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72話 忘れられないじゃない……

 「両親が離婚してから、アタシはお母さんとよくケンカをするようになったんだ。 家にいるのが嫌で、よく家を飛び出してた…… そんな時、銀也に会ったの 」


 正直、聞きたい話ではない。 過去の楓がどうであれ、今の俺には関係ないことだ。 楓だって知られたくなかったんだろうし…… でも聞いてもいないのに話してくるって事は、知って欲しいと言う事なんだろう。 俺は空を見上げ、ただ黙ってその話に耳を傾けた。


 「ナンパだったんだけど、どうでもいいやって。 最初は羽振りも良くて優しくて…… 夜中まで良く遊びに連れ出してくれた。 あの時は一緒にいるのが楽しかったんだよね…… 」


 「…… 」


 「キスもしたし、その先も…… ね。 でもアイツの女ってアタシだけじゃなかったんだ。 4股くらい…… それを知ってから少し距離を取るようになった。 でも、別れられなかった…… 変だよね、アタシ 」


 「………… 」


 それからしばらく楓は口を開かなかった。 ここは俺から切り出した方がいいんだろうか……


 「コーヒーでも飲むか? 」


 「え? あ…… うん。 アタシ買ってくるよ、待ってて 」


 楓は財布を取り出し、公園出入口に設置されていた自販機にヒョコヒョコと歩いて行った。 まったく…… 缶を2つ持って松葉杖は使えないだろうよ? 案の定、楓は取出口のコーヒーを取るのに四苦八苦していた。


 「バーカ、こういう時こそ俺を使えっての 」


 楓の後ろからコーヒー缶を2つ取ってやる。 『待っててって言ったのに』とジト目で見られ、楓はさっさとベンチに戻って行ってしまった。


 「痛っ! 」


 ブラックコーヒーが頬の裏にしみて痛い。 殴られた時に口の中を切っていたようだ。


 「バカ、アンタ喧嘩なんかしたことないんでしょ? アイツ、あれでもボクサー崩れよ? 」


 「だからあんなにパンチが重かったのかよ…… 」


 「ホント、無茶するんだから。 アタシなんかに構わなければこんな事に…… 」


 「やめろよ、そういう事言うの 」


 キョトンとした楓は、頬を赤くして缶コーヒーに口をチビっとつけた。


 「照れるな! その…… 藍とか紫苑とか、皆が寂しがるからな 」


 「そっか…… にが…… 」


 飲めないならブラックなんか買わなきゃいいのに。 俺はコーヒー缶をグイっとあおる。


 「あのね…… アタシ学校辞めようと思うの 」


 思いっきり含んでいたコーヒーを吹き出してしまった。 鼻からもコーヒーが出てきてツーンと痛い……


 「汚いわよ! そんなに驚くことないじゃない! 」


 「驚くわ! 頑張って編入しといて、いきなり辞めるって何考えてんだよ! 」


 気管にまで入ってむせながらも、楓に怒鳴り散らしてやる。


 「お母さんがお父さんとヨリを戻すって言うんだもん! 仕方ないじゃない! 」


 「…… それがどうして学校辞めなきゃならないんだよ? 」


 「お父さん、今広島で暮らしてるのよ。 仕事辞める訳にいかないし、家はあんなになっちゃうし。 必然的にお母さんは広島に行くことになるから、こんな体のアタシ一人じゃ暮らしていけないじゃない…… 」


 「だからお前、『探してくれる?』なんて聞いてきたのかよ? 」


 楓はしばらく黙り込んだ後、ぎこちなく頷いた。 その表情はとても暗く、どうしようもないという思いがヒシヒシと伝わってくる。


 「ホントはこれも言わないつもりだったの。 でも、何も言わずにいなくなったら…… アンタ怒るでしょ? 」


 俺が怒るかどうかは問題じゃないと思うけど。


 「当たり前だ! 俺だけじゃなくて、菜のはも藍も紫苑も徹底的に探すぞ! 何がなんでも見つけ出して、ゴメンナサイって言うまで説教してや…… ! 」


 怒鳴りつけている最中、楓の頬には一筋の涙が流れた。 何故かクスクスと泣き笑い…… なんだこれ?


 「…… ホントに言うんだもんなぁ…… これじゃ忘れられないじゃない…… 」


 「え? 」


 楓は俯いたまま俺の肩に寄りかかってきた。


 「アンタはさ、いつだってアタシを救ってくれるんだもん。 体に戻れたのも、歩けるようになったのも、紫苑って友達が出来たのも、藍ちゃんとまた話せるようになったのも…… 」


 「それはお前が頑張ったからだろ。 俺は別に何も…… 」


 「してるよ。 アンタが一歩踏み出す勇気をくれたから、アタシは今ここにいられる…… 」


 楓の少し乱れた髪が頬にくすぐったい。 なんて答えたらいいか分からずにいると、さっき寄ってきた男の子達が『イチャイチャしてるー!』と指を指してきた。


 「いいでしょー。 君達も女の子に『好き』って言われるよう頑張らないとねー! 」


 楓が自慢するように男の子達に言うと、男の子達は真っ赤な顔をして走り去って行った。


 「子供ら煽ってどうするんだよ 」


 「いいじゃない…… 本気でアンタを好きになっちゃったんだから 」


 またこいつは返答に困ることをサラッと…… 


 「でもアンタは紫苑が好きで、菜のはちゃんが好きで、藍が好きで…… アタシの入る隙間なんてどこにもない。 アンタはアタシに優しくしちゃダメなのに…… 」


 楓は嗚咽を堪えて俺の肩にしがみついてきた。


 「今までこんな苦しい気持ちになったことない! アンタと離れたくない! わかってよ! 」


 訴えるように見上げてきた楓の顔はグシャグシャだった。 胸の奥が苦しいくらい締め付けられる…… 紫苑にも感じたことのない息苦しさに、頭より口が先に動いていた。


 「大丈夫。 なんとかしてやる 」


 「なんとかって、どうしようもないじゃない! 」


 楓の顔がより一層グシャグシャになった。 無意識に楓の頭を撫で、そのまま胸に引き寄せる。


 「俺を誰だと思ってる? 蒼仁先輩を恋人に持つ天下のシスコン生徒会長だぞ? 」


 楓は俺に頭を預けたまま無言だった。 ヤバ…… 外した?


 「…… ネーミング最悪。 カッコ良く『お前のヒーローなんだから』って言いなさいよ 」


 ヒーロー…… ね。 俺はそんな大層な奴じゃないけど。


 「そんな事言ったらお前、思いっきりディスるつもりだろうが 」


 「こんな状況で言わないわよ! それより、なんとかするってどうするつもりなのよ? まさか蒼仁先輩にお願いするとか言わないでしょうね? 」


 そのつもりだったんだけど…… 言えなくなってしまった。


 「俺、お前のお母さんと話してみる 」


 「え? 」


 「要は生活する環境が問題なんだろ? うちに下宿って形で、せめて高校を卒業するまで居ればいい 」


 ポカンと口を開けて、楓は呆気にとられていた。


 「なんだよ? 何か変なこと言ったか? 」


 「いや…… 本気にしていいの? 菜のはちゃんにも迷惑かからない? 」


 「菜のはが初対面であんなになつくなんて初めてなんだよ。 あれだけ好かれている藍でさえ半年かかったんだ、お前なら心配ないって俺は思ってる 」


 とはいえ、大人の事情となるとそう簡単にはいかない。 どこまで対抗出来るか、それは蒼仁先輩に相談してみようと思っていた。


 「うん…… アタシも頑張る 」


 涙を滲ませて微笑む楓に、俺も自然と笑顔になって…… 気が付けば楓の頭に手を添えていたのだった。


 




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