3話 青のイケメンと赤の暴走
廊下を黙々と歩いている最中、楓は俺の周りをクルクル回りながらずっと笑顔で浮遊していた。 なんか目障りで、彼女の動向を目で追っていると、すれ違う他の生徒に怪訝な表情で見られていることに気付く。
「ウザいから目の前をウロチョロすんなよ 」
周りの人目が切れた所で小声で楓に文句を言ってみる。
「いいじゃん、高校の中は初めてなんだから 」
物珍しそうに通り過ぎる教室を覗き見し、俺が階段に足を掛ければ先行して飛んでいく。 楓は清純派の白か…… 階段を上る時にパンツが見えたのは面倒くさくなるので言わないことにする。 二階の廊下を進み、2年A組のドアをくぐった途端、俺はクラスメイトの阿笠 太陽に襟首を掴まれた。
「き、貴様! 藍さんになんということを!! 」
細いスクエア型のメガネが良く似合うイケメンな彼は、そういえば楠木が好きらしい。 正門での一件を見ていたんだろうな…… 目が血走ってお怒りモードだ。
「いや、具合悪いって言ったから保健室に担ぎ込んだだけだよ 」
「な!? 藍さん具合悪いのか! 大丈夫なのか!? 無事なのか!? 」
襟首を絞められて前後に勢い任せに振られる。 うわぁ、めんどくせぇ……
「俺に絡んでる暇があるんなら様子見てきたらどうよ? 多分寝てるだろうから、見舞いに行ってやったら喜ぶんじゃないのか? 」
すまん楠木、俺はコイツが苦手なんだ。
「あ、ああ! そうだな! 」
阿笠は俺を突き飛ばして教室を出て行った。 風紀チェックから助けてやったんだ、その男勝りな性格でうまくアイツを撃沈してくれ。 他のクラスメイトに笑われながら、襟を直して自分の定位置に着席して一通り朝の挨拶を済ませる。
「見てたぞ。 かっこいいじゃんか 」
「どこの王子様なのよ 」
友達に散々バカにされながらもとりあえず苦笑いで返していると、すぐに佐伯が教室に息を切らせながら入ってきた。 仲の良い友達と挨拶を済ませた佐伯は真っ直ぐ俺の席に向かってくる。
「凄いね貝塚君、藍をあんなに軽々と抱き上げて! 感動しちゃった! 」
「あ、いや 」
ヤベェ…… キラキラした目で見つめられちゃ何も返せないじゃないか。 とりあえず佐伯にも苦笑いで返すと、佐伯は腰に手を当てて、『でも!』と付け加える。
「やっぱりズルは良くないよ。 悪目立ちしちゃうし…… 今回はしょうがないと思うけど 」
優しく俺を叱りつけて、佐伯は自分の席に戻っていった。 その後彼女は友達と雑談で盛り上がっている…… 可愛えぇなぁ……
「なによ、いい子ぶっちゃって 」
そう吐き捨てたのは楓だった。 椅子に座るような格好で腕を組み、足を組んで宙に浮いたまま佐伯を見据えている。
「ああいう子、嫌い…… 」
楓が佐伯をどう思おうが関係ないけど、側でそんなことを言われると腹が立つものだ。 キッと楓を睨むと、飛び込んできた青葉と目が合った。
「うわ…… 何おっかねぇ顔してんだよ? 燈馬! 時間がねぇ、宿題…… 」
キーンコーン キーンコーン
タイミングを合わせたかのように予鈴がなった。 すっかり忘れてた…… こりゃ青葉はアウトだな。 一限目は数学だし。
授業を受けている最中、楓は教室の中をうろつき回ったり俺の横に座り込んだり、俺の机に腰かけたりしていた。 おお…… 楓の太ももが目の前に! 眺めはいいが…… じゃなくてうっとうしいわ! ただでさえこの超進学校のレベルについていくのがやっとなのに、全然集中できん!
「楓…… 」
小声で俺の机に座っている楓を振り向かせ、喋るわけにはいかないのでノートに用件を書く。
二ノ宮先輩を探して来いよ 別にここにいる必要はないだろ
「…… それもそうだね! 燈馬クン頭いい! 」
バッと立ち上がって楓はドアをすり抜けていった。 バカですかアイツは。 楓の行動を追ってドアを見たままため息をつくと、廊下側の一番前の席の佐伯が俺を振り向いた。 何かを感じたんだろうか? ペロっと舌を出して苦笑いしてくる。 可愛い…… けど、あれは授業内容がさっぱり分からないってことだろうな。 俺もお返しに肩をすぼめて苦笑いすると、クスっと笑って前を向いた。 エヘ…… なんか嬉しくなってくるぞそれ。
結局、楓は放課後になっても戻っては来なかった。 無事二ノ宮先輩? に会えて成仏してくれたのか、それとも校舎で迷子になって帰ってこれなくなったのか。 どちらにしても俺は無事解放されて、佐伯の為に耳から煙が出るかと思うくらい授業にも集中できた。 後で佐伯と勉強会できたらいいなぁ…… 分からないところを教えてやりたい一心で、最近で一番勉強したんじゃないか?
「燈馬ー! 」
終業のベルが鳴り終わって帰りの身支度をしていた時に、楠木から声を掛けられた。 隣には佐伯の姿もある。
「帰りにどこか寄って行かない? 」
「うぇ? 珍しいな、お前が誘ってくるなんて。 バイトでボーナスでも出たんか? 」
「バーカ、朝のお礼だよ。 ウチがそうしたいんだからちょっと付き合ってよ 」
「いや、すまん。 すぐ菜の…… 妹を迎えに行かなきゃならないから、また今度でいいか? 」
「そっか、でもシスコンもいい加減にしないと菜のはちゃんに気持ち悪がられるよ? 」
ケラケラと笑いながら楠木は言う。 菜のははそんな子じゃない! と反論しそうになったが、笑うということは本気でそう思ってるわけではなさそうだ。 佐伯も交えての誘いにとてもありがたかったけど、今日は遠慮することにした。
「燈馬、今日…… 」
「居残りレポート頑張れよー 」
寄ってきた青葉は話の途中で一蹴する。 そんなぁ、と情けない顔を横目に教室を出た時だった。
「少し話を聞かせてくれるかな? 貝塚燈馬君 」
廊下を塞ぐように立って俺のフルネームを呼んだのは、この星院高校の生徒会長だった。 その後ろには呆けただらしない顔の楓がフヨフヨと宙を漂っていた。 まさか……
「三年の二ノ宮蒼仁だ。 生徒会長と言えば分かってもらえるだろうか? 」
「はい! それはもう…… 」
楓の言っていた少女漫画的超美男子がここにいた。 男でもカッコいいと思う顔立ちに、程よく高い身長。 もちろん頭脳明晰で運動神経抜群だし、爽やかな印象は女子から絶大な人気を集めている、という噂だ。 二ノ宮という名前をどこかで聞いたことがあったが、生徒会に興味がない俺ですら生徒会長の噂は知っている。 楓、これはハードル高すぎだぞ……
「良かった。 大した話ではないのだけれど、生徒会室でお茶でもどうかな? 」
キャー、と後ろから女子達の悲鳴が上がる。 いや、菜のはを待たせたくないんで……
「すいません、どうしても急がなければならない用事があるんですけど 」
キャーという声の中に、エー! っと明らかに不満の声が混じる。 会長のお誘いを断るなんて! という殺気のこもった野次まで聞こえる始末だ。
「それは残念だね。 ではこの場で 」
話はするんだ…… 短めでお願いします。
「今朝の風紀チェックの際に、君ともう一人が並びの列に割って入ったというクレームがあったのだが…… 本当なのかい? 」
「え、ええ本当です。 具合悪そうな友人を見かけたものですから、つい…… 」
「そうか、倒れそうになった女子生徒を抱えて保健室に走ったというのは君だったのか 」
二ノ宮会長は大げさに思うくらい目を見開いて感心している。 ヤベェ…… 生徒会にまでその話が入ってるのか。
「あの…… 横入りはマズかったと思っていま…… 」
「いや、事情が分かって僕は満足だよ。 君のような男は僕は好きだからね、今回は不問にしよう 」
二ノ宮会長はにこやかに笑ってスッと身を翻した。 いちいちカッコいい人だな…… まあ処分されずに済んでよかった、とホッと胸を撫で下ろしたその時だった。
バン
「好き…… です…… 」
体の自由を奪われ、気が付けば俺は二ノ宮会長に壁ドンして告白していたのだった。