70話 デートだと?
そのまま眠りについた菜のはだったが、俺は菜のはがメチャクチャ寝相が悪い事をすっかり忘れていた。 反対側に転がったと思えばまた抱き付いてきて、時には鼻に肘打ちを食らい、絡ませた足で大事な所を蹴り上げられる。 ウトウトする度に起こされて、気が付けばカーテンから陽の光が差し込んできていた。
いつも通りに菜のはを送り、いつも通りに紫苑や藍と挨拶を交わす。 コックリコックリ船を漕ぎながら授業を受け、放課後には階段下で楓と合流した。
「なによ? アタシの顔に何か付いてるの? 」
電話口では元気なさそうに思えた楓も普段通りの受け答え。 紫苑や藍にしても、女って割り切るのが早いものなのかと思ってしまう。
「いや。 それで何を買いに行くんだよ? 」
商店街を目指しながら楓に質問してみる。 まあ、足りなくなった日用品とか、そんなところなんだろう。
「…… パンツ。 アンタにバカにされるから黒にしてみようと思って 」
「はぁ!? 」
何を考えてるか分からないが、往来で恥じらいもなく言うのはやめてくれ。 ほら、周りの生徒達も白い目で見てるじゃないか!
「嘘に決まってるでしょ、キモいから想像しないでよ? 変態さん 」
クスクス笑う楓は、なんとなく以前より明るく笑うようになった気がする。 少なくても俺の他に、紫苑や藍といった友達ができたからだろうか?
「大したものじゃないから気にしないでよ。 荷物持ちさせようとか、そんなんでもないから 」
そう言って前を向いた楓の表情がフッと陰ったのを、俺は見逃さなかった。
アタシが突然いなくなったら、アンタは探してくれるの?
昨日電話口で言った楓の一言が頭をよぎった。 だけど、その意味を俺はどう聞けばいいのか分からずにいた。
「ほら、こんなの可愛いんじゃない? 」
雑貨屋の露天で楓が手に取っていたのは、赤い宝石が真ん中に付いた三日月のシルバーネックレスだ。 まさか買ってくれとか言わないよな?
「買って! 」
「なんで? 」
「いいじゃん! デートの記念よ、記念 」
買い物付き合えと強引に誘ってきたくせに、これをデートだと言いましたよこいつは。 値札を見ると1500円…… まあいいけど。 財布を開こうとすると、楓は『冗談よ』と笑って棚に戻していた。
「あん? お前楓じゃねーか? 」
後ろから声を掛けられて楓と一緒に振り返る。 ロン毛と茶髪…… こいつら、例のナンパグループの残りだ。
「あ? お前この前の! 」
こいつらも俺の顔を覚えていたらしい。 それよりもこいつら、楓の事を知ってる?
「まあいいや。 楓、お前生きてたんだな? 心配して損したぜ 」
ロン毛と茶髪は楓の顔を見てゲラゲラ笑っていた。 事故に遭ったことも知ってる…… けど、友達って雰囲気ではないな。
「死んでなくて残念ね。 どの道もう顔合わせることなかったのに、なんで声かけてきたのよ? 銀也 」
「んなつれない事言うなよ。 男まで連れ歩いて、随分ご機嫌なんだな 」
茶髪の方が俺の顔を見てニヤリと笑い、ゆっくりと俺に詰め寄ってきた。 これは…… 嫌な感じしかしない。 松葉杖の楓を連れて逃げられはしない…… どうする…… 考えろ!
「お前には借りを返さなきゃならねぇしよ 」
「…… 貸した覚えはないけどな 」
「ああ!? 」
胸ぐらを掴んでこようとした茶髪の手をスッと払ってやった。 俺は楓を男達の視線から隠すように立ち、背中越しに手をパタパタさせて『逃げろ』とジェスチャーする。
「止めろトビ、人目が多すぎる 」
すぐにでも殴りかかってきそうなトビと呼ばれた茶髪をロン毛が止めた。 どうやらこの銀也というロン毛がリーダーらしい。
「いい事教えてやるよにーちゃん。 そこの女はなぁ…… 」
「やめて銀也! 」
俺の背中から飛び出してきた楓は焦っていた。 前のめりになる楓を思わず止めたけど、間違いなく楓にとっては知られたくない過去の暴露話だろう。
「随分と可愛い声で鳴くようになったな? 俺の女だった時に聞かせて欲しかったぜ! ぎゃはは! 」
「…… うるせぇよオマエ 」
プルプルと震え出す楓はロン毛を睨み付け、口調まで変わってる。 コイツと付き合ってたって? 嘘だろ……
「そうそう、お前はツンツンの方が似合ってんだよ。 金髪にしてよ、俺にしか心を許しませんって表情の方がグッとくるぜ? 」
「うるせぇっていってんだよ! 」
「やめろ楓! 相手にするな 」
楓に視線を向けた瞬間、頬に強烈な衝撃が走った。 側で様子を窺っていた茶髪が俺を殴ってきたのだ。
きゃあぁ!
通行人の若い女性が俺達の様子を見ていたようで、悲鳴を上げると徐々に周りが騒がしくなってくる。
「燈馬! てめぇ! 」
「痛つ…… やめろって! 大丈夫だから! 」
飛び掛かっていこうとする楓を必死にとめて、俺は茶髪とロン毛を見据えた。
「気が済んだならどっか行けよ。 すぐに警察が来るぞ 」
警察が来る保証はない。 でもそれでコイツらが退いてくれるならラッキーだ。
「チッ…… おい行くぞトビ。 ここはマズい 」
ロン毛は俺を一度睨んで背を向ける。 同じように茶髪も俺を睨んで背を向けたが、振り向き様に俺に向かってドヤ顔で唾を吐き捨てていった。 間近で見ていた楓は、俺の腕に爪を立てて怒りに震えている。 見たこともない楓の形相に、飛び出して行かないように抑える事しか出来なかった。
「落ち着け、手を出した方の負けだ 」
頬はズキズキ痛むけど、出来るだけ平静を装って楓を説得する。 楓は歯ぎしりが聞こえるほど歯を食いしばり、ずっと立ち去っていく男達の背中を睨み付けていた。
「…… アタシは何を言われようが何をされようが構わない。 でもアンタを傷つける奴は絶対許さない! 」
パッと俺の腕を離れた楓は、止める間もなく松葉杖の一本を茶髪に向かって投げつけた。 弧を描いて飛んでいった松葉杖は、見事茶髪の後頭部を直撃する。
「てんめぇ…… 女だからっていい気になんなよ! 」
怒り狂った茶髪は、頭を押さえながら側にいた通行人の男性を突き飛ばして向かってくる。
「何やってんだお前! 逃げろ! 」
慌てて楓を背に庇う。 茶髪は徐々にスピードを上げ、俺達に拳を向けて走り込んできていた。
「死ねやコラァ!! 」
ヤベェ…… でもここで俺一人逃げる訳にはいかない。 殴り合いなんてしたことないけど、拳を握りしめて茶髪を迎え撃とうとしたその時だった。




