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…は実らない


後日、足がすくんで病院には行けなかった私は、学校で先生から七瀬君が目を覚ましたことを聞いた。

まる一日目覚めなかったそうだが、命に別状はなく、脳にも異常はない。数日で学校に戻って来るそうだ。


よかった。

本当によかった。私は心底安心した。これでまた七瀬君と一緒に日々を過ごせる。七瀬君が学校に戻ってきたら真っ先にまだチャンスが残っていることを伝えよう。あの時は、七瀬君はきっとショックに耐えられなかったんだ。私と付き合えないことに絶望して、私の言葉を最後まで聞かずに逃げ出し、階段で転んでしまった。

それだけ私の事が好きでたまらなかったんだ。きっと退院しても、私に振られた心の傷は残っているだろう。


あの時は私も少しじらしてしまった。今度はすぐに伝えて安心させてあげよう。そしたらまた、あの楽しい日々が始まるんだ。



数日後に七瀬君は学校に復帰してきた。

病院に行ってからの通学で、今日はもう最後の授業を残すだけになっていたが、七瀬君は律儀にそこから学校に来たようだ。うん、それでこそ七瀬君。少しでも早く私に会いたかったんだね。

クラスメイトたちから迎え入れられ恥ずかし気に教室に入ってくる七瀬君。すっかり体調はよくなったようだ。私はクラスメイトたちをかき分けて七瀬君のもとに向かう。


「七瀬君。」

「あ、あの時はごめんね。」

「そのことなんだけど、ちょっとついてきて、話があるの。」

「え、う、うん。」


少し気まずそうな七瀬君。それもそうか、あの時は話の途中で逃げて行ったから私に負い目があるのだろう。大丈夫、私はそんなこと気にしてない。気にせずに七瀬君の手を取って教室から出る。私たちが話しているときは邪魔しないようにクラスメイトたちには、それとなく言ってある。空気を読んで私たちを邪魔してくる人は誰もいなかった。



「屋上…」

「そう、あの時の続きの話があるの。」


私たちの関係が始まった場所にもう一度七瀬君を連れてくる今度は逃がさない。私は七瀬君に背を向けたまま話を始める。


「七瀬君が倒れちゃった日、私たちの関係は終わったこと、覚えてる?」

「うん、その節はなんというか、逃げちゃって申し訳ないです。」

「気にしないで、それで私、考えたんだけど七瀬君にもう一度チャンスを上げようと思います。」

「え⁉ チャンスを⁉」


予想通り後ろからは七瀬君の驚いた声が聞こえてくる。まさか私からこんな事を言ってもらえるとは思ってもいなかっただろう。


「そう、よく考えると七瀬君はとても頑張ってたと思います。だから、あの日はなかったことにして、あと一日やり直してあげる。それで大丈夫ならお試し期間も終了で、おめでとう!ってこと、どう?七瀬君には嬉しいんじゃないかな。」


そう言って私は振り向いた。きっと嬉しそうにしている七瀬君がいると思って…



「…え?」


けど、実際には七瀬君は困ったような表情で私を見ていた。喜びの声もあげない。


「委員長。ごめん。」

「なに、なんで委員長って呼ぶの?」


付き合ってるんだから、委員長呼びはなしって言ったのに!


「僕ね、あのお試し期間でわかったんだ。僕じゃ委員長には釣り合わないって、毎日必死に頑張ってようやく少しは委員長に認めてもらえる。」


七瀬君は何を言おうとしてるの、なんでそんなに穏やかな表情なの?


「それくらいの僕じゃこの先も委員長に認めてもらえるとは思えないんだ。結局は身体も耐えられなくて疲労で倒れちゃったしね。だから…」


嫌だ!聞きたくない!




「だから、そのチャンスは受けないことにするよ。少しの間だったけどありがとうね。委員長がお試し期間を作ってくれてよかった。」


嫌だ。何で拒否するの?「それじゃ、僕は先に戻ってるね。」それだけ言って私に背を向け七瀬君は校内に向かって歩き出した。





意味が分からない。

なんで拒否するの?

私がチャンスを上げてるのに、どうして?

七瀬君は私の事が好きなのに、七瀬君は私のためならなんだってするのに、七瀬君が私の言うことを聞かないわけがないのに!


何で!

何で!何で!何で‼


私は無言で走り出す。

校舎に入ると七瀬君はすぐそこにいた。階段を降りきるところで七瀬君の背に手を伸ばして、




「おい、二人ともどうした?もう授業が始まるぞ。」


通りかかった先生に声をかけられ、私は手を引いた。


「あ、先生。すいません。これから教室に戻るところでした。」

「まったく退院してきたばかりだろう七瀬。今日はおとなしくしてろよ。」

「はい!」

「じゃあ教室に行くか、織江も!」

「あ、はい…」


私は仕方なく言葉を飲み込む。放課後だ。そこでもう一度…


そう思って放課後に七瀬君を待っていた私に、さらに驚きが待っていた。






「けど、七瀬君じゃやっぱり委員長には釣り合わなかったみたいだね。」

「は?」


放課後になって私の周りに集まってきたその他大勢のうちの一人が言った言葉に私は思わず耳を疑う。


「なにそれ、どういうこと?」

「え、だって、別れたんでしょ?」


怒気がこもった私の言葉に、しどろもどろになりながら答える女子。こいつの言っている意味がわからない。


「みんなもう知ってるけど、七瀬君じゃやっぱりなって感じになってるよ。」

「…てない。」

「え?」


「別れてない‼」

「い、委員長?」

「変なこと言わないでくれる。」

「ご、ごめんなさい…」


気が付くと教室中の注目を集めていた。まだ教室に残っていたクラスメイトたちが驚いたように私を見ている。

どうでもいい。

それよりも七瀬君だ。いつもなら授業が終わるとすぐに私のところにやってくるはずなのに、今日はまだ来ない。


おかしいと思い教室を見渡すが、彼はもう教室にはいなかった。


「え?七瀬君は?」


思わず口から疑問が溢れた。誰に言ったわけでもない私の言葉に周りの人間が答える。

もう帰って行ったよ。と、私はパニックになった。


なんで?私のところに来ないの?

どうして?先に帰っちゃうの?

なんで?

どうして?




私のこと嫌いになっちゃったの?


電話をかける。

出てくれない。



カバンを乱暴に掴んで教室を出る。今度は頼りになる友達に電話をかける?なんでもいいから話を聞いてほしい、今の混乱している私を助けて欲しかった。

電話がつながった瞬間に私は話し始める。


「涼!今どこ?」

「…今?もう帰ってる途中だけど?」

「この後いつものカフェに来て!私もすぐ行くから!」

「なんかあったの?」

「七瀬君が私と別れるって!せっかくチャンスを上げたのに!なんで!」

「…へぇ」


「きっと遠慮しているのかも!普通なら七瀬君が私の言うこと断るはずないからね。それくらい七瀬君は私のこと好きだから。」

「……」


「今日はもう帰っちゃったみたいで、連絡もつかなくてさ。なんとかすぐに話したいんだけど、」

「……」


「なんとか今日中にもう一回話をしたいから、涼も協力してよ…涼? 聞いてる?」

「…ねぇ、なんでそんなに必死なの?」



「え?」

「なんで汀は葵のために、そんなに必死になってんの?」

「それは、仕方なく。七瀬君はちゃんと私の言ってること理解してないんだよ。じゃなかったら私と付き合えるチャンスを断るはずないよ!だからもう一回ちゃんと伝えてあげるの。七瀬君のために仕方なくね。」

「葵はしっかりと汀の話を聞いて断ったんじゃないの?」

「…ちょっと、何言ってんの涼?」

「汀の提案したお試し期間を過ごして、お互いのことを知って、合わないと思ったからしっかりと断ったんじゃないの?断ったとき葵は言ってなかった?」

「そ、それは…」



「必死になってもう一度付き合おうとしてるのは汀でしょ。今は汀が葵のこと好きなんじゃないの?」

「…え?」


私が七瀬君のことを、好き?

そんな、だって七瀬君と付き合ったのは気まぐれで、私が彼にチャンスを与えてあげる立場だった。七瀬君が私のことを好きなのだ。


なのに、

なのに、なんで私はこんなにも七瀬君のことを考えて、七瀬君のために必死になっているのだろうか、わからない。

本当に涼の言った通り、私が七瀬君のことを…


「……。」

「…でも気付くのが遅かったね。話を聞く限り葵はもう切り替えたみたい。汀のことはもう諦めたんじゃない?」

「そんな⁉︎じゃあもう七瀬君は私のこと好きじゃないの⁉︎」

「葵がきっぱり切り替えたなら、そうかもね。」


怖い。嫌な想像をしてしまい、私はその想像を消したくて頭を抱える。

嫌だ。考えたくない。せっかく私は自分の気持ちを知ったのに…


「どうしよう、涼。助けて、私、どうしたらいいのかわからないよ。」

「…汀はどうしたいの?」

「わ、私は七瀬君と付き合っていたい、別れたくない!」





「わかった。協力する。」

「⁉︎ ホント⁉︎ ありがとう涼‼︎」

「ただし、絶対に私の言う通りにすること。じゃないと、もう切り替えた葵は振り向いてくれないよ。」

「わ、わかった。涼の言う通りにするから、だから…」




「安心しなよ汀。葵にとって最高の汀にしてあげる。」


どうすればいいのかも知らないまま、私は親友の言葉に頷いた。言う通りにすれば七瀬君がまた、私に振り向いてくれるはずだから…

こんにちは美濃由乃です。

"キミは何も知らない"織江汀視点完結となります。同時に七瀬葵視点も完結しましたが、もう一人の登場人物、藤宮涼視点での"キミは何も知らない"の投稿を開始しています。よろしければそちらもお読み頂けると幸いです。

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