1話 幽霊が舞い降りた?
燈馬君……
紫苑……
夢にまで見た彼女が、こんなに近くで目を閉じて俺のキスを待っている。 中学三年からずっと片思いで、やっと実ったこの恋! 可愛い! この光景をどれだけ待ち望んだか! そのプルプルの唇まであと20センチ…… 10センチ…… はっ!!
「…… ですよねー…… 」
はい、夢でした。 そりゃそうだ、高校二年になってようやく話を何回かしたくらいで、告白すらしてないんだから。 でも夢とはいえ、佐伯 紫苑可愛かったなぁ…… なんで夢っていいところで覚めるんですかね? あと10秒くらい長かったらキスできたのに。 脱力感に加えて体が凄く重い…… なんか体も動かないし。 動か…… ない?
「あ…… 」
俺の上に馬乗りになっている女子高生と目があった。 見下した目線で思いっきり睨まれてますが。
「あの…… どちら様ですかね? 」
女子高生は馬乗りになったままパアッと笑顔になった。 なんで俺、敬語になってんだ!? ここは俺の部屋だぞ! 俺のベッドだぞ! しかも今深夜2時だぞ! 誰だお前!
「やっと見つけた…… 」
ゾワッと背筋が寒くなる。 なんですかそのホラーチックなセリフ!
「あなたしかいないの! 」
「いやいやいや! 夜中に忍び込んで来てあなたしかいないの! ってどんだけ非常識なんだよ! 」
「だってあたしが見えるんでしょ!? シンクロできる人他にいないし、いたけど女の子だったし…… 」
シンクロ? 見える? 意味わからん。 まさかと思って女子高生の足元を見る。 うん、ちゃんと足はあるから幽霊ではなさそうだ。 重いし、透けてもいないし、体が動かんのは掛け布団で押さえつけられてるからだよな、多分。
「お願い! あなたの体が欲しいの! 」
女子高生は顔をぐっと近付けてきた。 ダメですよ! 女の子が軽々しくそんなことを言っちゃ!
「あなたに取り憑かせて欲しいの! 」
ダメですってば! 女の子が軽々しくそんなことを…… え?
「乗り移らせて、お願い 」
「ばっ!? ダメに決まってるだろ! お前幽霊かよ!? 」
思いっきり怒鳴り付けると女子高生はウルウルと瞳を潤ませて涙を溜める。 か、可愛い……
「ダメ? 痛くないから…… 」
うぅ! メッチャ可愛い…… けど取り憑かれていいわけがない!
「ふ、ふざけんな! 取り憑くのに痛いもクソもねぇだろ! どうぞー、なんて言うか! 」
「ちゃんとお礼もするよ? その紫苑って子と仲良くなりたいんだよね? あたしがなんとかしてあげるから」
「なん…… だと? 」
コイツ佐伯を知ってるのか? なんとかするって、佐伯に取り憑いて俺の事を好きにさせるとか、そういう事か? 悪くない……
「いやダメだダメだ! 紫苑は自分の力で彼女にしなきゃ意味ねぇんだよ 」
「へぇ…… 格好いいね、それ。 でもさっきみたいなだらしない顔でキスしようとしたら女の子は引いちゃうよ 」
顔に出てたんかーい! っていうか見てたんかーい!?
「まあ、今すぐって話じゃないから。 よろしくね、貝塚 燈馬クン! 」
なんで俺の名前を!? はっ!!
と目が覚めた。 目に映るのは真っ白な天井と、カーテンの隙間から射し込む朝陽の眩しい光。 聞こえるのは雀の鳴き声。 なんという夢だ…… 紫苑とキスするシーンまでは良かったのに。 汗もびっしょりかいて気持ち悪いし、大体今何時だ? と、時計を見ようと横を向いた時だった。
「あ、起きた? 」
向かいにある俺の机の椅子には、夢に出てきたあの女子高生が足を組んで座っていた。 頬杖をついて俺にニッコリ微笑んでいる。
「う…… ぁ…… 」
わー!! と叫びたかったが声にならなかった。 なんだ、まだ夢の途中かよ。 隙間の開いたカーテンを閉めて布団を被り直す。
「ち、ちょっと! まだ寝る気なの? 」
ドスっと馬乗りになられて掛け布団を引き剥がされる。
「ぐぇっ! 重…… 」
「女の子に向かって重いって失礼ね! あたしはこれでも…… 40キロ前半よ! 」
あ、今サバ読んだな。 薄目を開けて様子を窺うと真っ赤になった妹の菜のはがそこにいた。
「…… あれ? 」
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「…… んにゃ? おはよ、お兄ちゃん。 なんで私お兄ちゃんに馬乗りになってるの? 」
女子高生がいつの間にか妹に変わっている。 寝ぼけてただけか?
「あれぇ? なんでぇ? 」
菜のはは顔をしかめながら首を捻っていた。 菜のは自身もこの状況がいまいち理解出来ていないらしい。
「ま、いいか 」
いいんですかい! お兄ちゃんちょっと色々心配になってくるよ?
「ほら起きてお兄ちゃん。 準備始めないと学校遅刻しちゃうよ? 」
菜のははヒョイと俺から飛び降りると、パタパタと俺の部屋を出ていった。 かと思ったが、開けっぱなしのドアからヒョコっと顔を出す。
「シャワー、私先に入るからね。 覗く? 覗いちゃう? 」
「はよ行け! パッパと済ませないと俺も入るぞ! 」
ベッドから起き上がってビシッと階段を指差すと、キャーと笑いながら菜のはは階段を下りていった。
「仲が良くて羨ましいわ。 気持ち悪いけど 」
その声に後ろを振り返ると、夢に出てきた女子高生が宙に浮いたまま足を組んでこちらを見下ろしていた。
「なんだよ、これも夢か 」
もう一回寝直す事にする。
「ちょっ!? いい加減認めなさいよ! あなたは起きてるの! 現実よ現実! 」
聞こえない聞こえない…… 体を強く揺さぶられるが構わずに布団に潜り込む。
「お願い! 協力してくれないと終われないのよ! ねぇ、ねえってば! 」
現実と言われたって幽霊が現実にあってたまるか! 更にユサユサ揺すられるが、しばらく放っておくとすすり泣く声が聞こえてきた。
「えく…… ぐす…… 話を聞いてよぉ…… あたしだって…… うくっ…… 」
なんだか可哀想になってきた。 幽霊に纏わりつかれるなんざ冗談じゃないけど、なんだか虐めてるみたいで気分が悪くなる。
「なんだよ、俺にどうしろって言うんだよ 」
仕方がないので話だけ聞いてみることにした。 女子高生は涙を溜めた目で俺を見つめる。 改めて見るとやっぱり可愛い…… 宙に浮いてるけど。
「ひっく…… うぇ? 」
「泣いてるだけじゃわからんだろ。 やっと見つけたとか、取り憑くとか…… 何をしたいのか話してみ? 」
親切心でそう聞いたのがそもそもの間違いだった。 この後、俺はとんでもなく後悔することになる。