71話 喧嘩の果てに
殴られる覚悟を決めて茶髪と対峙した瞬間、後ろにいた楓に硬いもので横に突き飛ばされた。 は!? なんだ今の力!! 予測していなかった挙動に思わず尻もちをついてしまう。
「庇ってくれてありがと、燈馬。 でもちょっとどいてて 」
楓はもう一本の松葉杖を構えると、殴りかかってきた茶髪を横薙ぎする。 杖の先端は茶髪の顎を下から掬う様に捉え、楓が流れるように杖を振り抜いたかと思うと、茶髪は顔から地面に崩れた。
「は…… へ? 」
茶髪は俺の目の前でピクピクと白目を剥いて気絶している。 周りの通行人もまた唖然としてシーンと静まり返っていた。 大の男が松葉杖をついていた女の子に一撃で叩き伏せられたなんて、誰が信じる?
「見くびらないで。 アタシの薙刀術はみどり先輩直伝よ 」
楓はニコリともせず、気絶した茶髪を足蹴にしてロン毛へと歩いていく。 いつの間にか俺達を囲む野次馬ができ、楓を応援する声までが聞こえてきた。
「楓…… てめぇ…… 」
ロン毛は冷や汗をかいて後退る。 まさか仲間が一撃でやられるなんて思いもしなかったんだろう。 っていうか、俺は何をやってるんだ?
「銀也、覚悟はできてるんでしょ? 来なさいよ 」
松葉杖をついているとは思えない凛とした立ち姿の楓はカッコいい。
「吹石先輩直伝って、お前…… 」
「後でちゃんと話すから今は黙ってて。 こうやって立ってるだけで精一杯なんだから 」
ロン毛を見据えたまま俺を突き放す楓の額には、大粒の汗が滲んでいた。 気力だけで持ちこたえているのか?
「ハッハッ! 死に損ないがほざくなよ! 今度こそくたばれよ! 」
ロン毛は息巻いて楓に向かってきた。 今なんて言った? 今度こそ? その言葉に頭に血が上ってくる。
「死ねやぁ! 」
ロン毛は路上に立ててあった木製の看板を担いで楓に投げつけてきた。 っざけんな! 当たったら怪我するじゃねぇか! 俺は楓の前に飛び出してその看板を全身で受け止める。
「バカ! 飛び出して来るんじゃないわよ! 」
「うるせぇ! 黙って見てられるかよ! がっ!? 」
看板の影からロン毛の拳が飛んできた。 腕でガードしてなんとか顔に直撃は免れたものの、ズシンと重たいパンチに転んでしまった。
「あぐっ! 」
起き上がろうとした所に間髪入れず蹴りを入れられた。 コイツ強っ! ケンカ慣れしてやがる!
「こんのぉ! 」
楓が松葉杖を一閃したが、得物が短いのか後ろに避けられて空振りする。
「どうしたよ楓! 彼氏ちゃんが痛がってるぜぇ? 」
下品な笑いを飛ばしてロン毛は再び看板を持ち上げた。 楓に向けて振り下ろされた看板を俺は両手で受け止めたが、がら空きの腹に蹴りを食らう。
「オラ! 土下座して詫び入れろや! 」
「調子に乗んなロン毛ぇ! 」
尚も看板を叩きつけようとしてくるロン毛に体当たりをし、鼻っ面に頭突きをかました。
「があぁ!? 」
「っ痛えぇ!! 」
ロン毛は鼻血を出しながら地面をのたうち回っていたが、俺も頭に歯が刺さったのかメチャクチャ痛い。
「退きなさい橙馬! こんな奴…… ! 」
「お前が手を出すことないんだよ! 黙って見てろ! 」
唖然と俺を見た楓は、それ以上突っ込んでくることはなかった。 さて、ケンカしたことないド素人がケンカしたらどうなるか……
「てめぇ! 鼻折れたかも知れね…… ひっ! 」
ロン毛は鼻を押さえたまま青い顔をして固まる。 俺は楓の松葉杖をロン毛の顔目掛けて突き立てたのだ。 寸でのところで避けられてしまったけど、馬乗りになりもう一度松葉杖を振り上げて目を狙う。
ゴスッ ゴスッ
「はっ! ひぃっ! や、やめろぉ! 」
必死に首を左右に降って避けるロン毛は、目を見開いて涙目になっていた。
「チッ…… 」
松葉杖を放り投げて、俺は拳を握りしめる。 加減が分からないけど、とりあえず力一杯殴り付けた。
「ひぎあぁ!! 」
奇声を上げてロン毛はのたうち回る。 ロン毛が痛がるのはもちろんだけど、殴った俺も拳が痛い。 だけど俺にはコイツがどうしても許せなかった。
今度こそくたばれや!
その言葉は、前回も楓に危害を加えた証拠だ。 楓が事故に遇い、二年間も幽体で過ごさなきゃならなくなったのもコイツが原因だと確信した。
「ピーピー泣くなよクズ野郎 」
続けざまに2、3発殴ったところで、後ろから楓に手首を掴まれた。
「もういいよ橙馬! もう十分だよ! 」
「許せねぇんだよ…… コイツだけは! 」
楓はロン毛から無理矢理俺を引き剥がそうとする。
「離せよ! このクズ野郎がお前を! 」
もう一発殴りたい! 楓の制止を振り切って拳を振り上げた瞬間、羽交い締めにされて後ろに倒れてしまった。
「手を出した方の負けなんでしょ!? もう正当防衛の域を越えてる! 」
足にうまく力が入らないらしく、よろけながらも引っ張る楓に、俺は渋々ロン毛から離れた。 隙を見て逃げ出そうとしたロン毛は、すぐに野次馬の中の男達に取り押さえてられていた。
「ちょっと話を聞かせて下さい 」
誰が呼んだのか、数人の警察官がその場の指揮を取り始めていた。
野次馬の何人かの証言で、俺と楓は幸い正当防衛ということでその場で解放された。 何人かからは『男だな』と元気付けられ、苦笑いでその人達に答える。 ロン毛と茶髪はいつの間にか警察官に連れて行かれたらしい。
「退いててって言ったのに。 アンタがこんな怪我する事ないじゃない 」
一先ずあの場から逃げようと、俺達は近くの公園のベンチに移動していた。
「あたた…… もうちょっと優しく…… 」
「動かないでよ 」
楓は頭から流れた血を拭いてくれて、湿らせたハンカチを 殴られた頬に当ててくれている。 思えばこの公園、紫苑と逃げてきたあのトイレのある公園だ。 ふと、近くで遊んでいた二人の男の子が俺達に寄ってくる。
「お兄ちゃん、ケンカ? 」
「殴られてやんの、ダセーな 」
この公園で遊んでいる子供達に笑われてしまった。
「お兄ちゃんは正義のヒーローじゃないからな 」
笑いながらそう返すと、子供達は友達の輪に戻っていく。 マンションの合間にある小さな公園ながら、多くの子供達が遊具で遊ぶ賑やかな公園だった。
「そうね、ヒーロー…… じゃないわね 」
クスクスと笑う楓は、温くなったハンカチを買ったペットボトルの水で冷やしていた。
「別にヒーローになろうと思った訳じゃねーよ。 無性に腹が立って…… 飛び出してた 」
「…… ありがと、嬉しかった 」
思いがけない言葉に横を見ると、優しく見つめている楓と目が合った。 ドキッとして思わず目を逸らしてしまう。
「お、俺はお前の邪魔しただけなんだから、そこは怒るとこだろ 」
「ううん、正直ボコボコにされると思ってたから。 看板なんて、みどり先輩みたいに弾き返せないもん 」
そう言うと楓は再び冷えたハンカチを頬に当ててくる。
「…… アイツと付き合ってたっていうのは本当なんだ…… 」
楓は俯きながら、独り言を言うように過去の事を教えてくれた。




