お試し
「ね、涼は何で七瀬君と仲いいの?」
昼休み、私は涼を誘って学食に来ていた。昼休みは混雑する学食だが、私と涼が来ると自然に席は開いた。まぁ当然だ。私と涼は特別な存在だ。
昼食を食べながら、今朝気になったことを涼に聞いてみた。
あの七瀬君という男の子、クラスでも目立たない存在で、私に挨拶を返されるだけで顔を真っ赤にして何もできなくなってしまう。そんな取るに足らない存在。そのはずなのに、何故か私と同じ立場の涼は彼を気にかけている。これまでも何度もそういう場面を見てきた私は、その度に気になっていたのだ。
「なんでって、中学の時から一緒だから。」
「えぇ、それだけ?」
涼の、さも当然という感じの答えになんだか表示抜けしてしまう。
「それに、いい奴だからね、葵。あんまり知らないでしょ?」
「まぁそんなに話したことないから。」
「だよね、葵は恥ずかしがり屋なとこあるから。まぁ私は好きだよ葵のこと。」
「えぇえ⁉ 好きなの⁉」
「? あぁ人として好きだよって話ね。」
「そ、そうだよね。ビックリした。」
「まぁ中学の時はいろいろあったから、葵のことはかなり好きだよ。」
「はいはい、人としてでしょ。」
涼があまりにもさらっと言うので驚いてしまった。あの涼が、私と同じ、人に与える側の涼が好きだと言ったのだ。今まではまったく興味のない存在だったが、少し彼のことが気になった。
まぁあくまでも興味だけど。
昼休みはそのまま涼と過ごし、午後も代り映えのない時間が過ぎていく。その他大勢の相手をしつつ、私は少し七瀬君という人物を観察してみた。たくさんの人が私に集まってくる中で、彼は自分の席から離れず、隣の席の涼と話をしていた。楽しそうに話をする二人。気心の知れた者同士が見せる柔らかな表情、涼もあんな顔をするのかと驚いた。一番仲がいいと自負している私に対してもあんな笑顔を見せたことはない。
七瀬君。彼と話をしている時だけ、涼はあんな表情をするようだ。
どうしてだろう?
涼の態度のことをあれこれと言ったが、正直私も一緒なのだ。勝手にその他大勢が寄って来るから、私も涼も自分から他人に話かけることなんてない。寄って来るその他大勢の相手は面倒だ。適当にあしらうのが一番楽。私は笑顔で隠して、涼はそのまま包み隠さずそれを実行しているに過ぎない。
それを理解したのだろう。ある時から涼が私に話しかけてくるようになった。私もすぐに理解した。彼女が私と同じ立場の人間なのだと、私と涼の付き合いはそこからだが、それでもお互いに唯一無二の存在だ。その涼が私に見せない表情を彼に見せている。
それがどうしてなのか、私にはわからなかった。七瀬君は私たちとは違う、与える側ではない。与えてもらう側の人だ。特別な容姿も特別な能力も、特になにも持っていない取るに足らない存在のはずだ。
だから、余計に気になった。
放課後、クラスメイトたちと帰ろうと昇降口まできた私は、自分の下駄箱に手紙が入っていることに気がつく。
始めに思ったことは、またか、だ。
今までに何度こんなことがあったかなんてもう数えていない。周りのクラスメイトたちにバレると、こんなくだらない事にいちいちバカ騒ぎをするので面倒だ。私は後で捨てるために、こっそり鞄にしまおうとした。その時に偶然、裏に書いてある差出人の名前を見て、靴を履き替えるのを止めた。
「ごめんみんな。今日は先生にクラス委員のことで呼ばれてたの忘れてた。先に帰ってて。」
それだけ言って足早にその場を離れる。後ろでは残されたクラスメイトたちが戸惑っていたが、気にしない。私の決定は絶対だ。
私は人気のない場所を探して、下駄箱に入っていた手紙を取り出す。
差出人は「七瀬葵」。
手紙の内容は
直接会って、伝えたいことがあります。よければ放課後、帰る前に屋上に来てもらいたいです。
とだけ簡潔に書いてあった。
伝えたいことについては、正直予想はつく。いつものことだから。正直差出人の名前を見るまでは手紙を読む気もなかったが、七瀬葵。私にとっては取るに足らない存在だが、涼が気にかけている。それが何でなのか知りたかった私は屋上に向かうことにした。
放課後になり、ほとんど人のいない校舎を歩き屋上に向かう。
屋上へのドアを開けると、こちらを背にして立っている七瀬君がいた。ゆっくりと振り返る彼は顔が真っ赤で、何かを決心したような表情をしている。
「どうしたの七瀬君?こんなところに呼び出して?」あくまでも何も気付いていない、そんな様子で声をかけて彼に近づいていく。
「ありがとう、来てくれて。」
「うん。なんか大事なことみたいだったから。何かあった?」
「えっと、実はね…」
そこまで言って彼は一度大きく深呼吸をした。そして、意を決したように話始める。
「急にこんなこと言われて困るかもしれませんが、好きです!僕と、付き合ってください!」
ガバッと勢いよく頭を下げた彼を私は無感情で見下ろす。
分かり切っていたが、やっぱり告白だった。彼もその他大勢と同じで私に与えられる側の取るに足らない存在なのだ。彼にとっては一世一代の告白なのだろう。いくら勇気を振り絞っても身体が震えているのがわかる。そんな告白を受けても私は何も感じなかった。
「告白してもらってなんだけど私、キミのことよく知らないからさ、」
「そ、そうだよね…」
いつものように適当な理由をつけて断ろうと口を開いて、自分で言った言葉で少し考える。
そうだ。私は彼のことをほとんど知らない。だから何で涼があんなに彼のことを気にかけているのかが気になったのだ。だったらこれはそれを知るチャンスかもしれない。
「だから、十日間のお試しはどうかな?七瀬君のことを知ってから決めるっていうのでもよければ、私はいいよ?」
「…え⁉ ホント⁉」
本気で付き合う気はさらさらない。これはただの判定だ。
涼が特別扱いしているなら、私にとっても有益な存在になりえるかもしれない。それを判断する。ただ、それだけのこと。必要ないなら容赦なく切り捨てる。
「本当は断ろうかと思ったんだけど、七瀬君がどんな人かよく知らないのにしっかりした返事をするのも変だと思って、七瀬君が素敵な人だったら、私だって好きになっちゃうからその後も付き合いたいしね。でも、七瀬君のことを試すみたいになっちゃうけど、それでもいいなら、だよ?」
「いいです!むしろお願いします!」
七瀬君は人生最大のチャンスを得たような喜び方をしていた。その辺がわかっているなら少しは見込みがあるかもしれない。
だが、これだけでは話は終わらせない。私は私に有利になるように条件を調整していく。
「点数で表すのはどうかな?七瀬君は最初百点持っています。もし、ちょっと合わないことがあればその点数から減点されていくの。十日間のうちに持ち点が無くなっちゃったら、私たちは合わなかったってこと。どう?わかりやすくない?」
「点が残っていれば、そのまま付き合えるって考えてもいいの?」
「そうそう、なんか本当に試すみたいになっちゃうけど、わかりやすいとは思うんだよね。」
チャンスを与えたのは私、だから採点を下すのも私だ。自分が下という自覚がなければ、それこそこのチャンスを与える必要もない。
「その方がわかりやすくていいね。十日間よろしくお願いします!」
七瀬君は素直に条件を受け入れた。自分が完全に試されている存在であることを受け入れたのだ。まぁ、それくらい物分かりが良くなければ、こんなことに付き合うのも無駄だ。最低限のことはわきまえているみたい。
「わかった。今日は私、用事があるからごめんね、明日からよろしくね、七瀬君。」
「うん!えっと、織江さんでいいかな?」
「もちろん、仮とは言え付き合ってるんだから、委員長はなしだよ。それじゃあね。」
私を見送る七瀬君は、喜びに顔をほころばせ、今にも飛び上がりそうな様子だった。そんな様子を見ると、やっぱり私に何かを与えられる存在とは思えないが、自分から言い出したことだ。持ち点がなくなるまでは付き合ってみよう。
でも、まずは涼に報告しないと、私は階段を下りながらスマホを取り出した。