接触
しばらく待つと、カチャ、バタンとドアが開いて閉じる音がして、アレス君が外に出てきた。
「すいません、待たせてしまって…」
申し訳なさそうに言ってくるが、私もモーリスと会話をしていたので、待っていた実感は薄い。
「いえ、大丈夫です。だたそろそろ雨が降りそうなので、早めに宿の場所を案内してくれますか?」
「あ、確かにそうですね。では案内するんで俺に付いて来てください。」
アレス君に案内され、再びサルヴィラの町を歩く。濡れるのを避けたいのか、初めに着いた時は人通りはもっと混んでいたのだが、今はそれに比べ随分と疎らだ。それでも純粋に町にいる人の数が多いので、今まで通ってきたどの村よりも混んでいる。私達も含め、濡れる前に用事を終わらせてしまおうと誰もが急いでいる。
ふと、気配を感じた。生者でなく、死者の物を。それと同時に辺りを見張らせていたつーが、慌てて私の元に飛びついてきた。肉体があったら、頭の角が胸を貫く勢いだ。
『つー、どうしたの?』
『!、!!…!』
プルプルと怯えながら体を動かして何を見たのか伝えようとしているが、恐らくつーは、私が感じた物を見てしまったみたいだ。
『モーリス、つーが見た物を確認してきて。つーはどっちにあったか教えてくれるだけでいいから。』
『分かりました、つー、見た方角を教えてください。』
つーは首をコクコクして自身の角で私の左前を指した。それを見てモーリスは飛び上がる。暫くつーが示した方角を見ていたら、それを発見したのか、顔をしかめる。
『主よ…あれは…』
『視界を借ります、悪いですがそのまま見ていてください。』
そう言って左目を閉じてから、モーリスとの繋がりに意識を強く向ける。死者との視界の共有、五感の共有では一番使いやすい術。閉じた瞼の裏に、色のない景色、今モーリス見ているものが映し出された。
モーリスが見ていたのは人だ。路地裏に潜んでいて、私みたいにフードを身に纏っているので、性別は分からない。人の視界から隠れるように動いている。これだけなら、不自然なものではない。この怪しい人物の素性が何であれ、、つーが怯えたりモーリスが衝撃を受けることは無い。問題は、その背中から出ている物だ。
それは蠢いていた。ビクッ、と偶に動くそれは肉ではなく、霊体で出来ている。モーリスやつーとは違い、生前の姿ではあり得ない。だが摩耗した霊体というにはしっかりしている。明らかに異様な変化をしている霊体が、まるでイソギンチャクのように、されど先端が人の手足の形をした何本もの触手が、人の背中から生えていた。
『なんですか…あれは』
モーリスが私に問いかけてくる。その答えを、私は知っている。
『あれは悪霊です。なりかけなら、王都の墓場で見ましたよね。』
『悪、霊…?』
『悪霊とは霊が消えぬ為に、他者の魂を貪り続けた慣れの果てです。魂は本来一つの存在に一つだけあるもの、ただでさえ肉体が無く不安定な霊が、他者の魂を取り込んで自身を保つのは不可能です。』
魂は魔力の塊のようなものだ。確かに食べれば魔力を得る、だが魂の扱い方を知っている死霊術師でさえ手を出したくないそれは劇薬だ。
『悪霊となった霊は意識も本来の姿も失い、ただ己の飢えを満たすために行動します。貴方が感じているその嫌悪感は、悪霊が霊(貴方)を食べる存在だと理解しているからです。』
つーもそれが分かって、恐怖に駆られ私の周りへ逃げ出したのだろう。無理もない、あの悪霊はどうやら死体に宿って、野良のゾンビみたいになって自身の魔力の消耗を抑えている。だが背中のあれは霊体が肉体に収まりきらず漏れ出しているのだ。そこまで肥大化した悪霊は、今まで見たことが無い。
「ショーコさん、具合でも悪いんですか?」
いつの間にかアレス君が目の前でしゃがんでいて、私の顔を除いていた。どうやら集中しすぎてしまった、なんとか誤魔化さないと…




