77話 ダメだよ橙馬君!
その日の午後、クラスの集まりだと聞いた楓は一緒に行くとは言わなかった。 商店街に集まった俺らは揃ってデザートビュッフェに行き、ゾロゾロとウインドウショッピングをする。 その異様な光景は商店街の人達には圧巻だっただろう、どこに行っても注目の的だった。 俺は藍と紫苑に連れまわされ、結局買ったのはクロネコがワンポイントのハンカチ一枚とディフォルメのシロネコのキーホルダー。 それを二人はそれぞれ俺にプレゼントしてくれた。
「お礼になんか買ってやるよ 」
「いらない。 ウチらはこれ持ってるから 」
藍が取り出したのは同じ形のクロネコのキーホルダーで、紫苑は同じ柄のシロネコのハンカチ。 なんだかむず痒くなる。
「大事にしなさいよね、ウチらだと思って! 」
「あ、ありがと…… ゴザマス…… 」
「迷惑だったかな…… それなら…… 」
ぎこちない反応をした俺が気になったのか、紫苑は不安そうな表情を浮かべていた。 俺は取れるんじゃないかと思うくらい首を振り、急いでポケットにしまい込む。
「二人とも、帰りにちょっと話があるんだけど 」
この二人には、しばらくの間楓を預かることになった経緯を伝えておいた方がいい。 皆と解散になった後、俺はプレゼントのお礼を兼ねて二人をフードモールに誘った。
「ええ!? そんなの聞いてないよ! 」
紫苑がテーブルをひっくり返す勢いで立ち上がる。
「紫苑、とりあえず座って…… 」
「座ってらんないよ藍! 橙馬君が楓と一つ屋根の下ってあの時だけじゃなかったの!? 」
集まる他の客の視線も気にせず、紫苑は顔を赤くして俺を捲し立てた。
「いや、仕方なかったんだよ。 楓の親もそれで納得したし…… 」
「親公認なの!? ダメだよ橙馬君! まだ私達は高校生だよ!? 」
なんか話の流れがおかしい。 紫苑はどんな想像してるんだ?
「紫苑、落ち着いて! 皆見てるから 」
「…… 私も橙馬君の家に住む…… 」
「「は? 」」
藍と被ってしまった。 今…… なんですと?
「ちょ…… 何を言い出すの? 」
「お年頃の男女だよ? 楓は橙馬君の事好きなんだよ? 橙馬君きっと間違っちゃうよ! 」
「いやいや! 菜のはもいるし間違わないから! 」
俺ってそんなに信用ないのか? そもそも間違うって何をだよ!
「でも橙馬君だって男の子だよ? 絶対って言い切れる? 」
「言い切れる! 俺は菜のはにいい奴が出来るまで恋愛しない! 」
「「はぁ!? 」」
今度は紫苑と藍が被った。 やべ…… 完全に言葉足らずだ……
「いや、恋愛をしないって意味じゃなくてだな! 俺は…… 」
「なんだ、そう言うことか 」
ケラケラと笑う藍は、俺が言わんとしたことをわかってくれたらしい。 藍がうまく紫苑に説明すると、紫苑もやっと落ち着いたようだった。
「紫苑も大胆になったねぇ、『私も橙馬君の家に住む』だなんて 」
プククと笑う藍に、紫苑の頭から湯気が吹き出す。
「あ、藍だって『お揃いの物がいいよね』って顔真っ赤にしてたじゃん! 」
おお…… 俺をめぐって言い争い…… 嬉しいんだかなんなんだか。
「ケンカはやめろよ二人とも 」
「アンタが悪いんだろ! 」
「橙馬君が悪いんでしょ! 」
二人に同時に怒られて、その場は解散となってしまった。
「おかえり、楽しかった? 」
帰宅した俺を出迎えた楓は、赤いスマホを片手に格闘中だった。 講師は菜のはで、画面を指差しながらなんだか楽しそうだ。
「どうしたんだよ? そのスマホ 」
「お父様が『連絡取れないと不便だろう?』って言ってくれたのよ。 可愛いでしょ! 」
楓はホクホク顔で俺にスマホの画面を見せつけてくる。 可愛いって言われてもな…… 表示されていたのは電話帳の入力画面だった。 しかも俺の名前と電話番号……
「お兄ちゃんが帰ってくるの待ってたんだよ? 本人に確認してからじゃないと登録しちゃダメだって 」
こいつ、そういうところは律儀なんだよな……
「いい? 登録しても 」
「いいもなにも、俺と連絡取れないと困るだろ? 」
少しふてくされた楓だったが、すぐに笑顔に戻って新規登録ボタンを押した。 もしかして俺が初めての登録か?
「エヘヘ…… お待たせ菜のはちゃん! 」
楓はすぐさま菜のはと連絡先を交換していた。 スマホを買って貰った日って嬉しいんだよな…… その様子を見ていると、なんだか微笑ましくなってくる。
「どうしたの? ニヤけて気持ち悪いよ、お兄ちゃん 」
「いや、なんでもない 」
「どうせ子供みたいだとバカにしてるんでしょ? いいじゃない、スマホ持つの初めてなんだから 」
教えてもらう度に一喜一憂する楓に、菜のはも前のように気を遣っている様子はない。
「オーイお前ら、晩御飯できたぞー 」
「「はーい! 」」
キッチンから顔を覗かせた親父に、二人は揃って返事をして手を洗いに行った。 なんだか姉妹みたいな、ずっと前から楓がこの家に住んでいたような雰囲気が不思議だった。
「どうした? ボケっとして 」
「いや、なんでもない。 っていうか、毎回寸胴でカレー作るなよ 」
親父は帰ってくる度に大量にカレーを作るのだ。 ウマイにはウマイんだけど、消費するこっちの事も考えて欲しい。
「何を言う! 横浜海軍カレーは寸胴でないと作れん 」
何ヵ月も海の上で生活していると、日付も曜日も感覚がなくなってしまうらしく、これを作らないと家に帰った来た実感が沸かないのだとか。 俺達にしてもこれを食べないと親父が帰ってきたと実感出来なくなっていたし、母さんも親父の無事をこれで確かめていたっけ。
「美味しい! メッチャ美味しいですお父様! 」
お世辞とは思えない笑顔の楓に親父も満足そうに笑う。 味はまあ、いつもと同じ。 ちょっとだけ美味く思えたのは、楓の笑顔のせいだろうか。
ピンポーン
「んあ? 」
スプーンを咥えながらインターホンを見ると、またもや荷物を抱えた紫苑と藍が玄関先に立っているのが映っていた。 おいおい……
「…… 来ちゃった 」
玄関を開けてやると、紫苑が恥ずかしそうに俺を上目遣いで見ていた。 それはやめてくれ…… 可愛いってば!
「まぁ…… いいけど 」
俺がそう言うと、藍はケラケラ笑いながら紫苑の肩をポンポンと叩く。
「ほら、大丈夫だって言ったでしょ? 」
「何が大丈夫なんだ? 」
「帰りに紫苑がずっとヤキモキしてるから、それなら断られることはないから行けば? って言ったの…… あれ? カレーの匂い? 」
藍はボストンバッグを抱えてピョンピョンとリビングに入っていく。 リビングからは菜のはと親父の喜ぶ声と、楓のビックリする叫びが聞こえてきた。
「…… おじさま? 」
「ああ、昨日仕事から帰ってきたんだ。 紫苑は初対面だっけ? 」
「うん…… その…… わ、私お邪魔かなぁ! かか、帰るね! 」
苦笑いする紫苑は笑ってしまうくらい慌てていた。
「紫苑ー! 早くおいでよー! 」
親父とも仲のいい藍がリビングから顔も出さず叫んでいる。 困り果てた紫苑は俺に助けを求める視線を向けていたが、俺も苦笑いで返すとため息をついて大人しく『お邪魔します』と呟くのだった。




