森林
ここから本編再開です。
塔を飛び出した私の魂は、城下町の近くにあった森に向かって飛ぶ。
魂で見る世界に、色は無い。眼球と違い光がなくとも辺りを見渡せるが、その代わり全てが白、黒、灰で描かれる。物の輪郭、生死の有無は区別がつくが、見た目に関しては酷く曖昧だ。そんな魂の世界は私にはいつも儚く見えた。そう考える内に、自身の体が見えてくる。
木に背を預け座っていた私の体が、私の魂の方を向いて立ち上がる。今私の体には私の代わりにモーリスが入っている。魂の無い肉体をただ見張るより、中にいた方が安全だと私が思ったから。モーリスはやけに嫌がっていたけど。肉体に引っ張られた私の魂が中に入り、モーリスの魂が中に入る。目をパチパチさせ、軽く手足を動かす。うん、大丈夫だ。
『ただいま戻りました。私がいない間、何もありませんでしたか?』
『ご無事で何よりです、主。魔物や獣は追い払いました。しかし…』
一礼をした後、難しい顔をするモーリス。何故そんな顔をするかと思ったが理由は私の足元にいた。そこには、ぴょこんと跳ねながらこちらを見上げる頭に一本の角が生えたうさぎ、の霊がいた。滑らかそうな毛並みと愛くるしい目をしている。中に浮かばずわざわざ跳ねているという事は、自身が死んでいる事を理解していない。
『ホーンラビットの群れの後ろにいました。襲ってきたので追い払いましたが、何故かこの霊だけ残って…』
『襲ってきたって…大丈夫だったんですか?』
『人懐っこいが角が危険、というだけの魔物です。危険度は最低、脅かせば逃げます。』
つまり襲うより遊びに来たって言った方が正しいみたい。それよりも別に驚くところがある。
『そんでこのホーンラビット、ウサギさんの霊が一人で残ったんですか?』
『はい、無視されなくてうれしい、みたいな感じで。』
目を合わせたら寄ってきて、生きているウサギたちが逃げても残ったらしい。だとすればこのウサギは意外と凄い。自分で取り憑く対象を変えた事になる。無意識であろうが、それができる霊は中々いない。実際モーリスも出来なかったのだ。出来たら彼はとっくの昔に牢の外から一人で出ている。
『こんにちは、ツノ付きのうさぎさん。』
しゃがん混んで顔をウサギの霊に近づけてから喋り掛ける。死者との会話は魂に直接語りかけるので、一定の知能さえあれば言語も種族も壁にならない。
『!?…!…!…?』
が、それは伝えられるだけであって、相手が会話を知らないなら向こうから話しかける事は難しい。体を必死に動かして私に何かを伝えようとするが嬉しそうなのが分かるだけで、その意味はイマイチ分かりにくい。でもその動きが微笑ましくて、このままずっと見ていられると錯覚する。が、そろそろこの森からも出ないといけない。バサッバサと、羽音がする。途中追い越したカラスゾンビ達が、ここまでやってきた。その足に私の魔道書を持って。空高くいた二羽が高度を落として近づき着陸、いや墜落する。地面に倒れこみ、羽が折れ、動く気配もない。
『…ありがとう。』
感謝と労いを言葉に込めて、カラス達の魂を支配から解放する。骸からそれぞれの魂が抜け出して、そのまま消えて無くなる。墓場で支配した霊達は、既に魔力の繋がりが感じられない。全てあの老婆にかき消されたみたいだ。これで私が今日支配した霊は、全てこの世から去った。契約していない霊を必要以上に留めてはいけないと、父に教わった。曰く死霊術師のマナーだそうだ。支配から解き放った霊は消える。それが天に召されたのか、ただ居なくなったのかは、私には分からない。だが自分で殺めて魂まで縛ったのだ。せめて死後の安らぎくらいは祈りたいと思い、手を合わす。神様が死霊術師の祈りに耳を傾けるかは知らないが。
『では進みましょう、これ以上長居はできません。』
『分かりました、ですがどちらへ向かうのですか?』
モーリスは私が別世界の人間だと知っている。つまり彼は私が地理に詳しくないのを分かっている。だけど一応考えはある。
『漠然と歩けばいずれ追いつかれるのは道理です。よってまず移動手段を探します』
『探す、とは?』
『魔力の比率が少ない魔物はほぼ動物と変わらない存在。ウサギの魔物がいるなら、それらを狩って食べる捕食者も存在するのでは?』
ウサギの霊がビクっとして、震えだす。この反応は分かりやすい。
『いるみたいですね。十分な大きさであれば、ゾンビにして乗り物代わりに出来ます。これなら疲れる私が歩くよりも、早く移動出来ます。向かう方角は死霊術でさがします。』
『わかりました。』
モーリスが頷く、異論は無いらしい。だけど探索を始める前に、私が居ない間に懐いたウサギと契約してみる。意思は通じる、嫌悪されてない、素質もありそうだ。
『ウサギさんは、私に付いてきますか?付いてくるなら、私のお願いを聞いてください。』
丸い目を広げ、顔を近づけた私に頬ずりしてくる。残念ながら触れる事は無いが。
『ではうさぎさん、あなたの名前は”つー”です。』
角が生えているからつー、単純だけどあまりこだわり過ぎるのもよくない。
『我が名は東雲聖子、つー、汝の願いを叶えたくば、その身をもって我が契約に答えよ。』
つーが嬉しそうに跳ねて、私とつーが光りだす。これで私は、この世界の新たな僕を得た。
これからなるべく週二回のペースで投稿しようと思います。もっとも忙し過ぎると難しいですが。




