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51話 一大イベント

 その日から楓は生徒会室に顔を出さなくなった。 特に会議がある訳でもなかったが、吹石先輩の囮作戦の報告もあって俺は毎日生徒会室を開けていた。 学校には休まず出てきているようだけど、一年生のクラスに俺が行くと余計に話がこじれそうだったので行けない。 顔を合わせる事が出来ずに3日…… 早く謝らねばと今日は玄関で楓を待ち伏せした。


 「楓! 」


 下校する生徒達の波に乗り遅れながらも玄関にやって来た楓の横に俺は立つ。


 「…… 何? アタシこれから病院でリハビリなんだけど 」


 突き放すような楓の態度に構わず、俺は頭を下げた。


 「やめてよ。 皆が見てる 」


 「聞いてくれ、この前は…… 」


 「やめてって言ってるでしょ! また迷惑かけられたいの!? 」


 明らかに近寄るなという態度を見せる楓は、俺の顔を一切見ようとはせずに靴を履き替える。


 「この前は言い過ぎた。 ごめ…… 」


 「謝られる意味が分からない。 アンタの本心が聞けたからアタシはそれで十分だし、アタシに構ってる暇があるなら後ろの人と話したら? 」


 楓の言葉に振り返ると、そこには息を切らせて肩を上下させている紫苑がいた。 数メートル離れた紫苑の後ろには俺をキツイ視線で見据えている藍もいる。


 「もういいから。 サヨナラ 」


 そう言い残して楓はヒョコヒョコと玄関を出て行った。 そうじゃない…… 追いかけようとしても足を踏み出せず、俺はその背中を見送ることしか出来なかった。


 「燈馬君、ちょっと話ある 」


 眉をひそめる藍とは対照的に、紫苑は心配そうな表情で俺の袖を掴んできた。 気が付くと俺達を囲むようにギャラリーが出来ている。


  なにあれ、二又?


  生徒会長だよなあの人…… よくやるわ


 容赦ない囁きが俺だけでなく、紫苑にまで向けられるのは我慢できない。 今日は楓に謝罪するのを諦め、紫苑達の後に続いて玄関を離れた。




 藍の先導で購買横の自動販売機の前に来た俺は、自販機を指差す藍の無言の圧力でジュースを買わされる。


 「あのね燈馬君、鳥栖さんのことなんだけど 」


 紫苑は手渡したオレンジジュースのキャップも開けず、大事そうに両手で包みながら俺に向き合う。


 「副会長を私に引き受けて欲しいって突然言われたんだけど…… どういうことなの? 」


 「あ…… うん…… 」


 なんとなく予想はしていた。 お前のせいで! なんて言ってしまったから、楓も何か責任を取ろうとしたんだろう。


 「うん、じゃ何もわからないでしょ? 綺麗にまとめようなんてアンタに出来るわけないんだから、思った事全部吐け! 」


 ミルクティーのペットボトルを一気に飲み干した藍が、ゴミ箱に空のペットボトルを投げつける。


 「…… この間、楓が塞ぎこんでたみたいだから少し話をしたんだよ。 俺、全部お前のせいだって言っちゃってさ、そしたらこうなった 」


 「…… 全然わからないよ、燈馬君 」


 楓の事情を知らない紫苑はそうだよな。 藍も怪訝な表情を俺に向けていたけど、『そういうことか』とため息を吐いた。


 「燈馬、これは紫苑が当事者なんだからきっちり説明しなきゃならないよ。 覚悟して 」


 今ここで紫苑に告れと? いつになく真剣な藍に、俺の喉がゴクリと鳴った。 でも説明するからには、どうして紫苑が絡んだのかを言う必要が出てくる。 ムードもへったくれもないけど、誠心誠意伝えないといけない気がした。


 「紫苑、俺…… 」


 「ストーップ! 」


 拳を握りしめて切り出したのに、藍に急ブレーキを掛けられてしまった。


 「なんだよ! 」


 「アンタの家がいい。 いい機会だから菜のはちゃんにも聞いてもらわなきゃ! 」


 「はぁ!? 訳わかんねぇよ! 」


 なんでそこで菜のはの名前が出てくる! それに菜のはの前じゃ楓の話はNGだろ!


 「とっても大事な話なんだね? 分かった、ちょっとお母さんに帰り遅くなること連絡してくる 」


 紫苑は鼻息を荒くし、スカートを翻して教室へと駆けていった。 どうやら鞄の中のスマホを取りに行ったらしい。


 「なんのつもりだよ藍。 菜のはには…… 」


 「菜のはちゃんだっていつまでも子供じゃないよ。 わかってるんでしょ? 」


 藍が面白がって言っている訳じゃないのはその顔を見れば分かる。 まだ早い、まだ早いと思ってるのも俺だけかもしれない。 だけど……


 「そんな情けない顔すんな。 ウチがついてるんだよ? 」


 と、胸をドンと拳で突かれた。 こころなしかホッと微笑む藍の表情が曇ったようにも見えた。


 「ほら、今日はビーフシチューにするよ! 菜のはちゃんに連絡しなさいよ! 」


 「おまっ! 晩飯まで食べていくつもりかよ? 」


 「当り前じゃない! 長い話になるんだから 」


 「おまたせー! 」


 おいおい…… タイミングよく戻ってきた紫苑に、藍が早速晩御飯の話をしている。 パァっと笑顔になった紫苑を断ることは出来ず、俺は渋々菜のはに連絡を取るのだった。





 学校帰りに買い出しを済ませ、帰宅すると菜のははすぐに藍を自分の部屋に連れ込んでいった。 予定では藍が夕食を作ってくれる予定だったが、やむを得ず俺が包丁を握る。


 「へぇ…… さすが師匠、上手いもんだね 」


 玉ねぎやジャガイモの皮を剥いているのを、紫苑は俺の横に立って眺めていた。 面と向かって大事な話をするより、俺にとってはこっちの方が気が楽かもしれない。 それでも心臓はバクバクだった。


 「かえ…… 鳥栖のことなんだけどさ…… 」


 「うん 」


 紫苑は俺の手元から目を離さず、俺の次の言葉を待っていた。


 「アイツ、幽体だったんだよ。 朝方に寝込みを襲われた 」


 「…… へ? 」


 顔はにこやかだった紫苑だけど、思いっきり影が出来てるぞ…… 徐々に口元が引きつってきて、青ざめたと思ったら真っ赤になって…… どんな想像してるんだ?


 「…… 幽霊の鳥栖さんと…… その…… しちゃったの? 」


 「いやいや! そうじゃなくて! 」


 危うく指先を切りそうになった。 俺は楓がどうして俺の所に現れたのか、蒼仁先輩に助けられながら楓を元に戻したのかを説明した。 もちろんキスしたのは蒼仁先輩だという事に念を押す。 無言で相槌を打つ紫苑は、あまり疑いもせず俺の非常識な話に耳を傾けていた。


 「信じてくれるんだな、俺の話 」


 「うん、だって燈馬君は嘘つくとすぐにわかるし。 あり得ないけど本当の事なんでしょ? 」


 引きつりながらも笑顔を見せてくれる紫苑が嬉しい。 それよりも今はウチのキッチンに紫苑がいることを喜ぶべきなんだろうな。 これは藍に感謝だ。


 「それとな…… ずっと黙ってたことがあるんだけど…… 」


 「うん? 」


 自然な流れを作って告白を試みる。 気付けば皮を剥いていた拳大のジャガイモは、ウズラの卵みたいになっていた。 心臓は爆発寸前…… 顔は熱くて真っ赤になっているに違いない。


 「あ…… のさ、俺…… ずっと…… 」


 「…… うん 」


 チラッと紫苑の顔を見ると、なんとなく頬が赤いように感じた。 このまま、このまま行け!


 「お前が好きだったんだ 」


 言ったぁ! 言っちまったぁ! 返事が怖ぇ……


 「…… うん、ありがと。 嬉しい…… 」


 ほあああぁぁアア! マジかマジか!?


 「でも、きっとそれは燈馬君の思い過ごしじゃないのかな…… って 」


 ほああぁ…… うぇ? 思い過ごし? 思考が一時停止する……




 なんですとぉ!?





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