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23話 嫌がらせ

 星院祭の準備も滞りなく進み、今日の放課後から本番までの三日間は授業がなく各模擬店の準備期間となる。 生徒会と風紀委員会がリストに従って各模擬店をチェックし、不備や違反がないかを監視する期間でもある。 不備は生徒達素人が開催するのだからある程度仕方のない事だけど、違反というのが結構あるらしい。 


「なあ、ここに置いてあった俺の衣装知らないか? 」


 「あれぇ!? エプロンの数足りないじゃない! 」


 俺と保木の声が同時に飛ぶ。 去年、我がクラスは露天の『たこ焼きと焼きそばとクレープの店』だったのでさほどでもなかったが、今年はホテルヨネクラ協賛の喫茶店。 良くも悪くも注目を集め、早速ターゲットになったようだった。


 「まったく…… ガキじゃあるまいし、お互い気持ち良く学校祭を楽しもうって気にはならんのかな 」


なにしろ優秀クラスには豪華賞品が待っている。 他の模擬店に負けじと、決められた予算内で収めなければならないのに自腹で金をかけるクラスもあれば、今回のように物品を隠して足を引っ張ろうとする奴も出てくる。


 「別に賞品なんていらないし。 争うくらいなら撤廃しちゃえばいいのにね 」


 藍も不満そうに眉をひそめて腕を組んでいる。 まぁ俺の衣装がなくなろうが、エプロンが一個なくなろうが大した問題ではないけど。


 「ほら、俺の事はいいから着替えてこいよ 」


 「うん…… 」


 自分の分の衣装を両手に抱え、藍は返事の後に何かブツブツ呟いて教室を出ていった。 今日は衣装合わせと、厨房スタッフの試作を全員で頂く予定だ。


 「どうするの? 貝塚。 犯人探す? 」


 先に着替えて戻ってきた保木が俺を心配して声をかけてくれた。 おお! 普段ツンケンしててあまり可愛いげがないのに、びっくりするくらいメイド服が似合ってる。


 「やめとけよ。 探すだけ時間の無駄だし、大騒ぎになって星院祭が中止になっても嫌だろ 」


 「…… 驚いた。 シスコンだけかと思ってたのに、アンタって意外に冷静なのね 」


 「だけとは失礼だな。 俺はいつも冷静だぞ? 」


 「生徒会長に壁ドンした奴が何を言ってるのよ 」


 ぬおぉ! 思い出しただけで背筋が寒くなる。 せっかく忘れてたのに! という思いを込めて保木を睨んでやった。


 「とにかく、俺らが慌てるのが犯人の目的なんだろうよ? 構わないで平然としてりゃ、あちらさんも諦めるだろ 」


 へぇ…… と保木は腕を組み、納得したような含み笑顔を俺に向けていた。


 「な…… なんだよ? 」


 「別に。 なんでもない…… って、何? この匂い 」


 話の途中で保木は、片眉を吊り上げて鼻をヒクヒクさせる。 俺も気になってクンクンしてみると、甘ったるいような酸っぱいような…… 匂いの元を目で追うと、厨房班が教室の一画に設置した簡易キッチンで調理を始めていた。


 「オムライス……かな? 」


 三台のコンロを使ってなにやら炒めているようだけど、なぜそんなに煙が出るんだ? 保木と顔を見合せ、様子を見守るクラスメイトの輪の中に首を突っ込んでみると、タイムを計りながらオムライスを作っていた。


 「ハイ! あがり! 」


 多客を想定した速さ重視の調理法らしい。 炊飯器から白米をフライパンに移す役、炒める役、その横で味付けをする役、卵を焼いて包む役。 3分を切る速さで出来上がったオムライスに、ホールスタッフが客の目の前でケチャップでデコレーションするという。


 「どれどれ 」


 ホールスタッフ全員にスプーンが配られ、出来上がった試食品5つを突っついてみる。


 「…… うーん? 」


 ホテル・ヨネクラに技術指導を受けた賜物なのか、ソースは素晴らしく美味い! けどスピードを重視しすぎたのか、具材は炒めきれてないし調味料は固まってるし焦げ臭い。 …… 卵は半熟で美味いけど。


 「ねぇこれ、焦って作らなくても良くない? 」


 保木の真っ当な意見にホールスタッフ全員が首を縦に振る。


 「でもよ、数をこなさないと売り上げ伸ばせないじゃねぇか。 人数がいるんだからスピードを上げれば捌ける 」


 厨房スタッフリーダーの赤西が保木に食って掛かかってきた。 赤西も賞品目当てかよ……


 「確かにそうだけど、せっかくのクオリティ落としてまで捌く意味がわからない! 」


 保木もキッと赤西を睨んで反論する。 おいおい、本番まで残り少ないのにケンカかよ。 なんかイライラするなぁ……


 「なに? もめてるの? 」


 いつの間に戻ってきたのか、藍が俺の横から覗き込んできた。 おおっ! 保木もメイド服もいいけど、藍のメイド服姿も悪くない! というか、適度に鍛えられているからスタイルいいんだよなコイツ。


 「なにジロジロ見てるのよ。 どうせ似合わないとか思ってるんでしょ? 」


 「いや…… 素直に似合ってると思ったんだけど 」


 「…… ありがと、素直に嬉しいわ。 アンタの執事姿も見たかったけど、盗まれたんじゃしょうがないよね 」


 さっきブツブツ言ってたのはそれだったんか。


 「俺の執事姿はオマケなんだからいいんだよ。 お客は料理とメイド目当てにやって来るんだから 」


 「オマケって自分で言うな。 アンタだって楽しまなきゃ学校祭じゃないじゃん 」


 藍の微笑みにいつしかイライラは収まって、思わず俺も笑顔になっていた。


 「っていうか、そういうのは紫苑に言ってあげなさいよね 」


 ドスッと腹に肘を入れられ、俺はちょうど向かい側で不安な表情をしている佐伯に視線を移す。 先ずはこの言い争いを止めないとな。


 「保木、赤西、ポイントなんか気にしないで楽しめばいいんじゃないのか? 」


 全員の視線が俺に集まる。 あまりリーダーっぽいのは好きじゃないんだけど……


 「厨房は美味くて速い方法を考える。 俺達ホールはその料理を気持ち良く食べてもらう方法を考える。 俺達はもちろん、お客に楽しんでもらえば売上にも繋がるだろ? 」


 「考えるったって、後3日しかないのよ? 」


 「…… お前ならどうやって時短するんだよ? 」


 赤西は口出しするなとばかりに俺を見据えている。 やれやれ…… 悪いが俺は毎日包丁を握ってるんだぞ。


 「炒める時間はしっかり取る。 具材はあらかじめ切っておけばいいし、調味料だってレシピを教えてもらったんだから、小さい容器に一人前ずつ小分けにしておけばいい。 フライパン一人につきサポート二人、卵は専属で被せるだけ。 流れ作業ができる人数がいるんだから、後はお前らのやり易いようにやってみればいい 」


 ポカンと口を開けたままの赤西に、止めの一言を突きつける。


 「美味いの頼むぜ。 頼りにしてんだからな! 」




 それからの厨房は戦場のようだった。 赤西達はあれこれやり方を変えて作り続け、一品ごとに上手くなっていった。 ホールスタッフもお客の流れを想定し、基本的な立ち回りを決めながら接客の練習をした。 気が付けばもうすぐ日が沈む…… 菜のはには帰りが遅くなる事を前もって連絡してあったが、滅多にないことなのでやはり心配になる。 今頃腹をすかせて俺の帰りを待っているかもしれない。


 「今日はここまでにしよう! 皆お疲れさん! 」


 いいタイミングで阿笠の号令がかかった。 片付けは明日に回し、正門が閉まる前に全員で学校を出る。 ひとつ気になったのが、佐伯が終始不安そうな顔で厨房の隅にいたことだった。 仲間外れにされるような人間じゃないのはわかっていたけど、皆の邪魔にならないように引き下がっている…… そんな感じだ。


 「なぁ佐伯、役割貰えてないのか? 」


 「え? あ…… いや、違うよ 」


 苦笑いする佐伯は、やはり浮かない表情だ。 何かあるのかと聞こうとすると、佐伯の方が先に口を開いた。


 「料理って私苦手なんだ。 だからせめて皆の邪魔しないように…… って 」


 「うぇ? じゃあなんで厨房スタッフになったんだよ? 」


 「ホテルのシェフ指導でしょ? 上手くなれるチャンスかなと思って。 でも所詮付け焼き刃で…… 私には才能ないみたい 」


 諦めた、と明るく笑い飛ばす佐伯だったが、俺には助けを求める声に聞こえた。 祭りは参加する事に意義があるとよく言うけど、参加して楽しくなければ意味がないと俺は思う。


 「特訓、してみないか? あまり時間ないけど 」


 そんな言葉が自然に出た。 佐伯に気に入られたい…… 近付きたい…… そんな欲望もあったのかもしれないけど、力になりたい気持ちだった。


 「え? 」


 振り向いた佐伯の瞳には希望が見てとれた…… ような気がする。 力になれるかは分からないけど、俺は悲しい目の佐伯を放っておくことは出来なかった。 





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