62話 抜け駆け?
終業のチャイムが鳴るやいなや、紫苑と藍は教室を飛び出して家に帰ってしまった。 いつもなら何かしら声を掛けてくれる二人だったが、何かあったんだろうか。
「青葉、アイツらどうしたんだ? 」
「フッ…… 俺に聞くなよ…… 最近影が薄いんだから…… 」
白く灰化しかけてる青葉がちょっと可哀想に思えて、一緒に帰るかと誘ってみる。
「どうせお前は生徒会あるんだろ? 待ってられねぇよ。 テストも近いし…… これを機に真面目に勉強するとするよ…… 」
「今日は生徒会ないし楓も一緒に帰るけど? 」
「おーし帰るぞ橙馬! 今帰ろう、すぐ帰ろう 」
鞄を引っ手繰られ、襟首を掴まれて教室を出る。 階段を踏み外しそうになりながら下りると、親衛隊兼風紀委員のあの二人に付き添われた楓が階段下で待っていた。
「鳥栖さん、鞄をお持ちしましょう! 」
「いえ、お構いなく…… 」
跪いて手を伸ばした青葉を、楓は華麗にスルーする。 おぉ! と周りの男子生徒が歓声を上げていたのは、楓のこの一連の流れがブームになってるのか?
「どうしたんだ? 護衛なんかつけて 」
「まあ…… 彼女達が玄関までついてきてくれるって言ってくれたから。 初めは断ったんだけど、『任務』だとかなんとか…… 」
任務ね…… 彼女達を見ると、一礼した後にドヤ顔をして去っていった。
「鞄くらいもってもらったらどうだ? 歩きにくいだろ 」
「彼はアタシのお手伝いさんじゃないもの。 ハイ、アンタが持ってよ。 靴履くまででいいから 」
そう言って楓は俺に鞄を押し付けてきた。
「燈馬ぁ…… 」
楓が靴を履き替えている間、青葉が物欲しそうな目で見ていたので本人に断りなく鞄を預ける。
「もう…… アタシに関わるとロクなことにならないって、ちゃんと高垣君に説明した? 」
「うぇ? なんで青葉の名前知ってるんだよ? 」
「幽…… の時に会ってるじゃない 」
ああ、なるほど。
「そんな説明なんかコイツには不要だよ。 惚れた女の為なら、どれだけ叩かれてもへこたれない 」
「惚れた? アタシに? 」
楓はキョトンとして自身を指差す。 1つ頷いてやると、楓の鞄を丁寧に持ってスキップする青葉と俺の顔を何度も何度も見返して、ポッと頬を赤らめていた。 小学生みたいな反応するもんだな……
「なに照れてるんだよ、チョロい奴だな 」
「うるさいわね! 男子からそんな風に思われた事ないのよ! 」
ふーん…… 見てる限りはそんな事ないように感じるんだけどな。 少なくても俺達の後ろを歩いている男子二人は、お前の事を見てると思うぞ。
「い、いいじゃない照れたって! 嬉しいんだから。 でもアタシは…… 追いかけたい派かな。 この人だって思う人には、アタシから告白したい 」
「お前ならそうだよな。 蒼仁先輩を追いかけてここまで来るくらいなんだから 」
「だから蒼仁先輩は憧れだって言ってるでしょ? 蒼仁先輩にはみどり先輩がいるんだから 」
「じゃあ蒼仁先輩と上手くいったあの時は冷や汗ものだったんだな、お前 」
ピクッと楓の肩が跳ねて、ダラダラと冷や汗をかき始めた。
「あれはまあ…… アンタだから許された事だったし。 それにほら、蒼仁先輩はみどり先輩以外を選ばないから、気持ちだけ知ってもらおうと思ってただけだったし 」
吹石先輩にケンカを売ると怖いと知っているんだな。 ひょっとして蒼仁先輩も、楓を俺に振ってくるのはそういう理由なのか?
「お兄ちゃん! 」
気が付けば菜のはが俺達を見つけてこっちに手を振っていた。 横には星院祭にも来ていた菜のはの友達もいて、同じように手を振っている。
「こんにちわお兄さん! 彼女さんですか!? 」
友達の二人は楓を見て目を輝かせていた。 青葉が菜のは達に愛想を振りまいていたけど、菜のはも友達の二人も青葉にはあまり関心がないらしい。
「楓さんて言うんだよ! 可愛いでしょ! 」
こらこら菜のは、あたかも楓が俺の彼女のように言うんじゃない!
「いや、ちが…… 」
「楓です、いつも菜のはちゃんと仲良くしてくれてありがとうね 」
柔らかい笑顔で友達二人に微笑むと、彼女達は手を取り合って更に目を輝かせていた。
「お前まで彼女面してんじゃない! っていうか、それじゃ…… 」
そこで言葉に詰まってしまった。
それじゃ菜のはの母親みたいじゃないか……
「いや、なんでもない。 帰るぞー 」
出来るだけ平然に努めて、菜のはと楓を他所に歩き出す。
「お兄ちゃん? 」
「燈馬? 」
楓だって悪気があった訳じゃない。 俺の思い過ごしだっていうのは分かってる。 それでも、今の発言は俺には許せなかった。 急いで別れの挨拶を済ませた菜のはが俺の横に並んだ。 その後に松葉杖のカツカツという音が追いかけてくる。
「どうしたのお兄ちゃん? 」
「ちょっと用事を思い出してさ、それだけだよ 」
菜のはに軽く微笑むと、怪訝な顔をしながらも頷いている。
「燈馬! アタシ! 」
「お前は悪くないよ。 気にするな 」
足を止め、振り返って出来るだけ柔らかい笑顔を…… 出来たかは分からない。 素っ気なかったかもしれないけど、楓を待つことなく俺は再び歩き始めた。
「燈馬! 忘れものだ! 」
走ってきた青葉が俺の胸に楓の鞄を押し付ける。
「あまり深く考えるな。 それでもダメなら連絡しろ、俺が相手してやる 」
青葉は、いち早く俺の気持ちに気付いたらしい。
「…… ああ、頼りにしてる 」
青葉から楓の鞄を受け取り、同じように青葉の胸を拳で小突く。 菜のはに楓を任せ、俺は一人先を歩いて帰った。
夕食の準備を済ませた俺は、自分の机に向かって宿題を進める。 別に寝る前でも良かったんだけど、楓も後で使うことを考えて今済ませてしまおうと思ったのだ。
「燈馬、あの…… 」
小さくノックをして入ってきた楓は、ゆっくりとドアを閉めて俺の後ろに立っていた。
「どうしたよ? そんな暗い顔して 」
楓には向き合わず、俺は教科書をめくってペンを走らせる。 多分下校の時の事を気にしているんだろう…… あれから楓とは口を聞いてなかったのが悪かったかもしれない。
「お前は悪くないんだ。 だから気にすることな…… っておい! 」
突然楓が背中から抱きしめてきた。 首に回された腕が少し震えていて、耳に掛かる楓の髪が少しくすぐったい。
「ゴメン、アタシ気付かなくて…… アンタがどんな思いで聞いていたのか、アンタがどれだけ菜のはちゃんに気を遣っているのか。 それを考えたら自分が情けなくて…… 」
「お前が責任感じることはないんだよ。 悪気があって言った事じゃないっていうのはちゃんとわかってるから 」
楓は俺にくっついたまま首を横に振る。 くすぐったいってば!
「菜のはちゃんにとって母親の存在がどれだけ大事なのか…… ゴメン…… なさい…… 嫌わないで…… 」
楓が顔を埋めた俺の肩が少し湿っていた。 支離滅裂な事を言うこいつの頭を、精一杯腕を伸ばして撫でてやる。 こいつも不安で仕方なかったんだな……
「心配すんな。 菜のはがお前を嫌わない限り、俺はお前を嫌ったりしないよ 」
「…… うん、ありがと。 こんな時まで菜のはちゃん主体なんて…… シスコン 」
さっきよりは落ち着いた口調でディスってくる楓の頭を、強めにポンポンと叩いてやった。
「ほら。 余計な心配してないで、顔洗って晩飯の準備してる菜のはを手伝ってこい。 俺も宿題終わったら降りるから 」
「うん…… え? 今宿題? 」
「お前だって机使うだろ? 寝る前にでもやっとけよ。 ぐえぇ!? 」
急に楓が俺の首を絞めてきた。
「苦し…… なにすんだよ! 」
「バカ。 アンタはもっと自分を立てなさいよ 」
そう言って部屋を出て行った。 アイツなりの気の遣い方だったんだろうか…… 絞められた首と、湿った肩を擦っていると、インターホンが鳴った。 何やら玄関が騒がしいので階段を下りてみると、そこにはキャリーケースを手にした紫苑と藍が立っていた。




