いつもの朝
朝の通学路。
私は一人、学校へ向かう。
十二月になり、朝はかなり冷え込むようになった。自分の口から出る息が白いことに気が付き、立ち止まって手に息を吹きかけてみる。
同じく学校に向かうであろう男子生徒が、そんな私に見惚れていた。無理もない。自分でも絵になると思うから、あんな平凡な男子には見惚れても仕方ないだろう。
もちろん、そんな気持ちはしっかりと内にしまい、軽く微笑みかけてから、その場を後にする。男子生徒は顔を真っ赤にしていたようだ。
はぁ、これだから平凡な男は嫌いだ。
私は今まで、生きてきて自分に釣り合うような男子に出会ったことがない。大抵は自分を良く見せようと意地を張る子供、残りは私に釣り合わないと自分で勝手に諦める無能だ。
だから、私は今まで生きてきて誰かと付き合ったことがない。
高校に入ったら何かが変わるかも、そう思っていたけど、現実はこんなものだ。私に釣り合うような男なんて早々いるはずもないのだ。
早く社会に、もっと広い世界にでたかった。
そんなことを考えているうちに私は学校につく、
「あ、織江さん、おはよう!」
「おはよう。」
すれ違った他のクラスの子ににこやかに挨拶を返す。
学校では優等生、誰にでも優しい委員長。それが私だ。誰も私がこんなことを考えているとは思っていないだろう。
下駄箱で靴を履き替えていると「あ、おはようございます。」とまた挨拶をされた。
声をかけられた方を見ると、クラスメイトの確か、七瀬君だったか、が立っていた。
高校生男子にしては小さい身長、良く言えば温和そうな、悪く言えば男らしさにかけるそんな顔を赤く染めてこちらを見ていた。
「おはよう七瀬君。先に行ってるね。」
クラスメイトだが、そんなに話をしたことはない。自然に微笑み返して私は先に教室に向かうことにする。私から挨拶を返してもらった彼は赤い顔をさらに赤くして、そのまま立ち尽くしていた。
まったく、平凡な男ばかりだ。
教室に着くとすぐにクラスメイトたちに囲まれる。
いつものことで慣れているが、正直少しうっとおしい。私と話をしたい気持ちはわかるが、それなら私のことも考えるべきだ。だが、そんなことは表には出さない。いつものことだ。私は笑顔でみんなに対応する。
小さい頃からこうしてきた。
私は優れた存在だ。だから、周りの平凡な人たちは私と仲良くなりたくて、こうして寄って来る。そうして寄ってきた人たちに適当に笑って返してあげるだけで、みんな私の虜になる。小学校、中学校、高校になった今もそれは変わらない。
要は、みんな私の引き立て役なのだ。この世界が私を中心に回ってると言われても、私は何も驚かない。私は与える側なのだ。その他大勢の人たち、与えられる側の人たちに日々の活力を与えるのだ。
そんな私にも、一人対等だと思える友人がいる。
私が来た時には、まだ登校していなかったが、その他大勢に囲まれているうちに来ていたようだ。
藤宮 涼。
ウェーブがかった長い金髪。一見派手な容姿に私とは相いれない存在に見えたこともあったが、彼女こそが私と唯一対等に分かり合える存在だ。私と同じで容姿端麗、運動神経もよく、あの見た目で勉強もできる。誰にもなびかなず、私と同じ人に何かを与えられる存在。
「ちょっとごめんね、みんな。」と一言断りを入れて私は彼女のもとに向かう。
「涼!おはよう、来てたんなら声かけてよね。寂しいなぁ。」
「あぁ、あの人ごみをかき分けて行く気力がなくてさ、後から行こうと思ってたよ。委員長。」
「もう、委員長じゃなくて汀って呼んでって何度も言ってるでしょ。」
「ごめんって汀、委員長って言いやすいからついさ。」
「そんなに言いやすいかなぁ?」
「言いやすいって!ね、葵もそう思うでしょ?」
「…え⁉︎ そ、そうかもね!」
そう言って涼が話しかけたのは、先ほど、昇降口で会った七瀬君だ。
涼が話しかけるまで隣に座っている彼は私の目に入らなかった。クラス全体を見てもあまり目立たない彼だが、何故か涼は目をかけてあげているようで、よく話をしているのを見かけたことがある。
「ふ〜ん。まぁ涼がそう言うなら、そうなのかもね。」
私には特に興味がない存在だ。彼の意見は別にどうでもいい。
けど、涼が何で目立ったところのない彼に構うのか、それが気になった私は後で聞いてみることにした。