61話 登校の最中
翌朝。 やはりソファの寝心地は悪くめんどくさいと親父のベッドを使わなかった事を後悔する。 寝不足の頭をスッキリさせたくてとりあえずシャワーを浴びる。 寝不足はソファの寝心地だけでなく、楓がいつまでウチにいるのかとか、半壊したアイツの家はどうするのかとか、色々考えていたせいもあった。
「そういえば…… 」
シャワーを頭から浴びながらふと疑問に思う。 蒼仁先輩と吹石先輩は一緒の中学校で、蒼仁先輩と楓は同じ中学校。 吹石先輩と藍は同じ中学校なわけで…… じゃあ藍と楓は同級生って事じゃないのか? アイツ、楓の事を知ってたって事か。
「いや、待てよ…… 」
蒼仁先輩も楓も同じ中学とは言ってなかったか? あれ…… ワケわからなくなってきた。 考えるのはヤメタ! シャワーを止めてドアに手を伸ばすと、ドアが勝手に勢い良く開いた。
「「あ…… 」」
そこには既に全裸の楓が、寝ぼけた目をして俺を見ていた。 頭の上から足先までゆっくりと視線を動かし、目を真ん丸にして俺の大事な所を凝視している。 プルプルと小刻みに体を震わせ、顔色は赤くなった後に青へ変わり、そしていきなり眉間にパンチが飛んできた。
「ぐべぇ!! 」
「は…… 入ってるなら先に言いなさいよバカぁ! 」
楓は瞬時にバスタオルで前を隠してしゃがみ込む。
「アホか! 脱いだ服とか浴室に電気付いてるとかで気付くだろうが普通! 」
痛ぇ! 思いっきり殴られて目が開けられない。 なに寝ぼけてんだよこいつは!
「前隠しなさいよ! 物騒なものぶら下げてるんじゃないわよ! 」
「ぶっ…… お前こそ朝っぱらから貧相なもの見せんじゃねーよ! 」
売り言葉に買い言葉…… 言ってしまったが、楓は最近筋肉もちゃんと戻ってきていて決して貧相ではない。
「こんのぉ…… 貧相で悪かったわね! 」
こめかみにもう一撃強烈なパンチを頂きました。 クラクラしてバランスを崩し尻もちをつく。
「きゃっ! 」
「ぐぇっ! 」
そのすぐ後に息が出来なくなるほどのみぞおちに掛かる圧迫感。 水で濡れた床で足を滑らせた楓が俺に倒れ込んできたんだろう。 そのまま俺の意識は遠くに飛んで行ってしまった。
楓の歩調に合わせる為に俺達は少し早めに家を出て、いつもの場所で菜のはを見送る。
「いってらっしゃい、菜のはちゃん 」
「行ってきます、楓さん! 」
元気よく三和中学校の校門に走っていった菜のはに、楓はにこやかに手を振っていた。
「…… 菜のはが寝坊したから良かったものの、気を付けろよ 」
「悪かったわよ、あれはアタシの不注意だった 」
昨日色々あったせいか、菜のはは珍しくギリギリまで起きて来なかった。 楓は浴室で白目を剥いた俺をすぐに叩き起こしたらしく、俺が目を覚ました時には律儀にも股間にタオルが掛けられていた。 おかげで菜のはにはバレていないけど、俺の眉間とこめかみには指の後がくっきり残り、頬は腫れてまだヒリヒリしている。
「み、見ちゃったのはお互い様なんだから! 」
楓は無理に明るく振る舞って、松葉杖を器用に使いながらヒョコヒョコと歩いていく。
「そりゃ佐伯さんとか楠木さんに比べれば…… だけどさ、そんなに貧相かな…… 」
「何に対して落ち込んでんだよ? ほら行くぞ 」
ここで『そんなことない』と言ったら、今度は松葉杖が飛んでくるに違いない。 楓の全裸が脳裏に焼き付いて離れないけど、忘れたフリをして軽く流しておいた。
「…… 」
いつもより少し早めに出たからか、青葉が追い付いて来る様子はない。 その代わりではないけど、楓と同じクラスだと思われる女子生徒が、何人か俺達を二度見するのが気になった。
「俺と一緒に登校して良かったのか? 」
悪目立ちしなければいいんだけど…… ちょっと配慮が足りなかったかと考えてみたけど、楓は意外にも平然としている。
「このくらいの距離なら…… って、ああそっちか。 いちいち気にしてたらキリがないんだから、言いたい連中には言わせておけばいいのよ 」
耐性とでも言うのか? 俺は構わないけど、見ている方はやっぱり気持ちいいものではない。 何か対策出来ないものかと考えているうちに、俺達は裏門に到着していた。 校舎の横を抜けると、ちょうど紫苑と藍と顔を合わせる。
「おは…… よ、う 」
「…… おはようございます。 楠木先輩、佐伯先輩 」
片言の藍に対して、頭を下げて挨拶をする楓は無表情だ。 なんかいきなり険悪なムードが漂い始め、紫苑は俺と二人の様子をじっと見つめていた。
「まあ、色々事情があるんだろうから構わないけど。 ただ、一学年下だからってウチらを先輩扱いしないでよね。 楓 」
ため息をついた藍はくるっと背を向けて玄関に歩いていく。 紫苑も謎の笑顔を残して藍の後を追いかけて行った。
「藍ちゃん…… 」
「ちゃん付け禁止! 気持ち悪い! 」
藍は楓を指差してツッコミを入れている。 やはり二人は面識があったんだな…… 後で聞いてみるか。 俺達の異様な雰囲気を嗅ぎつけた野次馬に見守られながら、俺達も生徒玄関へと向かった。
教室に入って自分の席に座るなり、藍と紫苑が声を掛けるまでもなく側に寄ってきた。 遠藤と伊藤もも既に登校していて、俺の様子を見るなり側に寄ってくる。
「さあ、説明してもらいましょうか? 貝塚生徒会長様! 」
「いや、俺はお前と楓の関係を聞きたかったんだけど…… 」
「アンタが先! どうして一緒に登校してる!? 何故にそうなった!? その顔の手形は何! 」
キスされそうな勢いで詰め寄る藍に思わず仰け反る。
「貝塚…… まさかと思うが、一昨日の夜に起きたアパートの爆発が絡んでるのではないよな? 」
「そのまさかだよ。 隣の一軒家がアイツの家なんだけど、爆風で住めなくなったんだ。 蒼仁先輩から連絡を受けてさ、仮住まいの手配が出来るまでアイツを預かることになった 」
遠藤は『またあの人か』と顔を押さえてため息をついている。
「預かることになったって、燈馬君! 鳥栖さんと暮らしてるの!? 」
突然胸ぐらを掴まれて紫苑に迫られてしまった。 ち、近い……
「ちょっ! 昨日一日泊っただけでビジネスホテルみたいなもんだって! 嬉しいんだけどさ、離れて…… 」
紫苑ってこんなキャラだったっけ? 予想以上に距離が近かったことに気付いた紫苑は、真っ赤な顔をしてスゴスゴと離れた。
「んじゃあの子のお風呂を覗いたんだ? 」
「バカ言うなよ、覗かれたのはこっちだ。 アイツ寝ぼけやがって、俺が入ってるの知らないで…… 」
っとと、これ以上先は話さない方がいいか。
「それで顔面殴られたんだ。 確かにすっとぼけたとこあるからなぁ 」
「お前、楓を知ってたんだな 」
「まぁね。 友達ってワケじゃなかったけど、ウチの中学であの子を知らないのはいないんじゃないかな。 警察もよく来てたし、噂は絶えなかったから 」
藍は苦い顔をしていた。 藍が楓を放っておくとは思えなかったし、きっと一悶着あったんだろうな。
「結局のところ、お前はどうしたいんだ? 」
「どうするも何も、保険会社から連絡が来るまでの事だよ。 その間、寝る場所を提供するだけだ 」
そこで予鈴が鳴る。 納得したのは遠藤と伊藤だけで、紫苑と藍は渋い顔をしたままそれぞれの席に戻っていった。




