襲撃
夕暮れ時、城の門の前に立つ二人の兵士は、今にも沈みそうな陽を見ている。彼等にとって、今日はとても長い一日だった。
現れた魔王に対抗する為一週間程掛けて準備した勇者召喚の儀式の決行、その準備に二人は朝早くから働かされる羽目になった。それでも本来ならあたりが薄暗くなる前に二人の今日の分の仕事は終わっているはずだった。今日の予定は早朝からの下準備に召喚された勇者達への案内、それと午後半ばまでの警備。それが狂ったのは召喚された勇者の一人が死霊術師だったからだ。
魔術師系統の中で最も危険と言われ、レベルが10もあれば一人で街を滅ぼせると言われる。死霊術そのものが、他者の命を犠牲にすることが前提の禁術であり、それを学ぶ事は必然的に自らの手を下すことを躊躇わない残虐性を、そして人類の敵である事を証明する。数多の死者を汚れた術で支配し、生半可な軍団では、餌にしかならない。29とも来れば最早魔王が増えたと言っても過言ではない。
捕らえることには成功したものの一部の勇者達からは慕われていたらしく捕獲を妨害され、彼等との対立を恐れ処刑を延期したのが災いして、昼間を少し過ぎたあたりで脱走が発覚。捜索に繰り出されたが脱出経路に牢獄の隠し通路を使ったこと以外分からず、町中を探しまわる羽目になった。結局見つからず城の防衛の為に一部の部隊が手が抜けた警備に戻される。この二人も戻された部隊に所属している。
重い鎧を付けながら朝から働きづめになり、二人は身も心も心底疲れ果てていた。陽が沈めば交代となり、暫く休憩できる。そう緩みきっていた二人は黒いローブを身に纏った人物に気づくまで、ほぼ真正面まで接近を許すことになった。
気が付いた時には、既に手遅れだった。体の中に、冷たい何かが入ってくる感触、その何かに自らをを奪われる実感を最後に、二人の意識は闇に落ちた。
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二人の兵士が私を見る。しかし既に意識は彼等の物では無く、その肉体の所有権は取り憑いた霊を支配している私の物となった。霊に『門を開けろ』と命じる。僅かな抵抗もなく、取り憑かれた二人の兵士は閉ざされた門を開く。
今纏っている黒のローブを始め、様々な物を買った事で所持金は底を突いた。しかし魔道書を取り戻す事は必要だし、あれがお金で買えるだなんて思っていない。どの道引き返す事はできない、ならば突き進むだけだ。門を通り、中に入る。
「おい、何故門が開いてっ…だっ、誰だお前は!?」
城の中にいた兵士達に見つかる、だけど問題は無い。さっきの二人と同じく、複数の兵士に霊を取り憑かせ支配する。全員取り憑かせて支配するのではなく取り憑いた兵士を操り、正気な兵士を襲わせる。あえて腰につけた剣ではなく、首絞めをさせ無力化する。
「おっ、おい、何をする!?放せ、止め、がっ…」
「は、はな、放っ…せ…」
味方に襲われ、対処も出来ない兵士達。残るまだ無事な兵士も戸惑って動けないでいる。剣を使わないのは無駄な殺戮が嫌なのと、別の使い道があるからだ。もう一度霊を取り憑かせる。ただし兵士にでは無く、剣に。誰の手にも触れる事なく、自ら鞘から外れ中に浮く剣。所謂ポルターガイストだ。剣が中に浮く怪奇現象に呆気にとられる兵士達。
『行け』
兵士の一人、一番鎧が豪華そうな隊長と思わしき人を指差し、剣を飛びつかせる。反応は間に合わず、彼の腕に突き刺さる。
「ぐ、ぐあああああ!!」
「「ひ、ひいいいい!!!」」
苦悶の声をあげる隊長と、逃げ惑う残りの兵士達。それに乗じて霊達に命令を下す。一部は兵士達に取り憑いたまま私の警護を、残りは城を彷徨わせて見つけた人に取り付き、近くの人を襲ってからまた別の人に取り憑くの繰り返しを命令する。私の周りにいた霊達が散り、しばらく後に周りに悲鳴がこだまする。日没間近の城を、恐怖と混乱が支配した。
これで騒ぎは起こせた。ではそのうちにやる事を済ませてしまおう。地べたに倒れ、痛みに身をよじらせる隊長により、彼の頭に摑みかかる。霊達と会話する時に使う魂の声は殆どの人には届かないが、こうして接触すれば届かせられる。
『私の魔道書は何処にある?』
耳にではなく、魂に響く声が彼を襲う。
「だ、誰だ?まさか、お前は…」
ここまでされてようやく襲撃者の正体を理解した様子、が無駄話ができる時間じゃ無い。
『選べ、素直に喋るか、それとも命も魂も何もかも私に貪られるか「は、話す、話すから止めてくれ!」
通じてくれて何よりだ。もっとも、魂の貪り方なんて知らないが。
「きっ、北の塔だ!北の塔にある!塔の一番上に、箱に入れて閉じ込めた!」
城の四方にある塔の一つを指差した。これで場所は分かった。道案内は霊を一人先行させる。隊長から手を離し、城の内部に入る。
北の塔の一番上にたどり着いたが、思った以上に事が進んだ。何度か戦闘を行わないといけないかと思ったが、予想とは違い簡単にたどり着けた。あの隊長の話が本当ならここにあるはずだが。奥の壁に、新しく置かれたような箱があった。鍵が掛かっていたので、引き連れた兵士に剣を抜かせ、鍵を壊させる。
ガキッ、と音がした後、鍵が壊れ、箱が開くようになる。兵士を退かし、箱を開ける。中にあったのは、間違い無く私の魔道書、死饗祭典だ。これで、どうにか取り戻せた、あとは逃げ出すだけだ。
「閃光よ、魔を討ち払う力と成らん!」
直後、背後から声が聞こえ、魔力の集中を感じた。魔術だ!とっさに横にいる支配している兵士を盾にする。光の波動が、逃げ場なく私に襲いかかる。間一髪、防ぐことはできたが、盾になった兵士が倒れる。外傷はないが、動かすことは叶わない。取り憑いてた霊が、さっきの波動で消滅している。今私の周りには、手足となるべき霊が一人も存在しない。
波動が飛んで来た方向には、複数の兵士を引き連れた白いローブの老婆がいた。おそらく彼女が、さっきの魔術を唱えた魔術師なのだろう。手には杖が握られており、そこを中心に魔力が渦巻いている。周りの兵士には怯えは無く、闘志と怒りに満ちた目で私を見ている。
「観念しな、城内の死霊は全て祓ってある。あんたに逃げ場所は無いよ。」
ここは塔の最上階、帰り道は塞がれ、背面にあるの窓のみ、この高さから飛び降りるわけにもいかない。
「死者を出さぬようにしていた所を見ると、心の方はまだ邪悪には染まっていないと見るね。投降するなら、命だけは助けてやっても良いよ」
魔術師の老婆が提案してくる。たしかになるべく死者が出ないようにはしていたが、それとこれとは話が別だ。ここまで来て投降して、たとえ処刑されなくとも待っているのはあの牢獄だ。頭を左右に振り、提案を蹴る。
「…そうかい、残念だ。」
老婆が杖で地面を叩く。それと同時に兵士の一人が私に向かって突っ込んでくる。守ることも躱すことも叶わない。銀色の刃がローブごと、私の胸を貫いた。




