表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

女の子しか出ないアニメに転生した

作者: 鈍足飛車
掲載日:2019/10/18

 

 “Starving Girl!”という作品がある。

 この作品に出てくる登場人物は全員女の子。

 当然主人公も女の子だし、恋愛対象も女の子。つまりガールズラブを中心に置いた作品である。

 僕はその作品が好きだ。

 どういうところが好きか? とか、なんで好きになったの? みたいな、そんな無粋な質問はしないでほしい。

 好きになった理由なんて必要はあるだろうか。僕はいらないと思っている。好きという気持ちさえあればそれだけでいい。不必要な理由探しを求める必要もなくなる。

 たとえ相手に意見をわかってもらえなくても、自分さえ好きでいれば僕はそれでいい。

 妄想なんかもしたりした。本編でくっつかなかったペアが恋愛に発展したら、とか、本当は男の子がいて男の子と恋愛したら、みたいな。二次創作を、僕はしたことがある。

 小説なんかも書いていたか、僕の小説という名の新しい意見を賛同する人がいれば否定する人もいた。賛否両論なんだろう。ガールズラブは難しいものだ。

 とはいえ、僕が何を言いたいかといえば、まぁ、“Starving Girl!”という作品が大好きだったということだ。

 だ、ということは今は違うみたいな、そんなことはない。

 好きなものは好きだ。この気持ちはたとえ生まれ変わったとしても変わらないんだろう。

 いつか心が折れようともこの愛は変わらない。

 たとえ、転生した先でさっきの作品の世界に生まれて、主人公やヒロインたちにいじめられることになったとしても。



 地獄を見た。

 身体全体に響き渡った痛みはとうに慣れ切っており、今更そこに痛みを加えられたところでダメージにはならない。

 高校に入って早々にこの扱いとは、とんだ世界だよ、本当に。

 僕は落ち着いているわけではない。この時点で僕はすでに精神的に参っていた。

 なぜかと言えば、好きなアニメの世界に転生したのに、それのメインを張るキャラクターにボコスカと暴力を振るわれているからだ。


「気色悪りぃんだよ!」

「おらッ! 男ってこんな弱いだな!」


 黒耀翼(こくようつばさ)こと、僕はいじめられていた。

 ゲシッゲシッと無抵抗に倒れ伏した僕を蹴る足を止めるつもりはなさそうだ。

 言われるまでもないが僕は抵抗をしようと思えばできる。

 それもそうだ、僕は男だ。体格や筋肉で言えば女性よりもはるかに優位に立ち、暴行を振るおうものなら相手を瀕死状態に至らせることまでできる。

 だが僕はそんなことをしたくなかった。

 目の前で僕を蹴っているのは二人の少女。

 桃色の髪に少し膨らんだ胸、華奢な肉体で“Starving Girl!”の主人公で元気が取り柄の桃星灯(ももほしあかり)

 金髪のギャルで、結んだポニーテールが特徴的な桃山の幼なじみで優しい少女だったと記憶している金田唯香(かねだゆいか)

 そして、ただ見ているだけの人。

 茶髪で伸びた前髪は目元を隠した女の子。僕の知っている限り本編で大して活躍することなく出番を終了した芥川未来(あくたがわみらい)

 桃山と金田が率先として僕をいじめあげ、芥川が表情の読めない顔で僕を見る。

 たまにこれらの他に他の子たちがやってくる。芥川は桃山と金田とつるんでいるものの、そのあたりの描写を僕は見たことがない。

 僕の記憶にこびりついているアニメの記憶や漫画の記憶を掘り起こしても芥川がこの二人と接点を持っているなんて知らないし、それを知っているのは作品を生み出した作者くらいだ。

 僕は二人に蹴られながらも、声を上げることはなかった。痛い、だとか、やめてよ、だとか、そんな言葉を言ったところでそれが止まるなんてことはない。

 すでに僕はそれを経験している。


「ふんッ!」

「うっ……!」


 顔面を蹴られた。歯に皹が入ったかそれとも取れただろうか。多分取れたと思う。

 ……この世界に生まれて早十五年。この世界ははっきり言って地獄だった。

 事故死をした僕は神に導かれるままにこの世界に転生を果たした。そこまではよかった。

 意味がわからないのはここからだ。僕が生まれた瞬間、僕以外の男は全員女性となった。

 言葉の通りだ。僕が生まれた瞬間男はあるべきものを失い、ないものを手に入れた。

 だがそれでも生殖活動はできる。どういう理屈かは知らないが、この世の理を捻じ曲げてそれが行えるようになっている。

 僕が生まれる直前までに男として活動をしていたものたちは全員性が転換されて女性に変貌した。

 変貌したことには当然驚くべきことだが、それ以上に驚くべきことは彼らはそれを当たり前として今も生きていることだ。

 男としての記憶が女として生まれたことに成り代わり、結果として男はこの世から僕以外無くなったのだ。

 それが僕の記憶の中にある知識、言われたことだった。

 事実であり、真実である。事実は小説よりも奇なりとは言うが、この世界の人間の順応性が高すぎるのだ。

 最後の男として生まれた僕に待ち受けたのは恐るべきほどに高い偏見だった。

 この世界は漫画から生まれ、映像化されたことで世界として成り立ち始めた。記憶にある限り、出てきたキャラクターは全員女性だ。それを見ているのは男であり女だ、誰もが記憶に女性しか出てこないと植えつけられている。

 そこに異物である僕が入ったことにより、どういうわけか、原作前スタートとなった。

 創作物によくある、第三者が原作前からの妄想を文字や絵とかで表し、それをネットなどの場で公開する、いわば二次創作のそれだ。

 僕はオリジナル主人公となった。“Starving Girl!”のオリ主でありたった一人の男、それが僕。

 前世の人間なら女子校でエロいことしてーな、なんて思ってることが多いと思うが、この体験が待っているとわかると、そんなことを望むに望めないな。


「なんか言えよ」

「…………」

「何も言えないの? 男って」

「そろそろやめようよ灯。こいつもう何もできないって」

「いいんだよ唯香。ストレスを発散できるし練習相手にもなるいいサンドバックじゃん?」

「ならまた別の日にすればいいよ。そろそろ昼休み終わっちゃうよ?」

「それもそうね。未来も早く行こうよ。こんなの見てたら病気になるかもよ?」


 酷い言い方だ。

 正直に言ってこの世界は欠陥に満ち溢れている。粗が多いのに誰もそれに気がつかないし、不都合を都合のいいものに処理している。


「いい。わたしは後で行くから」

「そう? んじゃあね。……おい」


 蹴られる。

 口から血が出ているがそんなのは御構い無しだ。


「明日も金持ってきてよ。私たち欲しいのあるからさ、ね?」

「…………」

「はい、よろしく」


 最後に一発蹴り上げられて僕は倒れる。

 こんなのが小学校の頃から続いている。

 改善の見込みは無しだ。耐え抜く他ない。

 正直高校に入学しなきゃよかったとは思うがそうもいかない事情があるため、僕は甘んじて受け入れるしかない。

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

 僕はしばらく、学校までに戻れる力を持てそうになかったため、このままサボることにしよう。

 痛みの走った身体をどうにか動かしてベンチに座る。金は抜き取られた。特に困ることはないが取られるのはそれはそれで癪に触る。

 けれど僕は抵抗をするつもりがなかった。


「ねぇ」

「…………?」

「何で抵抗しないの? 殴ればいいじゃん」

「…………」

「答えてよ」


 意外にも、芥川は僕に話しかけてきた。

 このままトイレにでも行くのかと思ったが、嫌な顔一つせず、彼女は僕の隣に座った。


「なんで?」

「………………それは」

「それは?」

「男が廃るからだ。僕は女の子を殴るような、そんなことはできない」

「でも君はされてるじゃん。心の中で思ったことないの? 自分ならこいつら半殺しにできるって」

「…………」


 彼女らは僕を好き勝手攻撃できるが、いざこちらが手を出せば相手を瀕死状態に追い込められる。それほどの自信が僕にはあった。

 だけれど僕はしない。たしかに男が廃るというのもあるが、何より彼女はアニメで僕が好きなキャラクターだ。

 殴れるわけがない。好きなものを僕は否定できない。


「嫌でしょ? 正直、こんな世界によくわかんないまま生まれて、受けるはずもない差別を受けられるのは」

「……何が言いたいんだ?」

「君がそれを納得してるかどうかって話」


 芥川は続ける。


「わたしの知ってる男っていうのは運動能力が高くて、身長が女より高いのが当然としているようなやつだよ。君はそれに該当している」

「……それはそうだけども」

「それによく喧嘩をするとも聞いたことがある。見る限り力はありそうだ。やろうと思えばできるんだろ? しないのかい?」

「……しない」

「ふぅん」


 芥川は立ち上がり、僕の方を見た。

 彼女の目元は前髪で隠れており、僕をどういった目で見てるかは判別ができない。

 地味な女の子だなとは思っていたが関わられるとここまでグイグイとくるのか。

 その情報は当然として知らない。


「よくわかんないな。男っていうのは」


 芥川はその場を去った。

 僕は空いたスペースに顔を置いて寝ることにした。時間が経てば僕の身体は勝手に治ってくれる。


「…………」


 惨めな気持ちだ。己の信念に従って暴力を振るわないとは言ったが、実際その通りでありそれは違ってもある。単に怖いのだ、報復が。

 僕が仮にだが殴ったとして返ってくるものが多すぎる。

 前世の例もあるのと、この世界はすでに女尊男卑思想に染まっている。

 元々いない存在なのにそれを優遇させる理由があるはずがない。

 たまたま生まれた別性別の人間に政府は何もしなかった。

 金を稼ぐのも自分の力でしなければダメだし、高校の授業費だって自分で支払ってる。

 生きるのが辛すぎる。なんなんだこの転生。


「……寝るか」


 毎日同じ思考に陥る。

 今回は桃山だったが放課後になれば別の女子が来るし、休日以外の平日は休み時間は誰かしら僕から金を貰うためにやってくる。

 学校が始まって以来ずっとこれだ。小学校からずっと続いている。

 繰り返しの日々を過ごすことに僕は飽きた。

 だから僕は待つ。自身の死を自ずから迎え入れるその日まで。



 結局そのまま学校をサボり、放課後になって誰もいなくなったタイミングを見計らって自身の荷物を取りに行った。

 机の上には『男きもい!』『なんで生きてんの?』『女に生まれなくて残念』などという言葉が書かれていた。

 特に気にする理由もないので教師に変えてもらうように言っておこうかと思った時だ。


「おや」

「……先生」


 白崎(しらさき)先生がやってきた。

 百合城女学院で新任教師、だったか。入学式の時に姿を見て以来一度も見たことがなかった。高校に入って一週間も経てばそりゃ会うか。

 白崎先生はまだ着慣れていないスーツを着て、腰元まですらっと伸ばした白髪を揺らしてこちらにやってきた。

 男っぽい口調で、身長はこの学園の中で最も大きいだろう。引き締まった身体をしており運動をしていたと思われる。

 彼女はただの担任で、アニメ漫画において活躍を果たしたことがない。

 担任というポジションではあるが、桃星たち主人公が所属する部活の顧問でもないため、基本的に出番がなかった記憶がある。第一このクラスの担任ではない。

 白崎先生は凛とした蒼い目をこちらに見つめていた。


「どうかしたか?」

「……机に落書きされました。変えてくれると嬉しいです」


 僕は半ば人間不信になっている。

 この世界で信用に値する人間が存在しないため、心の拠り所さえない。

 本音を吐露できる人間もいないし、両親だっていない。

 声量の小さい言葉で旨を伝えて僕はそのまま帰ろうとする。


「待て」

「? はい」


 何の用だろうか。僕は白崎先生の方に目をやった。


「五限目の私の授業に出なかったな。何故だ?」

「面倒だからです」

「嘘をつくな」


 白崎先生は僕の身体を舐め回すように見た。制服は長袖のワイシャツ。長ズボンで傷だらけの身体は隠されている。

 だがそれでも、何故かは知らないが白崎先生の目は僕が重点的に殴られ、蹴られた場所を見ていた。


「…………」

「サボった理由は理解できる。汚れた制服や毎日場所を変える傷を見ればな」

「傷ってなんのことです? 何もされてませんよ?」

「誤魔化すな。そのワイシャツを脱げばわかる。脱いでみろ」

「…………」

「いいから」


 男の言うことは全て虚言、みたいな風潮が出来上がった世界だ。

 僕以外に生きている人間は全員雌だ。雄の言葉など誰が信用するか。


「早く脱げ」

「わかりましたって」


 言われるがままに僕はワイシャツのボタンを外していく。

 露わになるのはところどころに加えられた傷の、その上から加えた傷が修復された跡。

 正面も背面も全てに殺傷の傷が浮かんでいる。それでもってところどころ赤く腫れている部分があるのは、今日殴打を喰らった場所だろう。

 ……今日は治りが遅いような気がする。


「……これはひどいな」

「もういいですか? 僕もう帰っていいですか?」

「何故そう帰りたがる。もう少し話そうじゃないか」

「嫌ですよ。信用もできない人間との会話って疲れるんです。早く家に帰って寝かせてください」


 芥川の会話でもそうだ。僕はほとんどぶっきら棒に答えた。昼休みの終わりともあり、本音を交えたことを話したおかげでさっさと帰ってくれた。

 白崎先生はため息をついて、話した。


「君がいじめられているのは知っている。その理由も私は把握している」

「……それが?」

「その傷跡がどういった経緯で生まれたかは……まぁいい。大事なのは今赤色に腫れている肌だ。どうしてそうなった。言え」

「なんの意味が」

「いいから」

「はぁ」


 言われるがままに僕は言った。


「桃星と金田に殴られました」

「何故だ? 殴られるようなことをしたか?」

「していません」

「友達か?」

「違います」

「では何故殴られた。理由を言え」

「わかりません。言うなら僕が男だからでしょうか」


 一つ一つの傷を負った時を記憶して覚えている。どんな傷であろうと、それが印象的であることを当然として、僕の脳裏に無理やりこびりついた不必要なものとして残っている。

 話せば気が楽になるとは言うけれど、聖職者である教員を僕は信頼しきれない。

 中学の頃は常に見て見ぬ振りをされたからな。


「なぁ黒耀」

「なんでしょうか」

「仕返さないのか?」


 またこの質問か。ため息をついて答える。


「仕返したところで僕には満足感を得ることができません。第一、男が女を殴るのはダメです」

「それがなんだ? できなくはないだろ? すればいいじゃないか。場を整えて」

「でもそれは」

「男だから出れないなんて誰が決めた? 挑戦しなよ。私が認めてやる」

「…………」


 確かに、公共の場なら認められるかもしれないが、でもそれはできない。


「嫌です」

「何故だ?」

「僕はそれを見ているだけでいいんです。本来はその立場の人間なんですから」

「……? 意味がわからないな」

「言葉の通りですって。僕もう帰ります」

「っておい! 待て!」

「机変えといてください。それでは」


 足早に教室を出て、僕は学校を出た。

 最後に、額に手を置いた先生が、


「なんで頼ってくれないかね……まったく」


 そんな言葉を漏らしていたような気がするが、僕の勘違いだろう。

 この世界の仕組みは粗しかない。無理やりでちぐはぐな世界観で構成されており、誰もそれに疑問を持つことはない。

 この事実は僕だけが知っている。

 女性が男性よりも上に立っているのは当然、何故なら男は僕以外いないから。

 女性は男性に対して何をしてもいい、扱い方も知らず、初めて生まれたものを実験台のように見ているから。

 誰もが男の知識を持っている理由もわからない。元からあるけれど見たこともないものに何故か知識を持っている。

 でも彼らはそれを疑問として認識しない。

 それが当たり前な世界を神は作り、その世界に僕は転生を果たしたのだから。

 信頼に値する人間はいないし、いらない。

 毎回こんな生き方をされると死にたくなってくるだろ。畜生が。


「なんで生きてるんだろうな」



 この後何もなく、女子生徒一人会うこともなかった。僕はそのまま家路につこうとする。

 夕焼けが僕の身体に差し掛かり、その光がどこか煩わしい。

 歩いて数分にある僕の自宅は六畳一間の空間。生活に不便はなかった。

 早速家の中に入り、僕は台所から包丁を取り出して、系動脈を切ろうとした。


「また自殺チャレンジか? いい加減諦めろって。今更たかが包丁で死ねると思うか?」

「うるさいぞクソ女神。そこで見ていろ」


 包丁をそこに刺して、僕は血を噴出させた。

 けれど、すぐにその傷は癒えてしまった。

 突然現れた少女のせいではない。彼女からもらった力のせいだ。


「いい加減死なせろよリン。僕はもう生きたくないんだ」

「無理だね。上からの意向にわたしは逆らえんのだ。大人しく実験台として寿命を終えろ」


 リンは、女神は簡潔に言った。

 この女神は僕をこの世界に転生させた張本人だ。見た目は女子小学生と変わらない。

 僕はこの世界に転生する前に彼女と会話を交わして、僕が自殺をする直前に毎回やってくる。

 高台から飛び降りようにも、傷を与えられた一時間後には無傷で歩けるようになり、縄で首を吊ろうにも死ぬことはできない。寝てる途中に死ぬように薬を飲んでも身体がその物質を分解させる。骨を折ったところで三十分もあれば元どおりだ。

 どうあったって死を避けさせる。

 車だろうが電車だろうが、自ら突っ込んだって死ぬことはない。だからチート能力が発動している、つまるところ身体のダメージを回復している隙にさらに攻撃を加えようとしたが、どうやら失敗したらしい。

 包丁はともかくとして、僕は女神にこう訊いた。


「お前を殺したらどうなる?」

「神殺しか?」


 ならば僕を監視している女神を直接殺そう。そう考えたのだが、


「残念ながら人間が作り出した道具じゃ無理だな。諦めろ」

「僕のチートは?」

「私たちが作り出した概念だぞ? 私たちも当然使えるんだなこれが」


 無駄だったようだ。僕はため息をつきながら床に座った。


「なら死なせろって」

「無理な願いだ。実験台に死なれては困るんだよ」


 揶揄することなく言った言葉に苛立ちを覚えるが、それを吠えたところで意味はない。


「なんで僕なんだよ。他のやつで良かったじゃないか」

「お前が一番良かったからお前が選ばれた。第一許可も取っただろう?」


 許可とは、僕が転生に至るまでに本当に転生していいのかの有無を確認された時だ。


「なんでこんなこと受け入れたんだろうな」


 今一度思い出す。僕が転生を果たす前のことを。



「ここはどこだ?」


 気がついた時、僕の身体は宙に浮いていたようだった。

 そう表現するしかできないように真っ白な空間に、何故かは知らないが僕の足はそれを踏んでいる。

 何を踏んでいるのかはわからないが、不思議なことが起こっていた。


「黒耀翼さん」

「……えっ?」


 声の方に顔を向けると、そこに座っていたのは見目麗しい少女だった。

 亜麻色の髪の毛は艶やかに整えられ、白色のワンピースから漂う清楚感は、一言で天使といっても過言ではなかった。


「あ、あなたは……?」


 声が震えていた。初めて見る絶世の美女のような見た目に、僕は感動していた。

 生まれてから女の子には恵まれず、二次元の世界に逃げていたこともあり、あたかも二次元で見た風貌を持った女の子が目の前にいる。その光景は今もなお覚えている。


「私は女神。名前はリンとでもお呼びください」


 彼女は一言そう答えた。

 リンはパチンッと指で音を鳴らすと、パイプ椅子が目の前に現れた。

 座ってくださいと言わんばかりの物に、僕はそこまで近づいてそれに腰を下ろした。

 座って、リンの方を見た。

 机だろうか、そこには何枚かの紙が置かれており、ちらりと見てみると、僕の顔写真が載っていた。経歴書か何かだろうか。


「誠に残念ではございますが、あなたは死んでしまわれました」

「…………えっ?」


 僕は死んでいた。

 死んでいたという事実を突如として叩きつけられ、僕は死亡時の記憶が急に戻ってきた。

 幼い少女を庇ってトラックに轢かれた。

 学校帰りのことだったか、予定も何もない日に、目の前にはボールを追いかけている少女。後ろから聞こえてくるのはトラックの音。

 トラックが急ブレーキをかけるにも間に合いそうになく、僕はカバンを捨てて道路に出た。少女を無理やり押し出して、僕は轢かれた。


「夢とかでは?」

「ないですね」

「僕に助けられた女の子は?」

「無事ですよ」

「よ……よかった」


 僕のゴミみたいな人生の代わりに、未来ある女の子が代わりに生きていてくれるなら、命を張った甲斐があったものだと思った。

 僕の人生は二次元に逃げていたとはあったが、まさしくその通りで、友達はできず、両親からは見捨てられていた。

 それでもワンチャンスの未来を願って生きていたが、こうなくなっては仕方がない。


「……で、僕はどうなるんですか?」

「心優しき人よ、あなたは生まれ変わって、別の世界で生きてもらうことになります」

「おぉ……」


 これはあれか? いわゆる異世界転生というやつだろうか。

 あのチートを持って世界を制し、女の子とも簡単にイチャイチャできることが許され、さらには自分の思うがままに世界を動かせるような、そんな世界に転生?

 マジかよひゃっほーい! 当時は確かそんなことを思っていた。


「どんな世界に転生できるんですか?」

「そうですね……最近こちら側で試みているものがあって、試してみませんか?」

「なんですか? それ」


 僕はこの時からすでに女神の策にはまっていたと思う。


「アニメの世界に転生ってやつなんですけど」

「…………マジですか?」

「マジです」

「マジのマジですか?」

「マジのマジのマジです」

「さっ…………!」


 最高かよ! そんな言葉を口には漏らさず、心の中で大いに喜んでいた。ここで喜んだら嫌悪感を覚えられそうな気がしたから、死ぬ前にそんなことをしてクラスメイトに引かれた頃を思い出していたから。

 好きなアニメの世界に行ける。好きなキャラクターと会話ができ、あわよくばその子と結婚!? みたいなことができる。

 なんと魅力的な言葉で、何よりオタクの心をくすぶられるだろうか。

 二次創作とかでしかありえない世界を僕の手で作ってもよろしいということだろう。

 少女を庇って死んでよかったと改めて僕は思った。


「そ、それで僕はどんな世界に行けるんです!?」


 興奮気味に僕は言った。


「好きなアニメならどこでも大丈夫です。なんかありませんか?」

「ぅえっ!?」


 なんでもいいとのことだ。僕の思考は、今まで見てきたアニメを考え始めていた。

 バトルモノのアニメで自分も戦うのはどうだろうか。それはそれで面白そうだ。

 でももう一度死ぬのは嫌だった。


「死を恐れる必要はありませんよ? チートでなんとかなります」

「本当ですか!?」

「はい」


 屈託のない笑顔で女神は言った。

 思考を読み取られていたことは、後々になって気づいたのだが、この時の僕は特に気にしていなかった。

 それでまた思考は続く。

 例えばSFみたいなジャンルはどうだろうか、と。宇宙に行ったりとかできるのだろう。

 うっわー! 楽しそうだなー!

 でも色々とめんどくさそうだ。

 戦うすべも持てないし、死に至るようなことが起きたら対処方法が浮かばない。


「チートなら安心です」

「マジかよチート最高!」


 チートという言葉を連呼されていくうちに僕の脳内は毒されていった。

 何か不都合なことが起きてもチートさえあれば大抵なんとかって、僕の思い通り過ごせる、そう確信していた。


「えー、どうしよっかなー!」


 ルンルンで悩んでいると、僕の思考は一つの答えに辿り着いた。

 それが“Starving Girl!”だった。

 そのアニメは僕が初めて出会ったもので、その時の記憶を僕は常に保持していた。

 その時に持った感情、初めて深夜アニメを見て、面白いと心から思ったこと、その全ての原点であるのがそのアニメだ。

 その世界に足を踏み入れる。

 あぁ、なんという許されない行為だろうか。

 僕はそれを許容した。いや、してしまったのが正しいか。


「“Starving Girl!” にできますか?」

「いいですよ。……奇遇ですね。私もそれを提案しようと思ってたんです」

「えぇ!?」


 というか、多分最初からそれを選択させるつもりがなかったのだろう。なぜなら彼女が手に持っていた経歴書には当然僕の情報が書かれており、僕の好きなアニメも書かれていた。

 神の新しい試み。アニメの世界に転生させるのは、実験と言い換えた方が正しかった。今となってはそう思う。


「本当ですか!? 女の子しか出ないんですよ!?」

「問題ないですよ。描写がないだけで男の子だっているかもしれないじゃないですか。第一男の子無くしてどうやって子供を産むんですか?」

「それもそうですね!」


 神はこの世の根本を作り出した生命体だ。

 理を、理屈を、概念を、その全てを思うがままに動かして、我が物とする。生物という概念を創生したのが神ならば、新しい世界を作ることも容易いことだろう。


「転生特典はご所望されますか?」

「いいんですか!?」

「構いません。どんな能力を望みますか? 三つほど、あなたに持たせることができます」

「凄EEEEEEEEEEEEEE!!」


 えー? マジー? どうしよー! 僕はここからチート特典もらってわっほいライフの始まりだー! 狂喜乱舞して僕は何を望むか考え始めた。

 思い浮かんだのは、死にたくないという意志。せっかく生まれ変わったのにまた死んでは困る。好きな世界で生きれるなら寿命が尽きるまで生きよう。

 そう、僕は提案した。今では裏目に出ているが。


「健康的な身体、ということですか?」

「はい。外的損傷が全て治り、致死量に至るダメージが至らないような、そんな感じの」

「わかりました。健康チートですね。他二つはなんですか?」


 健康チートは今でも健在。身体に負ったダメージを何が何でも回復させる。人間の治癒力なんぞ関係なく、自動的に回復させる。

 今折れた歯があるが明日には生えていることだろう。

 毎回自殺をチャレンジするのは、身体に負荷をかけまくって、それに力が割かれているうちに、更に強大な力を加えたら追いつかないのでは、ということだ。

 結果的には無意味に終わっている。


「うーん……後はなんだろうな……」

「あなたがこれから送るアニメのジャンル的に、生活が有利になる感じはどうでしょうか?」

「……あー。それいいですね、それにしましょう」


 今一人暮らしが成り立っているのは生活チートのおかげだ。料理の仕方、家事の仕方、その他諸々自分が覚えてなくてもやろうとしたら勝手にできるようになる。

 これが意外と器用なもので、生活で失敗することは基本的にはなくなるのだ。

 要は失敗しない。物事全てを成功に導いてくれるチートだ。


「そして最後の一つは、身を守る力、とかどうでしょうか」

「戦う力ってことですか?」

「はい」


 例えば強盗などに襲われれば、死にはしないものの抵抗ができない可能性がある。

 それを見越した上での戦う力を与える、ということで僕はそれを解釈していた。

 特に確認をせず、相手に向かって質問をせず、そのまま僕はそのチートを引き入れていた。

 今の所使用する機会はないし、これからも使う機会を作る気はない。

 名を戦闘チート。能力の内容を把握してはいるけれど、一度も使用していないため、今使ったらどうなるかはわからない。


「こんな感じでどうですか?」

「いいですね! そうしましょう!」


 神の術中にはまりきった僕はそれを受け入れた。どこで使うんだよそんな力。


「何か質問とかはありますか? なんでも答えてさしあげましょう」


 そんなことを言われたので、僕は色々と質問をした。


「僕はこれからどうなるんですか?」

「あなたはこれから胎児からやり直し、“Starving Girl!”の世界で生まれることになります」

「その世界ってなんで存在するようになったんですか?」

「人間が創造したものを、私たち神がそれを好奇心から作ってみたらどうなるのだろうか、という発想から生まれました」

「僕より前に同じようにアニメの世界に転生した人っていますか?」

「いません。あなたが最初です」

「他の人間は?」

「完全オリジナルの神が作り出した異世界に転生し、その世界で生きています」

「その世界はどんな感じですか?」

「……作ってそのまま放置をしているため、私たちは知りません。それを観察するのが私たちの趣味の一つなのです」

「趣味……?」


 たったの趣味で僕は転生するのか? と思ったが、この関係はwin-winの関係を果たしていた。


「そう。私たちは趣味を楽しめる。あなたたちは自身の大好きな趣味の世界で生きれる。どちらも利害が一致しているんです」


 人は異世界に行きたがるものだ。特に僕のように人生に未来を失っている人間は。

 女性との関係は持てず、ゲームくらいでしか取り柄を持てない。だから僕は異世界に現実逃避をする。

 自分もこうだっならな、とか、このアニメの世界でハーレムしてーな、とか。それを成し得ることができるのが、神様転生。それが今成立しようとしている。

 美しい計算式がそこで成り立っている。

 そんなものがないとわかっていて、たのしんで現世を生きていたが、死んでそれが訪れるのなら悪くはない。


「まぁ、自殺とかしようとしたら流石に私たちは介入しますけどね。心ゆくものを提供しているのに、それを否定されると困るので」

「まぁ自殺をしようとする人なんていないでしょ!w」


 どの口が言うのだか。


「他に訊きたいことはありますか?」


 特に思い浮かばなかったため、僕はいいえとだけ答えた。


「では、これからあなたを転生させます。あちらをご覧ください」


 そう言って指差した先を見ると、一つの階段があった。白く、汚れのない階段で、階段の先に見えるのは光のみだった。


「あれは?」

「あの階段を上りきると、あなたは転生を果たすことができます」

「おぉ!」

「ただし、引き返して記憶を失って新しく地球でやり直すこともできますが、」

「しません。このまま行きます」


 言葉を遮ってまでまで僕は転生がしたかった。僕は走りだし、階段に足をかけた。


「このまま行くというのですね。わかりました」


 屈託のない笑顔で彼女は微笑み、最後にこう言った。


「良き転生を」


 僕はそのまま勢い落とさずに階段を駆け上った。主人公と友達になりたいな、メインキャラ全員と仲良くなりたいな、そう思いながら、僕は転生した。



「今となってはあの時の口調なんて見る影もない」

「仕事だからな。本来はこんなもんだっつーの」


 言いながら、どこから出したのかわからない酒を飲むリン。

 そこら辺のコンビニで売っている缶ビールだ。随分と美味そうに飲む。

 リンはカーッ! とおっさんよろしくの声を出して表情がみるみるうちに笑顔になっていく。溜まっているストレスが放出されたのだろう。僕のストレスは蓄積されていくが。


「お前も飲むか?」

「飲まない」

「未成年だからか? 関係ないって。飲めよ」

「飲まない」

「んだよ細けえなぁ。前世も未成年だからか?」

「関係ないだろ」


 僕は制服を脱いで部屋着に着替えて、そのまま晩御飯を用意し始めた。


「なんだよ。急に脱いで。てっきり襲ってくるのかと思ったぜ」

「襲わねぇよ。幼女趣味は僕にはない」

「この作品には出てくるのに?」

「関係ないだろ」

「まぁ今の所恋愛に発展することはないか、進展なしだな。それで報告しよう」


 めんどくせぇ、そう言いながらリンはゴロンと畳の上で寝っ転がる。この光景には慣れたもんだ。追い出そうとしたところで無意味。


「……なぁ」

「んあ?」


 好奇心ながら、僕は訊いてみた。


「仮にだが、お前が人間だとしよう」

「なんだ急に」

「僕みたいな騙されやすい奴が来て、お前と同じように言われたとする」

「うん」

「自分の好きな世界に行けるって提案されたら、お前は受け入れたか?」

「ふぅむ……」


 リンは顎に手を置いて、少し考えた後に、僕の目の前にやってきてこう言った。


「するね」


 リンは大きい声で、そう言った。


「なんでだ?」

「同じ理由だよ。好きなものをこの目で見たいから、私にはないがね」

「けれど僕みたいな目に合えば」

「誰がそんなことを予想できると思う? お前は今まで見てきた創作物でそんな展開を見たことはあったか?」

「……そりゃないけど」

「人間的な視点で立って私は言ってるんだ。そう言いたいんだろ? 神側から言わせてもらえば、大人しく普通の異世界に行け、なんだがな」


 僕みたいな人間と同じ目線で立って、そんな提案をされたら自分だって受け入れる。

 誰だってそうかもしれない。


「でもお前はしなかった」

「そうだな。上からの命令だし。たかが一人の人間の命くらい別にってな」

「監視対象を買っているくせに」

「上からの命令なんだよ毎回自殺を図りやがって」


 自殺をするところに毎回見守るかごとくにやってくる。正直もう来ないでほしい。


「まぁお前が何したって上から見てるし」

「クソが。プライバシーを守れよ」

「実験台が何を言うか。この世界でもそんな位置付けされてるくせに」

「ならその理屈を捻じ曲げて僕の自由にできる世界にしてくれよ」

「嫌だよ。つまんねーじゃん。そんなの。発展もクソもないそこで止まった世界に価値なんてない」

「僕にはある」

「お前にはな。けれど私たちにはない。監視する側から見れば性を謳歌するだけの人生を見たところで何も楽しくはない」


 前例を見たかのように言う。自分さえ正しければそれでいいが罷り通る世界で生きているのか、こいつらは。


「当然だ。私たちに作られた分際で何を言う」

「ならばせめてもう少しイージーに」

「ならねぇんだな。これが」


 ため息をお互いについて、女神は畳に再度腰を下ろした。

 僕は適当に作った料理をそのまま提供して、面と面を向かいたって飯を食べる。

 毎回こんな感じだ。今更でもないので僕はもう慣れている。


「私たちには欠点がある」

「……なんだ? 弱点の話か?」

「似たようなもんだ」


 箸が扱えないのか、スプーンとフォークを使って食べている。


「チッ。人間の作った道具ってのは使いにくいな。手を使って食べてやろうか」

「畳を汚さなければなんだっていいわ。んで、なんだよ弱点って」

「未来が見れない」

「は?」


 深刻そうな顔をして言う。


「私たち神っつーのは、過去には干渉できるけど未来を操作することができねーんだよ」

「……なにが言いたいんだ?」

「お前がこうなることを私は、いや、私たちは予想できなかった」


 随分と都合のいい発言をしてくれる。

 そう言いかけたが、リンの次の言葉でそんな言葉はかき消された。


「男一人投下した瞬間それ以外の男は消え去った、その事実を知った上がそれを楽しみ始めるなんて予想できるか?」

「…………」

「そんな状況を楽しんでるのは上なんだがな」


 できるはずがない。この世界は予想外の展開だらけだ。不必要な部分を無理やり成り立たせているのも、もしかしたら神の力による干渉があったかもしれない。


「じゃあなんで僕の自殺を止めれる」

「包丁持ち出した瞬間に来ているだけだぞ」

「なんで来るんだ」

「メンタルケアみたいなものと思え」


 全然ケアできてねーだろ。


「……てか、この会話って今も見られてるんじゃ」

「監視してるのは私だけだ。私がお前の転生を担当したからな」

「誰も聞いていないと?」

「あぁ。……おっこれ美味いじゃん。チートってすげーな」

「なら自分で作れよ。二人分作るの面倒なんだよ」

「めんどくせ〜〜〜っ」


 鼻くそをほじりながら喋る少女に愛嬌など存在しない。

 悔しいことに、自分が今暮らしていけているのはチートのせいだ。

 生かすも殺すもチート次第だ。いっそのことなくなってくれればいいのに。


「じゃ、私帰るわ」

「二度と来んな」

「無理」


 そう言ってリンは帰っていった。

 正直明日からの学校も行きたくもないのだが、それをすることは神に逆らうということになり、無理やり行動させられるっていうのがオチだ。なんて御都合主義な力だ。反吐がでる。

 とはいえこんなのはもう何十年もしてきたことだ。今更変えられることもないし、大人しく実験台は実験台らしくその人生を過ごさせてもらおう。

 ……ほんと、死にたくなる。



 翌日、百合城女学院にしっかりと登校をした。女子校だがこの世界には女子校しかないので女子校に登校されている。

 教室のドアをくぐって皆は僕の方を見て、ヒソヒソと話を始める。

 僕のことなんだろうな。よく聞こえるよ。男なんて汚らわしい、早く死んでくれって。

 この偏見をなくせればいいのだが、できないことに挑戦するのも馬鹿らしい。諦めるのが吉だ。

 席に着いて授業の準備に取り掛かろうとした時、桃星がやってきた。


「昼」


 一言だけ言って戻っていった。金が毟り取られるのだろうな。

 金なんて放っておけば神が勝手に暮らしをさせるために置いてくるのでどうしようもない。一度餓死を考えて試みたが一ヶ月経っても死ぬことはなかった。多分サハラ砂漠に放置しても生きてるんじゃないかな。


「…………」

「……?」


 芥川が桃星たちと話さず、一人で僕の方を見ていた。何を考えているのかはわからない。


「ちょやめなよ未来ー。あんなのみたら目が飛蚊症になって網膜が剥離するよー」


 この世界の男ってなんなんだろうか。この偏見というのは男が存在してたからあるものだと思うんだが。

 授業の始まりを告げるチャイムが鳴る。

 地獄の日々は今日もまた、滞りなく進んでいく。



「へい、金出せ」

「ない」

「死ねオラァ!」


 人のことを網膜剥離を促す存在と言うのによくぶん殴れるなこの主人公。

 痛みが当然の如く入るが、どうせ治るので大人しく受け入れる。


「へーい財布は? 財布どこ?」

「…………」

「見っけ」


 金田が僕の尻ポケットに入れていた長財布を手にする。そこに入っていたのは今週分の食費を揃えるために入れていた一万円だった。


「一万円入ってる」

「今夜は焼肉だな」


 家に取りに帰るのも面倒だし、今日の夕食は無しにしようか。

 精神的に参っていたのは確かで、正直この世界でやりたいようにしろとか、仕返せという発言を聞いて、それらの行動をしたくはないのに心のどこかでやれよと思っている自分がいる。

 心のどこかでは、例えば殺人衝動に襲われていたり、欲求を思うがままに満たせと、囁いているようで気が気にならない。

 どこかで誰かが僕に殺せと促してくる。

 どこかで誰かが僕に犯せと促してくる。

 したくもない衝動に駆られて、けれど僕はそれをしない。自らの“好き”を否定しているようだからだ。

 だから言い訳をする。全てはお前ら神のせいだと。


「じゃあ今日のサンドバッグ、行くか」

「オーケー」


 ストレス発散道具であり、昼も放課後もずっとこれだ。無理やり生かされる人生、僕はそれに何度目かもわからない絶望をする。


「ねぇ、わたしもやっていいかな」

「未来? めずらしいね。いいよ」


 芥川が急に割り込んできた。見えない目元が一瞬、僕ではなく、桃星を捉えていたような気がした。

 一体何をするつもりだろうか。


「…………」


 僕は押し黙って耐える。頭を踏まれているため何もできない。

 一度くらい戦闘チートを使えばいいんじゃないか?

 そんな声が聞こえた気がした。


「……使わないぞ」

「……あ? なんか言ったか?」

「ぐっ……!?」


 さらに強く踏まれる。

 自分自身の否定を、相手にそのまま体現されている。まさしくそこは地獄だった。

 芥川が僕のもとに近づき、前髪を後ろの方に動かした。額が露わになり、その部分をゴムで結んでポニーテールにする。

 茶色く輝く目が僕を見る。その目は侮辱の目でも怨嗟の目でもなんでもない、哀れみの目だった。


「……?」


 おかしい。なんでそんな目で見る。

 今まで見てきた女たちはずっと、僕をまるで親が僕に殺されたかのような目で見ていたぞ。誰も僕を信じてくれなかった。親も、幼なじみも、妹も、なんでも僕を信じなかった。それがなんだ? なんでそんな目で見る。

 なんでそんなに、悲しそうに僕を見る。

 僕の考えをよそに、芥川が近づいてくる。おそらく蹴りを入れるつもりなのだろう。

 芥川は僕のもとに近づき、そして───彼女は桃星にめがけて蹴りを入れた。


「……? なんのつもり?」


 桃星は当然のように、その蹴りを受け止めた。その右足が地について、そこからさらに左足で顔を狙う。


「いっ……!? なにすんのっ言ってんの! 話を聞け!」


 顔面を狙った蹴りは、しかし桃星の左腕に威力が相殺され、おそらく赤く腫れている。


「わたしは納得ができない」

「はぁ?」

「男が忌み嫌われている理由がわからないんだよ」

「簡単なことじゃん。汚らわしい、金を持っている、脅せばなんだって渡す、女に弱い、それが男って学んだでしょ?」


 金田が続いて言う。初めて聞いた男の詳細だが、語弊があるように見えて真実が混ざっているような、なんとも思えない言葉の羅列がそこにあった。


「わたしは学んでいないね。他の家がそうだとしても、わたしは知らない」

「だから? でも男は気持ち悪いって、学校で学んだでしょ?」

「学んだからこそ思うんだよ。なんでって。疑問に思うんだよわたしは」

「はー意味深意味深。疑問に持つことなんてなくない? 無理なものは無理、はい終わり。さ、はやくこいつを殴ってよ。それで許すから」

「なんで許す必要があるんだ?」


 芥川は僕の前に立ち、僕を庇うように立って言う。


「一週間見てきた。灯達以外にもいろんな女の子が黒耀を痛ぶってた。わたしも目の前で見た」

「…………」

「でもわたしは殴る気にはならない。放っておくにしても、放っておく理由が浮かばない。何も聞かなきゃわからない」

「何が言いたいわけ?」

「わたしはこいつに聞きたいことがある。そのためにはいじめは邪魔なの」

「……は?」

「だから庇う。わたしの疑問を満たしてくれるのは黒耀しかいない」


 僕も理解ができなかった。そんなことが起こるなど誰が予想できるんだというんだ。

 神の策略かなんかか?

 けれどそんな気はしない。彼女の言っていることを言い換えれば僕は利用されるのだけれどいじめがなくなる? 無理だろ。


「やろうっての?」

「うん。やるよ」


 こうなったらやることは一つだ。女の子同士の戦いはいつもこれで成り立つ。

 この世界は“Starving Girl!”。女性格闘技が発達した世界で、主人公である桃星灯が世界の強敵達と戦い合う、そんな内容だ。

 そこにあるのはドラマ。苦悩の日々、練習、それらを乗り越えた先にある勝利の景色。

 僕はそれが好きだ。


「なら私が場を整えよう」

「……白崎先生」

「と言ってももうできてるがな。さ、ついて来い」


 いつの間にか来ていた白崎先生の声に応じて桃星と金田がついていく。傷だらけの僕の身体を芥川が支え、僕の腕を彼女の首元に置いて、引きずるように連れて行く。


「……なんで」

「?」

「なんで僕を庇った。お前も僕を利用する気か」


 僕は疑問のままに言った。以前同じように庇われて、結果的に騙されて死に近いような体験を行われたことがある。小学校の頃に。それを皮切りにいじめが加速し、結果人間不信の僕がいるわけだ。だから理由にもならない説明をされたならば、僕は殴ってでも帰る。


「これは取り引きだよ黒耀」

「……取り引き?」

「わたしは男について知りたい。けれどあなたはいつもいじめられている」

「……そうだけど、なんで、なんで気になる」

「さっきも言ったでしょ。納得ができないんだって。男を嫌うにも何も理由があるはずだろう? でもみんなないんだよ。だから不思議に思ってる」

「…………」

「それをわたしがお前から聞く。お前はわたしのおかげでいじめられなくなる。どう? いい取り引きだと思わない?」


 思うけれど、僕は人を信用できる権利があるのだろうか。言われるがままに転生した僕にそんな権利があるだろうか。


「たった一度だ。わたしの願いを聞いてくれ。負けたら負けたでわたしも同じ扱いになるかもね」

「…………それは」

「わたしを信用して」


 ……納得ができない。たかが僕のために身体を張ろうというのか? 相手は主人公で、勝てる景色が見えない。

 彼女は僕のためにここまでする理由があるというのか?

 当然ながら知らない。原作だって、そんなキャラクターだったと記憶していない。

 理解ができない。けれど、一度だけ、一度だけなら。


「……わかった。信用する」

「ほんとか?」

「あぁ」


 ただ簡潔に、そう伝えて僕は黙った。

 芥川はそれ以上話しかけることはなく、そのまま僕と歩いていく。

 戦いが、始まる。



 体育館には一つのステージが出来上がり、今にも“百合戦士の戦い(ユリッツァーファイト)”が始まろうとしていた。ちなみにこの名称は公式名だ。ボクシングやプロレスで使われるリングと同じような舞台。ここで芥川と桃星の戦いが始まる。ルールは簡単。相手を十秒以上倒れ臥させれば勝ち。そのための手段は道具は禁止だが何をしても問題がない。ただしダーティープレイは禁止、そんなところだったか。

 漫画、アニメ共に清いルールであったため、相手に蹴りを入れて勝利を手にしたり、長い戦いの上での勝利が当たり前であったが。

 今から行うものはそんな雰囲気を感じさせない。


「何を賭ける?」

「何でも」


 賭け事が始まっていた。ファイトに賭け事が付き物、というわけではない、というか初めて知った。


「私は貞操を賭けるよ。どーせ負けないし。あんたは……人権を賭けてよ。私に挑んだ罪で」

「構わない」


 なんだ、これは。

 賭けの度合いが釣り合わなさすぎる。なにをどう価値に思っているのかは知らないが、貞操はともかく、人権って。

 人権を賭ける。つまるところ、これに負ければ奴隷として扱われるとさして変わりはないということだ。

 貞操っていうのは、……そういうことだろう。


「止めなくていいんですか?」

「止めるも何もこれが普通だろ。黒耀」


 白崎先生はこれを普通のルールだと思って疑うことがなかった。洗脳の一つでも喰らっているのかと思った。


「普通の度合いが違いすぎますよ」

「……確かにそうだ。でもこの戦いを勝てるとあいつは思ってるぞ」

「芥川が? ……なんでですか?」

「あいつが言ってきたんだ。『わたしが桃星に喧嘩を売って黒耀を解放させます』って。そう言われたならやるのとは一つだろ?」

「…………」


 正気か?

 なんでたかが僕のためにそこまで張れるんだよ。自分が情けなくなってくるじゃないか。そんなもの、僕が認めたくない。勝ちを確信して彼女は戦いに挑んでいる。

 僕はその賭けに乗った。信じるしかない。


「流石に人権をかけられるとは思わなかったがな。それを否定しないことはなにかしらの策があるってことだ。やったな。勝ったぞ黒耀。風呂でも入ってこい」

「気が早すぎます」


 しかし、だからと言ってだ。ファイトには道具を持ち出すことができない。そのため自分の力のみを信じるしかない。

 相手は桃星灯。この作品の主人公だ。彼女のステータスには常に“主人公補正”がかかり、力量が倍にあると言ってもいい。

 そんな彼女に勝つ? 僕が把握していない、未知のキャラクターが?

 僕はそれが、気にいらなかった。


「準備は?」

「問題ないです」

「わたしもです」


 ユニフォームを着た彼女らがそこにはいた。胸と股間部を隠しただけの簡潔な衣装。なんでも作者が言うに、動かすのに楽な動きを追求したらこれしか浮かばなかった、だとか。確かマイクロビキニも出てきた。


「なら試合を始めよう」


 白崎先生がゴングを慣らすために、所定の位置につき、


「初め」


 それを鳴らした。刹那、桃星はリングから消えた。芥川は警戒して自らを守るために構えを取り始める。


「そいっ!」


 後ろから突然現れた桃星は右足を芥川の後頭部めがけて蹴ろうとしていた。彼女の身体はゴムを反発して動いたのか、浮いており、右足の次に左足を命中させる、ダブルアタックの体制を組んでいた。

 芥川は後方を確認せず、しゃがんで右の蹴りを回避、それに呼応した桃星が右足をさっさと時点に置いて、左足をとっさに上げて、カバーをするつもりか、そのままさらにかかと落としをする。


「……っ!」


 その攻撃が頭に命中───せずに、腕をクロスさせて足を受け止めた。かかと落としの衝撃波がリング外にまで広がり、足元に響き渡っている。

 ……この作品はフィクション。漫画、アニメの世界の元に作られている。

 だから人間とは思えないような動きも当然するし、それらの応酬が飛び交う。

 だから驚くことは何もない。久々に目にするその戦いに、僕は心の中でどこか興奮を覚え、どこかで悔しさを感じ始めていた。


「甘い!」


 桃星が左足に体重をかける。そのまま折るつもりなのだろう。芥川はおそらく左足を腕で固定させて、攻撃に転じようとしたのだろう、それが失敗に終わったかもしれない。

 桃星灯は特徴して足が速い。彼女の足捌きは中学時代に陸上で生かされたもので、全国レベルの筋肉から繰り広げられる速さと、蹴りへの重みが違う。そんな彼女は高校に入って“百合戦士の戦い(ユリッツァーファイト)”に興味を持ち、そして今ここにいる。


「甘いのはそっち」


 芥川は桃星の左足を、クロスさせた腕で弾き飛ばした。桃星の肉体が宙に上がり、その隙で芥川が軽くジャンプ、桃星の尻を狙って拳を入れるつもりなのだろう。

 桃星の視野ではそれが見えない。だから、攻撃を回避することができなかった。

 尻に命中した拳は桃星の身体に命中した。天井すれすれにまで肉体が跳ね上がり、そこにすかさず追撃を入れるように芥川は飛ぶ。

 宙で人回転、サマーソルトキックをするつもりなのだろう。芥川は右足を高く上げた。それが腹に命中すれば大ダメージを与えられるだろう。

 そしてそれが、命中した。


「……!?」

「……ふふっ」


 確かに命中はした。けれど、威力が相殺されたらしい。とっさに空気を強く吸い込んで、腹を力ませて、そのまま受け止めたところだろう。さすがは主人公だ。


「……まずいな」

「……白崎先生? 何がですか?」

「芥川のサマーソルトキックは桃星に受けられてしまった。どういう意味がわかるか?」

「……腹筋が硬いってことですか?」

「それもそうだがそれ以上に問題なのは」


 芥川が一番得意としている攻撃方法は蹴りで、それが受け止められたという事実ができたということだ。

 そう言ったつかの間、キックを受け止めきった桃星がリングに着地をした。このまま攻撃に動くだろうか。

 空中では抵抗のしようがない。動かせるのは腕で、それもほんの数秒の間のみだ。

 だから読み合いが始まる。芥川は現在着地するためにリングのすれすれ、ゴムに当たるうちに位置を調整していた。まだ何か狙う気だ。


「ここだね」


 芥川の着地予定ポイントに移動し、ゴムを使って飛び上がる。芥川は対応するように足を開いた。絞め技で倒すつもりだ。

 それを桃星は、自分から受け入れるかのようにすっぽりと入っていった。


「!?」

「やっと接近戦だ」


 足で首が締められているのに、しかし桃星は動じない。息を荒げることなく、苦しそうでもない。桃星は足を動かした。それた身体とともに足は芥川の首に達した。桃星の方が身長が高いため、届いて当然と言える。

 そして、桃星は足の力に長けている。

 彼女らは着地して、共に首を絞め合う。苦しそうなのは、芥川のみだ。芥川は身体を動かして、桃星に攻撃をしている。身体の部位のどこを攻撃しても桃星は平気そうだ。


「っ…………!」

「どしたー? 足締める力弱くなってなーい?」


 煽っていく桃星。このままだと気絶をして負けてしまうかもしれない。だがそれでも彼女の顔は諦めていなかった。

 力はこちらが見ても緩んでいるのに、諦めようとしない姿に、僕はそれを見て自身が惨めに悔しく感じられた。


「……なんで僕は庇われているんだ」

「……黒耀?」


 僕のことなんて放っておけばいいのに、何故か介入して、僕を助けようと言わんばかりの行動をしてきた。

 私を信用しろと、身勝手にいいそれを僕は乗った。彼女は勝てるだろう、僕はどこかでそれで安心していた。だが現実は違う、奴は主人公。負けることが許されない人間。


「違うだろ」


 そうだ。違うはずだ。そんな顔をするなよ芥川。ここから踏ん張って勝とうとするなよ。

 たかが僕のために、誤ってこの世界に踏み入れた愚かな人間を救おうとするなよ。


「僕のために動くなよ」


 僕のために動いてくれた芥川が嫌いだ。放っておけばいいのにただの知的好奇心でここまできた。それが気に入らない。

 だから僕はリングに入り込んだ。


「「!?」」


 二人は互いに僕の方を見て驚いた。僕はそのまま堂々と歩いて芥川を庇うように前に立つ。


「選手交代だ。僕が戦う」

「はぁ!? そんなのが通ると思ってんの!? 第一あんた男じゃん!」

「男が出てはいけないなんてルールはあったか? それとも何? 負けるのが怖いの? 普段僕を殴りまくっているくせに?」


 簡単な挑発ではあるが乗ってくれるだろうか。彼女の性格上乗ってくれるとは思うが。


「は? 今のでキレたわ。サンドバックのくせに調子乗んなよ」


 案の定乗ってくれた。そんな簡単に乗られるから同人誌でその性格ネタにされるんだよ。ここまではいい。あとは僕が勝てばいい。勝って僕を助けようとした芥川に、一応の恩返しをする。


「いいか」

「…………」

「僕の為に戦うのが気にいらない。僕なんて放っておけばいいのに。行動に起こすなよ。賭けてまですんなよ」


 吐き捨てて、僕は芥川の身体を抱えて、リングの外に立っていた白崎先生に渡す。彼女の肉体に与えられたダメージは限界を超えていたようだ。

 僕の方を見ている芥川に、僕は最後に言い切った。


「だから見ていろ。お前が救おうとした人間がいかに弱いかを」


 そうだ。僕は弱い。世界のせいとまでは言わないが女性に屈服しきった、ただ一人の男性の弱さを僕は知っている。

 殴ればセクハラ話せば拳、行動自体が制限されてる世界で唯一戦えるリングの上。

 真に信頼するのは自分のみだ。


「はっ! 男のくせに粋がっちゃってさぁ! 私たち女より下のくせに何言ってんだか!」


 主人公とは思えない悪役ぶりに僕はため息がつきたくなる。キャラ崩壊がひどい。こんなのアニメで見せられないぞ。

 僕という存在がもたらした変化がこれだというなら、今この場でその責任を取らなければならない。


「言葉はもういい。戦うか?」

「受けてたつよ」


 その言葉を最後に、彼女の姿は目に写すことに失敗した。彼女は視界から消え去り、すでに攻撃のための行動を開始している。

 ここからは読み合いだ。上から来るか、後ろからくるか。視界に入る限りだとギリギリ横が見えるが、そんなところからは気配を感じない。となると二択に絞られる。


「はっ!」


 上からの声に僕は、その拳を無理やり手のひらで受け止めた。


「!?」


 拳から伝わる衝撃が身体全体に伝わって骨伝導。全身にヒビが入ったような錯覚を覚えてしまう。実際は割れてはいない。

 受け止めることに成功したので僕の反撃を与える方法を思考しなくてはならない。

 戦闘チート。能力の詳細は思考の加速、筋力脚力増強、自身が守備に該当する行動を選択した時に受けるダメージを半減(これでもかなりダメージは入っている)。その他諸々。ともかく攻撃ができればいい。

 手のひらで受け止めた拳ごと、桃星の身体をこちらに強く引き寄せる。

 右手で引っ張り、そのまま左手を握りしめ、その腹を狙って攻撃をする。

 戦闘チートが発動するように、心の中でスイッチを押す。感覚としてはそんな感じ。チートの力は神が作り出した新たな概念。人間の力を増幅させて、相手に完全勝利をする完全無欠の唯一無二の存在。だから攻撃が命中すればほとんど勝ったと言ってもいい。


「……よっわ」

「…………!?」


 馬鹿な。完全に命中したはずだ。戦闘チートも発動している。確かにそんな感覚がするのに、なのに何故だ。

 ……まさか、今まで一度も使用していなかったから?

 鈍っているのか? チートとあろうものが!?

 リンが助言の一つでもしてくれればいいのにそんなこと知らされてないぞ!

 言っていないからなという言葉が聞こえてきたような気がする。


「これで終わり? その手を離し……無駄に力あるなおい!」

「灯ー! そういう時の対処法知らないのー?」

「うるさい唯香! 力だけはある! 打たれ強いとは思ってたけどこれほどまであるとは!」


 清々しいほどに僕のことを評価をしてくれるがこちらとしてはこのままだと負けに繋がってしまうんだよ。

 攻撃がこの程度なら僕の勝ち目は急激に薄くなっていく。

 他のチートで誤魔化してるけど肝心の攻撃がダメダメすぎる。つまりほとんど詰み。

 掴んでいた手を離されて距離を取られる。思考を加速させて策の一つくらい考えようと思ったのだが、


「…………!?」


 吐き気を催した。どうやら脳の処理能力がチートについて行っていないようだ。チートというのは初めから使えるすごい便利なものではない。日々を過ごしていくうちに使えなければ意味がないということか。

 喉元に液体が這い上がっている感覚を覚える。僕は反射的にそこを手で抑えた。


「チャンス!」


 桃星はその動作から僕の隙を見出して特攻するかのようにリングを蹴った。

 瞬きをすると目の前に桃星が現れていた。動きが鈍り始めた僕は当然それを防御できる術がなく、膝蹴りをそのまま腹で受けてしまう。


「カハッ……、ゲホッ……ゥッ!?」


 口から出てきたのは吐瀉物。リングにそれを撒き散らしてしまった。異臭がその場に漂う。吐くことを予想していなかったのか、白崎先生も芥川も僕を見て驚いている。

 膝をついてしばらく立ち上がれそうにない僕を桃星が放っておくはずもなく、僕に隙を与えないままに追撃をしにいく。

 かろうじて身体を動かして回避行動をとる。

 拳を右に避けたものの、桃星が突き出した拳をリングの上に置いて、身体を浮かせて後ろから回し蹴りを繰り出してきた。

 僕は腕でそれをなんとか受け止めたものの、衝撃で吹っ飛んでしまう。


「…………」

「その程度? あんだけイキってこれ? ダッサ」


 チート頼りだったが発動しないなら自分の実力で倒せばいいのだが、ここはあくまでもフィクションの世界。ありえないことが起きて当然の世界だ。僕とこの世界の女に力の差があるのはこの世界では女が強く優位に立つ世界として成り立っていること。根幹にあるのはありえないほどに成長した肉体だ。

 男にはもちろんない。だって戦うのは、スポットライトが当たっているのは女なのだから。装備が整っていないまま、対してレベル上げずに魔王に挑むようなものだ。

 だが、そんな状況でも勝たなければならない。発動するまで、殴る。そのためにも今は耐えるのみだ。


「ほらっ! ほらっ! なーんで抵抗しないの? 私が一方的に殴るだけでいいのかなー?」


 強打が常に僕の肉体にダメージを与えていくごとに常に発動している健康チートが僕の身体を急速に回復させていく。

 このチートは小学生の頃から発動させていたため、そのためか鈍ることはない。


「……つまんな。攻撃してみてよ? 本気で一回くらいできるでしょ?」

「…………」


 右手で左腕を握りながら彼女はそう言う。

 どうやら僕の力量を見極めるつもりだ。せっかくもらった隙なのでありがたく使うために、僕は戦闘チートをフルに使うために力を入れる。


「…………!?」

「うぉ……っ!」


 増強している筋肉に、しかし身体は耐えていない。血管から血が吹き出ている。無理に発動してしまったそれは身体に絶大な負担を与えている。失神してしまいそうだ。

 だがここで活躍するのが健康チート。すぐさま反応して僕の身体を修復していく。その光景は異様だ。壊れた身体が、壊れながら修復していく。

 見た目的には変わっていないだろう、だが確かに、力が身体全体から溢れ出ているようだ。


「灯! さっさとKOさせちゃえ! なんかまずいって!」

「う、うんっ!」


 戦闘チートが身体全体に包むように広がっていく。だが同時に口内から血が吹き出た。負担が大きすぎるのだろう。

 よく異世界モノの作品では主人公はなんの苦労もなく自身に与えられたチートを平然と使っている。さもそれが最初からあったかのように、たとえそいつが何日何ヶ月何年も戦闘していなくても戦う機会が来たらおそらくなんの障害もなく使用できるだろう。

 羨ましい限りだ。憎たらしいほどに創作物の人間に嫉妬をしたくなる。

 そうも言っていられない状況の中、僕は動き出した桃星にどのタイミングで攻撃を与えるかを考えなければならない。

 桃星も桃星で連続の戦いのため身体はすでに限界を迎えているはずだ。桃星に与えてきた攻撃の中で一番負担が入った場所に攻撃を命中させる。それしか方法はない。

 それがどこか。思い出せ。まともに攻撃を命中することに成功した場所を。芥川も攻撃も……。あった。たった一つだけ。一番ダメージを与えられた場所がある。

 場外でのダメージだが今も痛んでいるだろうか。いや、痛んでる。すでにその予兆は見えている。

 僕はそこをめがけて攻撃するために準備をし始める。


「黒耀!」


 芥川が叫ぶように言う。


「なに!?」

「左腕じゃない!」

「…………えっ?」

「そんなところはダメージにもならない!」

「じゃあどこを狙えばいいんだ!?」

「ない! ないから作れ!」

「……えぇ?」


 桃星は動きを止めて舌打ちをした。狙わせていたのだろう。僕が左腕を攻撃をしたら、カウンターを仕掛けるつもりだったのか。

 末恐ろしい女だ。

 御都合主義のような伏線では回収することはできない。テンプレートは求められていない。創作物としては禁止行為の詰め合わせのようなもので気が狂いそうだ。

 左腕がしきりに痛そうに見えたがそう見せていたようだ。

 八方塞がりだ。どうすれば……。

 桃星はじりじりと近寄ってくる。ここで決めるしかない。


「……っ!?」


 膝から崩れ落ちる桃星に僕は咄嗟に反応ができなかった。けれど、なぜか倒れてしまった。リングの上にあるのは僕が先ほど吐いた吐瀉物……、位置が逆転していたのか。身体を吹っ飛ばされているうちに場所が変わっていた。

 それでいいの? これ。桃星の詰めの甘さが出たけれど、ここはチャンス。

 桃星がしてきたように、瞬き一つしてる間に相手との距離を詰める荒技を自分がしてみる。近づくことに成功した。

 この後僕は殴って終わりだ。それでいいのか? それでいい。これで万治解決だ。

 万事、解決……………………。


「…………攻撃すればいいじゃん。なんでしないの? 同情?」

「違う。そんな気分になれないだけだ」

「はぁ? さっき私のお腹ぶってたじゃん。今更何言ってんの? 矛盾してない?」

「うるさい。ともかく僕が殴ればお前の負けだ。降参しろ」

「バカにしてんの!? 殴ったらあんたの勝ち!? 夢見てんの!?」

「…………」


 嫌なものは嫌だ。最初は、チートを使えば一発で終わるからと言い訳し、主人公の名を冠する桃星を軽い気持ちで殴ったが、今は違う。身体は変貌し、全体から力ながみなぎってくる。そんな状態で殴ったら、どうなるかなんて想像できやしない。

 だから怖くて行動に移すことができない。


「いいから殴れって! ほら! もういいから!」

「……わかったよ」


 気は乗らないが、やれと言われたとならば、やるしかあるまい。僕は桃星の頰を殴り───彼女の身体は場外まで吹き飛んだ。体育館の壁に身体がぶつかり、そのまま気絶した。


「……………………やっば」


 こうなるとは思わなかった。



「いやー、黒耀はすごいな! 何あの力! 男だから? 男だから?」

「ど、どうだろう……」


 戦いが終わって帰路につく。芥川が僕のことを褒めながらバンバン背中を叩いてくる。男との距離感がわかっていないのか、ほとんど肩を組んで歩いている状態になってる。

 胸の感触とかその他諸々はともかく、勝負は決し、戦いは僕たちの勝利で終わった。これで明日からどんな変化が起きるだろうか。


「でもいいのか? 黒耀。貞操取らなくて」

「……流石に取れないよ。僕に手に負えるものじゃないし」

「まぁわたし負けてたら人権剥奪されてたんだけどね! あっはっは!」


 すごいご機嫌だ。そんなに戦いに勝てたことが嬉しいのだろうか。

 そう、僕たちは勝った後桃星の貞操を奪わなかった。彼女はそれを賭けていたが、僕には必要がないものであり、貰ったら貰ったらでRが跳ね上がってしまう。

 だから僕は、この世界に来る前に願ったことを僕は彼女に言った。


『友達になってください』


 って。ほんの十五年ほど前の記憶。そんなことを願った僕のやりたかったこと。桃星は苦い顔をしつつもそれを承諾。あとは使用した設備を片付けてそのまま帰っているというわけだ。

 長い一日だった。戦闘チートは戦いの終わった後急速に力が失われていった。心の中には残っているものの、おそらく今日以外もう使うことはないだろう。僕はそう信じてる。だいたい日常生活において強盗に会うとかそうそうないと思うのだが、なぜ神は、リンはそれを僕に持たせたのだろうか。

 今日の戦いを見据えて? それは考えすぎだろう。


「ていうかなんでついてきてんの?」

「祝杯だよ。物事を成し遂げたあとはパーティーをパーって開くのが一番だ」

「それを僕の家で?」

「だってわたしの家まで距離あるし? お前家近いんでしょ?」

「……なんで知ってるの?」

「白崎先生が」

「…………」


 僕たちの距離は狭まった。心の中にあった女子という生物に対して存在していたはるかに大きな壁はこうして砕かれることになる。

 それは僥倖と言っていいのだろう。地獄を見ていたあの日々が今日終わりを迎えることになると考えると、多少は嬉しくなる。


「そういえばさ」

「ん?」

「なんで勝ち目のなさそうな戦いを挑んだんだ? 負ける可能性もあったのに」

「あぁ、それ? わたしがお前を信用させてまでお前のために戦った理由? そりゃ簡単だよ」


「わたしが倒れてもお前がなんとかすると思ったから」


 芥川はそう言い切った。彼女の心の奥底から僕を信頼し、勝利への道を歩んでいける器があると確信していたと言うのだ。

 その言葉に僕は嬉しくなってしまう。


「……ありがとう」

「どういたしまして、おっお前の家が見えてきたな」


 アパートの階段を上り、僕の部屋のドアを開ける。ガチャリと開けて部屋の中に入ると、奥から少女の声が…………えっ。


「おにいちゃんおっかえりー! 学校お疲れ様! 今日遅かったね! 雑用してた?」

「お前……なんで……?」


 そこにいたのは、僕にとっては忌々しい存在となっているリンだった。


「えー? なにそれー! ちょっとイミフなんですけどー? ……うわっ! おにいちゃん彼女連れてきたの!? やっるじゃーん!」

「待て待て待て待て」

「おい黒耀。お前妹いたのか?」

「そうそう! 妹! おにいちゃんがお世話になってまーす!」

「ちょっといいかな!?」


 芥川を放置して部屋に上がって、僕は事情を聞くことにした。リンは先ほどまで見せていた無邪気そうな顔をころっと変えて、普段見せているくたびれた顔をした。


「いやさ、私もこうなるとは思わなかったんだよ」

「何をだよ早く言え」

「お前昨日自殺しようとしたじゃん?」

「それが?」

「上の奴がさ、『お前の担当めっちゃ死のうとするじゃん? メンタルやばくね。お前のメンタルケアで一年間つきっきりでいろ』って言われて…………うぅ……」


 ……つまり、彼女は僕のこれから暮らすことになると? 一年間? 正気か?

 僕のメンタルケア? 見ての通り正常じゃないか。やっぱり神は嫌いだ。


「……もう這入っていいかー?」

「あ、はい。どうぞ!」

「つーわけで……」


 リンは表情をすぐに戻し、元気活発感溢れる少女のように笑い、


「これからよろしくね! おにいちゃん!」


 と屈託のない笑顔で言うのだった。

 ……地獄を見ていた日々がこんな風に変わるというのなら、これもまたありなのかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ