教室
「はーっ、はーっ、間に合った…」
家から全力疾走し、なんとかホームルーム開始五分前にクラスの前に着く。遅刻せずに来れたのは運が良かったとしか言いようがない。なにしろ本来なら時間的に間に合わないバスが遅れて来たせいで乗ることができたし、下手すれば何分も待たされる踏切は私が来た途端に開いた。そんな都合のいいことに助けられ、なんとか遅刻せずにすんだ。
走ったことによって乱れた髪を直してから教室に入る。ざっと見渡したがどうやら平岡先生はまだ来ていないようだ。平岡先生はたとえ時間的にセーフでも自分より遅く教室に来た生徒への当たりが酷いのでまだ来てなくて良かったと内心ホッとする。心身疲れているのに朝からネチネチとした嫌味は聞きたくない。
とはいえ、間に合ったのでよしとしよう。時間ギリギリに来たのをなんでもないように自分の席に向かう。周りも私へ対して注目してる人はほとんどいない。その例外の一人が私の席の隣に座って、私が来るのを待っていた。
「やっほー、ショウちゃん、今日遅いねー。どったの?」
おちゃらけた口調で喋りつつこちらの様子を気遣う彼女の名前は桜樹姫乃。高校に入ってからの親友である。一年の時も一緒のクラスだった彼女に学校初日から声を掛けられ、それ以来学校内ではずっと一緒に過ごして来た中だ。
「いやー、ちょっと遅くまで勉強してて寝過ごしちゃった」
別に嘘ではない。ただ頭に死霊術の、と付くだけだ。当たり前だが私が死霊術師というのは秘密だ。現代社会において魔術は世界の影に存在する物であり、決して日の目を浴びせてはならない。子供の頃から父に口すっぱく言われ、私も素直な子供だったので言いふらすことはなかった。私が死霊術師と知っているのは父、母、それと美咲季さんの三人だけ。いくら親友の姫乃ちゃんにもこれだけは秘密だ。
「えー、ショウちゃん成績いいのにー。ダメだよちゃんと寝ないとー、変なことになってないか心配したんだよ!」
「ごめんごめん。そうだね、次からはちゃんと気を付けるよ」
「ならば良し、しかし油断禁物!焦って何か忘れ物してるかもよ?」
「そうだね。一応見て見るよ。」
美咲季さんが容れてくれたはずなので大丈夫だとは思うが一応見て見る。カバンの中を開いて覗く。今日使うのはっと、数学よし、国語よし。後は…ってえ?
すらっと並ぶ教科書の中に、あまりにも異質な本が紛れ込んでいた。まずい、今カバンの中を見られてはいけない!はっとして誰にも中を見られないようにすぐさま閉める。
「え、どったの?もしかして本当にわすれた感じ?」姫乃ちゃんが聞いて来る。良かった、見れれてなかったようだ。
「う、うん。全部忘れちゃったみたい。あはは…」今日使う教科書は全部入っている。いるが一つ余計な物が入っていた。その余計な本こそ世間から秘匿すべき死霊術について書かれた本、魔道書と言われる代物あった。
本に書かれた内容もさることながら、その本自体も人の目に決して触れてはいけない代物である。本の表紙は羊皮紙ではなく生皮で作られ、触れる者に不快な柔らかさをもって答える。紙を繫ぎ止める紐の代わりに、強靭な赤白い筋が果たすべきではない役目を果たしている。紙に描かれた文字をを綴るのは黒ではなく真っ赤な色をした血のインクだ。この魔道書は中の紙以外は、全て人の体を使って作られている。乾くことも腐ることもなく、屍肉の生々しさを全身で語りながらも、不自然なほどに臭は一切しない。血が滴ると錯覚しそうにもなるこの本は、見ただけで普通の人に不快をもたらすであろう。
その魔道書の名は『死饗祭典』
無論そんな本を人前に出す訳にはいかなく、私は帰るまでカバンを閉めておくことを余儀無くされた。何でこれ入れちゃったの、美咲季さん!?
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