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38話 お礼

  燈馬君、手を離さないでね


  離すもんかよ。 ずっと、俺はお前をずっと……


  そんなに私を虐めて楽しいの? サイテー…… 燈馬君!


  ちが…… 紫苑! 違うんだ!


  私のイチゴパンツ見たさにそんなことするなんて!


 「ちがっ! …… はああぁぁ 」


 とんでもない夢で目が覚めた。 昨日の紫苑の水泳練習と、楓の歩行練習がどこかで混じって最低な結末になってしまった。 紫苑に最高の言葉をもらったのに、どこまでも邪魔をする奴だなとイライラする。


 「んにゃ…… おはよ、お兄ちゃん 」


 俺が寝ぼけてさけんだせいで菜のはも起こしてしまったようだ。 隣のベッドで寝てた筈なのに、なんで俺の腹の上に足が乗っかってるんだ?


 「まだ寝てていいぞ? 」


 返事もなくまた眠りについた菜のはの足をよけて、はだけた裾を直して布団をかけてやる。 菜のはも小学校でキャラパンツは卒業したもんな…… 昨日はバカにしすぎたか。 俺も寝直そうかと菜のはが使っていたベッドに入ったけど、慣れない柔らかい布団では寝付くことは出来なかった。


 「しゃーない、朝風呂にでも行ってくるか 」


 時間はまだ6時過ぎ。 朝飯にはまだ早いし、外はあいにくの雨で少し寒そうだ。 部屋に干してあったバスタオルとハンドタオルを手に、俺はそっと部屋を出た。





 「ふぅ…… これは気持ちいいな 」


 少し肌寒い風に温かい温泉。 少し朝霧が残る山を眺めながらの朝の露天風呂は気分もいい。 なにより他の客の姿がなく、広いヒノキの風呂を独占している優越感があった。


 「うわぁ…… 奇麗だねぇ! 」


 んあ? これは保木の声か? 壁一枚を隔てて向こう側は女湯で、同じく露天風呂になっているらしい。


 「あ! みどり先輩、おはようございまーす! 」


 藍に紫苑、返事をしたのは吹石副会長か。


 「おや、おはよう燈馬。 朝風呂なんて通だね 」


 「おはようございます会長。 目が覚めちゃったもので…… 会長もですか? 」


 「みどりの寝相が悪いのでね、そんなところだよ。 昨日はお疲れ様、君に頼んで良かったよ 」 


 あの後、楓にしこたま殴られてから1時間ほど歩行訓練に付き合ってやった。 二ノ宮会長が言うには、楓の足の筋肉は短距離ならもう歩けてもいいくらいに回復していたのだとか。 それでも一歩目で転んでしまうのは、事故のトラウマか体がバランスを取る感覚を忘れてしまっているのだと黒田先生が言っていたらしい。 


 「俺は単に楓を罵っただけで、頑張ったのは楓本人です。 アイツを褒めてやって下さい 」


 「本当に謙虚な男だね君は。 楓君が今朝もここまで自分の足で歩けるようになったのも君のおかげだというのに 」


 「マジですか!? 」


 思わず大声を出してしまった。 昨日の今日で歩けるようになるとか、ホントきっかけだけだったんだろう。 それまでの筋力回復は日々のアイツの努力の賜物だ。


 「燈馬? いるの? 」


 藍が俺の声に気付いたらしい。 そのすぐ後に吹石副会長と保木の文句が飛んで来る。


 「「どうして菜のはちゃん連れてこないの! 」」


 ハモるんかい! 菜のははやらんぞ!




 風呂を上がって部屋に帰ろうとすると、『もう少し付き合ってくれ』と二ノ宮会長に呼び止められた。 吹石副会長が出てくるのをを待つそうだ。 しばしの間会長の心理学の話に付き合っていると、女性陣がやっと姿を見せる。


 「おはよう、燈馬君 」


 「お、おはよ 」


 おぉ…… あの悪夢がなかったらこの素晴らしい朝は見れなかったかもしれない。 髪をひとまとめにした風呂上がりの紫苑が女神様に見える……


 「なんでアンタだけなのよ? 菜のはちゃんも連れて来なさいよね 」


 続いて出てきたのは、半乾きのロングヘアをバスタオルで撫でながら文句を言う保木。 フム…… 女らしい仕草というか、これはこれで悪くない。 その後ろにはちょっと不機嫌な顔の藍がいた。 原因はやはり楓なんだろうな…… めんどくさいことにならなければいいけど。

 表情を変えないよう幸せに浸っていると、最後に吹石副会長に介助されながら楓がゆっくりと歩いてくる。 楓は俺の姿を見つけて驚きながらも、ゆっくりと近づいてきて俺の隣に座る。 なんだ? 俺は他人を装って敢えて声を掛けなかった。


 「ありがと。 昨日、お礼言う前にアンタ帰っちゃったから。 それだけ 」


 チラッと横目で楓を見ると、少し顔が赤かった。 湯上がりのいい香りと火照った体の熱…… これは男にはヤバいですがな! 頑張れよと素っ気なく答えて、俺はその場を後にした。


 「なんでアイツがここにいるの? 」


 ドスっと強めに俺の脇腹に肘を入れて、小声で怒っていたのは藍だった。 ちょっ!? くっつくなって! 浴衣から見える胸の谷間に思わず目を逸らす。


 「リハビリだってさ。 副会長の提案で水中歩行訓練にここを使ってるんだと 」


 「それで昨日会いに行ったんだ? 」


 「会長に掴まっただけだ。 って、なに怒ってるんだよお前 」


 藍は『別に』とそっぽを向いて、紫苑と保木の元に戻っていった。 藍が不機嫌になる意味が分からない…… なんなんだ?




 帰りはクラスの皆と一緒に学校まで送迎バスに乗る。 菜のはは思ったよりもクラスの皆に打ち解けてしまい、可愛くてしっかりした子と皆からも評判がよかった。 菜のは自身は相変わらず藍にベッタリで、その横に保木がベッタリだ。


 「アンタと菜のはちゃん、似てないよね 」


 「似てようが似てなかろうが菜のはは俺の妹だ。 やらんぞ 」


 車内が笑いに包まれる中、俺のシスコン度も上がっていく。 今回の旅行で一番得をしたのは菜のはだったのかもしれない。




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