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73話 楓の母親って

 それから俺は公園で楓の母親に電話をかけ、なんとか楓が退学しないでも済む方法がないかと切り出した。 が、ガミガミと大人の事情というものを聞かされ、らちがあかないので、これから面と向かって話をする約束をとりつけた。


 「…… なんなんだこの親は! 」


 子供は親と暮らすべきだとか、授業料がどうのとか、世間体がどうのとか…… 通話を切った瞬間、スマホをぶん投げたい気持ちを抑えて大きくため息を吐く。


 「ごめん…… 」


 「お前が謝ることじゃない。 お前には悪いけど、この人は自分の事しか考えてねぇんだな 」


 小言というか愚痴というか、親が子供に自分の都合ばかり押し付けるか? 中学時代、楓が家に居たくなかった理由がなんとなくわかったような気がした。


 「お母さんも必死なんだと思う。 お金もないし、住む家も壊れちゃったし…… 何よりも寂しいんじゃないかな 」


 中学生の頃は、母親とほとんど口をきいていないと楓は言う。


 「それでもお母さん、動かないアタシをずっと面倒見ててくれたんだよ。 愚痴も言ってたけど、アタシの実体の前で泣いてるのを見たら愛されてたんだなって思った 」


 「まぁ…… 酷いこと言って悪かった 」


 落ち着け俺…… 今はイライラしている時じゃない。 すぐさま蒼仁先輩に電話し、状況を説明する。


 ー それなら一言でいい。 簡単な事じゃないか ー


 蒼仁先輩のさっぱりとした笑い声が電話口から聞こえてくる。


 「ひ、一言…… ですか? 」


 ー 既成事実でもいいけどね ー


 「それって子供が出来ちゃいました系のやつですよね! 」


 面白そうに笑う蒼仁先輩は『冴えてるね』と頷いているようだった。 一番最悪なパターンじゃないか!


ー 冗談はこれくらいにして…… 橙馬、君は自分が生徒会長だということを忘れてはいないかい? ー


 「うぇ? 」


 どういう事だ? 横で心配そうに見つめていた楓も、俺の表情に不思議そうな顔に変わる。


 ー 君は超進学校の星院東高校の生徒会長だよ? 世間的に自慢してもいい立場にいる。 となれば、これを利用しない手はないだろう? ー


 「…… そんな事に肩書きを使っていいんですかね? 」


 ー その肩書きに恥じない事をすればいいだけの事だよ。 僕からのアドバイスはそんなところだ ー


 ありがとうございましたと、蒼仁先輩と通話を切る。 やれるか? 俺に……


 「蒼仁先輩はなんて? 」


 また心配そうな顔に戻った楓に、俺は安心させる意味も込めてドヤ顔をしてみせた。




 「子供が何を言ってるの? 」


 楓の母親は、俺の顔を見るなりそう吐き捨てた。 仮住まいのアパートの玄関先で、電話口で聞いたのと同じ事をくどくどと愚痴られる。

 離婚した父親に保険会社から連絡が入り、この際にあの壊れた家を売り払うのだそうだ。 再婚という言葉は1つもなく、一度だけ『あの女』と顔を歪ませる場面があった。 捲し立てるように話す母親の様子を見ていると、再婚するという話がなんだか怪しく思えてきた。


 「それ、再婚じゃなくて押し掛けって言うんじゃないですか? 」


 思わず言ってしまった一言に母親は面食らって黙り込み、突然(せき)をきったように怒鳴り散らされた。


 「そうよ悪い!? 子供のあなたに何がわかると言うのよ! 」


 アイツに人生をメチャクチャにされたと母親は顔を真っ赤にする。 家の所有権は父親の物で売却を勝手に決められ、楓の親権を奪ったにも関わらず世話だけを押し付けられ、親戚や近所からはずっと冷たい目で見られていたのだとか。


 「橙馬、もういい…… 」


 楓は俺の背中に隠れ、俺の袖をキュッと掴んでいた。


 「…… アンタそれでも親かよ! 」


 あまりにも俺の母親像とはかけ離れた楓の母親に、俺は我慢出来なかった。


 「どれもこれも自分の事ばっかりじゃねーか! 楓からアンタの悪口を聞いたことはねぇ! 苦労してた事も全部楓は見てんだよ! なのに! 」


 「やめて橙馬! もういいから! 」


 必死に腕を引っ張る楓だったが、俺は自分で自分を止めることが出来なくなっていた。


 「押し付けられた? それはアンタら大人の問題だろうが! 親権? 楓と一緒にいたかったなら無理矢理にでも奪えよ! 楓がどんな気持ちで鳥栖を名乗ってるのか、アンタは知ってんのかよ!? 」


 それからはもうグダグダの言い争いだった。 最終的には『警察を呼ぶ』と脅され、俺一人が自宅に帰ってきた時には陽はとっぷりと暮れていた。


 「おかえり、お兄ちゃん 」


 玄関先では菜のはが優しい笑顔で出迎えてくれる。


 「楓さんは? 」


 「悪い…… 向こうで母親とケンカしちまった…… 」


 連れて帰ると連絡した菜のはに、靴も脱がず事の顛末を説明する。 菜のはは一段高くなった上がり(かまち)から腕を伸ばし、俺の頭に手を回して小さな胸に引き寄せた。


 「お疲れ様。 よく頑張ったよ、エライエライ 」


 優しく頭を撫でられて感極まってしまい、俺も菜のはの腰をギュッと抱きしめる。


 「情けない…… 」


 楓と母親の気持ちを散々掻き回して、後は楓に任せるしかなかった結果を納得なんか出来なかった。 悔しくて涙が出そうだったけど、妹の前で泣いてなんかはいられない。


 「ご飯出来てるよ、冷めないうちに食べよ? 」


 スッと手を繋いだ菜のはは、何事もなかったかのように俺をリビングへと引っ張っていった。


 「おう、遅かったな橙馬 」


 「親父! 帰ってたのかよ 」


 茶碗に山盛りの白米を片手に、親父は口いっぱいに鮭を頬張りながら俺を見据えていた。


 「またすぐ行かなきゃならんけどな。 それより、その顔はどうした? お前が喧嘩とは珍しいな 」


 「ああ…… ちょっとな 」


 ダイニングテーブルの親父の真向かいに座った俺の前に、菜のははすぐに温かいご飯をついでくれた。


 「ウマイぞ。 菜のはは本当に料理が上手くなった! 」


 ガツガツと白米を掻き込む親父は、幸せそうな表情で味噌汁をも平らげて『おかわり!』と叫ぶ。


 「お兄ちゃんの方がもっと美味しく作るよ? 」


 「いーや菜のはの飯がウマイぞ! 俺は幸せだ 」


 親父の食べっぷりに、菜のはも少し呆れた顔で笑っていた。 親父は帰って来る度に菜のはをとことん誉めるのだ。 俺には特段何も言うことはないけど、だからといって邪険にされる訳ではなかった。


 「なぁ親父、親って…… なんなんだろな 」


 夕食をきれいに平らげた親父は箸を静かに置いて、俺にすまなそうに微笑んだ。


 「すまないな、お前と菜のはには苦労をかけていると思っている 」


 「あ、いや…… 親父の事じゃないんだ。 ちょっと友達の親と言い争いになってさ 」


 フム、と親父は俺の顔をじっと見て、席を立つと冷蔵庫からビール缶を2本取り出してきた。


 「まぁ飲め 」


 「高校生の息子に酒を薦めんじゃねーよ 」


 「男にゃ飲みながら語りたい事もあるんだよ。 早く大きくなれ 」


 そう言って親父は笑いながらプルタブを開ける。 半分ほど一気に飲み干した親父は、ホントに旨そうに顔を綻ばせていた。


 「んで? 随分と納得いかないことがあったんだな? 」


 俺の顔を真っ直ぐ見て静かに聞いてきた親父に、俺は胸のモヤモヤをぶつけてみようと思った。

 

  




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