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69話 ささやかな抵抗

 楓から連絡があったのはその日の夜だった。 散乱した家の瓦礫で引っ越し業者との荷作りが思うように進まず、仮住まいの方に移れるようになるまで近くのホテルに母親と泊まると言う。


 ー でね、買い足したい物があるから、明日の放課後ちょっと付き合って欲しいんだけど ー


 「まぁいいけど。 体の方は大丈夫なのかよ? 疲れてないか? 」


 楓の家の中の状況を知っているだけに、まだ体力のない楓の体調が気になってしまう。


 ー 大丈夫よ、明日は学校にも行くから ー


 「無理はするなよ? 事情は学校側も知ってるんだから欠席扱いにはならない筈だから 」


 ー 随分優しいじゃない…… もしかしてキスした事を気にしてるの? ー


 そういう訳じゃないけど、スマホから聞こえてくる楓の声が元気がなく、何かを含んでいるような気がしてならなかった。


 ー アンタらしくない。 気持ち悪い。 キス一つで変わっちゃうなんてどんだけチョロいの? ー


 「らしくないのはお前だろ。 なんかあったのか? 」


 それから楓は少しの間無言だった。 片付けの中でか、母親との話の中で何かあったんだろう。 俺の脳裏には、過去を話した時のあの何かを諦めたような、寂しそうな楓の表情が浮かんでいた。


 ー もし…… さ。 アタシが突然いなくなったら、アンタは探してくれるの? ー


 は? いきなり何を言い出すんだこいつは。


 「なんだよそれ? 何か…… 」


 ー ううん、なんでもない! 明日、忘れないで迎えに来なさいよ! ー


 そう言うと一方的に通話を切られてしまった。 いなくなったら? 訳がわからない。


 「お兄ちゃん、楓さん知らな…… って、どうしたの? 怖い顔して 」


 「ん…… あ、いや…… なんでもないよ。 楓は今日はホテルに泊まるらしいぞ 」


 「そうなんだ、勉強見てもらおうと思ったんだけど…… まあいいや 」


 そうか、中学校もそろそろ期末テストだっけ。


 「俺が見てやろうか? 」


 「お兄ちゃんは別にいいから寝ててよ! 」


 菜のはは悪意のない笑顔でリビングから出て行った。 別にいいから…… とはまた素っ気ない。 結構心をえぐられる言葉だったけど、寝ててよってどういうことだ? 疲れてる顔をしてるから早く寝ろってことか? 分からないが、菜のはの言う通りに早めに休むことにした。


 部屋に戻ると、綺麗に整頓されたベッドに横になる。 枕からは仄かに楓の匂いがする…… なんとなく悪いことをしているような居たたまれない気持ちになって、枕カバーを取り換えることにした。


 「お!? ちゃんと休む気になってるね。 エライエライ! 」


 部屋に入ってきた菜のはは、ダボダボの俺の古いTシャツ1枚に自分の枕を抱えていた。 


 「ど、どうした? パジャマ全部洗濯しちゃったか? 」


 お気に入りの黄色いチェックのパジャマは洗った覚えがあるけど、他にも2着持ってる筈。 なぜワザワザ俺のお古を着る?


 「いいじゃん、妹の特権だもん 」


 少しふてくされたように答えた菜のはは、卓上ライトをナイトランプモードにして俺のベッドに潜り込んでくる。


 「はい、もうちょっとそっちに寄る! 腕はここ! 足はこっち! 」


 人形のように体の配置を決められ、自分の枕を俺の枕の隣に置いた。


 「んで、私はここ! エヘヘ…… 」


 俺の右腕を腕枕にし、俺を抱き枕代わりにして、菜のはは足を絡めてくる。 こらこら! 生足の感触はお兄ちゃんには刺激が強いんですよ?


 「な、なんか怖い事でもあったのか? 」


 「いいじゃん! これも妹の特権だもん 」


 ギュッと抱きしめてきた菜のはは、俺の首元に顔をうずめてエヘヘと笑う。 昨日からなんなんだ? このシチュエーションは。


 「お兄ちゃんはさ、私に気を遣い過ぎなんだよ 」


 「うぇ? どうしたんだよ突然 」


 「私、そんなに弱くないよ? お母さんの事にしたって、普段の生活にしたって 」


 顔を埋めたまま話す菜のはの口調は落ち着いていて、なんとなく俺を言い聞かせる母親を思い出した。


 「藍さんも紫苑さんも楓さんも、皆がお兄ちゃんを本気で好きなんだなって思った。 お兄ちゃんだってまんざらでもないみたいだし、お兄ちゃんももっと恋愛してもいいんだよ 」


 「変な気苦労かけてるみたいだな。 ゴメンな…… 」


 菜のはの頭を撫でてやると、菜のはは『ううん』と顔をうずめたまま首を振った。


 「…… お前は好きな子いないのか? 」


 兄としてあまり聞くことではないとは思うけど。


 「お兄ちゃん 」


 「…… え? 」


 「だから、お兄ちゃんだって。 貝塚菜のはは、貝塚橙馬が好きなんです。 愛してます 」


 いやまぁ、俺も菜のはを愛してますが…… そういう事じゃないんだろうな。 でもこれでなんとなく分かった。


 「昨日、俺が寝てる時にぶっちゃけ話でもしたのか? 」


 「うん、皆がライバルだねって紫苑さんが話を切り出したんだよ? ビックリしちゃった 」


 ライバルって…… その紫苑さんにフラれたんですが。


 「私は妹だから…… お兄ちゃんと恋愛は出来ないから。 いずれはお兄ちゃんも取られちゃうんだなって思ったらなんか悔しくて、だからこうやって抵抗してるだけ 」


 「取られるなんて言うなよ。 俺はお前が望む限り側にいるつも…… 」


 「そうそれ! 私の為じゃなくってお兄ちゃん自身の為に恋してよ! 」


 キュッと抱きしめてきた菜のはを、逆に力強く抱きしめてやった。


 「く、苦しいお兄ちゃん! 」


 バッと離れた菜のはのおでこに、こつんとおでこを合わせて目を閉じる。 いくら妹といえども、この距離で見つめるのは流石に恥ずかしくなる。


 「俺はシスコンだぞ? お前を放っておいてまで自分の幸せを望むと思うか? 」


 「う…… そこは望んでよ! 藍さんなら私我慢できるもん 」


 「う…… あ、藍かどうかはともかく、俺と同じくらいにお前を愛してくれるような相手じゃないと俺は付き合わないし。 お前が俺をウザいと思うまで離れる気はないからな 」


 「ウザい! ウザいウザいウザーい! 」


 早速ウザいを連呼して必死に訴えてくるけど、そんな事では騙されない。 そうかそうかと黙って聞いていると、菜のはは呆れた顔でため息をついていた。


 「もう…… バカ兄貴。 大好き 」


 そう呟いた菜のはは、俺の頬に軽くキスをしてくるのだった。 俺、妹にこんなにドキドキしてどうするんだよ……







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