? 」


 「アホか! 触れもしない幽霊にそんなことするか! 」


 「へぇー、触れたら乗り換えちゃうんだ。 可愛いの? 」


 「か、可愛くねーよ! 佐伯の方がよっぽどか…… かわ…… か…… 」


 「可愛いくらい男らしく言え! 佐伯じゃなくて紫苑! 言ってみ? 」


 えらく絡んでくるな。 面と向かって言えれば苦労してないんだよ。


 「し…… シオン 」


 プッと楠木が吹き出した。 俺には名前で呼ぶなんてハードル高ぇんだってば!


 「なんでそんなに緊張してるのよ。 それじゃあ…… ウチの名前は? 」


 「…… あ…… おい 」


 うおををっ! 本人目の前にするとヤベェって!


 「そんなに顔真っ赤にすることないじゃない! こっちが恥ずかしくなるわ! 」


 おでこに一発平手打ちを食らった。 なんだよ、お前が言えって言ったんじゃないか! と心の中で愚痴る。


 「青葉は普通に名前で呼ぶくせに 」


 「青葉は男だろうよ 」


 「はあ!? これだけ親友やってるのにウチを名前で呼ばないのはそういう理由? これはもう慣れるしかないね。 今後ウチの事は名前で呼ぶこと! いい? 」


 「ハードル高いって 」


 楠木はムッとした顔で俺の鼻をつまんだ。 あの…… 普通に痛いですよ? 藍さん。


 「幽霊の事は名前で呼び捨てにしてるくせに 」


 「アイツは名前しか知らないからだよ 」


 そういえばアイツを呼ぶ時って、面と向かっても別に緊張したことないな……


 「ちょっと思ったんだけど、それってさ…… どこの誰だか特定されたくなくて伏せてるんじゃないの? 」


 「まさか。 幽霊になって忘れてるだけじゃないのか? 」


 「来たら聞いてみればいいじゃな…… っくしょん! 」


 可愛いくしゃみするんだな。 それはおいといて、Tシャツにショートパンツじゃそりゃあ寒いよな。


 「上着何か持って来てないのか? 」


 「うん、今日こんなに寒くなるとは思ってなかったから 」


 初夏という時期だけど、確かに今日は少し冷える。 カーテンを少しめくってみると、いつの間にか雨が降っていた。 


 「なんか貸してやるよ。 スウェットとパーカーどっちがいい? どうせまだ起きてるんだろ? 」


 「…… いらない 」


 楠木はそう言うと、俺を跨いでベッドに潜り込んだ。


 「あったかーい! うん、これでいいよ 」


 「お、おい! 楠木…… 」


 「違う! 」


 目だけ掛布団から出した楠木に睨まれてしまった。


 「あ、藍 」


 「…… 許す 」


 んああ! 調子狂うなぁ! なんだか可愛く見えるし、今日のコイツはなんなんだよぉ!


 「あの…… 藍さん? 俺はどこで寝れと? 」


 「さん(・・)付け禁止。 寝る時はちゃんと菜のはちゃんの所に戻るから気にしないで。 それよりも話の続きよ 」


 気にするよ! 俺のベッドはシングルだし、布団にくるまっているとはいえ距離近いし。


 「二ノ宮先輩とかいい例じゃない。 二ノ宮クリニックって聞けば有名でしょ? 」


 「え? 会長って二ノ宮クリニックの息子だったのか! 」


 この街で一番大きな総合病院だ。 柚月先生が養護教諭だったり、会長が心理学どうのこうの言ってたのがわかったような気がする。


 「呆れた…… 知らなかったのはアンタ位なものよ。 だからその幽霊も有名どころのお嬢様なんじゃないの? 」


 「二ノ宮楓…… とか? 」


 「バカね。 それなら二ノ宮先輩がすぐに気付くだろうし、恋愛対象にならないでしょ? 」


 ごもっとも。 そう言えば、楓と話した内容でずっと気になっていた事があったのを思い出す。


 「あの幽霊さ、自分はまだ死んでないって言ってたんだよ。 どういうことだ? 」


 「知らないわよ。 あ…… でもほら、亡くなった人って自分が死んだ自覚がないってよく言うじゃない? 」


 「それ、この前までやってたドラマだろ。 俺は見てなかったけど 」


 「そうそう! 〈幽霊が恋したっていいじゃない!〉ってドラマ。 面白かったよ 」


 楠木はそのドラマのあらすじを嬉しそうに語り始める。 話が大幅に脱線してるけど、別に止めようという気はなかった。 たまに頬を赤く染めて笑うのは、やっぱり男友達とは違うんだなと感じさせられる。 へぇ…… ちゃんと乙女してるじゃん。


 「ちょっと橙馬、ちゃんと聞いてる? 」


 「んあ? ああ、聞いてなかった 」


 ドスっと脇腹に鉄拳を頂きました。


 「ともかく、苗字聞いてみなよ。 何か進展するかもしれないしさ 」


 「ああ、そうする。 いい加減付きまとわれるのも嫌だしな 」


 もしかしたら苗字を思い出せば成仏するのかもしれないけど、その可能性は低いような気がする。


 「一番いいのは、楓自身が二ノ宮会長に気持ちを伝えて、フラれて、その恋が終わったんだと自覚してくれる事なんだろうな 」


 会長も楓自身が動くまで少し様子を見ようと言ってたし。 俺としてはスパッと終わらせて欲しいんだけど……


 「…… ねぇ、どうしてその幽霊に協力しようと思ったの? 」


 楠木は目を閉じたままそう言って布団を被る。


 「…… わかんねぇよ。 必死に訴えてきたからというか、気持ちが分からなくもないというか…… 2年間かけてやっと見つけたって言われたら、なんか断るに断れなくなったというか…… って、おい! 」


 相づちを打たない楠木に嫌な予感がして耳を近づけてみると、スースーと静かな寝息が聞こえた。


 「ったく、眠いなら素直に菜のはと寝れば良かったじゃねぇか。 仕方ねぇなぁ…… 」


 俺はベッドから降り、クローゼットからタオルケットを引っ張り出してベッドの横に座り込む。


 「無防備過ぎるんだよ、襲われたって知らねーぞ? 」


 もちろん寝てる相手に手を出すつもりはなく、そんな勇気もない。 もしかして俺は男と思われてないんじゃないかとちょっと不安になる。 まあいいけど。 時計を見ると既に1時過ぎ…… タオルケットにくるまり目を閉じると、俺もすぐに夢の中へと落ちていった。


  バーカ


 そう聞こえたのは夢だったんだろうか。






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