24話 特訓の成果
次の日、俺はいつもより一時間早く家を出た。 菜のはの通う三和中学校は開校記念日で休みで、菜のははまだ夢の中。 菜のはには昨日のうちに準備で早く家を出る事を言っておいたから、起きて俺がいなくても心配はしないだろう。 朝霧で白く霞む星院東高校には、朝早くから生徒の姿もちらほらみられる。 星院祭まであと2日、少しでも準備をしたいというのは他の生徒も同じなのだろう。
「おはよう、貝塚君 」
教室に入ると、既にエプロンを着けた佐伯が厨房に立っていた。 ホテルで用意された立派なコック服も良かったけど、これはこれでとてもまぶしい!
「藍には先に行っててって言われちゃった。 こっちに向かうバスがないんだって 」
「そうなんだ…… 」
佐伯には悪いけど、藍とは昨日打ち合わせ済みだった。 始発のバスで来ることは出来るが、そんな野暮じゃないと二人になるきっかけを作ってくれたのだ。 どうせなら一緒に登校すればと提案されたが、残念ながら佐伯の家は俺の家と学校を挟んで反対側になる。 迎えに行っても良かったけど、そこまですると流石にくどいのでやめておいた。
「それじゃ、早速片付けから始めるか 」
設置された厨房に入ると、昨日残した食器類は綺麗に洗われて重ねられていた。 調理器具はもちろん、仮設のシンクまで綺麗になっている。
「これ、一人で片付けたのか? 」
「洗い物は得意かも…… なんちゃって 」
おいおい、一体何時に登校してきたんだよ。 洗い物だけで軽く30分は掛かる量だったと思うのに。
「無理するなよ? 本番前に倒れるぞ 」
「平気だよこのくらい。 それじゃよろしくお願いします、貝塚シェフ! 」
なんかくすぐったくなる呼ばれ方だけど、軽く笑って誤魔化した。 少し格好つけたくて、立て掛けてあったフライパンをクルっと回してコンロに置くと佐伯も笑顔を見せる。 教えたいのはオムライスの最後の仕上げとも言える卵の包みだ。
「一回やってみるからちょっと見てて 」
さて、予習はしてきたけど上手くできるか…… チキンライスは用意する必要がないから、炊飯器に入れっぱなしだった昨日の白米をチキンライスに見立てて皿に盛り付ける。 一気に仕上げたオムライスに、佐伯は目を丸くしてポカンとしていた。
「え? え? お店のふわとろオムライスみたい 」
「だろ? さく…… 妹のお気に入りなんだ。 コツさえ掴めればすぐに出来るよ 」
「嘘でしょ? 貝塚君凄く手慣れてるもん 」
「嘘じゃないって。 佐え…… いや、紫苑さんなら出来る! 」
おし! 自然な流れで言えた! オムライスよりこっちの方が緊張して、少し声が上ずってしまったけど。 チラッと佐伯を見ると、名前で呼んでもあまり気にしてない様子だ。
「え…… と。 卵はあらかじめ常温に戻しておいた方がいい。 バターも切って小分けにしておけば楽 」
フライパンを中火で熱しながら説明すると、佐伯はすかさずメモを取っていた。 別にメモを取るほどの事じゃないんだけど、根が真面目というか、優等生というのはこういうところがぬかりないのかもしれない。
「フライパンの温度はこのくらい。 高すぎても焦げるし、低すぎたらトロトロにならないから気を付けて。 後はスピード勝負だよ 」
「スピード…… 」
佐伯の表情がグッと引き締まる。 近距離でこういう顔もあまりお目にかかることのないから、新鮮で俺が嬉しくなってくる。
「サッと混ぜた卵に牛乳を少し…… ここはレシピ通りでいいと思う。 バターを引いて溶かして、一気に卵を流し込む! 」
「はい! 」
「グチャグチャにかき混ぜて…… そうそのくらい! 一旦火を止める! 」
「はい! 」
共同作業というのは俺の言い過ぎか? なんかこれ凄く楽しいぞ! 俺も厨房スタッフが良かったなぁ。
「ヘラで折りたたむようにまとめて、再び火をつける。 くっつかない程度に焼いたらOKだよ 」
皿に白米を盛り付けて佐伯の前に用意してやる。 多少いびつな形になったけど、卵の上面に包丁を入れると綺麗に開いてくれた。
「…… これ、私が作ったの? 」
空になったフライパンを持ったまま固まっている佐伯に、食べてみなよとスプーンを渡す。
「食べなくても分かるよ! このトロトロ卵、絶対美味しい! 」
佐伯は口を押さえて涙ぐむ。 今までよほど苦労して、一生懸命頑張ってきたんだろう。 オムライスに手を付けない佐伯に代わって食べて、ウマいと付け加えてやる。
「感覚を掴むまで練習は必要だろうけど、佐伯ならすぐ出来るようになるよ 」
「ありがとう貝塚君! これで皆の手伝いが出来るよ…… 卵焼くの頑張ろうねって雪乃ちゃんと約束してて、やっと役に立てそう! 」
頬に涙を伝わせながらも笑顔を見せる佐伯が可愛い。 いや可愛すぎる!
「ねぇ貝塚君、私の為にどうしてここまでしてくれるの? 」
え……
「いや、だって…… 」
お前が好きだから…… と言えばいいのに、たったそれだけの言葉が口にできない。 ちょっと待て。 二人きりだし、これってもの凄いチャンスなんじゃないのか!?
「クラスメイトだから…… かな? 」
「ち、違うよ。 ほら! 中学から一緒だし、と…… とも…… 」
ダメだ! ここで友達って言ったら一生友達で終わっちまう!
「中学? 中学校一緒なのは知ってるけどほとんど話したことはなかったし、藍がいなかったらきっと…… 」
「藍じゃないんだ! 俺は! 俺は…… 」
佐伯の真正面に立って気合を入れる。 心臓は破裂しそうなほど脈打ち、ガチガチに固まった喉を無理矢理動かす。 頑張れ俺! 負けんな俺! 行け―――!!
「お…… おま…… しお…… 」
「いい匂いしているじゃないか 」
突然ドアが開き、聞き覚えのある凛とした声。
「おひょおおぉォォ!! 」
思わず奇声を上げて飛び上がってしまい、佐伯まで俺の奇声に飛び上がる。 二ノ宮会長! そりゃないっスよぉ!
「おや、お邪魔だったかな? 」
涼しい顔の二ノ宮会長の後ろには吹石副会長までいた。 俺の顔を見て、二人はそっとドアを閉めて立ち去って行ったが、わずかにドアの隙間が開いていて覗き見しているのがバレバレだ。
「どどどどうしたんですか!? こんな早くに! 」
バレていたか、と二ノ宮会長はわざとらしく苦笑いし、改めてドアを開けて教室に入ってきた。
「朝早くにはこちらのセリフだよ燈馬。 彼女と秘密の特訓をしていたのかい? 」
相変わらず鋭い人だ。 吹石副会長はカウンターに置いてあった佐伯のオムライスを見つけて目を輝かせている。
「これ、試作品かしら? すごく美味しそう 」
「はい、練習で彼女が作ったものですけど 」
「頂いていいかしら? 昨日泊まり込みで作業していてお腹空いちゃって 」
泊まりこみ!? 思わず佐伯と目を合わせて驚いてしまった。
「書類の整理が山積みでね、帰る時間がもったいなくてここに泊ったんだよ。 朝食を買いに行こうかと思ったら、スクランブルエッグのいい匂いがしたものでね、覗いてみたというわけさ 」
お疲れ様ですと頭をさげると、まあねと会長はウインクをしてみせる。
「よければ商品のちゃんとしたオムライス作りましょうか? 彼女が 」
「ええ!? 貝塚君! 」
恐らく舌の肥えた二人なのだから、良くも悪くも間違いない品評が聞けるはずだ。 ウチの模擬店のレベルを見るちょうどいいモニターだろう。
「大丈夫、俺も手伝うから 」
不安そうな佐伯を説得し、背中を押して厨房に押し込む。
「ありがたく頂くよ。 そうだ、僕とみどりを満足させられたら、何かいいものをプレゼントしよう 」
「へ? 」
「星院祭前ではあるけれど、ちゃんとお代は払わないとね 」
かくして、2食分のお代を賭けた生徒会役員とのバトルが始まった。




