40話 生徒会の意義
「それで? お兄ちゃんは生徒会長に立候補したの? 」
「せざるを得なくなったって言ってくれ。 ウチの学校は本人の立候補と現生徒会長の推薦枠があるんだ、会長推薦は拒否出来ないんだよ 」
夕飯は菜のはの好きなビーフシチューにした。 帰りは迎えに行くと約束していたにも関わらず、1時間遅刻してしまったからだ。 今日に限ってスマホはバッテリーが切れて迎えに行けなくなったことを伝えることができず、菜のはは中学校の校門前でずっと待っていたのだ。 幸い友達も一緒に待っていてくれたけど、菜のはに中学校の校門でマジギレされてしまった。 俺が事故か何かに巻き込まれたんじゃないかと本気で心配したらしい。
「変なの! 本人にやる気がないのに拒否権がないだなんて。 生徒会長の意義がわかんないよ 」
「そうだな。 まぁ俺は、半数以上の生徒を敵に回してるんだから票なんて集まるわけがないんだ。 だから役員選挙が終わるまでの一週間、ちょっと我慢してくれ 」
菜のはが俺の顔を見てスプーンを止める。
「…… なんでお兄ちゃん、半数が敵なの? 」
あ…… しまった……
「半数って男? 女? 」
菜のはは片眉を上げてジト目で俺を見据えている。 こういう顔をする時の菜のはは自分が納得するまで追求してくる。 しかも俺の表情一つで嘘かどうかも見破るから質が悪い。
「お兄ちゃん、全部吐くまで今日は寝かさないからね…… 」
墓穴を掘りました。 食べ終わった食器を綺麗に片づけた後、菜のはの追及は深夜にまで及ぶのだった。
「ふあぁあ…… 」
「なんだ? 今日はまた随分と眠そうだな? 」
通学路で合流した青葉に『ちょっとな』と答え、俺は人目をはばからず大きなあくびをする。 昨日の菜のはの追及に楓の事を伏せて話したのだけど、『つじつまが合わない』と一蹴されて結局全部を話す羽目になってしまった。 幽体の話から母さんの話に流れてしまい、近いうちに楓に合わせろと約束させられて解放された頃にはもう空は白み始めていた。
「そういや、菜のはちゃんの進路ってどうなのよ? 今年高校受験だろ? 」
「どう…… って、好きな所に行けばいいんじゃないのか? 俺が決める事じゃない 」
「お! お前もそろそろ妹離れする年頃になってきたんか? 」
バカ言えと青葉に吐き捨てると、『だよな』と納得されてしまった。 菜のはの成績は悪くはなく、偏差値だって中学の俺よりも高い。 ウチの学校に入れる程の頭を持っているけど、勉強ばかりの高校はつまらないと以前聞いたことがある。 三者面談に出た親父も何も言わずに仕事に戻っていったし、目の届く範囲にいるのなら俺も不満はなかった。
「高校生になったら成長早いぞ? 悪い男が付かないよう俺がしっかりボディガードしてやるからな! 」
お前が一番不安だよと冗談を言っておく。 菜のはもいつかは離れていってしまうんだろうな…… と、娘を想う親父みたいな気持ちにおかしくて笑い、また寂しくもあり…… そんなことを青葉と話ながら学校の裏門に辿り着くと、見事に裏門は閉まっていた。
「うわっ! 今日は抜き打ちチェックかよ! 走るぞ燈馬! 」
俺達は慌ててフェンス越しに迂回する。 急いで正門に着いた頃には既に長蛇の列だった。 ほぼ最後尾に並んだ俺達が予鈴前に玄関をくぐれる可能性は低い。
「あー…… これは反省文確定かな…… 」
おもむろにポケットからスマホを取り出して菜のはに『遅刻しました』メールを送る。 その時、俺の横を一台のタクシーが通り過ぎて行った事を、俺は気付かなかった。
昼休み。 満腹と睡眠不足が祟って俺は机に頬杖を突いてうつらうつらとしていた。 教室の喧騒が心地良くて、このまま午後の授業をサボりたい……
「おい貝塚。 お前、本気か? 」
「んあ? 」
薄目を開けると、同じように頬杖を突いて俺を気まずそうに見ている遠藤がいた。
「起きろ。 生徒会長に立候補したのかと聞いている 」
「ふぁ…… 立候補じゃなくて二ノ宮会長の推薦。 俺が自分から立候補なんてするかよ 」
『なるほどな』と大きなため息をついた遠藤の後ろには伊藤の姿もあった。 そういや遠藤には聞きたいことがあったんだっけ。
「なあ遠藤、お前確か一度書記に選定されたことあったよな? すぐリタイヤしたけど 」
「思い出させるな 」
言葉短く顔を背ける遠藤に、伊藤は失笑している。 伊藤は理由を知っているみたいだけど、ため息をつくあたり聞かない方がいいのかもしれない。
「蘇芳の遠い親戚が二ノ宮会長なんだって。 世間って狭いよねぇ 」
「ユキたん! それは言うなって言っただろ! 」
ほぁ!? 遠藤が二ノ宮会長の親戚なのもビックリだけど、インテリなイメージでお堅い性格かと思ってた遠藤がユキたんって! おかげで一発で目が覚めた。 遠藤も気付いたのか、真っ赤な顔をして眼鏡を中指で押し上げている。
「別に愛称で呼んで恥ずかしがることないだろうよ。 んで、小さい頃に二ノ宮会長と何かあったとか…… そんなところか? 」
「如何に天才と言えど万人に好かれる方などいない、僕とは馬が合わないだけの話だ。 それは別にいい! お前自身は生徒会長になりたいわけではないんだな? 」
「めんどくさそうだし。 シスコンの俺には生徒会より妹の方が大事だよ 」
「そうか。 お前が本気なら力を貸そうかと思ったが、杞憂だったようだ。 すまなかったな、居眠りの邪魔をして 」
力を貸す? あまり他の人間と関りを持たなそうに見えていた遠藤が? 珍しいことも言うもんだ。 そんな思いが顔に出ていたのか、伊藤がご親切に捕捉をしてくれた。
「蘇芳はあのレストランのチケットのお礼をしたいのよ。 フランス料理のフルコースでね、私達高校生じゃ場違いもいいところ! でもスタッフの人もみんな優しくしてくれて、最高の思い出になったからさ…… 何かお返し出来ないかって蘇芳と話してたら! ってわけ 」
「それなら紫苑にお返ししてやれよ。 あのチケットは紫苑がお前らにプレゼントしたんだし、俺は自分の欲の為にあのチケットを使おうとしてたアクマだぜ? 」
「紫苑ちゃんにはもう了解もらってるわよ。 紫苑ちゃんも君がいたから貰えたチケットなんだからって。 だから私達は君達にお返しをしたいの! なんでもいいから言って! 」
と言われてもすぐに思いつくことはない。
「そういうことだ。 お前はもう少し自分に貪欲になってもいいんじゃないのか? 僕達に出来ることがあったら遠慮せず言ってくれ 」
そう言って遠藤と伊藤は席に戻っていった。 俺は何もしてないんだけど…… おもむろに紫苑の席に目を向けると、紫苑は相変わらず藍と楽しそうにおしゃべりをしている。
貪欲になれ…… か。 そう言われてもピンとくる事は特別ない。 紫苑に告白する場をセッティングしてもらうとか? アホかよ俺は。 そんなモン自分で作りたい。
「しかしまぁ…… 遠藤と二ノ宮会長の雰囲気がなんとなく似てるのはそういう事か 」
「そこ! なに一人で気持ち悪く笑ってるのよ! 」
なんだか納得してしまって笑ったところに、藍に指を差されて怒られてしまった。




