それでいいと思ってるの?
「マジで⁉」
カフェ全体に響きわたるかと思うような涼の大きな声に私は少しビクッとする。
「りょ、涼。声大きいって…」
「あ、ごめん。で、付き合うことにしたんだ?」
放課後、屋上で七瀬君に告白された後、私は涼に連絡を取り、駅近くのカフェで待ち合わせた。もちろん七瀬君の件を伝えるためなのだが、予想外にグッと身を乗り出してくる涼。こんなに乗り気で話を聞いてくるなんて珍しい。普段とは違う涼の様子に若干戸惑いつつも私は話を続ける。
「まぁ一応ね。」
「そっか~。よかったなぁ葵。」
「何で涼がそんなに喜んでるのよ?」
「だって、葵が汀のこと好きなの知ってたからさぁ。応援してた身としては嬉しいわけよ。」
「七瀬君が私のこと好きなの知ってたんだ。」
「それはね、わかりやすいから葵。」
涼が七瀬君を気にかけている理由。
あり得ないことではあるが、涼が七瀬君のことを好きなのかとも考えたことがあった。涼のような存在が七瀬君のような何もない存在に引かれるわけがないのだが、一番単純な理由として思い浮かんだのだ。だけど、この反応ではやっぱりそれも違うようだ。つまりは何か涼が気にかけてあげるような有益なことが七瀬君にあるのだろう。
「葵をよろしくね、汀!」
「まぁ、さっきも言ったけどお試しだからね。お互いの事を知るための、それでどうなるかはわからないよ。」
「それでも、きっと汀も葵のことを気に入るって、ね。」
いつもよりテンションの高い涼に「はぁ」と返事をして一通り話をした後はそれぞれ家に帰った。
カフェでの涼の反応から、よほど目をかけているようだ。だけど、私はまだ七瀬君の有益性を知らない。それがわかるまでは、容赦なく私に必要な存在なのか判断していくつもりだ。
翌日
私はいつもの時間に学校に向かう。教室に着くといつものようにクラスメイトたちに囲まれる。その中に七瀬君の姿はない。席に鞄もないようなので、どうやらまだ来ていないのだろう。
これは減点だ。私を出迎えないなんて自分の立場がわかっていない。
そのままクラスメイトたちと話をしていると、ギリギリの時間に七瀬君は登校してきた。チラっとこちらを見るが、私が大勢に囲まれているのを見ると、そのまま自分の席に向かおうとする。
これも減点。自分の立場がわかっていれば、何が何でも私の元に来るべきだ。
私はこちらから七瀬君のもとに向かうことにする。
「あ、七瀬君!おはよう!」
「え、織江さん⁉」
わざと大げさにみんなの注目を引く、そのまま七瀬君の手を握って微笑むと彼は顔を一瞬で真っ赤にしていた。周りのクラスメイトたちも私の様子に騒ぎ出す。充分に注目を集めたところで一言。
「そうだ!私たち、今日から付き合うことになったから、みんな七瀬君に手を出さないでよ。」
私の発言を聞いたみんなの反応はそれはもう凄まじかった。教室中が騒がしくなり、その騒ぎ声は廊下にまで響いている。質問攻めにしてくる女子、呆然と立ち尽くす男子。反応はそれぞれだが、結局この騒ぎは先生が来るまで続いていた。
その後も休み時間の度にクラスメイトたちに質問攻めに合う私と七瀬君。私はいつもの事だから適当に返答して終わらせるが、こんなに注目を浴びたことがないだろう七瀬君はみんなからの質問攻めにうまく返すことができず疲れているようだった。
これも減点。それくらいで疲れていたら、私とは一緒に居れない。初日ということもあり、しょうがないので、私はそれからは七瀬君のところに行き一緒に話をするようにした。本来なら七瀬君のほうから来るべきなのに、これも減点。
結局、午前中だけでも私はかなり減点箇所を見つけていた。こんな調子では何日ももたないだろう。まぁ元からそれほど期待をしていたわけではない。
今は昼休み。私は少しの間自分の席で七瀬君がお昼の誘いに来るかを待っていた。けれども一向に彼は来ない。本当に付き合っているという自覚があるのだろうか、これまで彼から話しかけてきたことは一度もない。何をしているのかと思い振り返って七瀬君の席を見ると…
七瀬君は自分の席に座ったまま、隣の席の涼と楽しそうに話をしているようだった。
無性にイライラした。
彼は本当に私と付き合う気があるのだろか、自分から言ってきた割に、今日は一度も私のところに来ないし、他の女とは楽しそうに話しをしている始末。仮にでも私と付き合うという自覚がなさすぎるように思える。
私は涼が教室を出て行くのを見てから七瀬君のところに向かう。
「七瀬君、お昼どうする?学食かな?」
「あ、委員長⁉︎ ごめん、待っててくれたんだ。」
私に声をかけられた七瀬君はかなり驚いているようで、呼び方が委員長に戻っていた。よほど動揺しているのだろう、当然だ。自分の彼女を放っておいて他の女と話をしていたのだ。減点。
「もう、付き合ってるのに、委員長はないんじゃない?」
「ぁ、ごめん⁉︎ つい…」
「それで、お昼は学食だよね?早く行こ、席がなくなっちゃうよ。」
「うん!」
学食の空いていた席で昼食を食べる。七瀬君はようやく自覚してきたようで、終始私を意識してあまり食が進んでいなかった。一口食べてはこちらを伺い、また一口食べたらこちらを見る。私と目が合うとすぐに恥ずかしそうに視線を逸らす。今彼は平凡な自分が私という優れた存在と一緒に昼食を食べているという幸せを自覚しているだろう。それでいい、そうでなくてはならない。
そうだ!こういうのも面白いかもしれない。
「はい、七瀬君! あ〜ん。」
「ゴホッ⁉︎ お、織江さん⁉︎」
「あれ?違った? じっとこっちを見てたから、これかなぁって思ったんだけど。」
私に追い打ちをかけられ、周りからの注目も浴びた七瀬君はかなり慌てている。私を意識しないからそうなるのだ。これでより私を意識するようになるだろう。
その後は周りの注目を浴びて借りてきた猫のようになってしまった七瀬君と静かに昼食を食べた。
だけど、午後も七瀬君の様子は変わらなかった。相変わらず自分から私に話しかけてくることはなく、その他の女子から話しかけられると笑顔で会話している。放課後になっても私を誘いに来ず、自分の席に座ってため息をついていた。大方、これまで注目されることのない生活を送ってきたから今日は学校中の注目を浴びて疲れたのだろう。私と付き合うということはこういうことなのだ。彼もそれを理解しただろうが、この程度で疲れていては、この先やっていけないだろう。
仕方がないので私から七瀬君を誘いに行く。これも減点。
「七瀬君、なんだか疲れてるみたいだけど大丈夫?」
私が声をかけると、それまでは疲れた表情をしていた七瀬君がパアッと笑う。当然のことだが、少し顔がにやけた。しょうがない、私はこんなに人に活力を与えられるんだ。それで思わず笑ってしまっただけだ。
「織江さん、大丈夫だよ。普段はこんなに目立つことないからさ。」
「そっかぁ、慣れると案外平気になるよ。元気出して!」
「うん、ありがとう!元気出たよ!」
「それならよかった。じゃ一緒に帰ろっか?」
「う、うん!」
私が歩き出すと、七瀬君が嬉しそうにしてついてくる。まるで尻尾があればブンブンとふっているような喜びようだ。それだけ私と一緒に帰れることが嬉しいのだろう。それも当然だ。七瀬君のような平凡な人が私と一緒に入れるなんて、それだけで一生分の運を使うようなものだ。
きっと彼は今、今までの人生で最大の幸せを味わっているだろう。
「七瀬君、今日はどうだった?お試し初日。」
「すごく、なんていうか幸せでした。ありがとう織江さん。」
「ふふ、なんか可笑しいね。」
自分だけ幸せ気分、本当に可笑しい。
今日の幸せな時間、それは私から与えられたもの。
キミは私に何を与えてくれた?
「そうかな、織江さんと沢山お話しが出来て僕は本当に嬉しかったよ。最高の一日でした。」
「そっか…あ、私そろそろ駅の方行くから、ここまでだね。そういえば、うっかりしてたけど連絡先教えてよ。」
「あ、そっか⁉︎ そういえば知らないね。」
「それじゃ、明日も頑張ってね七瀬君。」
「うん!ありがとう!また明日ね!」
結局、別れ際まで七瀬君からは何のアクションもなく、連絡先の交換さえも私から提案した。聞かなくても私はまったく困らないけど減点を知らせてあげようと思った私の粋な計らいだ。
今日の七瀬君はまったくダメだった。仮にも私と付き合えることになった自覚をもっとしてもらわないといけない。
そのために、連絡先を聞いたのだ。
もう少し、幸せな気分を味わわせてあげよう。その後で一気に現実を叩きつける。
そうすれば、彼も自覚するだろう。自分の立場を…