躊躇い
「その、えっと…え?」
私がしてた不自然な事の言い訳を考えようとしたら、アレス君は私の手を握ってきた。
「やっぱり疲れてますよね、宿はすぐそこなんでもうちょっとだけ頑張ってください。」
そう言ってアレス君は私の手を握ったまま、歩き始める。握られた手が引っ張られが、抵抗はせずなすがままにして私も歩き出す。そのまま引っ張られ近くの宿にたどり着いた。
彼にしては珍しく強引だったが、そのおかげでギリギリ雨が降り始める前に屋根の下に着いた。入った宿は村に比べると明らかに割高だが、ここに来るまでに十分お金を集めたのか問題はないみたいだ。ここまでの道中と同じように二部屋を取る。その間もアレス君は私の手を握っていて、離してくれたのは私の部屋へ案内された後だった。
「その、すみません。早くいかないと、雨に濡れると思って…」
アレス君がペコっと頭を下げる。どうやら勝手に私の手を握ったことを悔やんでるようだが、彼がそうしなければきっと雨が降り始めるまでに間に合わなかっただろう。
「大丈夫です、気にしませんので。」
彼が私の気分を害してないと伝えるために、フードを取って笑いかける。
「そ、それじゃあ、俺は行きますんで暫く部屋でゆっくりしてください。何かあったら呼んでくださいね、隣の部屋にいるんで。」
そのままアレス君は振り向いて部屋の外に飛び出した。どうしたんだろうか?バタンと扉が閉まり、今部屋にいる人間は私だけになった。もっとも、モーリスもつーもいるので一人ではないが。
「ふぅ…」
ため息を零しながら、後ろにあるベッドに倒れこむ。そのまま寝てしまいたいが、頭にある一つの懸念が私を妨げる。あの路地裏にいた悪霊だ。取り付いた死体から溢れるほどの大きさ、そんな巨体を維持するにはより多くの食料、他者の魂を食らうことになる。そして狙われるのは勿論周囲の人間だ。
『…』
モーリスは何も言わない。きっと、私の考えを邪魔したくないからだと思う。あの悪霊は、魔術師でなければ知覚すら出来ない。宿った死体を見つけたところで、その体をバラバラにしても霊体に傷一つ付ける事も無理。放っておけば、誰かが犠牲になる。魔術師でも居ない限り。
「私なら…倒せる…」
私は魔術師。最近錬金術師の素養もあることが分かったが本分は死霊術師だ。初めて見る大きさであろうと、霊である限り優位は私にある。一人ならともかく、モーリスとつーと一緒に戦えば、逃がすことなく倒せる。
だけど私には、あの悪霊と戦う理由は無い。襲われたのなら、或いはここが元の世界だったら、安全のためにあれを倒すことに躊躇いは無い。だけど、私が一方的に見つけただで、ここは違う世界だ。ここで死霊術で悪霊を倒せば、私がここにいることがバレるかもしれない。この世界でも魔術師は希少らしいが、この町にいるかもしれない。それなのに、私がわざわざ無関係の人のために危険を侵す理由は、ない。
「…」
だけど私は迷っている。ちゃんと考えれば見て見ぬふりをした方がいいってわかるのに、悪霊を倒しても追われることが無くなる訳でもないのに。
始めはぽつぽつと降っていた雨が、今ではザーザーと窓越しに聞こえるぐらいに強くなっている。その間も何故見逃すのを躊躇っているのかを考えてみるが、答えが見つからない。
「…そうだ。」
体を起こして、部屋の外に出る。向かうのは確かこの部屋の隣になるアレス君の泊まる部屋だ。相談は出来ない、だけどアレス君とはこの町で別れるのだ。私の中の躊躇いに延々と考えるよりも、最後にちょっとした会話でもしようと思った。
コンコンと、隣の部屋の扉を叩く。




