脱出
評価やブックマーク、ありがとうございます。自分の書いた作品をちゃんと見ている人がいると思うと続ける原動力になります。
「おい貴様、何をしている!?」
幽霊を見れない兵士でも魔術の光は見える。契約の光に反応して、見張りの兵士が駆けつけてきた。あの広間にいた時とは違い、手に剣を持っている。多分私が怪しい事をしでかしたら殺せ、みたいな事を言われているんだと思う。だが都合がいい。私としては逃げられて応援を呼ばれるのが心配だったが近づいて来てくるなら好都合だ。
『取り憑け』
魔力を込め、私の僕、使役霊と呼ぶべき存在になったモーリスに命令する。彼の霊が丸まり、人魂となって兵士に向かって飛んだ。それを見えない兵士は当然避けることはできず、幽霊が体の中に入る事を許してしまう。走っていた兵士が急に止まり、立ったまま痙攣する。「あっ、あ…」と声が漏れと、10秒も経たないうちに痙攣は止み兵士、否、兵士の中にいるモーリスが喋る。
「支配しました、今牢を開けますね」
剣を納め、代わりに懐から鍵の束を出して牢の鍵が開く。そのまま彼は跪き、私の手足に嵌められた石枷を外してくれる。手が自由になったので、口を塞いでた布を解き、汚水に塗れた猿轡から解き放たれる。
「ありがとう、モーリス」
「礼には及びません」
兵士の中からモーリスの霊体が出てきて、そのまま兵士は地面に倒れる。意識を失っているようだ。今のうちに所持品を漁ろう。しかし私では鎧は着れないし、剣は重く、私は振れないので無用だ。服を着替えたいがさすがにさっきまで兵士、男が着ていた服を着るのは嫌だ。鍵は牢と石枷の分だけ、結局役に立ちそうなのは腰にあった短剣と牢の鍵束、それと硬貨が入っている財布だ。この国の通貨と推測する。兵士に止めは刺さない。殺すのが嫌だからではなく、無駄な殺傷で警備を固められたくない。それより私は逃げた私を追って手薄になってほしい。まだこの城にはやるべきことが残っているから。でもその前にまず脱出する。
『モーリス、ここから城の外に通じる抜け道があるか、知っていますか?』
『ええ、奥の方に一つあります。案内しましょう』
魂の声で語りかけ、モーリスが道を先行して私を案内する。念のため程度に聞いてみたが意外だ。契約する前の霊はまともに動けないはずなのに、彼が死んだすぐ近くにでもあったのかな?。私の牢を出て右、明かりのある方角とは反対に進み辺りがほぼ見えなくなる。幽霊は目で物を見ている訳ではないのでモーリスは先が見える。彼の後ろ姿が唯一の道しるべだ。
しばらく進んだあと暗闇の中、彼が急に立ち止まる。ここに抜け道があるのかと思ったが、様子がおかしい。ここは通路の途中で、左右に独房があるだけで他には何もない。「どうしましたか?」と声を掛ける。モーリスは振り向き、ためらいながらも返事をくれた。
『…此処の牢の中に、私がいます』
なるほど、つまりここで彼は最後を迎えたらしい。つまりこの中には死体がある。鍵束を取り出し、うまく嵌る鍵を使って牢を開ける。死因は餓死のようなのであまり良いものではないと思うが、ゾンビにできるかもしれない。しかしそこにあったのはボロボロの布切れと、白骨化した死体だった。おもわず動揺する。彼の魂が新鮮だったので、てっきり肉体もまだ腐り始めてないと思ったからだ。骨だけになっている程時間が経っていたのは予想外だ。
『モーリス、貴方が死んで、どれくらい立ったか覚えていますか?』
『…』
『いえ、忘れてください。こんな場所で、時間なんて分かりませんよね』
さすがに失言だった。自分がいつ死んだかなんて覚えたい人なんている訳がない。自身の体が腐って骨になる様なんて論外だ。しかし使い道はある。ボロ布を拾って、そこに骨を入れて包む。小骨は無理だが、大体は拾えたと思う。一応拾っていいか確認したが『ええ、大丈夫です』と返してくれた。死体も霊体も、分け隔てなく使うのが死霊術師だ。
『では先に進みましょう。案内、お願いします』
モーリスが再び動きだし、彼の背を追う。霊体以外は真っ暗で何も見えない。耳に聞こえるのは私が歩く反響音と、どこから滴る水滴の音だけ。それでも歩き続け、足が痛み始め出した頃、ようやくたどり着く。
『ここです、この壁の後ろに通路があります』
たどり着いた場所は行き止まり、だけと壁の向こう側に道があるらしい。壁も、ちょっと押すだけでポロポロ崩れ出した。穴が空いて、今まで無視してた悪臭が強くなる。また、同時に水の流れる音がする。まるで下水道だ。この場所は城で溜まった排泄物を川に流すための物だと思う、つまりどこかに流さないといけない訳で、そこを通れば私は外に出られる。
本来はいざという時の脱出経路、あの王様のような偉い人物を逃す為の物。そんな場所を、嫌われ者の死霊術師が逃げるのに使うのは皮肉が効いてる。迷わないように、モーリスが私の前に出る。そんな彼を追いかける。
出口へむかって、ただ前に進む。