65話 停電してるみたいなの
燈馬君…… ねぇ……
紫苑…… 俺はやっぱりお前が……
うん…… ありがとう…… でも……
でも? …… やっぱり駄目なんだな……
「でも起きて、燈馬君! ねぇ! 」
「うぇ? …… ひっ!? 」
目の前には下から青白い光に照らされた紫苑の顔が浮かび上がっていた。 いくら好きな相手でも、寝起きにこれはビビる。
「ごめんね、夜中に起こしちゃって 」
見ると青白い光はスマホのLEDライトで、その光が下から紫苑の顔を照らしてお化け屋敷定番の演出をしていただけだった。
「ど、どうしたんだよ? 」
「停電してるみたいなの。 その…… トイレの電気が点かなかったから…… 」
俺も自分のスマホのライトを起動させ、とりあえずテレビのリモコンを操作してみた。 が、テレビの電源は入らず、待機電源も点いていない。 リビングの蛍光灯も点かず、家全体が停電になっているようだった。
「ちょっとブレーカー見てくるよ。 まだ我慢できる? 」
「あ…… うん、その…… もうした後だから大丈夫なんだけど。 この家のトイレ、電動だったから流せなくて…… 入らないでね 」
スマホの青白い光でも赤くなってるのが分かる。 この照れ顔は可愛いかも…… なんて思ってる場合じゃないよな。 玄関の脇に取り付けられているブレーカーを確認してみたけど異常なし。 外に出て道路に出てみると、街灯はおろか信号機すら点灯していなかった。
「これ、結構デカい停電なんじゃないか? 」
見渡す限り真っ暗闇…… 新月なのか、月の明かりもなかった。
「燈馬君…… 」
俺の後を追ってきた紫苑は、俺の腕に掴まって少し震えていた。
「大丈夫。 ほら、空見てみなよ 」
「え? …… わぁ…… 奇麗…… 」
街では絶対に見れない満天の星空…… 普段の街がどれだけ明るいのかが実感できる。 腕を組んだまま見上げる紫苑は、停電になっていることも忘れているらしく、さっきのようにもう震えてはいなかった。
「悪いことばっかりでもないな 」
少しでも気が紛れるように、停電してラッキーだなと冗談を言ってみる。
「うん…… でも一人だとちょっと怖いかな 」
紫苑はピトッと俺の肩に頭を寄せてきた。 これ…… 物凄くいい雰囲気だよな。 もう一回ここで告白したら……
「クシュン! 」
可愛いくしゃみ…… だよな、11月後半にこの薄着は寒い。 ちゃんとオチは付くもんだなと心の中で笑って、紫苑の背中を押して家に戻った。 そのまま親父の部屋まで送ったが、同室の藍の姿が見当たらない。
「あれ? 藍は? 」
「菜のはちゃんに誘拐されちゃった 」
まあ、そうなるよな。 アイツが泊まりに来た時は決まって菜のはが一緒に寝るのだ。 恐る恐るベッドに入る紫苑を見届け、部屋を出ようとするとスウェットの裾を掴まれた。
「ゴメン、真っ暗はちょっと怖くて…… せめて眠るまででいいから…… 」
くううぅ! 可愛すぎるぞ紫苑さん!
「じ、じゃあ寝るまでな。 それ以上は理性がもたん 」
「フフ…… エッチだなもう 」
緊張を和らげつつ、布団から手を出した手を握る。 紫苑の手は少しヒヤリとしていて、暗闇が怖いというのがそれだけで伝わってきた。 俺の手を握り返し目を閉じた紫苑は、『あのね』と呟く。
「私、まだ自分に自信がないんだ。 燈馬君の告白を断ったのもそれが理由で…… だからちょっと待って欲しいなって 」
「うぇ? 」
「ううん、ゴメンなんでもない! おやすみ! 」
紫苑は勢い良く頭から布団を被るが、俺の手は離さなかった。 自信がないという意味は俺には分からないし、聞いたところで何か言ってやれるものではないのだろう。 今はただ、この手を彼女が眠るまで握ってやる事…… それだけが俺に出来ることのような気がした。
と、思っていたのだけど。 寝息を立て始めた紫苑は思いのほか握力が強く、がっちり握られる手をほどく気にもなれず、結局朝になるまで手を離してくれなかった。
「なにしてるのアンタ…… 夜這い? 」
起きてきた楓は、ソファにいなかった俺を探してこの部屋を覗いたらしい。 楓には『良かったわね』と言われ、目を開けた紫苑には『寝顔は恥ずかしいよ』とそっぽを向かれる。
「おおお兄ちゃん! お湯出ないよぉ! 」
菜のはは電源が入らず動かないボイラーで冷たい水を浴びたらしく、バスタオル姿で俺に泣きつく。
「うわぁ…… この地域一帯に電気を供給してる発電所のトラブルだって。 復旧が未定ってヤバくない? 学校も臨時休校じゃないの? 生徒会長 」
この停電で一番落ち着いていたのは、スマホで情報収集をしていた藍だった。 臨時休校かどうかは俺に聞かれても困るんだけど。
「電気がストップしてるんじゃ休校だろうな。 とりあえず朝飯食べるか 」
幸いこの家はIHコンロではないので煮炊きは出来る。 人数分の目玉焼きとウインナーを焼いている時に、担任から家の電話に連絡がきた。 俺に掛かってきた電話に連鎖するように、紫苑や藍のスマホも鳴る。
「案の定休校だって 」
菜のはの中学校も停電の為に休校。 紫苑は親から危ないから戻ってくるなと連絡があり、藍は交通機関が動いてないから帰れない。 楓も俺のスマホを使って母親に連絡し、とりあえずお互いの無事を確認出来たようだ。
「ほい、パンはこのまま食べてくれ 」
皆の朝食を用意した俺は、自分の分を後回しに裏庭の物置へと向かう。
「どこ行くの? 橙馬 」
「確か親父が発電機持ってた筈だから漁ってくる。 冷蔵庫だけでも動かさなきゃ食材ヤバイだろ 」
「へぇ…… 頼りになるね、アンタ 」
驚く楓を軽く流し、物置を漁ること小一時間。 一番奥に眠っていた小型の発電機を引っ張り出して、エンジンを掛けようとスターターの紐を引くが中々掛からない。 30分発電機と格闘し、様子を見に来た菜のはに『このスイッチなに?』と聞かれ、メインスイッチがオフだったことに気付いた。 スイッチを入れ、スターターを引っ張ると一発でエンジンが掛かる。
「ダサ…… 」
ベランダから覗いていた藍にププっと笑われ、言い訳をしながら冷蔵庫を稼働させることに成功した時には、俺の力も眠気も限界だった。