63話 側にいるからこそ……
俺が紫苑と藍に声を掛ける間もなく、藍は俺に手荷物を投げ付けてきた。
「ちょ…… なんだぁ? 」
「それ、菜のはちゃんの部屋に運んでおいてよ、よろー! 」
そう言って藍は抱き付いている菜のはを抱え上げてリビングに入っていく。 紫苑もまた、持ってきたキャリーケースを俺の横にそっと置くと、少し照れながら俺を上目遣いで見つめてきた。
「よ、よろー…… 」
藍の真似をして、逃げるようにリビングへ消えていく。 くああぁ! 破壊力抜群の紫苑の照れ顔に、俺の思考は全然働こうとしない。 二人の荷物を抱えたまましばらく玄関に立っていると、菜のはの歓喜の悲鳴が聞こえてきた。
「お兄ちゃん! 藍さんと紫苑さんが今日泊っていくって! 」
リビングのドアからニコニコ顔で菜のはが叫ぶ。 だよな? この時間の訪問にこのお泊りセットみたいな荷物……
「なんですとぉ!? 」
藍のバッグと紫苑のキャリーケースを持ったまま、リビングではしゃぐ藍に怒鳴りつける。
「泊っていくってどういうことだよ!? 」
「言葉そのままよ。 この子と何か間違いがあっても困るでしょ? 」
「「ないわ!! 」」
顔を真っ赤にした楓と見事にハモる。
「それより早く荷物置いてきてちょうだいよ、ほらほら! パッと行く!! 」
藍が二階を指差すと、紫苑までが恥ずかしがりながら同じように指を差した。 今日、キャラ変わってませんか? そんなことを思いながら、とりあえず菜のはの部屋に荷物を運ぶ。
「さあ、どういうことか説明してくれ 」
キッチンで鍋の蓋を開けてとろけそうになっている藍に、腕を組んで問い詰める。
「別に何もないよ。 紫苑と相談してたまたま意見が合っただけだから。 強いて言えば中間考査の強化合宿? 」
「疑問形になってんじゃねーよ。 本音を言え、本音を! 」
「別にいいじゃん! 私は藍さんが泊まりに来てくれるの嬉しいもん! 」
プリプリとお怒りモードの菜のはの文句が、俺に有無を言わせない。
「話は後にしてご飯食べようよ。 ウチお腹空いちゃった 」
『それに……』と藍は小声で俺に体を寄せてくる。
「紫苑が言い出したんだからね、これ。 アンタにとってもチャンスなんじゃないの? 」
「は? 」
思わず紫苑に視線を向けると、紫苑は呆気に取られている楓と何やら話し込んでいた。
「お!今日はカレーですかぁ…… ウチらの分はさすがに作ってないよね。 何か買ってくるかぁ 」
鍋の蓋を閉じながら藍は俺の顔をチラッと見る。 ワザとらしい奴だな…… へーへー、何か作ればいいんだろ。
「米を人数分しか焚いてないから、パンでもいいか? 」
「お任せ。 アンタの作るものは何でも美味しいから 」
ニコッとする藍も、なんだか雰囲気が違って見えた。 もういいや…… 突然押しかけてきた事がどうでもよくなってくる。
「菜のは、運んでくれー 」
とりあえず3人分のカレーライスをよそい、大玉トマト2つをを5人分に切り分ける。 グラタン皿にちぎった食パンを並べて余ったカレールーをかけ、その上にチーズを乗せてトースターに放り込む。 簡単なカレーのパングラタンの完成だ。
「「いただきまーす 」」
ダイニングテーブルは4人掛けなので、俺はソファでカレーライスを掻きこむ。
「おいひい! さすが師匠だね 」
パングラタンを一口食べた紫苑が、ホフホフと湯気を上げながら満面の笑みを浮かべていた。 菜のははそれを見て笑い、斜め向かいに座る楓と藍も、会話はないけど『美味しい』とカレーライスやパングラタンを口に運んでいる。 妙な組み合わせだけど、これはこれでいいのかもしれない…… 美味い飯は人を幸せな気分にするというのは、まんざら嘘でもないようだ。
食べ終えた後は、人数が多いから順に風呂に入るように勧めた。 食器の片付けは今日は俺が引き受け、楓と菜のはを先に風呂へ送り出す。
「んで、本当のところはどうなんだよ? 」
食器を洗いながら、ダイニングテーブルに座っている紫苑と藍に本音を聞いてみた。
「一つは菜のはちゃんの負担を考えてだよ 」
ん…… まぁ、それは俺も気になってたところだ。 『突然ゴメンね』と謝る紫苑に、イヤイヤと首を振ってみせる。
「燈馬君は鳥栖さんの素性を知ってるから平気かもしれないけど、菜のはちゃんにとってストレスだと思うの 」
紫苑はマグカップを見つめながら淡々と語る。
「自分のお城に見ず知らずの女の子が突然転がり込んできたんだから、警戒するのは無理ないよ? 男子には分からないかもしれない…… けど、燈馬君なら気付いてると思ってたんだけどなぁ 」
「うーん…… 慣れてるようには見えるんだけどな 」
「逆に私にはちょっと無理してるように見えるよ。 来て正解だったかも 」
…… そうなのか? 皿をゆすいでいた手が止まった。
「大好きなお兄ちゃんを助けたい、力になりたい…… ウチもそう感じるんだよね。 困ってるアンタを見て、嫌だとは言えなかったんでしょ。 アンタが思ってるより優しいし、敏感だよ? 菜のはちゃんは 」
『側にいるからこそ分からない』と藍に言われて、何も言えなくなってしまった。 俺が、菜のはを苦しめていたのか…… そう思うと情けなくなってくる。
「べ、別に燈馬君を責めに来た訳じゃないからそんな顔しないで! 」
え? モロ顔に出てた?
「それでね、私達がワンクッションになれたらいいかなぁ…… って、藍に話したの。 燈馬君だって、今更鳥栖さんを追い出せないでしょ? 燈馬君はそんな事出来ないって知ってるから 」
「いや、菜のはの為なら容赦なく叩き出す 」
「バーカ、アンタはどっちの気持ちも汲みたくて自爆するのがオチよ。 女の勘をナメんな 」
また何も言えなくなってしまった。
「それに、悪いとは思ったんだけど…… あらかじめ燈馬君に話したら断られるって思ったから。 それなら押しかけちゃえって藍と、ね。 出すぎちゃったかな…… ごめんなさい 」
苦笑いしていた紫苑は俯いてしまった。 いや、謝るのは俺の方だろう。
「俺の方こそごめん…… でもさ、藍は別として、突然泊まりに出てきて大丈夫だったのか? その…… 男の家に泊まるって、親とか 」
「うん、藍の家に泊ってることになってるから。 強化合宿って言ったらすんなりOK貰えたから心配しないで 」
「ちょっと! ウチは別としてって何でよ? 」
「お前はいつも突拍子なく来るだろが。 菜のはが喜ぶからいいんだけど 」
「藍さーん! 上がったよー! 」
話が一段落したところで菜のはが藍を呼ぶ。
「とにかく、一人で頑張ろうとしないで少しはウチらを頼れ! それと、お風呂から上がったら勉強はするからね! 行こっ、紫苑 」
「んあ!? 一緒に入るの!? 」
『いいからいいから』と藍は紫苑の手を引いて脱衣所に向かう。 入れ替わりでリビングに入ってきた菜のはの顔をじっと見ていると、菜のははキョトンとして首を傾げた。
「どしたの? お兄ちゃん。 お水もったいないよ? 」
「ん…… ああ、悪い悪い 」
手元に視線を戻して皿を洗い始めたが、俺の手は感覚が麻痺するくらい冷たくなっていた。




