下準備
モーリスの後を付く。私が要求した場所を彼に探させて、今は道案内をしてもらっている。何せ彼は幽霊だ、重力に縛られず空中を移動できる。この街の土地勘が無い私には大助かりだ。
制限が無いわけでは無い。幽霊は基本、何かを起点として存在している。例えば自らの骸、或いは関わり深い他者、はたまた因縁のある場所。つまり体、人、場所のいずれかに取り付いて存在している。そして霊はその取り付いた何かから一定以上の距離が取れない。経験上、この距離は魂の状態に依存する。モーリスのように自我も姿もはっきりしていればより遠くに、逆に人魂のようなほぼ消えかけの霊は取り付いた何かから離れることは無い。無論それは外的要因がなければの話。
契約によって、モーリスが取り付く対象を私に変えている。そして私からの魔力の供給でおよそ50メートルぐらい私から離れられるみたいだ。しかし前に同じことを美咲季さんの霊でやっていたが、その時は20メートルだった。二人の魂の具合はほぼ同じのはず、なのに倍以上の差が出ている。やはりこの別の世界に連れてこられてから私の使う魔術が強くなっている気がする。
『主よ、着きました』
考え事をしている間にたどり着いたようだ。商店街から離れておよそ10分。そこに教会と思わしき建物があった。広い敷地を白い建物が占領している。十字架の代わりに、米印のような紋章が入口の真上に飾ってある。装飾は少なく、至る所に塗装が剥がれており、率直に言うなら寂れているようだ。とはいえ、それは私には関係のないことだ。別に匿ってほしくて来たのでなければ、懺悔をしに来た訳でもない。そもそも教会自体にはなんの用もない。目的は教会の裏手にある場所、墓場だ。
『…墓を荒らすのですか?』
モーリスが戸惑いながら私に問いかけてくる。いくら私の従者になったとはいえ、墓荒らしのような真似は倫理観に触れるようだ。しかし問題は無い。
『いいえ、荒らしません。荒れ果てた死体では意味がありません。』
死体は腐る、当たり前のことだ。だからまずゾンビを作る時は防腐処理を先にする。しかしすでに腐った死体は直せない。こんな寂れた教会裏の墓場を暴いても、取れるのはボロボロの骨ぐらいだろう。ゾンビはまず無理、スケルトンにするにしても歩くだけで壊れそうで無駄、儀式の触媒や薬品作りなら大丈夫だが今必要なのは即戦力だ。
『目当ては死体ではありません。その持ち主です。貴方にも見えるでしょう?』
モーリスに語る。彼は死者であるからこそ、私と同じものが見える。いくつかの墓標の前に、様々な状態の霊体が見える。かろうじて人型を保っている者、人魂となって消えかけている者、他の霊体を取り込み、異形に変化して悪霊になりかけているのもいた。しかし人の意識を維持している存在は居ないようだ。
モーリスが納得して私に再び問いかけてくる。
『なるほど、つまり私と同じように彼等とも契約すると。』
『いいえ、契約が行える程自我を保った存在はここには居ません。』
と彼の問いには否定で答える。
『ではどうするのです?』
困惑した彼に対し、
『力づくで支配します。』
と実に単純な手段を告げる。
周囲の魔力を掌握し、それで作った檻を使い墓場を丸ごと囲む。少しづつ檻を収縮させ、檻に触れた霊体に強制的に魔力の繋がりを押し付ける。『従え』と命令しながら。こうして魔力の檻に触れた霊が一体ずつ、自らの墓標から離れ私の側に寄る、糸の繋がれた傀儡のように。抵抗は無い、仮に彼等が抵抗できたとしてもねじ伏せられる確信が今の私にはある。
やがて、墓場にいた最後の一体が、私の元に降った。その数、二十八。質に関しては兎も角、一度にこれ程従えたことは初めてだ。その為、霊達が私の周囲を囲んで回ったりして前が見えづらい。よって私の正面に出ないように追加で命令を下す。ちゃんと全員従ってくれて助かる。
『なんと…』
モーリスが驚くのも無理は無い。実の所私自身も驚いている。過半数は捕らえられるとは思っていたが一体も逃さないのは想定していなかった。又、命令に関してもこの数の霊を、一度で全員に命令を厳守させる程の強制力も私には無かったはず。確信を持って言える、私の力が増していると。
原因はおそらくこの世界、正確に言うならこの世界に充満している魔力だろう。この世界は私が居た世界と比べると、とてつもない量の魔力に覆われている。魔術師は魔力を操る者、他者から漏れ出した辺りの魔力を操作して魔術を為す存在。よって周囲の魔力が増せば増すほど、魔術に使う魔力が増え、魔術の出力は増大する。つまり同じ魔術でも、この世界で扱う魔術は私の世界で扱う魔術より遥かに効果が高い。
しかし効果が高まるだけで、扱えない魔術を扱えるようになるのは無理だろう。よってお城から魔道書を取り戻すのは必須だ。この墓場でやることは終わった。他に使うな物は既に商店街で手に入れてある。
『これで必要なものは全て集め終わりました。準備が出来次第、お城に襲撃します。』




