知らない感情
クラス委員の集まりが終わるまで私を待っていた七瀬君と一緒に下校して家に着いた私は、七瀬君に減点のメッセージを送ることにした。
今日の七瀬君はほぼ満足のいく出来だった。しっかりと減点箇所を気を付けて、私にふさわしくあろうと全力で取り組んでいた。初めは今日の減点はなしにしようとも思ったが、それで安心してほしくはない。お試し期間前にやった小テストだけど、あの点数だけ減点しようと思いなおした。まだまだ私のために頑張ってもらうために。
七瀬君からのメッセージはすぐに返って来る。
「織江さんに相応しくなれるようにまた明日からも頑張ります!減点箇所教えてくれてありがとう。」
小テストだけでも減点しておいたからか七瀬君も慢心はしていないようだ。そんな彼の様子に私も知らず知らずのうちに満足感を感じていた。
それからの七瀬君は完璧に私の要求に答えてくれた。
今までの減点箇所はもちろん。七瀬君から気を遣っていろいろなことをしてくれ、常に私のために行動していることが伝わってきた。そんな彼の様子に私も自然と機嫌が良くなる。それから何日かはまったく減点をしなかったほどだ。
だけど、六日目。七瀬君の様子が急におかしくなった。
「ん?七瀬、そこは計算が少し違うな。」
「え⁉ そんなはずは…ほんとだ、すみません。」
相変わらず授業には積極的に参加しているが、目に見えて集中力がないようで、自分からすすんで挙手した問題も細かいミスで間違えていた。それも一問だけじゃなく、結構な頻度でだ。
「ちょっと、七瀬君聞いてる?」
「あ、ごめん。もう一回だけお願い。」
授業中だけに留まらず、休み時間に一緒に話をしているときも、どこか上の空のような感じで会話のテンポが悪く、本当に話を聞いているのかと思うような様子が増えた。実際にボーっとしていて話を聞いていないこともある。
これまでのように行動することを心がけているようだが、ここ何日かのように完璧にこなせていない。そんな彼の様子にイライラがたまっていく。こんな調子ではまた減点になって本当に付き合えなくなってしまう。
あれ?なんで私がイライラしているんだろう?
別に七瀬君と付き合えなくても私は困らない。彼の行動で減点になったところで彼が悲しむだけであって、私には特に気にすることではないはずだ。
そうだ。私には別にどうでもいいことだ。今日のダメな点は遠慮なく減点すればいい。
自分の気持ちに若干戸惑うが、冷静に考えると落ち着いてきた私は、その日は何日かぶりに大きく減点することにしてメッセージを送った。
今日の減点で七瀬君の持ち点は二桁をきったはずだ。七瀬君次第だけど、私と付き合っていたいならもう後がない。それを七瀬君なら理解できるはずだ。また明日から何が何でも私のために頑張ってくれるだろう。
私が思った通り、七瀬君はまた次の日からほぼ完璧に戻っていた。私のために、私のことを一番に考えて行動する。昨日はきっと何日か減点がなかったことで少し気が抜けて安心してしまったのだろう。それは少し反省してもらわないといけないが、自覚して直そうとしているなら良しとしてあげよう。
私はその日からは、わざと毎日少しずつ減点することにした。七瀬君が完璧にしていても、減点がないことで安心してしまうかもしれない。そうならないように気を引き締めてもらうためだ。
その甲斐あってか、お試し期間は九日目、残りあと一日を残すだけになっていた。
今日の放課後は珍しく涼からのお誘いでカフェに来ている。七瀬君には今日は用事があると伝えて帰ってもらっていた。こういう時に空気を読んで無駄に着いてこようとしないこともいいところだと思う。
「それでさ、もう常に私のことを考えて行動してくれてるみたいで、私なしじゃいられない、みたいな。」
「……。」
「どれだけ私のこと好きなのって思うほどなんだけど…」
「…。」
「涼、聞いてる?」
「聞いてるよ。汀もずいぶん葵が気に入ったみたいだね。」
「え⁉︎ いやいや、七瀬君が私のこと好きすぎて困るって話‼︎ もう、ちゃんと聞いててよね。」
「はいはい、ねぇ汀…」
「何、涼?」
「葵は幸せそう?」
そう聞いてきた涼の目は今までに見たことのない真剣なものだった。
「え、それは、幸せなんじゃないかな。」
私と付き合えてるんだから、とまでは言えなかった。
「そう…」
それからすぐにカフェを出た。涼は何かいつもと違うような感じだったけど、別れ際にはいつもどおりに戻っていたから、私はそんなに気にしないことにして家に帰った。
夜になり、適当に考えた減点のメッセージを七瀬君に送る。
「いよいよ明日で最終日だね。頑張って!」
七瀬君からのメッセージはすぐに返ってきた。
それもそのはずだ。私からこんな応援をされて嬉しくないはずがない。きっと今頃はやる気に燃えているに違いない。
今日も少し減点して残りは一点。これまでのように完璧に最終日を過ごせたら最後の一点は減点しないでおいてあげてもいいかもしれない。
私は、そんな風に軽く考えていた。