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6話 二ノ宮蒼仁

 二ノ宮会長の人気を甘くみすぎていた。 登校の時にいつも使っている裏口をくぐった途端、二ノ宮親衛隊を名乗るハチマキ女子軍団に追い回され、正面玄関に逃げ込んだところを二ノ宮ファンの女子達に取り囲まれた。 ボディーガードを引き受けてくれた楠木と佐伯には悪いけど、彼女らをゴタゴタに巻き込みたくない。 そう思っていたので、彼女らを置いて学校中を逃げ回ったのだ。 だが多勢に無勢、体育館裏まで逃げたところで挟み撃ちに遭い、フェンス際まで追い詰められてしまう。 大人しくボコられようと諦めたその時、黄色い声援と共に二ノ宮生徒会長が現れたのだった。


 「彼に何かしたら僕が許さないよ? 」


 風紀委員の護衛がついた二ノ宮会長がにこやかにそう言うと、取り囲んでいた女子達は一斉に道を開ける。 二ノ宮会長に促されて彼の後をついて行った俺が辿り着いたのは保健室だった。


 「…… なん!? 」


 背中を優しく押されて保健室に押し込まれ、後ろ手にドアを閉めた彼はそのままドアの鍵を掛けた。


 「さて、これで邪魔は入らない 」


 爽やかな笑顔で俺はベッドに突き飛ばされた。 トンと軽く肩を押されただけなのに、全身の力が抜けてヘナヘナと仰向けに倒されてしまう。


 「なっ!? 力が…… 入ら…… 」


 「合気道をやっていたことがあってね、力が入らなくなるツボがあるんだよ。 さあ、始めようか 」


 二ノ宮会長は無防備な俺に体を重ねてくる。 待て待て待てマテ待て! 上から覗き込んでいる楓に助けを求める視線を送ったが、口許を押さえて真っ赤な顔で凝視するばかりで全然伝わってない。 ワイシャツのボタンを片手で器用に外し、ベルトのバックルに手が掛けられた。


 「せ、先輩! それはマズ…… 」


 「昨日は君、すぐに帰ってしまったからね。 僕は寂しいんだよ 」


 あ゛ー!! パンツの中に手を入れちゃダメー! 


 「あんなに大胆に告白されたのは初めてなんだ。感動したんだよ 」


 朝の会話で青葉が言っていた事を思い出した。 生徒会長は両刀使いらしいと。 


 「ひっ! ご、ごめんなさ…… 」


 「うん? それはどういうことかな? 」


 二ノ宮会長の吐息が耳に掛かる。 二ノ宮ファンなら悶絶モンだろうが、俺は無理だー!


 「す、すいませんでしたー! 」


 パンツを下げようとした二ノ宮会長の右手がピタリと止まった。耳元でクスクスと悪魔の囁きのような笑いが聞こえてくる。


 「誰かに頼まれた、とかかな? あの時はよほど切羽詰まっていたようだけど…… キミは僕に興味がない。 違うかい? 」


 「はい! その通りです!! 」


 もう頭は真っ白だった。 全身に悪寒が走りまくり、逃げようと思っても体に力は入らなかった。


 「ほら、だから言ったじゃないか。 姉さん 」


  え…… 姉さん?


 「なんだ、蒼仁に告った強者がいるって言うからどんな男か楽しみにしてたのに 」


 二ノ宮会長がスッと体を起こすと、突然仕切りのカーテンが勢い良く開いた。 立っていたのは養護教諭の高橋 柚月(たかはし ゆづき)先生。 白衣のポケットに手を突っ込み、ため息をついて見下ろしている。


 「あ…… え…… 」


 何も言葉が出てこなかった。 状況が全然飲み込めないし、体は動かないし、恥ずかしい。


 「手荒な真似をして申し訳ない。 でも僕の恋心を踏みにじった罰は受けてもらわないとね。 それと安心してくれ、僕には男の趣味はないよ 」


 二ノ宮会長が笑いながら俺の肩をポンと叩くと、すぐに体に力が入るようになった。 聞きたい事はいっぱいあったが、とりあえずはだけた服装を急いで整える。


 「会長、姉さんって…… え? 柚月先生? 」


 「ああ、高橋柚月。 結婚したから名字は違うが、旧姓は二ノ宮柚月。 僕の実の姉だよ 」


 開いた口が塞がらないとはこの事だ。 学校一の美人の保健の先生が姉って、二ノ宮家ってどんだけなんだよ! っていうか、2年もこの学校にいて全然気付かなかった。


 「どうしても君を見たいって姉さんがきかなくてね、女子生徒から匿ってもらう事も兼ねてここに連れてきたんだよ 」


 「助かりました、ありがとうございます 」


 「僕からも色々聞いていいかな? 」


 思わずベッドの上空で固まっている楓に視線を移してしまった。 会長に楓が見えているとは思えないが、会長はフム、と唸って俺の視線を追いかけ、おもむろにソファに腰を下ろした。 


 「その前に、あの…… どうして気付いたんですか? 」


 「目を見たから。 と言っておこうかな 」


 は? 天才の言うことはよくわからない。


 「目というか、雰囲気かな。 僕は心理学に興味があってね、それなりに勉強しているつもりだから。 誰かに頼まれたか、君の中にもう一人誰かがいるのか…… どちらかじゃないかなと思ったんだ 」


 全てはお見通しだったというわけか。 さすが超進学校学年トップは伊達じゃないと感心してしまう。


 「秘密は厳守すると約束しよう。 場合によっては粛正も考えるが、君の力になれるかもしれない。 僕をターゲットにしたのもそれなりの理由があるんだろう? 」


 嘘はつけないよな…… 信じて貰えるかもわからないけど。


 「いいよな、楓 」


 不自然に見られるかもしれなかったが、俺は宙に浮いている楓に断りを入れてみた。 楓は頷く事もせず、俺と会長の顔色を窺うばかりだった。


 「楓、という幽霊に頼まれたんです。 二ノ宮会長を想って、2年間ずっと伝えられる方法を探していたそうで…… 」


 「あり得ないわね、科学的に幽霊なんて存在しない 」


 柚月先生の言葉は冷たい。 実の弟を弄ばれたという怒りもあるんだろう。 だが会長はすぐに柚月先生を目線だけで止め、続けてと俺を促す。


 「最初は会長に全てを話し…… 」


 俺は当初の予定していた行動を全て話した。 イレギュラーだった楓の暴走も含めて誠心誠意頭を下げる。


 「すみませんでした! 」


 フム、と会長は顎を擦りながら俺を見据える。 話している最中、否定もしなければ肯定もしない。 この雰囲気、地味に怖い。


 「…… 本当に楓という子がいるのなら、どうして楓君は今僕の前に出てこないんだい? 貝塚君はキミの為に僕に頭を下げているんだよ? 」


 信じてくれたらしい。 楓、これはチャンスだぞ!


 「楓、もう一回体を貸してやる。 その胸の想いを全部伝えればいいんじゃね? 」


 楓に向き直って、真面目に背中を押してやる。 いや、ここでやってもらわなきゃ俺の熱弁が全て嘘に聞こえる。 それ以上に、もう俺を解放してくれ!


 「…… ダメだよ 」


 は? この流れで断る?


 「絶対フラれるもん…… 付き合ってすぐフラれるなんてイヤ! 」


 楓は俺に噛みつくように捨て台詞を残しドアをすり抜けていく。 …… おい、なんだこれ……


 「ち、ちょっ待てよ楓…… ぶっ!? 」


 触ることも出来ない背中を追って、派手にドアに激突してしまった。 生身の俺がドアをすり抜けられるわけがない。


 「ちょっと! なにやってるの! 」


 慌てて飛んできてくれた柚月先生に起こしてもらい、鼻血の処理をしてもらう。


 「…… すいません、フラれたくないって逃げちゃいました 」


 会長はまたまたフム、と唸って考えている。 これって自作自演にしか見えないよなぁ…… 弁解なんかできたもんじゃない。


 「その楓君と話をしてみたかっただけなんだけど、逃げてしまったのなら仕方がないね 」


 なんて心の広い人なんでしょう……


 「それじゃ貝塚君、キミと少し話をしようか。 そうだね…… 昼頃までここでゆっくりすれば彼女達も落ち着くんじゃないかな? 」


 彼女達というのは親衛隊とファンか。 追いかけられるのも困るけど、ここはここで別の意味で緊張感が半端ない。


 「そう畏まらないで欲しいな。 僕はキミの事を悪くないと言ったのは本当なんだよ? 」


 爽やかな会長の笑顔にゾワゾワと背筋が寒くなる。 両刀使いってのは嘘だよな? 青葉! 


 それから昼休みのベルが鳴るまでの三時間、生徒会長権限で俺は保健室に閉じ込められ、二ノ宮姉弟の質問攻めにあうのだった。


 



  

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