二度目
『間違い、ですか?』
モーリスへと聞き返す。彼の表情は、そのまま周囲の闇に溶けて消えそうな程とても暗く映った。
『ええ、自惚れたんです、私は。人にも、魔物にも負けなくなって、まるで世界の頂点にたったつもりでいたんでしょうね。階級が上の騎士たちの命令も「自分より弱い人間には従えません。」と言って何度も無視しました。見習い達には威張り散らして、騎士団全体から嫌われた私が追い出されたのは、今では当然に思えます。』
『…』
その自惚れは、私にも覚えがある。
幼少から死霊術を父から学んだ私は、それを知らない他の同世代の子供を頭の中で小馬鹿にしていた事があった。その感情が漏れていたのか、友達はできず高校に入るまでいつも一人きり、姫乃ちゃん曰く「ボッチ」だった。中学三年の終わりに父と母に叱ってもらえなければ、今も同じだったかもしれない。
『追い出された私は、「こんな街の騎士団に収まる器じゃ無い」、なんて的外れな事を考えていました。自分はもっと凄いのだと、もっと上を目指せるのだと、追い出した事を後悔させてやると。思い上がった私が思いついたのが、英雄になる事でした。』
『…何故、英雄なんですか?』
契約の時にもモーリスが言ってた英雄、それを目指した理由を聞いてみる。彼は少し考えた後、また語り始めた。
『子供の頃からの憧れです。聖剣であらゆる魔物を切り裂き、邪悪なる魔王を倒した英雄、レオンハルト。誰もが知るようなお伽話の人物です。大昔に実在した人物だと推測されていますが、存在を証明するものは無く今はただ彼の英雄譚が世界中に散らばるのみです。』
魔王を倒した英雄、レオンハルト。当たり前だが初めて聞く名前だ。あの王様は私やクラスメイトのみんなに、魔王を倒してほしいと言った。つまり魔王が現れたのは今回が初めて、ではないらしい。
『異界の勇者でなくとも、魔王の打倒を成し遂げた英雄に、最初はただ憧れてただけだった。だが思い上がった俺は、「私ならば英雄になれる。」など愚かな考え持ち始め、騎士団を追放された次の日、英雄になる為にと街を飛び出した。引き止めようとした妹の説得に、一切耳を傾けずに…』
過去の自分を責めるモーリス。そんな彼を、私自身と比較する。私の父は、未熟な考えを持った私を叱ってくれた。母は、間違えた私の行動を正してくれた。美咲季さんは、何も語らずただ黙って付き添ってくれた。友達とは何なのか、姫乃ちゃんは私に教えてくれた。だがモーリスには、両親を無くした彼には、彼を戒める人物が居なかったのだろう。
『結局、俺はどこでも厄介者だった。街を出て、国を出て、行き着いたのがこの国だ。剣の腕だけはある俺は、ある日酒場で騒ぎを起した。言い争った相手を徹底的に叩きのめして、捕まる前に逃げるその頃の私にとって有り触れた騒ぎ。違ったのは二つ、手加減せずに相手を殺してしまった事と、その相手がお忍びで城下町の酒場にいた国の宰相の息子であった事。』
『…』
息を飲む。牢に入れられた事から、彼が罪人である事は想定していた。お城の牢にいるのだからそれもかなりの罪であることも。想定はしていたので、私の戸惑いは殆どなかった。それでも、ここで彼の語りに水を刺す事は出来なかった。
『逃げ切れなかった俺は、装備を取られ牢に放り込まれ、私の人生はそこで終わった。白服の魔術師相手に、手も足も出なかった。飢餓で苦しむ最中、そこに至ってようやく、自身の間違いと愚かさを理解した。…後は、知っての通り、主と出会うまで、私は亡霊となり、牢を一人で彷徨ってました。』
語りを終え、モーリスの口調がいつも私に対して使う物に戻った。さっきまで使っていた口調が、本来の彼の喋り方だったのだろう。
『兄である事も、騎士である事も放り出した私にお似合いの最後です。本当なら主に使えるような、高潔な存在ではないのです、私は…』
モーリスは背を向け、その場に佇んだ。彼は、叱ってくれる人が居なかった私、あり得たかも知れない、私の可能性だ。だからこそ、彼の主として彼に語りかける。彼は自らを罰した、なら示すのはその次だ。
『では二度目です、今度は間違えないようにしましょう。』
『…二度、目?』
振り返りはせず、だが確かに私の言葉に反応する。
『人生は一度きりです。犯した間違いは覆りませんし、後悔が意味を成す事もありません。ですがそれは生者だけの話。死者を従える死霊術師は、二度目の機会を与えれます。契約を通じて、未練をやり直す機会を。』
『二度目の、機会…』
モーリスの背が震える。どうやか彼は励ましの言葉を送ってもらえるとはとは思わなかったようだ。
『私は死霊術師です、この国から追われる邪悪な魔術師です。だから貴方がどんな生前であったか大した問題ではありません。重要なのは、今何をしたいのか、です。』
『…』
『一度間違っているのなら、今回は間違いませんよね?モーリス、貴方は私の僕として文句のない存在です。私が貴方を使って術を成すように、貴方も私に使われその未練を晴らしなさい。』
契約は、守るものだ。そうでなくとも未練強い魂を逃す手はない。ようやく、彼が振り向いて、肉体があれば涙を流してそうな顔で、私を見る。
『…ええ、今度こそ、今度こそ間違いません。故郷に、妹の元に戻る為に、そして主の剣である為に。』
次回の月曜日の投稿は、お休みです。代わりに今まで出てきたキャラクターの簡単な紹介をしようと思います。本編は金曜日に投稿します。




