10話 休日登校
今日は土曜日。 学校は休日であり、学生のみならず社会人にとっても息抜きの日だ! と俺は思っていたが……
「どうしてお楽しみの休日までお前に付き合わなければならんのだ? しかも制服で! 」
俺の目の前には見慣れた我が星院東高校の校舎。 土曜日は部活動の生徒のみが学校を利用しているが、生徒会メンバーも登校して仕事をしているという楓調べだ。
「だって、時間が経てば経つほどくじけちゃいそうになるし、あなただってすぐに行動した方がいいって言ったじゃない 」
「まぁ…… 言ったけど。 どんな事情があるにせよ、自分の姿で伝えた方がいいんじゃねぇの? 俺が説明してやるから 」
「だから、それが出来たら苦労してないんだって 」
楓は校舎を見上げたまま遠い目をしていた。 こいつは自分の事を話したがらない…… 死んでないと言い張り、自分の姿では無理だと言う。
「…… 行きましょ。 体、貸してくれるんでしょ? 」
「ん、あぁ 」
楓に促されて先に正面玄関をくぐり上靴に履き替える。 先に行けばいいものを、楓はわざわざ俺の横で履き替えるのを待ち、俺に合わせて一歩後ろを浮遊してついてきた。
「…… 何? さっきからチラチラ見て 」
「いや、なんでもない。 二ノ宮会長、多分生徒会室だよな? 」
うん、と楓は迷いなく答える。 二ノ宮会長が土曜日に登校している事を下調べ済みなのだから、生徒会室の場所を知らない筈がない。 なのにどうしていつも俺の一歩後ろを歩くんだ? 思い返せば登下校の時もそうだった。 育ちのいいお嬢様…… とか? 二階への階段を上りながらそんなことを考えてみる。
幽霊なくせに部屋の出入りは必ずドアからだ。 服装だって制服ではあるものの、特に着崩したりせずギャル風でもない。 パンツも清楚系の白…… は関係ないか。 整った可愛い顔立ちだし、口調は別として声も張りがあってキレイな方だ。 性格も素直だし、生きていれば間違いなくモテるタイプだろ。 うん、お嬢様だろうなこいつ。
「いいか? 入るぞ? 」
生徒会室の前にたどり着き、ノックをする前に楓に断りを入れる。
「…… う、うん 」
目を閉じて深呼吸し、小さく頷くのを見届けて、俺は生徒会室のドアをノックした。 すぐに二ノ宮会長のどうぞという声がドアの向こうから聞こえる。
「失礼します 」
向こう開きのドアを開けて中を覗くと、綺麗に整頓された壁一面の本棚が目に入った。 応接用のソファとガラス製のローテーブル、その奥には校長先生が使うような立派な木製の机が鎮座している。 俺自身生徒会室に初めて入るけど、職員室よりも全然立派だ。
「…… あれ? 」
声はしたはずなのに二ノ宮会長の姿がない。 丁寧にドアを閉めて室内を見渡そうとした瞬間、背中から思い切り突き飛ばされた。
「ほぅわ!? 」
そのままソファに倒れ込み、間髪入れずに両手を押さえ込まれる。 例によって体に力が入らず、目の前にはドアップの二ノ宮会長のイケメンの顔…… されるがままの状況に冷や汗が止まらない。
「待ってたよ、休日に君に会えるなんて嬉しいな 」
わー!? と声にならない声で悲鳴を上げ、徐々に近付いてくる会長の唇に悶絶する。 男色趣味はないって言ったじゃないかー!
「冗談だよ、そんなこの世の終わりを見る様な目をしなくてもいいじゃないか。 傷つくなぁ 」
クスクスと笑いながら二ノ宮会長は腕の束縛を解いてくれた。 既に全身ぐっしょりと冷や汗をかき、時間差で悪寒が襲ってくる。
「勘弁してください…… 」
「ゴメンゴメン、君は反応が可愛いからどうしてもからかってみたくなってね 」
爽やかな笑顔で言う二ノ宮会長に唖然としていると、会長席の影から女性の笑い声が聞こえてきた。 なんだなんだ!?
「どうして途中でやめちゃうの? その先がお楽しみなのに 」
クスクスと、これまた爽やかな笑顔で登場したのは副会長の吹石 みどり先輩だった。 二ノ宮会長の右腕で、校内トップクラスの美人である彼女を知らない生徒はいない。 とんでもない現場を見られてしまった……
「いいのよ? 続けて続けて 」
会長の机に頬杖をついてニコニコとこちらを見つめている。 清楚に見えるのにボーイズラブに興味があるのか? 恥ずかしくて赤くなる前に血の気が引いて青くなる。
「お楽しみは後だよ、みどり 」
お楽しみなんて何もない! とは心の中で突っ込んでおく。
「それでどうしたんだい? わざわざ休日に生徒会に来るなんて 」
俺は入り口で真っ赤な顔で固まっている楓に目線を移す。 ああ、と二ノ宮会長は吹石副会長に目配せをすると、吹石福会長は頷いて静かに生徒会室を出て行った。 すげぇ…… 阿吽の呼吸ってやつか?
「彼女には一通りのことを話したが、秘密は口が裂けても言わない人だ。 安心してほしい 」
二ノ宮会長が全信頼を置く人なのだから、まあその辺は大丈夫なのだろう。
「楓を連れてきました。 彼女と話をしてやってくれませんか? 」
「そうだろうとは思ってたよ。 楓君はそこのドアの前にいるのかい? 」
はい、と答えると、会長はドアに向き直って一礼して微笑む。
「僕にとってははじめまして、だね。 まずはお茶でもどうかな? 今吹石副会長が用意をしてくれているものでね 」
会長は嫌味なく手の平で俺の座っているソファを指す。 おお、なんかどこかで見たドラマの1シーンみたいだ。 イケメンが言うとアホみたいな行動も様になるんだな。 楓はビクッと肩を震わせていたが、会長の言う通りに俺の横に来て一礼して座った。 二ノ宮会長も楓が見えているように不自然なく向かいのソファに腰を下ろす。 俺の目線で楓の行動が分かるのか…… すげぇな。
「ずっと…… ずっと憧れていました、蒼仁先輩…… 」
楓の目は既に潤んでいた。 顔を真っ赤に染め、口元に両手を当てて二ノ宮会長を見つめている。
「ほら楓、体貸してやるからちゃんと言えよ 」
見向きもせず二ノ宮会長を凝視する楓には俺の言葉など届いていない。 見兼ねた二ノ宮会長が、楓に向かってそうして欲しいと助け舟を出してくれた。 楓は俺の顔をチラッと見た後、おもむろに手を伸ばして腕を掴む。 途端に体の自由を奪われた。
「は、はじめまして…… 蒼仁先輩…… 」
おっかなびっくり正面を見る俺は、まともに二ノ宮会長と目を合わせられない。 女の子ってこういうものなのか? 顔から火が出そうなほど熱くなり、視界が潤んでぼやける。 おいおい、こっちが恥ずかしくなってくるぞ!
「名前を聞かせてくれないかな? 楓君と聞いてはいるけれど、君の口から聞きたいんだ 」
「ほ、鳥栖 楓です…… 」
途端に俺は俯いてしまう。 二ノ宮会長の顔は俯いてしまって見えなかったが、なんとなく雰囲気が変わったように思えた。 というか、あれだけ俺がしつこく聞いても答えなかったのに、こんなにあっさり言うのかよ!
「そうか、君は株式会社フェニックスのご令嬢なんだね 」
フェニックス!? あのCMなんかでよく見るフェニックス製薬!? 超大企業のお嬢様じゃねえかよ!
「いえ、あの…… 本家と交流はないんです。 ごめんなさい 」
本家? フェニックス製薬に分家とかあるのか?
「そうだろうね。 僕の家は自慢じゃないが大病院でね、鳥栖家とは少なからず交流があるんだよ。 その中に楓という子を聞いたことはないし、鳥栖の一人娘は椿といって、僕の姉の友人だ 」
「椿さん…… ですか。 奇麗な人ですよね…… 」
そうだね、と二ノ宮会長は俺を…… いや、楓をじっと見つめていた。 なんだ? この重苦しい雰囲気……
「僕は君が許せないね 」
俺の肩がビクッと震えた。
「なぜ燈馬を巻き込んだんだい? まあ僕としては男から告白されるという貴重な体験をさせてもらった上に、燈馬と恋人になれたんだから満足しているんだけど 」
満足してるんかーい! 名前で呼ばれてるし…… もう勘弁してください会長……
「…… 」
みるみるうちに目に涙が溜まっていく。 黙ってないで何か言え楓! 思いの全てをぶつけてやれ!
「僕の燈馬から出ていきなさい。 そして…… 」
二ノ宮会長がその続きを口にする前に、俺は楓の憑依から解放された。
「自分の体に戻って僕の前においで 」
「え…… 」
俺はその言葉に思わず顔を上げ、二ノ宮会長を凝視した。 この人、知らないと言ったのに楓の状況を知ってる!? 咄嗟に後ろを振り返った時には、もう楓の姿は見当たらなかった。