気分がいい
「今日は至らないことばかりでごめんなさい。本当に申し訳ないのだけど、どこで減点になったのか教えて欲しいです。明日からは必ず直せるように気をつけます。お願いします。」
夜になってから七瀬君には減点のメッセージを送った。あれでどんな反応をするかによっては、その場で切り捨てることも考えていたけど、返信を見る限り七瀬君は思ったより賢明で、すぐに自分の立場を理解できたようだった。
しょうがない、点数がなくなるまでは付き合ってあげよう。私は七瀬君に直さないといけないところを教えてあげることにした。
けど、今すぐ送る気はない。七瀬君はきっと私からの返事を息をのんで待っているはずだけど、私の暇な時、気分が乗った時に送ればいい。だって私はお願いされている立場だから。私が上で彼は下なのだ。
結局、私は何時間もあとから減点箇所をメッセージにして送った。明日から七瀬君がどんな反応をしてくるか少し楽しみだ。
私はいい気分で眠りについた。
次の日も私はいつもの時間に家を出る。昨日は私より遅く登校してきたことを減点したけど、だからと言って遠慮する気はない。これで七瀬君が早く来ていなければまったく反省していないことになる。
教室に着くと、当然といえばそうなのだが、七瀬君はすでに登校していて勉強をしているようだった。私が教室に入ってきたことに気が付くと手を止めてこちらに急いで駆け寄ってくる。自分から話しかけてこないことも減点したからだろう。昨日の減点箇所を彼なりに直そうとする必死な姿勢がすぐに伝わってきた。
まぁ私も鬼じゃない。私に寄って来るその他大勢は視線で止めておいた。今は邪魔をするな、と。
「お、おはよう!織江さん!」
「七瀬君、おはよ!今日は早いんだね。」
「うん、これからは早く来ようと思って、朝の時間を有効に使えるから。」
「ふふ、偉い偉い。 あ、勉強もしてたの?」
「うん、一応今日の授業の予習をね。」
「なんだか今日はやる気だね。そういうのカッコよくていいと思うよ!」
「ほ、ホント⁉ ありがとう!」
私に褒められると七瀬君ははじけるような笑顔を見せる。
思わず私も笑ってしまう。私の影響力の大きさにだけど、
その後も七瀬君は減点箇所を直そうと忠実に行動していた。朝から勉強していたというのは本当のようで、
「では、この問題を解ける奴はいるかぁ?」
「はい!先生!」
「お、七瀬か、珍しいな。じゃあ前に来てやってみなさい。」
「はい!」
「うん、正解だ。しっかり勉強しているな。」
「ありがとうございます!」
昨日までは七瀬君が自分から発言するところなんて見たこともなかったけど、今日は各授業で必ず挙手をして発言している。クラスメイトたちも彼の変化に驚いているようだ。まぁこれくらいじゃないと私には釣り合わないから当然のラインなのだけど、頑張りは認める必要がありそうだ。
授業中だけではなく、午前の授業が終わり昼休みになると、足早に教室を出ていく七瀬君。よほど急いでいるようだったから、何か考えがあるのかと思っていると、すぐに彼からメッセージが送られてきた。
「学食の席が取れました。もし、よかったら一緒に昼食を食べませんか?待っています。」
私は思わずニヤついた。
いい。それでいいよ七瀬君。キミはそうやって常に私のために、常に私のことを考えて行動するの。私に必要とされるためにね。
メッセージを閉じて私はゆっくりと学食に向かった。
正直、今日の七瀬君の様子を見て、私は気分がよかった。
昨日とは違い、自分から私に必要とされるために、減点箇所を一つ一つ直そうと必死になっている。しっかりと自分の立場を理解して行動し、常に私のことを考えている。だがら、昼食の時も自然と笑顔になっていたし、それを見て七瀬君も嬉しそうにしていた。
それなのに、
七瀬君はまだ完全には理解していないようだった。
昼食を食べ終えて教室に戻った私と七瀬君。彼が自分の席に向かうとクラスメイトの女子たちが彼に話しかけていた。
こちらをチラっと見た七瀬君は、笑顔でその他大勢の女たちに返答していた。
それを見た瞬間から私のいい気分はどこかに行ってしまった。
何で他の女に話しかけられているの?
何で他の女に笑顔を見せているの?
何で他の女に言葉を聞かせているの?
何で私の前でそんなことができるの?
何で? 私のことが好きなんでしょ?他は必要ないんじゃないの?
七瀬君はすぐに離れていったけど、もう遅い。減点だ。
今日は頑張りに免じて少し優しく採点するつもりだったけど、それも止めた。私は七瀬君の言動を注意深く観察することにした。
午後も七瀬君は授業に積極的に参加し、休み時間になれば私のところに来る。常に私を意識して、私のために行動することを心がけているようだった。けど、ダメ。放課後になるまで何度かその他大勢にも笑顔で返答している場面があった。
「織江さん。今日は帰りどうかな?予定がなければ一緒に帰らない?」
放課後になってすぐに、七瀬君が一緒に帰ろうと誘ってくる。これも昨日の減点箇所、しっかりと意識できているようだけど、私はまた彼を試すことにした。
「七瀬君、今日はゴメン。クラス委員の集まりがあるの、待たせるのは流石に悪いから。」
「そ、そうだったんだね。気にしないで、明日一緒に帰ろう!」
「じゃまた明日ね。」
残念そうな様子の七瀬君をおいて教室を出る。
クラス委員の集まりなんて嘘。本当はそんなものはない、七瀬君がそれを聞いても私を待っているかどうか試したのだが、まったくガッカリさせられる。すぐに諦めるなんて、やっぱり自覚が足りないようだ。
私は今日も減点のメッセージを送ることにした。
彼にもっと自分の立場をわからせるために…