36話 スパリゾート<リラ・シャングリラ>
スパリゾート<リラ・シャングリラ>は、郊外の山の麓にある会員制の温泉リゾートホテルだ。 リラクゼーションを主目的としたこのホテルは、アロマセラピーやマッサージサロンはもちろん、ボーリングや映画館といった娯楽施設も併設する一大施設だった。
「ほぇー…… おっきいねお兄ちゃん! 」
「ああ…… 俺も来るのは初めてだ 」
俺と菜のはは、タクシーで乗り付けたリラ・シャングリラの入り口を見て目を丸くしていた。 俺の身長の二倍はあるガラス張りの自動ドアに、その両脇に立つ黒服のベルボーイ。 見るからにお子様はお断りという雰囲気に、本当に高校生が入館していいものかと戸惑ってしまう。
「星院東高校の生徒様ですね? 」
ベルボーイは他のクラスメイトはもう到着して施設内で遊んでいると言う。 本当は一度学校に集合し、2年A組全員が送迎バスでここに入る予定だったのだけど、俺は菜のはが同行するのでわざと遅れる用事を作ってタクシーを手配した。 俺達の場合は個人的に一室予約してあるので、チェックインの為にフロントで手続きをする。
「お待ちしておりました貝塚様。 ようこそリラ・シャングリラへ 」
「お兄ちゃん、貝塚様だって! テンション上がるぅ…… 」
オールバックの凛々しいフロントマンに、菜のはは目を輝かせて俺の袖を何回も引っ張っていた。 俺も慣れない雰囲気で少し緊張してるんだけど。
「まずはこれをご一読されますようよろしくお願い致します。 申し訳ございませんが皆様はゲストですから、利用施設に制限を設けさせて頂いております。 ですので…… 」
一般のチェックインカウンターとは少し離れた場所で俺達はフロントマンから注意事項の説明を受けた。 そりゃそうだよな、ここは会員制だって聞いてたし、菜のはを高校生だと偽って尚且つ一室を予約できたのが未だに信じられない。
「皆様は御入浴とプールに行かれていますが、すぐに合流されますか? 」
「はい、友人から早く来いと催促されてますんで 」
フロントマンは柔らかく微笑んで俺達をプールへと案内してくれた。 ボストンバッグ一つの荷物は部屋に運んでおいてくれると言うので、貴重品だけ取ってそのままお願いする。
「それじゃ着替えてくるね! 」
菜のはとプールの入り口で別れる。 俺は水着を持って来ていないので、受付で適当なレンタル水着を借りた。
「おぉ…… 」
<アクアポリス>と名付けられた全天候型屋内プールは、南国をイメージしたものらしい。 ヤシの木あり、白い砂浜あり、ラウンジまである。 アトラクションもいっぱいあるそうで、ロングウオータースライダーやウェーブプール、屋外まで続く流れるプールや水上ボルタリングが見て取れた。 天井や壁は全面ガラス張りで、夜にはナイトプールも開催されて打ち上げ花火もあるらしい。 残念ながら18歳以上限定で、俺達は利用はできないのだけど。
「燈馬ー! おそーい! 」
菜のはを待って出入口の前に立っていると、藍達がプールサイドのビーチチェアから手を振っていた。
「きゃー! 藍さーん! 」
菜のはは一目散に藍に駆け寄り、抱き付いてそのままプールにダイブしていった。
「おおっ! 菜のはちゃん同伴とはさすがシスコンだな、燈馬! 」
真っ先に食いついたのは青葉だった。 挨拶もそこそこに、青葉は浮き輪を用意したり飲み物を持ってきたりと菜のはの機嫌取りに必死になっている。
「…… 菜のはちゃん? 」
紫苑はプールではしゃぐ菜のはと藍をポカンと見つめていた。 そっか…… 話題には出ていたけど、紫苑は菜のはとは初対面だっけ。
「ちょっとうるさい子だけど勘弁な 」
「ううん、凄く可愛い。 でも中学生でしょ? よくここに入れたね 」
「んまぁ…… あまり大きな声では言えないけどな。 実は…… 」
俺が菜のはを連れてくることになったいきさつを説明すると、『分かった!』とガッツボーズをしてみせた。
「全力でサポートするよ! 何かあったら言ってね 」
「いや、特に何もないんだけど…… 」
「遠慮しないで。 私には恩返しの義務があるのです、師匠! 」
師匠はやめてくれと紫苑に言うと、照れながら舌をペロっと出していた。 それにしても、ビキニに白いパーカーの紫苑…… 可愛い。 けど、水に入ったような様子がない。
「紫苑は泳がないのか? 」
紫苑はピクッと肩を震わせて苦笑いになった。 分かりやすいなぁ……
キャー!
流れるプールから突然黄色い声が上がった。 振り返ると、藍に抱き付いて怯える菜のはの周りをサメの背びれの形をしたビート板が回っている。 なぜか菜のはの側には保木までいるんだが……
「な・の・は・ちゃーん! 」
水中からイルカのジャンプのように飛び出してきたのは、シンプルな三角ビキニの吹石副会長だった。
おいおい…… そんなスケベ男みたいな行動、美人には似合わないぞ。
「っていうか、なんで副会長がここにいるんだよ…… 」
「それはここのオーナーがみどりの父親だからね 」
「ほわああぁぁ! 」
吐息がかかるくらい耳元で囁かれて思わずその場から飛び退く。 二ノ宮会長!
「そんなに驚くこともないだろう? 傷つくなぁ 」
「いや、誰だってビックリしますよ! お二人も来てたんですね? 」
「ああ。 君達の様子を見に来たのと、みどりのお父さんに御挨拶とリハビリのご協力のお礼を兼ねてね 」
リハビリ? 嫌な予感がして無意識に眉間にシワが寄っていた。
「そう怖い顔をしないでくれ。 君達がここに来ている事は彼女は知らないし、君達の邪魔をしようとここを選んだ訳じゃない 」
「ならいいんですけど 」
困ったようにため息をつく二ノ宮会長に頭を下げて、俺は紫苑の手を引いてその場を離れた。
「燈馬君? 」
何か不安を感じ取ったのか、紫苑が俺の様子を窺ってきた。 ダメだ…… 俺の気分でせっかくの楽しい時間を台無しにしちゃいけない。
「泳ぎ方を教えてあげるよ、紫苑 」
気持ちを切り替えて、精一杯の笑顔を作って紫苑に笑いかけてみる。
「本当に泳げないよ? 燈馬君呆れちゃうかもしれないよ? 」
「練習練習! 」
俺が先にプールに入り、不安な表情の紫苑に手を差し伸べる。 ああ…… なんかこういうのもいいなぁ。 と、手を取って紫苑が目線を俺の後ろに移した瞬間、突然足を引っ張られて水中に引きずり込まれる。
「ぷはっ! いきなり何するん…… おぶ!」
「ちょっと貝塚! なんなのよ! 」
俺の両頬を鷲掴みにした保木が噛みつきそうな勢いで俺に怒鳴りつけた。 なんだ? 二ノ宮会長と話をしてたのが気に食わなかったのか? それとも菜のはを連れてきた事がマズかったか?
「なんで菜のはちゃんがアンタの妹なのよ! 」
「はぁ? 」
「可愛いわ! 可愛いじゃない! アンタが兄貴だなんて許せないわ! 」
「ふぇいふぇい、好きなだけ遊んでやってくれ 」
保木は菜のはに一目惚れしてしまったらしい。 満面の笑みを見せた保木は俺の頬をバシバシ叩き、吹石副会長と菜のはの取り合いを始めていた。
「あの…… 燈馬、君 」
不意に俺の耳元で紫苑の声が聞こえる…… 紫苑は俺の背中にしがみついて体を震わせていた。 思いがけない状況に顔から火が出そうなくらい熱くなる。 あの…… 背中に当たってますが……
「溺れちゃう…… 助けて…… 」
俺が手を握っていたせいで、紫苑まで水の中に引きずり込まれてしまったのか。 半分パニック状態の紫苑を落ち着かせるために、まずは俺が落ち着かなくては!
「だ、大丈夫! ゆっくり足を伸ばして…… そう、ゆっくりゆっくり 」
体にかかる紫苑の重さがなくなったのを確認して振り返り、両手を掴んであげた。 とはいえここは少し水深が深く、紫苑が立っても肩が隠れるくらい。
「手、離さないでね…… 」
怖がる紫苑には悪いが、その言葉は俺の心にしっかりと刻まれました…… 保木、グッジョブ!!




