43話 ステージ上の攻防
眠い…… ベッドがとても恋しい……
ウトウトしながらも午前中の授業をなんとかクリアし、残るは午後からの生徒会役員選挙。 昨日、というか今朝楓の家から戻ってきたのは朝の5時。 帰りはタクシーを拾うことが出来ず、1時間掛けて歩いて帰ってきた。 楓とキスした事と抱きしめられた事を交互に思い出して、変に目が冴えてしまって寝付けなかった。
「丁度良い緊張感だね、燈馬 」
俺は二ノ宮会長と共に体育館のステージ袖でその出番を待つ。 用意されたパンを食べたのが効いたようで、俺の意識は魔神スイマーに食われる寸前だった。 いや、ナイトメアメリーさんだったか?
「ほら、ライバルの演説が始まるよ 」
なんとなく聞こえた会長の言葉と、拍手の騒音が俺に止めの一撃を入れた。
「燈馬、燈馬! 」
「うぇ? …… あ、おはよーございます、会長 」
「大物だな君は。 この三千院君に向けられた割れるような拍手の中でも熟睡しているとは 」
「ふぇ? 」
二ノ宮会長は少し困った表情を見せて笑っていた。 少し眠っている間に三千なにがしの演説は終わっていたらしい。 はなから相手の話など聞く気はなかったので、時間が飛んだようで少し気分がいい。
「頭はすっきりしたかい? さあ、行こうか 」
二ノ宮会長の先導で俺はステージ中央の演説席に向かった。 あちこちから聞こえる黄色い声援は、全て二ノ宮会長に向けられたもの。 恐らく俺には好奇の目しか向けられていない。
「こんにちは皆さん。 生徒会役員選挙は楽しんでいるかな? 」
フレンドリーな調子で始まった会長の応援演説に、ほぼ全生徒が歓声を上げた。 凄いカリスマだな…… 俺の事にはあまり触れず、最近の世界情勢や今後を見据えた高校の在り方を語った会長の演説は、応援というより一つの講演のようだった。
「そんな感じで僕は生徒会を進めてきたわけなのだが、皆にとってはどうだったろうか? 」
うわあぁぁ きゃああぁぁ
割れんばかりの歓声、とはこういうものを言うんだろうな。 真似なんか出来るはずがない…… というか真似する気もない。
「僕の話をしても仕方ないけれど、僕の推薦する貝塚くんは凄いよ? 皆も知っての通り、彼は僕に壁ドンした男だ。 まさか生涯で男性に告白されるとは思わなかった…… 」
え? なんか話の方向がおかしくなってません?
「心を鷲掴みにされるというのはこういうことだと、僕は彼に教わったんだよ。 恋をするって素敵な事だよね 」
きゃあぁぁ!
おいおい! 黄色い声にギャーってのが混じってるぞ!
「そんな彼を僕は生徒会長に推薦したんだが…… どうも彼はその気になってくれないらしい。 フラれてしまったようだ 」
ええぇ!! はあぁ!?
ちょちょ! ちょっと待て! 会場から物凄いブーイングが飛んでるぞ! そのタイミングに合わせて、二ノ宮会長が後ろで控えていた俺に振り返った。 へ? ここで俺の出番? マイクを握らされて、演説台の前に立たされる。
「えー…… ご紹介にあずか…… 」
「蒼仁様をフるってどういう事よ! 」
「身の程を知れクソ野郎! 」
吹き飛ばされそうな罵倒の嵐に思わず演説台にしがみついた。 騒いでいるのは二ノ宮親衛隊が大半だけど、その中に紛れて野次馬連中も好き放題なことを言っているようだ。 情けで票を集めようってか? そうはいきませんよ会長!
「お、俺に生徒会長なんて荷が重すぎるのはわかってる! それでも二ノ宮会長に指名してもらった以上、やらなきゃならねぇじゃねぇか! 」
場内がシーンと静まり返った。 が、すぐにまたざわつき始めて野次が飛んでくる。
「それだけ? 」
「驍樹さんに任せちゃえよ! 」
三千なにがし君はギョウキと言うのか。 別にどうでもいいけど。
「前任が凄すぎるんだから何を言っても無駄だろうよ? 俺に出来る事なんてたかが知れてる 」
再びクレームの嵐が俺を襲う。 だらしないだの、情けないだの、終いには驍樹コールが会場を埋め尽くした。 二ノ宮会長はやれやれと俺の横で肩を竦めた。
「すいません会長、カンペまで用意してもらったのに 」
「構わないよ。 そもそもこんなことで票を取っても意味がないからね 」
俺からマイクを優しく奪った二ノ宮会長はニヤッと微笑む。 なんだ? いつもは爽やかな笑顔なのに。
「残念だが、燈馬がそう考えているのだから僕も無理強いはしない。 だが皆、もう少し僕に付き合ってくれないかい? 」
会長がマイクを握ると、会場は一発で静まった。 ひとつ頷いた会長がステージ袖に向けてもう一度頷くと、二人の生徒を連れた吹石副会長が俺達に向かって歩いて来た。 その後ろには整然と風紀委員が続く。 その両端を鉢巻きを巻いた二ノ宮親衛隊が固めていた。
「…… 何をするつもりですか? 会長 」
連れて来られたのは、俺のタキシードを盗んで切り裂いたあの1年生の二人。 俺と会長に向き合うように立たされた二人は俯き、小刻みに震えている。
「何って、公開処刑とでも言っておこうかな 」
「はあ!? 」
思わずキツく叫んでしまった。 涼しい顔をしている会長はゆっくりとマイクを構える。
「皆知ってると思うけど確認しておこうか。 君達二人は重大な違反を犯した。 間違いないね? 」
二人が『ハイ』と震えながら頷くと、会場全体がにわかにざわつき始める。
「僕が決めた星院祭のルールを破り、僕が愛する燈馬を傷付けた罪は重いんだよ 」
そう言うと、会長は二ノ宮親衛隊の隊長らしき人から大きなタンク付きの水鉄砲を受け取って、彼女達に銃口を向けた。
「この水鉄砲には服を溶かす薬液が入った熱湯を入れてある。 彼女達にはあらかじめ下着を脱いでもらってるからね…… 大惨事だよ 」
「なっ!? 会長! 」
何言ってんだ! 全校生徒の前でこの二人をひん剥くつもりかよ!?
「大丈夫だよ燈馬。 誰にも口外させないから 」
「大丈夫じゃないですよ! そんなことしたら騒ぎどころか捕まっちゃいますよ! 」
会場には先生達だっている! いくら生徒会長って言ったって…… って、なんで先生達まで黙って見てるんだよ! 向かいに立つ二人の頬には白く乾いた涙の跡。 ヤバい…… これはヤバい!
「…… 邪魔しないでくれないか? 燈馬。 僕は今、とても気分が悪いんだ 」
頭の中は真っ白で、どうしてこんな行動をしたのかなんてわからない。 俺は無意識に彼女二人を背に手を広げて立ちはだかっていた。
「やり過ぎだ会長。 こいつらを虐めるなら俺が許さねぇ 」
ヤベぇ…… マジギレ感半端ない会長に敵対して何やってんだ俺! 別にこの二人を庇うことないじゃねーか! しかも敬語使ってないし!
「何を許さない? 僕は君を虐めたその二人を許さない 」
「こいつらはちゃんと罪を認めたんだからもういいじゃないですか! 」
「退いてくれ橙馬。 僕は君の後ろの二人に用がある 」
「退かねぇ。 力ある生徒会長が虐める手本になってどうすんだよ! 」
「力があるから皆の前で粛清する。 僕はみどりが虐められていた時にそう決めた 」
俺をキッと睨み付ける二ノ宮会長に背筋が凍る。
「虐めじゃない、粛清だ 」
「み、認めねぇ! アンタのやってることは十分虐めだ! 」
フッと銃口を逸らした二ノ宮会長は演説台の上にあった花瓶を撃ち抜いた。 液体を浴びた花はジュウと音をたてながらみるみるうちに溶けていく。 うわ…… 服が溶けるのはマジだ。 皮膚もヤバいんじゃないのかアレ!
「もう一度だけ言う。 退きなさい、燈馬 」
今更退ける訳がない。 再び俺の後ろの二人に銃口を向けた二ノ宮会長に、やれるものならやってみろと無言の圧力をかける。 こんなの、下手したら退学モノだ。
「残念だ。 ついでに君のストリップショーも堪能するとしようか 」
「うぇ? 」
会長が後先考えずに感情で動く筈がない! と、たかをくくっていたのが甘かった。 トリガーは握られ、銃口から発射された液体は俺の顔に向けて飛んでくる。 アドレナリン全開の時ってホントにスローモーションになるんですね…… 覚悟を決めて、俺は目を閉じて後ろの二人の盾になるのだった。




