47話 三度目の幽体離脱
顔から突っ込んだ楓は、真っ赤になった鼻とおでこを押さえて涙目になっていた。 幽体でもケガをすれば痛みも感じるんだな。
「お前…… わざとやってないか? 」
「そんなわけないじゃない! そんな所に突っ立ってないで早く戻してよ! 」
軽く言ってくれるなぁ…… 仕方なく実体の楓の方を起こしてやることにする。 弾みで捲れたスカートを直して、仰向けに寝かせてやった。 出てた鼻血をハンカチで拭いてやると、『ありがと』とボソッとお礼を言われた。
「まったく…… なんで顔から突っ込むんだよ。 手をつけば良かっただろうに 」
「松葉杖から手が離れなかったのよ! 仕方ないじゃない 」
それは分かるような気がする…… 咄嗟の時って握っていた物を放り投げれないものだ。
「とにかく! 誰も来ないうちに早く済ませちゃってよ! 」
そう言うと楓は実体に重なって目を閉じた。 これがクセになっても困るんだけどな……
「じゃあ…… いくぞ 」
「掛け声なんていらないわよ 」
このやろ! イライラドキドキしながら楓の顔を覗き込んだ。 これで3回目か…… なんで楓と3回もキスしなきゃならんのだ! と思いながら顔を近づける。
「!? 誰か来た! 」
楓が俺をすり抜けて起き上がる。 背後から慌ただしく近付いてくる足音に混じって、なんだか聞いたことのある女の子の声。
「どうしました? 大丈夫ですか? 」
振り向くと、星院祭で俺にいたずらをした二ノ宮親衛隊の二人だった。 腕には真新しい風紀委員の腕章をし、頭には親衛隊の証の青の鉢巻きを巻いている。
「いや、ちょっとこいつが気絶しただけだから大丈夫だよ 」
「うわっ! 貝塚…… 会長 」
俺の顔を見て露骨に嫌な顔をするなよ。 呼び捨てにしなかっただけ以前よりはマシになったけど。
「怪我人を気絶させるなんてなんて奴…… 生徒会長なんですか! 」
いやいや、生徒会長関係ないし。
「転んだのを介抱してただけだ。 暇ならその松葉杖を持ってくれないか? 保健室運ぶから 」
彼女達にティッシュを貰って止血を施し、出来るだけ自然を装って楓を担ぎ上げる。 どこから見てたのか分からないけど、キスしようとしてたのはバレてないらしい。
「へぇ…… 案外男らしいところあるんですね 」
案外は余計だよ! とは言わず、彼女達に松葉杖を任せて歩き出す。 幽体の楓は律儀に二人に頭を下げて、すぐに俺の一歩後ろをフヨフヨとついてきた。
「お…… 少し体重増えたなお前 」
後ろの二人には聞こえない程度に呟いてみる。
「お、重いだなんて失礼ね! 」
「重いだなんて言ってねぇよ。 星院祭の時より体力戻ったんじゃないのかって意味だ 」
「…… なら素直にそう言いなさいよ、紛らわしい。 これでも頑張ってるのよ…… リハビリ 」
「知ってるよ。 黒田医師もそう言ってた 」
そう言うと楓は俯いておとなしくなってしまった。 別に嫌味を言った訳じゃないんだけどなぁ……
「失礼しまーす 」
両手が塞がっているので足でドアを開け、柚月先生は不在だったので空いているベッドに楓を寝かせる。 シワにならないようスカートを整えてシーツをかけると、それを見ていた親衛隊の二人がポカンと口を開けていた。
「ん? あぁ、松葉杖運んでくれてありがとうな 」
ハッとお礼を言われた事に気付いた二人は、頭を軽く下げて再び俺の顔を見ている。 他に何かあるんか? 楓も同じ事を思ったらしく、腕を組んで彼女達を見ていた。
「運んでる最中ブツブツ呟いてたので大丈夫かと思ったんですが、会長って意外に紳士なんですね 」
「紳士? 何が? 」
「いや、そのまま襲っちゃうのかなぁと思ったんですけど、ちゃんとスカートも直すしエロい感じがしないので 」
「するかよ! するなら合意を得てからするわ! 」
『うわぁ……』とひきつった二人は、そそくさと保健室を出て行った。 保健室に他に誰もいないことを確認して、俺は仕切りのカーテンを閉める。
「ふーん、襲われちゃうんだアタシ 」
「襲わねー。 そもそもお前、蒼仁先輩ラブなんだから俺に興味すらないだろが 」
「あ、当たり前じゃない! だからアンタとチューするのも蒼仁先輩を追いかける為なんだから、勘違いしないでよね! 」
「ハイハイ、じゃあさっさと体に戻って蒼仁先輩を追いかけなさい。 ほらとっとと重なれ 」
楓は俺に冷たい視線を向けて実体に重なる。 躊躇するとやはりドギマギしてしまうので、勢いに任せて唇を重ねた。
「…… ちょっと。 真面目にやってる? 」
あれ? 戻ってない。
「お、俺はいつだって真面目だ! おいそれとキス出来るかよ。 お前だって俺とじゃ嫌だろ? 」
「じ、じゃあもっと感情込めてしてよ! 別に嫌じゃないから! 」
…… え?
「嫌じゃないって…… 」
「うっさい! 早くしろ童貞変態シスコン! 」
楓は顔を真っ赤にして涙目で怒鳴りまくる。 頭にきた! 童貞変態は余計だ!
「じゃあおとなしく黙ってろよ 」
押さえ付けるように肩を掴み、そっと頬に手を添えてキスをした。
「プハっ! 」
ピクピクっと実体の楓が反応したのを唇に感じて、俺も身を起こした。 ゆっくりと目を開けた楓は頬を赤らめながら俺を見たかと思うと、ハッと息を飲んで目を丸くした。 鼻に詰めていたティッシュを吹き飛ばし、冷や汗までかいている…… そこまでびっくりする事ないだろ。
「ダメよ橙馬君。 強引なのもたまにはいいけど、寝てる子を襲うのは感心しないわね 」
ふおおぁぉ!! カーテンの隙間から柚月先生が見てましたぁ!
「いやこれは! その! こいつを元に戻す為に…… 」
苦しい弁解の途中で楓に袖を引っ張られた。
「舌まで入れる事ないじゃない…… バカ 」
おまっ!? この状況でそれを言うかよ! ああ…… ゆっくりと微笑んでいく柚月先生が怖い……
「保健室はホテルじゃないのよ? 橙馬君。 ダメとは言わないから、続きはおうちに帰ってからしましょうねぇ 」
「は…… はい? 」
そんな気はないと言い訳する間もなく、俺と楓は保健室から叩き出されてしまった。 なんだかどっぷりと疲れてしまい、腕時計を見るともう昼近い。 今日はここまでにしようと楓に話すと、楓も同意見だった。
スマホで呼んだタクシーに楓を乗せて校門前で見送る。 楓はまともに歩けるようになるまで、暫くはこうやって契約タクシーで通学すると言う。 鳥栖家も金持ちなんだな…… なんて思っていると、窓が開いて楓が手を出してきた。
「ほら、貸しなさいよ 」
「うぇ? 何をだよ? 」
「ハンカチ! 汚しちゃったでしょ 」
ティッシュの持ち合わせがなくてハンカチで鼻血を拭いたのを覚えていたらしい。
「別にいいよ。 洗えば済むことだから 」
「いいから貸しなさい! 洗って返すのがアタシの礼儀、何も言わずアタシに預けるのがアンタの礼儀よ 」
そうなのか? 大人しくポケットから丸まったハンカチを差し出すと、楓は丁寧に折り畳んで鞄にしまいこんだ。
「…… ありがと。 嬉しかった 」
俯いてそう言った楓はすぐに窓を閉めて、タクシーはゆっくりと走り出す。 嬉しかった? ハプニングだけの校内案内の何が? と考えるも、閉まりきる寸前に見えた楓の顔は、今まで見たことないくらい笑顔だった…… かもしれない。




