7話 藍の幽霊対策
「疲れた…… 」
昼休みになってようやく解放された俺は、自分の机に突っ伏して大きなため息を吐いた。
「まぁ良かったじゃないの。 もう追い回される事はないんでしょ? 」
楠木は俺の前の席の椅子に後ろ向きに座り、頬杖をついて俺の頭をポンポンと叩いていた。
「二ノ宮先輩もノーマルな男だったわけだし、一件落着じゃない 」
会長との話の内容は保健室に監禁されている間に楠木のスマホにメールで送っておいたが、何も全てが解決した訳じゃない。
「んで、その楓って子はここにいるの? 」
俺の頭を鷲掴みにし、急に小声で楠木は言う。 教室内を見渡しても楓の姿は見当たらず、一部の女子達の刺さる視線が痛かった。
「いや、どこに逃げたんだか知らんけどここにはいないよ。 ほっとけよ、あんな奴 」
二ノ宮会長が楓の存在を認めてくれてせっかくお膳立てまでしてくれたのに、その機会をあのバカは身勝手な考えで蹴りやがった。 このまま戻ってこない方が都合はいいけど、文句の一つでも言ってやりたいし、迷惑をかけた二ノ宮会長や楠木達に謝らせたい気持ちもあった。
「そっかぁ…… 一発殴ってやりたいけど。 それじゃどうしよっかな…… 」
「お前も信じてくれるんだな? 幽霊 」
楠木はキョトンとした後、当たり前でしょと俺の額をペシッと平手打ちした。
「アンタが苦しい言い訳してまで二ノ宮先輩に興味あるとは思えないしね。 その楓って子が実在するなら今までの事が全部納得出来ちゃうし 」
「そう言えば登校の時、お前にも楓が見えてたんか? 」
「見えないわよ、幽霊なんて。 でも、その場の違和感っていうのかな…… なんとなく気配でわかるんだよね 」
霊感持ち女子高生がここにいたのかよ。
「決めた。 今日アンタのウチに泊まりに行く 」
「…… え? なんで? 」
「だってアンタに取り憑いてるんだからアンタの側にいれば会えるでしょ? 菜のはちゃんもウチが行くの楽しみにしてくれてるみたいだし 」
楠木はポンと俺の肩を叩くと、じゃあねと笑顔で席を立つ。
「ちょっ!? いいけど、菜のはには余計な事喋んなよ? 」
「わかってるよ、菜のはちゃん怖がりなの知ってるし 」
呆れたように苦笑いして答えた楠木に、タイミングよく教室に戻ってきた佐伯が駆け寄ってきた。
「あ、貝塚君大丈夫? ずっと保健室に籠ってたって聞いたよ? 」
心配して声を掛けてくれたのは嬉しいけど、楠木の影に隠れているように見えるこの距離感はなんだろう……
「あ、ありがとう。 ちょっと会長に監禁されてただけだし…… 」
「監禁…… 」
佐伯は楠木を連れて笑顔で離れていく。 あ…… 俺いま地雷踏んだ……
「ま、待った待った! そうじゃないんだって! 」
ゲイじゃないってば! 慌てて後を追いかけるが、凍り付いた笑顔のままの佐伯とは距離がどんどん離れるばかりだった。
二ノ宮会長が根回ししてくれたおかげか、下校時には親衛隊にもファンにも追い回されることなく玄関を出られた。 とはいえ、下駄箱には死ねと書かれたラブレターがいっぱい入っているわ、靴には画鋲が山のように詰め込まれてるわ…… 小学生かよ。 楠木達には気付かれないようゴミ箱にINし、敷地を出た瞬間に襲われかねない恐怖に、足早に三和中学校へと向かった。
楠木が泊まりに来ることを菜のはに伝えると大喜びで、帰宅するなりすぐに風呂の掃除を俺に命令して掃除機を掛け始める。
「おっじゃまー! 」
一度家に帰って用意をしてくると言っていた楠木は、夕食の食材まで買ってきてくれた。
「藍さーん! 」
楠木が靴も脱がないうちに菜のはは楠木を抱きしめて歓迎していた。 楠木のまんざらでもない顔を見ていると、こいつと友達になれて良かったと心から思う。
「菜のはちゃん、今日はビーフシチューにしてあげるよ。 好きでしょ? 」
「ホントですか!? 」
子供のように喜ぶ菜のはに食材の入った袋を渡し、キッチンへ送り出して楠木は俺に目配せをする。 あの子は? といった表情だ。
「いや、いない。 大概夜中か朝方にヒョコっと出てくる 」
「そっか。 一応これ、渡しておくよ 」
楠木は肩に掛けていたボストンバッグから一枚の封筒を取り出して差し出してきた。 受け取って中を見ると、なにやらお札のような物が入っている。
「なんだこれ? 」
「退魔の霊符だよ。 おじいちゃんにちょっと話したら、これを持って行けって押し付けられちゃった 」
楠木のおじいさんは弓道界では有名人らしい。 楠木自身も弓道をやっていて錬士という称号をを持っている。 本人がそれを自慢したことはないけど、高校生が錬士というのはかなりハイレベルらしい。
「それともう一つ…… あれ? 」
楠木はまだバッグの中を漁り続ける。 『あった』と取り出したのは一本の矢。 その矢に引っかかって薄紫のブラが一枚落ちた。
「うわバカ! 見るな! 」
顔を赤らめて楠木は矢を俺に押し付け、手早くブラをバッグにしまい込む。
「…… なんだ? 」
「着替えに決まってるだろ! じゃなくて、破魔矢だよ 」
それは神社じゃ? という突っ込みは入れないでおく。 なによりもその気遣いが嬉しい。
「サンキュー。 でも楠木、くれぐれも菜のはには…… 」
わかってるって、と俺の胸をトンと叩き、楠木はリビングへと入っていった。
「…… パープルですか…… 」
「忘れろー!! 」
思わず声に出してしまっていたらしい。 リビングから飛んできたスリッパは俺の額に見事命中するのだった。