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4話 橙と黄

 「っざけんな! アホかお前は! 」


 俺は駅前を逃げるように全力で走り抜けていた。 ゴメンナサイと絶え間なく叫んでついてくる楓は顔を真っ赤にしてボロボロと涙を溢している。 振り返る通行人には目もくれず、とにかく落ち着かなければと通学路の途中にある適当な小路に逃げ込んで息を整えた。 楓は両手で口元を覆い、相変わらず真っ赤な顔をして二ノ宮会長のあの(・・)言葉の余韻に浸っているようだった。


 「男に壁ドンして告るヤツがいるかよ! なに血迷ってんだ! 」


 楓は、二ノ宮会長の好きだよという言葉に我を忘れてしまったと言い訳する。 気が付いたら俺の体に乗り移り、立ち去ろうとした二ノ宮会長に壁ドンして、キスしそうに近い距離で告白したのだ。


 「だ、だって告白ってああやってするもんじゃないの? 」


 「アホかー!! 」


 力いっぱい楓を怒鳴りつけてやった。


 「男同士でそんなことするか! ケンカ売ってるようにしか見えんだろうが! 」


 「で、でもうまくいったんだからいいじゃない! 」


 苦笑いで胸の前で手を合わせる楓にもう一度アホか! と力いっぱい怒鳴りつける。 そう、うまくいってしまったのだ。


  悪くないね


 初めは呆気に取られていた二ノ宮先輩だったが、フッと爽やかに笑って告白を受け入れたのだ。 壁ドンした光景に凍り付いた周囲は、怒声やら悲鳴やらの阿鼻叫喚の渦だった。 舞い上がった楓はその場で俺から離れてしまったものだから、残された俺はたまったもんじゃない。 呪い殺されそうな女子達の殺気に、俺は無我夢中で逃げてくることしか出来なかった。


 「楓という一人の女の子があなたを好きでしたと伝えるのが目的だったろうが! 上手くいってどうすんだよ…… それならいっそ女に取り憑けばよかったじゃねぇか 」


 俺にボーイズラブの趣味はない。 後ろであの光景を見ていた佐伯や楠木はどう思ったんだか…… 顔すら見る余裕はなかった。


 「女の子でうまくいっちゃったらそれこそ悔しいじゃん。 結局私じゃないし…… 」


 「アホかー! 」


 アホかと言うのも何度目か分からない。


 「明日から俺、どうすんだよ…… 全校の女子を敵に回したも同然だぞ…… 」


 「あたしだって想定外よ。 まさかOKもらえるなんて思わなかったもの 」


 楓は思い出して再び顔を真っ赤に染める。 目まで潤ませて…… 可愛いけど俺にとっては冗談じゃない。 大きくため息を吐いて、俺は小路を抜け出した。


 「え? どこいくの? 」


 「菜のはのお迎え。 いつまでもここでブー垂れてる暇はねぇんだよ 」


 吐き捨てるように言い残し、俺は三和中学校に向かって歩いた。 すぐに背中に楓の気配を感じる…… なんかもうどうでもよくなってきた。


 「あの…… ごめんね? 」


 「もういいよ。 済んでしまったものは仕方ないだろ 」


 楓とは顔を合わさず通学路を黙々と歩く。


 「あの…… ありがとう 」


 その声には軽く手を挙げるだけで答えた。 楓の声は途切れ、それっきり気配は感じなくなった。


 「おにーちゃーん! 」


 やがて見えてきた三和中学校の校門の前には、俺に大きく手を振っている菜のはの姿があった。 ちょっと待たせてしまったんだなと、俺も大きく手を振って応える。


 「待たせたか? 」


 「ううん、友達と話してたから平気だよ 」


 明日からの学校生活は不安だが、屈託のない菜のはの笑顔が全てを吹き飛ばしてくれる。


 「帰りに挽肉買って帰ろうか。 ハンバーグ作ってやる 」


 「うん! でもどうしたの? 学校でなんかいいことあった? 」


 「いつもと変わらないよ。 お前を待たせちゃったお詫び、かな 」


 「えー! 私の機嫌取り? でも許す― 」


 菜のはと顔を見合わせて笑う。 俺達に母親はいない…… 6年前、肺に転移したがんが原因で亡くなってしまった。 父親は海上保安庁の船乗りで、一か月のほとんどを船の上で過ごしている。 だから家には俺と菜のはの二人だけの日が多く、菜のはに寂しい思いをさせない事が俺の務めだった。 親父の仕事の都合上親戚の家に預けるという話もあったが、俺が頑なに突っぱねたのだ。 菜のはは俺が守るというのがシスコンの始まり…… なんと言われようと、母さんが亡くなった日に菜のはは俺が守ると決めた。


 「ホントは藍さんと何かあったんでしょ? 」


 何回もウチに遊びに来る楠木はこの事を知っている。 菜のはが楠木をお気に入りで、二回くらい泊まりに来た時には常にベッタリだ。 菜のはは俺と楠木が付き合えばいいと思ってるらしいが……


 「風紀チェックに引っ掛かりそうだったからちょっと手を貸しただけだよ 」


 なーんだ、と菜のはは頬を膨らませる。 まさか完全無敵の生徒会長に告りましたとは言えんよなぁ……


 「ねえお兄ちゃん、また藍さん泊まりに来てくれないかな?  また色んな話したいんだぁ 」


 「そうだな、相談してみるよ。 って、色んな話ってなんだ? 」


 「そんなのお兄ちゃんには言えないよぅ。 乙女の秘密のトークだもん 」


 んん!? お兄ちゃんにはそのセリフはちょっと寂しいぞ? 教えてとせがんでみると、ダメー、と菜のはは笑いながら走り出す。 ふと思う…… 今は片鱗すらも見せないけど、いつかは菜のはにも好きな男ができて俺から離れていってしまうんだろう。 今のままでいいと思っている俺は、その時どんな思いで菜のはを送り出すんだろうか。 なんだか娘を想う親みたいになってしまった。


 「おにーちゃーん! 早くー! 」


 遠くから手を振って俺を呼ぶ菜のは。 楓も目的を果たしてありがとうと言い残して成仏していったし、明日からもいつも通り頑張らないとなと気合を入れて、菜のはの元に走り出した。






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